スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香

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第十一章  戦争と恋

14  北の砦

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 グレゴリウスが北の砦に行く朝は、春めいた暖かな気候でバラの良い香りが王宮にも満ちていた。国王や王妃、母上と挨拶を交わしたが、やはり婚約したてのユーリとは身が引き裂かれるように感じる。

「そんなに心配そうな顔をしないで、視察に行くだけだから。一週間もすれば、帰ってくるよ」

 未だ、戦争が始まったわけではないからと、ユーリを抱きしめて安心させようとする。いつまでも出立を遅らすわけにいかないとジークフリートに急かされて、ユーリにキスをするとアラミスと飛び立つ。

 ユーリは涙を抑えるだけで精一杯で、気をつけてねとしか言えなかった。元気のないユーリを、王妃やマリー・ルイーズは心配したが、気持ちを切り替えてやるべき事をしなくてはと、言葉だけはしっかりと王宮を辞す。

 このまま屋敷に帰ったら、ぐずぐずと過ごしてしまいそうで、ユーリはシュミット卿に会いに行く。

「長く実習を休んでしまい、申し訳ありませんでした」 

 シュミット卿はグレゴリウスと婚約したユーリが部屋に訪ねて来たのは、実習を辞める挨拶をしにきたのだと思った。

「ユーリ、いやユーリ嬢、御婚約おめでとうございます。実習は終了したのではないのですか」

 ユーリは戦争準備で、実習の件は後回しにされていると説明する。

「何も指示はありませんから、このまま実習を続けようと思ってます。お祝いの客も落ち着いて来たので、寮にも帰って、見習い竜騎士としての修行を続けようと考えています」

 シュミット卿は戦争のごたごたで、ユーリの実習など忘れられてるのだと察したが、いずれ皇太子妃教育が始まるだろうと考える。

「何か指示がいずれ来るだろう。それまで休んでいれば良いのに……」

 シュミット卿は使い物になりそうなユーリが結婚退職するのかと、やはり女の子を指導しても無駄だったと、内心で微かな苛立ちを感じていた。

「まぁ、ユーリのことだから言っても聞かないだろう。私も戦争が始まる前に出来るだけ仕事を片付けておきたいし、手伝って貰おう」

 シュミット卿がいつもと同じに接してくれたのが、ユーリは嬉しい。


 ユーリが見習い竜騎士としての日常生活にかえろうとしていた頃、グレゴリウスは北の砦でローラン王国との国境線を眺めていた。

「あの川では、防衛の役には立たないですね」

 マキシウスもローラン王国との戦争は2回目になり、できれば今回で終わりにしたいと願う。グレゴリウスに地図を示しながら、半壊状態のバロア城まで国境線を押し上げたいと説明する。

「三国が独立した際にこの川を国境線としましたが、夏場は浅瀬が多くて防衛し難いのです。バロア城は山が迫って来てますので、ローラン王国の最終防衛城として効果的な地理にあります。その分攻めにくいですが、制圧できれば有利になります」

 グレゴリウスも北の砦に来て、目の前の緩やかな川では防衛し難いと感じたし、後ろに広がる丘陵地は砦が落ちたら一気に攻め入られてしまうと危惧する。

 北の砦では昨年から補修や、増設をしていたが、今年の戦争は避けられないと覚悟を決めていたので、兵舎や救護施設、食料庫が既に建設済みだ。

 竜騎士隊長のアリスト卿と共に、陸軍のハリソン元帥から施設の説明を受けたグレゴリウスは、この兵舎がいっぱいになるのかと感慨を持つ。それと同時に先の戦争での犠牲者数を考え、この戦争でも何人が命を落とすのかと心を暗くする。

「皇太子殿下、お疲れになりませんでしたか」

 ジークフリートは北の砦に着いた途端から、アリスト卿やハリソン元帥の説明を受けながら視察をしたグレゴリウスを気づかう。

「いや、今日は基本をざっと説明して貰っただけだから……こうして北の砦に来てみて、国境線を護る大変さの一部だがわかった気がする。あの川は夏には水嵩が減るのだろう?」

 ジークフリートは、砦の下を流れる川が死体に埋もれた記憶を思い出し眉を顰める。

「ええ、国境線でなければ穏やかな川だと思えますが、戦場となると厄介です。さぁ、下に降りて部屋で少しお休み下さい。明日からは、砦の兵士達や各地から集まった騎士達の武術指導が始まりますよ。今夜は早く寝た方が良いでしょう」

 ジークフリートはグレゴリウスが緊張し過ぎて体力を消耗するのを案じる。戦争が始まったら、若い皇太子として何千もの犠牲者に心を痛めるだろうから、少しでも休息を取れる時は取る習慣を身に付けさせたい。

