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第十二章 皇太子妃への道
14 結婚式
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秋晴れの雲一つない朝、フォン・アリスト家では緊張した雰囲気の中で忙しく全員が動き回っていた。マキシウスは礼服に着替え終わり、そわそわと二階の様子を気にしながら、落ち着こうとしている。
「まだ、仕度はできないのか……」
マリアンヌとシャルロットを式場までエスコートする為に公爵と老公爵がフォン・アリスト家に来ていたが、落ち着きの無いマキシウスに呆れる。
「花嫁仕度なのですから、時間はかかりますよ」
日頃からマリアンヌの身仕度の長さに慣れているリュミエールは、椅子に落ち着いて座っている。
「マキシウス卿も、座って待たれた方が良いですぞ」
老公爵に諭されて、敵軍と対峙してもこれほど落ち着かない気分にならないのにと、苦笑して椅子に座る。
ユーリの部屋ではモガーナとマリアンヌとシャルロットが、ユーリにウェディングドレスを着付けている侍女達にあれこれ指示をだしている。
「ベールの上にティアラを乗せて、ああ、それでいいわ」
マダム・ルシアンが一年かけて作ったウェディングドレスは最高級のレースでスッキリとしたデザインだったが、トレースは豪華に後ろに数メートルもある豪華な物だ。
「こんなに長いトレースでは踊れないわ」
仮縫いの時より長いトレースをユーリは心配そうに眺める。
「そのトレースの一部は取り外せる筈よ。結婚式では前のトレースでは短いと話し合って、長いトレースを付け加えたの。披露宴でのウェディングダンスの時には、前の長さのトレースだから大丈夫です」
ベールも長くて、ブライズメイドのミッシェルとマーガレットが綺麗になるように入場前に整える手筈をマリアンヌは再確認する。
「まぁ、とても綺麗だわ」
シャルロットはベールを付けたユーリに感激して涙を浮かべそうになって、マリアンヌに不吉よと咎められる。
「ユーリ様、とても素敵だわ」
アイスブルーのブライズメイドのドレスを着たミッシェルとマーガレットは、皇太子殿下との結婚式で重要な役目を果たすので緊張していたが、夢みたいなウェディングドレスにウットリとする。
「ユーリ、本当にブーケはその花でいいの?」
マリアンヌは総てが豪華なのに、ユーリがブーケに選んだ飾り気のない小さな白い蔓バラが不似合いに思える。
「叔母様、この蔓バラは母が一番気に入っていた花なの。香りも良いし、私も大好きなの」
小さな白いバラが流れ落ちる様なデザインになっているブーケは若々しいユーリにはピッタリだったが、皇太子妃には少し地味に思えてマリアンヌは心配する。ユーリが両親の墓の上にも咲くこの蔓バラをブーケに選んだのだとモガーナは気づいて、話題を変えようとしたが少し遅かった。
「パパやママにも、結婚式に参列して貰いたかったわ……」
花嫁が涙ぐむのを慌てて止めて、化粧が崩れないように慎重にハンカチを尖らせて拭く。
「そろそろ、出立いたしませんと……」
遠慮がちな執事の促す声に、全員が名残惜しげにユーリにキスをしてベールを顔に被せる。
「階段が降りれないわ」
長いトレースとベールに、ユーリは歩くのも難しい。
「ミッシェル嬢、マーガレット嬢、裾とベールを持って下さいな」
優雅なウェディングドレス姿をうっとり見上げていたマキシウスは、モガーナからサッサとエスコートしにいらしてと叱られてしまう。 フォン・アリスト家の階段をマキシウスにエスコートされて降りていくユーリを、公爵と老公爵は思わず涙ぐみそうになるのを抑えて見る。
「ユーリ、綺麗だよ」
ユーリは老公爵と公爵に声をかけられて、少し恥ずかしそうに微笑む。
フォン・アリスト家の門の前には、皇太子妃になるユーリを見ようと人垣ができていたが、警備は万全にしかれていた。
「花嫁さんの馬車がでてきたぞ! ユーリ嬢だぁ!」
「綺麗ねぇ」
歓声の中、馬車は結婚式会場に向かっていく。
「ユーリ様、ほら手を振って下さいな」