「ユーリに手紙を書かないといけないな。心配しないように内容を考えて書かなくては……」

 砦の階段を下りながらグレゴリウスが呟くのを聞き、ジークフリートは精神的に図太いと感心する。

「そうですね。ユーリ嬢を心配させたら、イリスと飛んで来そうですからね。私からもエリスの様子が知りたいと言っていたと書いておいて下さい。ユングフラウで忙しくして貰っていた方が安心できますから」

 グレゴリウスは北の砦に無事に着いた事や、ジークフリートからの伝言も書いたが、後半はラブレターとなり、受け取ったユーリは寮で砦の様子を読んで聞かせていたが、途中で頬を染めて止める。

「あれっ、それでお終いなの?」

 フランツの知っていて揶揄する言葉に、ツンとして此処から先はプライベートな内容よと、言い切って上着にしまい込む。

『グレゴリウスは何処にいるの?』

 ユーリは足元のルナを抱き上げて、北の砦に居るのよと言い聞かせる。アンドレ校長は子狼達を寮に連れて来るのを最初は良い顔をしなかったが、可愛らしさに一目惚れしてしまい、普通のペットと同類に考えてはいけないと許可した。

 実際に子狼達は寮の食堂の人気者で、派兵間近の見習い竜騎士達も心を癒される。

「視察は一週間位の予定なんだろ。じきに帰って来られるさ」

 ユーリからルナを受け取りながら、フランツは慰めの言葉をかける。そうねと溜め息をつきながら、ユーリは食堂の床でソリスと遊んでいる新米の見習い竜騎士達を眺める。

「今年は前倒しで、竜騎士への叙勲や、見習い竜騎士試験があったわね。私達が見習い竜騎士の古参組だなんて信じられないわ。今年、見習い竜騎士になった人達の騎竜訓練を手伝うことになったの。指導の竜騎士が北の砦に出払っているから、退官した竜騎士が指導するのよ」

 ソリスと遊んでいる新米の見習い竜騎士達ですら、伝令とかで北の砦に行くのに不満を感じているユーリにフランツは苦笑する。

「君はユングフラウでする事がいっぱいじゃないか。国務省での実習、新米見習い竜騎士達の騎竜訓練指導、血液の採取、軍服の縫製、その上に変人ビクターと古文書の研究もするんだろ。余り忙しいからと、食事や睡眠を抜いたりしたら、お祖母様に領地に連れて帰られるよ。それと僕が北の砦に行ったら、祖父と母に会いに行って欲しいんだ。お願いしておくよ」

 ユーリはグレゴリウスと入れ違いみたいにフランツが北の砦に行くと聞かされて、やはり動揺する。

「いつから行くのを知っていたの? 酷いわ、黙っていただなんて。怪我とかしては駄目よ」

 ルナを抱いているフランツに抱きついたので、窮屈になったルナは暴れて逃げ出す。

「せっかくルナを抱っこできたのに」

 しんみりした雰囲気になるのが嫌で、フランツは人気者でなかなか抱っこ出来ないのにと苦情を言う。

「もう、フランツったら。私より子狼達の方が好きなのね」

「いや、愛しの従姉妹も大好きですが、抱きしめたりしたら嫉妬深い皇太子殿下の怒りに触れそうで……痛いよ……ユーリ」

 からかうフランツに遊び半分で殴りかかったが、ユーリは涙が溢れそうになる。

『ソリス、ルナ、こっちにいらっしゃい』

 ユーリは床から毛糸玉のような二匹を抱き上げると、フランツに手渡す。

『ルナ、ソリス、僕を忘れないでね。今度、会うときは大きくなっているかな』

 グレゴリウスからシルバーが子牛ぐらいの大きさだったと聞いていたし、子狼達の脚も太いので大きくなるなぁとフランツは思う。

『フランツも私達を忘れないでね』

 ルナの可愛い言葉をフランツはとても有り難く思ったが、できれば綺麗な令嬢から言って貰いたかったなと溜め息をついた。


 ユーリは、グレゴリウスがユングフラウに帰って来るのを指折り数えて待ちながら、実習や古文書の研究をしていたが、ローラン王国の宣戦布告により帰省は果たせなくなった。

 フランツに頼まれた通りに、マウリッツ公爵家に、老公爵や、公爵夫人を訪ねたりして、戦争が一刻でも早く終わりますようにと祈りながら過ごす。

 リューデンハイムの寮には今年の春に見習い竜騎士になったばかりの数人と予科生だけになり、ユーリは先輩として指導する立場になった。予科生達も戦争が始まってナーバスになった生徒もいたが、子狼達との交流で竜とのコミュニケーション能力が鍛えられて、退学していく生徒が少ないのと、教官達の指導の元で落ち着いた生活を続ける。

 ユーリはガランとした感が拭えない食堂で、予科生達が子狼達と遊ぶ姿に癒される。古文書の研究は余り進まず、漏れ伝わってくるローラン王国の攻勢と増える犠牲者数に心を痛める。

『土、日はフォン・アリスト家に帰るつもりだったけど、予科生が寮に居るなら貴方達は此処にいた方が良いわね』

 ユーリはビクターと古文書の研究を続けていたが、なかなか役に立ちそうな文章にたどり着いてなくて、戦争が始まってから焦りを感じる。

 なぜなら、ゲオルク王の戦術は竜騎士達の常識を打ち破っていたからだ。竜は竜騎士を乗せて飛ぶと思い込んでいたイルバニア王国側は、初戦に現れた竜の数に驚き、半数以上が竜騎士を乗せていないのに気づいて驚愕した。

「竜騎士を乗せていない竜は役に立たないだろう」

 イルバニア王国側は、ローラン王国が竜の数を増やしたくて無謀な作戦にでたのかと首を傾げる。竜騎士を乗せなくても竜は飛べるが、戦闘には役に立たないだろうと考えたが、無人の竜達は一糸乱れぬ動きで、イルバニア王国の竜騎士達の飛行連隊の邪魔をして、人数的に不利なローラン王国の竜騎士隊の援護に当たる。

 竜騎士隊が制空権を取った方が、戦闘を優位に進めるのは常識だ。

 イルバニア王国は国民徴兵をひいているローラン王国の陸軍の圧倒的な数の優位さを、竜騎士隊で制空権を取り、上空から矢や槍で攻撃する作戦だった。その竜騎士隊に無人飛行の竜が隊列をくんで、襲いかかる。

 イルバニア王国の竜騎士隊が、無人の竜に隊列を崩されている隙に、ローラン王国の竜騎士隊が制空権を押し上げてくるのだ。

「何故、無人なのに連隊飛行が出来るのでしょう」

 北の砦で初戦の様子を観ていたグレゴリウスはユーリが懸念していた通りに、ゲオルク王が竜達を操っているのだと考えた。

「ゲオルク王は戦場に来ていますね。これだけの飛行命令を出すには、現地でこちらの編成を観察している筈です。その本陣を攻撃できれば、竜達を操るどころでは無くなると思うのですが……」

 グレゴリウスの考えはアリスト卿やハリソン元帥も同じだったが、本陣を竜騎士隊で攻撃しようにも防戦一方に追いやられていたのだ。

「ゲオルク王と竜達との絆を切れるといいのだが……」

 マキシウスは自身も編成飛行の際に、他の竜達に命令を直接伝えたりするが、竜達の心を縛り付けて己の思うが儘に操るゲオルク王のやり方に虫酸がはしる。

「竜騎士を乗せていないのに、統制が取れた飛行をされると、打つ手がありませんな。竜には槍も矢もききません」

 陸軍のハリソン元帥は、苦々しげに無人飛行の竜を睨む。

 無人飛行の竜は今のところは下のイルバニア王国の兵達に攻撃は仕掛けてないが、もし熱い油とか石をを上から撒かれたら甚大な被害が出るのだ。頼みの綱の竜騎士隊が、無人飛行の竜によって本来の働きができないのは痛手だと、ハリソン元帥は厳しい顔のアリスト卿を見つめる。

「こういう事は……」

 絶対に戦場には来させないと決意していたが、モガーナから魔力を引き継いだユーリなら、ゲオルク王と竜達の繋がりを一瞬でも切ってくれるのではとマキシウスは考える。

「アリスト卿、ユーリは北の砦には来させませんよ!」

 グレゴリウスは、戦死者や負傷者の呻き声が満ちた戦場をユーリに見せたくなかった。ハリソン元帥は苦渋するアリスト卿の心中を察して、自分が国王への進言をする事にした。



 ユングフラウに留まっていた国王は、ハリソン元帥の進言を受けて、北の砦へと出向く。

「竜騎士隊は苦戦しているな」

 陸軍はもとより圧倒的な軍勢に押され気味な上に、頼みの綱の竜騎士隊が苦戦しているのは痛い。

「海上は封鎖していますから、兵站は秋の収穫前で不足してくると思います。カザリア王国も昨年押し込まれた国境線を押し返そうと戦いを仕掛けていますし、ローラン王国は其方の防戦もしなくてはいけませんから……」

 マキシウスの言葉を、国王は手で制す。

「カザリア王国はコンスタンス姫が人質に取られているから、小競り合い程度で前の終戦調停で取られた鉱山を取り返す事もできまい。ユーリを北の砦には来させたくは無かったが……今は古文書の研究に専心させよう。本人が来なくてもよい策が見つかるかもしれない」

 国王の言葉に、マキシウスとグレゴリウスは拳を握り締めて、抗議の声をあげるのをこらえた。マキシウスはユーリを竜騎士にしたのを心の底から後悔する。
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