ミッシェルに勧められて、少し手を振ってみたが、ドオッとあがった歓声にどんどんと緊張してくる。
「無理だわ……」
箱型の馬車ですら群衆の歓声に驚いてしまったユーリは、結婚式の後の王宮までのオープンタイプの馬車でのパレードなど無理だとパニックになりかける。
「無理って……」
ブライズメイドのミッシェルとマーガレットは、まさか結婚式から逃げ出すのではと緊張して尋ねる。
「結婚式の後のパレードよ。とても、無理だわ……」
皇太子殿下を結婚式会場に置き去りにする最悪のケースでは無さそうだと、二人はホッとしてユーリを宥めにかかる。
「その時は、隣に皇太子殿下がいらっしゃいますから、大丈夫ですよ」
「殿下は公式行事に、慣れておられますもの。お任せすれば良いのです」
宥める言葉にそうねと答えているユーリが真っ青なので、竜騎士としての武勇伝を聞いている二人は驚いて、気付けのブランデーを一口飲ませたりと、ブライズメイドも楽でないと汗をかく。
馬車は順調に結婚式会場に到着し、マキシウスはユーリをエスコートしようとドアを開けたが、緊張している様子に驚いてしまう。会場前に一目花嫁を見ようと集まった群衆は、警備の兵を押し倒しそうな勢いだったが、なかなか馬車から降りて来ないのでざわつき始める。
花嫁をエスコートするマキシウス以外は会場に先に入場しようとしていたが、モガーナは馬車を振り向いて、ユーリが降りて来ないのに驚いて引き返す。
「ユーリ、結婚が嫌になったのなら、フォン・フォレストに帰りますか? 今なら、キャンセルできますよ」
「なんて事を言うんだ!」
祖母と祖父が言い争う中、イリスが空から飛び降りる。
『ユーリ、どうしたんだ?』
マキシウスは、ユーリが馬車からイリスに駆け寄るのを見て、国外逃亡ではと青ざめたが、首を抱き締めると深呼吸して会場へ入ると言いきった。
『少し、緊張しただけなの。イリスが来てくれて、心強くなったわ』
「ユーリ、本当に良いのですね」
余計な事を言うなと、マキシウスは怒鳴りつけそうになったが、確かに式場で逃げ出すよりはと考え直す。
「ええ、グレゴリウス様を、お待たせしてしまったわ」
群衆は巨大な竜に抱きつく華奢な花嫁に呆気にとられていたが、竜騎士隊長のアリスト卿にエスコートされて、ブライズメイドに裾やベールを持たれて入場していくのを見てドッとどよめく。
式場では花嫁の馬車が到着したのに、なかなか式場に入って来ないし、イリスが飛び降りて来たので、国王夫妻やグレゴリウスも心配していた。招待客達もざわめきだした頃、ユーリの身内のモガーナや老公爵、公爵夫妻が席に付いたので、緊張していた雰囲気は花嫁を待つ期待感へと変わる。
「イリスが、来たみたいだな」
グレゴリウスは、花婿の付添い人のフランツに小声で話しかける。
「大丈夫ですよ。モガーナ様が席に付かれたのですから、ユーリはもうすぐきますよ」
フランツの言葉通り、結婚式の曲が演奏されだすと、ブライズメイドが入場して、アリスト卿にエスコートされたユーリが緊張した顔ながら、素晴らしく綺麗な花嫁として入場してきた。
「まぁ、ユーリの綺麗なこと。でも、少し緊張しているみたいね」
王妃は国王に囁く。
「グレゴリウスも、ボオッとしてますわ。大丈夫かしら」
グレゴリウスはユーリのウェディングドレス姿を見た瞬間から、他のものは目に入らなくなって、誓いの言葉も、指輪の交換も、傍目から見ても上の空だった。
ベールを上げてユーリの少し緊張した顔を見て、結婚したのだと感動がこみ上げたグレゴリウスは、結婚式のキスにしては不適切な程の熱烈さで、付添いのフランツに『そこまでです』と肩を叩かれてパッと離れる。結婚式の参列者からドッと笑い声があがり、グレゴリウスもユーリも真っ赤になる。
「まぁ、9年越しの恋が、成就したのだ。あれくらいは仕方ないだろう」
国王はユーリと会場をあとにするグレゴリウスを見送りながら、ホッとする。
結婚式会場の外には、竜騎士隊が両側から剣を抜いて待機していて、二人は顔見知りから祝福の声をかけられながら、剣の間を笑いながら走り抜ける。
ユングフラウ中の教会の鐘が鳴り響き、参列者からバラの花びらが降り注ぐ中、グレゴリウスとユーリは馬車にのりこんだが、長いトレースを馬車に入れるのにブライズメイドは汗をかくことになった。
「イリスが心配して、来たんだね」
式場の前にイリスが腰を据えているので、群衆達は行儀良くしていたが、パレードの馬車が出発すると、竜も驚くほどの歓声があがった。
ユーリが歓声に動揺しているのに気づいたグレゴリウスは、抱き寄せてキスしたものだから、群衆達は大喜びして大歓声をあげた。馬車の御者は馬を落ち着かせるのに苦労する。
花嫁、花婿の後ろの馬車には国王夫妻とマリー・ルイーズが乗っていたが、グレゴリウスの幸せそうな様子を喜んでいた。
「おやおや、ユーリに押し返されているぞ。グレゴリウスは群衆に慣れているが、ユーリは慣れていないから心配したが大丈夫そうだな」
歓声や花びらに応えて、皇太子妃になったユーリは手を振っていたが、油断するとグレゴリウスに抱き寄せられてキスされるので、緊張している場合でない。
「ユーリったら冷たい」
キスしようとして押し返されたグレゴリウスは、群衆に手を振りながら愚痴ったが、歓声でユーリの耳には届かない。
「教会から王宮って、こんなに遠かったかしら?」
ユーリは笑顔と手を振るのに少し疲れてきて、グレゴリウスに尋ねる。
「軽くユングフラウを一周するからね。でも、もうすぐ着くよ」
歓声の中で会話するために近づいていたユーリはグレゴリウスに抱き締められて熱烈なキスをされて、群衆達の大歓声の中、馬車は王宮へと向かって走る。
馬車からグレゴリウスはユーリを王宮まで抱き抱えて入る。
「ユーリが軽くて良かったよ」
パレードの間に王宮に着いていた参列者や女官や侍従達は、やんやと歓声をあげる。
王宮の入り口でキスをしている二人を、女官長は、少し披露宴まで休憩した方が良いと部屋へと案内する。
「ユーリが私の妃なんだ!」
二人で部屋に寛ぐと、ユーリも、結婚したのだと実感が沸いてきて、グレゴリウスと抱き合って熱いキスをする。
「グレゴリウス様、誓いの言葉を覚えている?」
グレゴリウスはユーリに見とれていて牧師の言葉など全く聞いていなかったが、事前の説明を思い出して、誓いの言葉を言うことができた。
「一生、君を尊重して愛するよ」
「私も、一生グレゴリウス様を尊重して愛します」
二人が誓いの言葉を言い合って、いちゃいちゃしているのを女官長は微笑ましく思ったが、皇太子妃には少し披露宴前に洗面所を使わせたり、化粧直しが必要だと、世話をやかなくてはいけない。
披露宴前に解放された王宮の庭に集った人達に、テラスの上から挨拶をしてブーケを投げた。
キャ~ッ! と凄い歓声と共に女の子達がブーケを取り合っていたが、一人の勝者が高々とブーケを上にかざした。
ユーリは怪我人が出なくてホッとしたが、ブーケを取れなかった女の子達にベールをちぎったのに砂糖菓子を包んだのを、女官が渡してくれたバスケットから投げ与える。
途中からグレゴリウスが遠くの女の子達にも砂糖菓子を投げるのを手伝ったので、今度は大体の女の子達に行き渡ってユーリはホッとする。
「わざわざ祝福しに来てくれたのに、何も当たらなかったら気の毒ですもの……あら、あそこにパーラーの制服の一団がいるわ。良かったわ、ちゃんと砂糖菓子をキャッチしたみたい」
ユーリは、砂糖菓子を振っているローズ達に手を振り返す。
「皆を喜ばしてあげようよ」
ユーリがエッと驚いた瞬間、グレゴリウスは抱き寄せてキスしたものだから、庭に集まった人達は大歓声をあげる。
披露宴は、外国からの賓客や、貴族達を集めて、盛大に行われた。
ユーリが心配していたウェディングダンスも、皆がうっとりと見つめるなかで無事に終わり、延々と宴会は続く。
「ユーリ、そろそろ引き上げようよ」
グレゴリウスは宴会が盛り上がり、自分達がいなくても気付かれないだろうと、二人きりになりたいとせっついたが、抜け出そうとすると話しかけられて苛々する。
「そろそろ、皇太子達を引き上げさせなくては……」
王妃もタイミングをはかっていたが、若い皇太子夫妻に挨拶したがる参列者がなかなか絶えなくて困る。
「おや、無事に逃げ出したみたいだな。ああ、ジークフリート卿や、ユージーン卿や、ブライズメイド達が貴族達を引き止めた間に退出したみたいだ」
王宮の廊下をクスクス笑いながら、離宮まで走っていく花嫁と花婿を、仕える人達は邪魔をしないように、コーナーに隠れたりして見送る。
「まだ、仕度はできないのか……」
マリアンヌとシャルロットを式場までエスコートする為に公爵と老公爵がフォン・アリスト家に来ていたが、落ち着きの無いマキシウスに呆れる。
「花嫁仕度なのですから、時間はかかりますよ」
日頃からマリアンヌの身仕度の長さに慣れているリュミエールは、椅子に落ち着いて座っている。
「マキシウス卿も、座って待たれた方が良いですぞ」
老公爵に諭されて、敵軍と対峙してもこれほど落ち着かない気分にならないのにと、苦笑して椅子に座る。
ユーリの部屋ではモガーナとマリアンヌとシャルロットが、ユーリにウェディングドレスを着付けている侍女達にあれこれ指示をだしている。
「ベールの上にティアラを乗せて、ああ、それでいいわ」
マダム・ルシアンが一年かけて作ったウェディングドレスは最高級のレースでスッキリとしたデザインだったが、トレースは豪華に後ろに数メートルもある豪華な物だ。
「こんなに長いトレースでは踊れないわ」
仮縫いの時より長いトレースをユーリは心配そうに眺める。
「そのトレースの一部は取り外せる筈よ。結婚式では前のトレースでは短いと話し合って、長いトレースを付け加えたの。披露宴でのウェディングダンスの時には、前の長さのトレースだから大丈夫です」
ベールも長くて、ブライズメイドのミッシェルとマーガレットが綺麗になるように入場前に整える手筈をマリアンヌは再確認する。
「まぁ、とても綺麗だわ」
シャルロットはベールを付けたユーリに感激して涙を浮かべそうになって、マリアンヌに不吉よと咎められる。
「ユーリ様、とても素敵だわ」
アイスブルーのブライズメイドのドレスを着たミッシェルとマーガレットは、皇太子殿下との結婚式で重要な役目を果たすので緊張していたが、夢みたいなウェディングドレスにウットリとする。
「ユーリ、本当にブーケはその花でいいの?」
マリアンヌは総てが豪華なのに、ユーリがブーケに選んだ飾り気のない小さな白い蔓バラが不似合いに思える。
「叔母様、この蔓バラは母が一番気に入っていた花なの。香りも良いし、私も大好きなの」
小さな白いバラが流れ落ちる様なデザインになっているブーケは若々しいユーリにはピッタリだったが、皇太子妃には少し地味に思えてマリアンヌは心配する。ユーリが両親の墓の上にも咲くこの蔓バラをブーケに選んだのだとモガーナは気づいて、話題を変えようとしたが少し遅かった。
「パパやママにも、結婚式に参列して貰いたかったわ……」
花嫁が涙ぐむのを慌てて止めて、化粧が崩れないように慎重にハンカチを尖らせて拭く。
「そろそろ、出立いたしませんと……」
遠慮がちな執事の促す声に、全員が名残惜しげにユーリにキスをしてベールを顔に被せる。
「階段が降りれないわ」
長いトレースとベールに、ユーリは歩くのも難しい。
「ミッシェル嬢、マーガレット嬢、裾とベールを持って下さいな」
優雅なウェディングドレス姿をうっとり見上げていたマキシウスは、モガーナからサッサとエスコートしにいらしてと叱られてしまう。 フォン・アリスト家の階段をマキシウスにエスコートされて降りていくユーリを、公爵と老公爵は思わず涙ぐみそうになるのを抑えて見る。
「ユーリ、綺麗だよ」
ユーリは老公爵と公爵に声をかけられて、少し恥ずかしそうに微笑む。
フォン・アリスト家の門の前には、皇太子妃になるユーリを見ようと人垣ができていたが、警備は万全にしかれていた。
「花嫁さんの馬車がでてきたぞ! ユーリ嬢だぁ!」
「綺麗ねぇ」
歓声の中、馬車は結婚式会場に向かっていく。
「ユーリ様、ほら手を振って下さいな」
ミッシェルに勧められて、少し手を振ってみたが、ドオッとあがった歓声にどんどんと緊張してくる。
「無理だわ……」
箱型の馬車ですら群衆の歓声に驚いてしまったユーリは、結婚式の後の王宮までのオープンタイプの馬車でのパレードなど無理だとパニックになりかける。
「無理って……」
ブライズメイドのミッシェルとマーガレットは、まさか結婚式から逃げ出すのではと緊張して尋ねる。
「結婚式の後のパレードよ。とても、無理だわ……」
皇太子殿下を結婚式会場に置き去りにする最悪のケースでは無さそうだと、二人はホッとしてユーリを宥めにかかる。
「その時は、隣に皇太子殿下がいらっしゃいますから、大丈夫ですよ」
「殿下は公式行事に、慣れておられますもの。お任せすれば良いのです」
宥める言葉にそうねと答えているユーリが真っ青なので、竜騎士としての武勇伝を聞いている二人は驚いて、気付けのブランデーを一口飲ませたりと、ブライズメイドも楽でないと汗をかく。
馬車は順調に結婚式会場に到着し、マキシウスはユーリをエスコートしようとドアを開けたが、緊張している様子に驚いてしまう。会場前に一目花嫁を見ようと集まった群衆は、警備の兵を押し倒しそうな勢いだったが、なかなか馬車から降りて来ないのでざわつき始める。
花嫁をエスコートするマキシウス以外は会場に先に入場しようとしていたが、モガーナは馬車を振り向いて、ユーリが降りて来ないのに驚いて引き返す。
「ユーリ、結婚が嫌になったのなら、フォン・フォレストに帰りますか? 今なら、キャンセルできますよ」
「なんて事を言うんだ!」
祖母と祖父が言い争う中、イリスが空から飛び降りる。
『ユーリ、どうしたんだ?』
マキシウスは、ユーリが馬車からイリスに駆け寄るのを見て、国外逃亡ではと青ざめたが、首を抱き締めると深呼吸して会場へ入ると言いきった。
『少し、緊張しただけなの。イリスが来てくれて、心強くなったわ』
「ユーリ、本当に良いのですね」
余計な事を言うなと、マキシウスは怒鳴りつけそうになったが、確かに式場で逃げ出すよりはと考え直す。
「ええ、グレゴリウス様を、お待たせしてしまったわ」
群衆は巨大な竜に抱きつく華奢な花嫁に呆気にとられていたが、竜騎士隊長のアリスト卿にエスコートされて、ブライズメイドに裾やベールを持たれて入場していくのを見てドッとどよめく。
式場では花嫁の馬車が到着したのに、なかなか式場に入って来ないし、イリスが飛び降りて来たので、国王夫妻やグレゴリウスも心配していた。招待客達もざわめきだした頃、ユーリの身内のモガーナや老公爵、公爵夫妻が席に付いたので、緊張していた雰囲気は花嫁を待つ期待感へと変わる。
「イリスが、来たみたいだな」
グレゴリウスは、花婿の付添い人のフランツに小声で話しかける。
「大丈夫ですよ。モガーナ様が席に付かれたのですから、ユーリはもうすぐきますよ」
フランツの言葉通り、結婚式の曲が演奏されだすと、ブライズメイドが入場して、アリスト卿にエスコートされたユーリが緊張した顔ながら、素晴らしく綺麗な花嫁として入場してきた。
「まぁ、ユーリの綺麗なこと。でも、少し緊張しているみたいね」
王妃は国王に囁く。
「グレゴリウスも、ボオッとしてますわ。大丈夫かしら」
グレゴリウスはユーリのウェディングドレス姿を見た瞬間から、他のものは目に入らなくなって、誓いの言葉も、指輪の交換も、傍目から見ても上の空だった。
ベールを上げてユーリの少し緊張した顔を見て、結婚したのだと感動がこみ上げたグレゴリウスは、結婚式のキスにしては不適切な程の熱烈さで、付添いのフランツに『そこまでです』と肩を叩かれてパッと離れる。結婚式の参列者からドッと笑い声があがり、グレゴリウスもユーリも真っ赤になる。
「まぁ、9年越しの恋が、成就したのだ。あれくらいは仕方ないだろう」
国王はユーリと会場をあとにするグレゴリウスを見送りながら、ホッとする。
結婚式会場の外には、竜騎士隊が両側から剣を抜いて待機していて、二人は顔見知りから祝福の声をかけられながら、剣の間を笑いながら走り抜ける。
ユングフラウ中の教会の鐘が鳴り響き、参列者からバラの花びらが降り注ぐ中、グレゴリウスとユーリは馬車にのりこんだが、長いトレースを馬車に入れるのにブライズメイドは汗をかくことになった。
「イリスが心配して、来たんだね」
式場の前にイリスが腰を据えているので、群衆達は行儀良くしていたが、パレードの馬車が出発すると、竜も驚くほどの歓声があがった。
ユーリが歓声に動揺しているのに気づいたグレゴリウスは、抱き寄せてキスしたものだから、群衆達は大喜びして大歓声をあげた。馬車の御者は馬を落ち着かせるのに苦労する。
花嫁、花婿の後ろの馬車には国王夫妻とマリー・ルイーズが乗っていたが、グレゴリウスの幸せそうな様子を喜んでいた。
「おやおや、ユーリに押し返されているぞ。グレゴリウスは群衆に慣れているが、ユーリは慣れていないから心配したが大丈夫そうだな」
歓声や花びらに応えて、皇太子妃になったユーリは手を振っていたが、油断するとグレゴリウスに抱き寄せられてキスされるので、緊張している場合でない。
「ユーリったら冷たい」
キスしようとして押し返されたグレゴリウスは、群衆に手を振りながら愚痴ったが、歓声でユーリの耳には届かない。
「教会から王宮って、こんなに遠かったかしら?」
ユーリは笑顔と手を振るのに少し疲れてきて、グレゴリウスに尋ねる。
「軽くユングフラウを一周するからね。でも、もうすぐ着くよ」
歓声の中で会話するために近づいていたユーリはグレゴリウスに抱き締められて熱烈なキスをされて、群衆達の大歓声の中、馬車は王宮へと向かって走る。
馬車からグレゴリウスはユーリを王宮まで抱き抱えて入る。
「ユーリが軽くて良かったよ」
パレードの間に王宮に着いていた参列者や女官や侍従達は、やんやと歓声をあげる。
王宮の入り口でキスをしている二人を、女官長は、少し披露宴まで休憩した方が良いと部屋へと案内する。
「ユーリが私の妃なんだ!」
二人で部屋に寛ぐと、ユーリも、結婚したのだと実感が沸いてきて、グレゴリウスと抱き合って熱いキスをする。
「グレゴリウス様、誓いの言葉を覚えている?」
グレゴリウスはユーリに見とれていて牧師の言葉など全く聞いていなかったが、事前の説明を思い出して、誓いの言葉を言うことができた。
「一生、君を尊重して愛するよ」
「私も、一生グレゴリウス様を尊重して愛します」
二人が誓いの言葉を言い合って、いちゃいちゃしているのを女官長は微笑ましく思ったが、皇太子妃には少し披露宴前に洗面所を使わせたり、化粧直しが必要だと、世話をやかなくてはいけない。
披露宴前に解放された王宮の庭に集った人達に、テラスの上から挨拶をしてブーケを投げた。
キャ~ッ! と凄い歓声と共に女の子達がブーケを取り合っていたが、一人の勝者が高々とブーケを上にかざした。
ユーリは怪我人が出なくてホッとしたが、ブーケを取れなかった女の子達にベールをちぎったのに砂糖菓子を包んだのを、女官が渡してくれたバスケットから投げ与える。
途中からグレゴリウスが遠くの女の子達にも砂糖菓子を投げるのを手伝ったので、今度は大体の女の子達に行き渡ってユーリはホッとする。
「わざわざ祝福しに来てくれたのに、何も当たらなかったら気の毒ですもの……あら、あそこにパーラーの制服の一団がいるわ。良かったわ、ちゃんと砂糖菓子をキャッチしたみたい」
ユーリは、砂糖菓子を振っているローズ達に手を振り返す。
「皆を喜ばしてあげようよ」
ユーリがエッと驚いた瞬間、グレゴリウスは抱き寄せてキスしたものだから、庭に集まった人達は大歓声をあげる。
披露宴は、外国からの賓客や、貴族達を集めて、盛大に行われた。
ユーリが心配していたウェディングダンスも、皆がうっとりと見つめるなかで無事に終わり、延々と宴会は続く。
「ユーリ、そろそろ引き上げようよ」
グレゴリウスは宴会が盛り上がり、自分達がいなくても気付かれないだろうと、二人きりになりたいとせっついたが、抜け出そうとすると話しかけられて苛々する。
「そろそろ、皇太子達を引き上げさせなくては……」
王妃もタイミングをはかっていたが、若い皇太子夫妻に挨拶したがる参列者がなかなか絶えなくて困る。
「おや、無事に逃げ出したみたいだな。ああ、ジークフリート卿や、ユージーン卿や、ブライズメイド達が貴族達を引き止めた間に退出したみたいだ」
王宮の廊下をクスクス笑いながら、離宮まで走っていく花嫁と花婿を、仕える人達は邪魔をしないように、コーナーに隠れたりして見送る。
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