スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香

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第十一章  戦争と恋

5  アスランの誘惑

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「確かこのあたりだったわ、あった、此処よ」

 メーリングのバザールの中を迷いながら進んだユーリは、シェリフ商会の建物にたどり着いた。

「アスラン様は、いらっしゃいますでしょうか」

 何度か訪問したことのあるユーリの顔は覚えられていたので、召使いは二階へと案内する。

「ユーリ、今日は何の用事ですか」

 ユーリは、アスランがメーリングに滞在していて安堵した。

「こちらに座って下さい」

 床のふかふかの絨毯の上で寛いでいるアスランの横に、ユーリは座る。何も合図もしてなさそうなのに、召使いが色々と食事の皿を運んで来た。

「ちょうど、お昼にしようと思っていたのです。要件は後で伺いますから、一緒に食べて下さい。一人での食事は、味気ないですからね」

 付き添いの侍女と護衛にも食事が別室で出されていると聞き、ユーリは何事もゆっくりと進めるのが東南諸島風なのですよと食事を勧められて断れなくなった。

「辛いのは、苦手でしたね」

 アスランはもてなし上手で、ユーリが食べやすいのを選んで皿に取ってくれる。

「とても美味しいわ。この海鮮炒めの麺は絶品だわ」

 ユーリが上手に箸で食べるのをアスランは面白そうに眺める。出会った時から2年が過ぎ、可愛い少女から魅力的な女性に変わりかけているユーリに、心が惹かれているのを可笑しく思う。

 アスランには口説き落とした第一夫人のミヤがいて、大事な人生のパートナーとして信頼していた。その他に何人かの押し付けられた妻はいたが、第二夫人は不在のままだった。こんな変な女の子と暮らすのも面白そうだと、アスランは考えたのだ。

「アスラン様にお願いがあって、訪ねて来たのです」

 食事を終えて、お茶と甘いデザートを食べると、ユーリは本題を持ち出した。

「この竜心石を買って頂きたいのです。できれば、100万ダカットで……」

 ユーリから竜心石を手渡されて、アスランはイルバニア王国には代々国王に伝わる竜心石しかないと思っていたので少し驚く。

「ふ~ん、こんな貴重な宝物を100万ダカットで手放すのですか。ダカットねぇ、ローラン王国の粗悪な金貨にはウンザリしているのですよ。あの国のゲオルク王は、自らの首を締めてますね。元の金貨を集めて粗悪なダカット金貨を倍増して、経済をどうにか回そうとしてますが、1ダカット=1クローネどころか、3ダカットで1クローネにも扱われなくなっていますよ」

 ユーリは普段なら興味深いローラン王国の貨幣政策の失敗を語るアスランにあれこれ質問しただろうが、今は竜心石を買ってくれるのかどうかが気にかかる。

「ゲオルク王が裕福な商人や地主の財産を没収するから、経済は冷え込む一方ですしね。緩い統治のイルバニア王国は戦争間近なのに、相変わらず呑気さを発揮して、消費は冷え込んでないから貿易相手として助かっていますよ」

 貿易立国の東南諸島連合王国の王子であるアスランは、実際にローラン王国に何度かシェリフ商会の御曹司として足を運んだことがあり、行く度にゲオルク王の全体主義的な政策に反発を感じていた。

 自由貿易が東南諸島のモットーなので、ここ数年はイルバニア王国からの直接の小麦の輸出が押さえられているので、食料自給率の低いローラン王国に小麦を密輸して大儲けを企む商人も多かった。しかし、ローラン王国が支払う粗悪なダカット金貨の相場の件で、東南諸島の商人との悶着は絶えない。

「100万ダカットかぁ、ローラン王国からバロア城の賠償金でも要求されましたか? 馬鹿げた請求書など無視しなさい」

「なぜバロア城の賠償金だとわかったのですか」

 ユーリが驚くのを、アスランは笑う。

「貴女がダカットだと言うからですよ。第一、ゲオルク王は間抜けだなぁ。100万クローネで、請求すれば良かったのにな。ダカット金貨は国際的に信用を無くして、下落一方ですよ。最新の相場では30万クローネ位に落ち込んでますよ。まぁ、金の保有量からしたら40万クローネ位の値打ちはあるから、30万クローネは低く過ぎですから、買い取って利鞘を儲けても良いですけどね」

 それだけ貿易相手が、ローラン王国との取引をウンザリしているとの評価だと、アスランは皮肉を込めて笑う。

 国のミヤならチャッカリとローラン王国に小麦を運んで粗悪なダカット金貨を掴まされた商人達から安く買い取って、東南諸島連合王国の金貨鋳造所に金の目方売りをしてるだろうと想像する。

「貴女はこの竜心石を、魔力に取り付かれたゲオルク王に売り飛ばすとは考えないのですか。まぁ、騎竜の魔力を吸い上げる彼奴の遣り口は気にいりませんから、私はしませんけどね」

 ユーリは竜心石をゲオルク王が手に入れる危険性を考えて無かったので顔色を変えたが、アスランも嫌ってるから協力しないと聞いて安心する。

「ふ~ん、何でバロア城の賠償金なんか気にするのですか? あんなの誰から見ても不法でしょう。ユーリも少しは頭を使えばわかるでしょうに、それでも気に障るのですね…‥」

 ユーリも皆から説得されるまでもなく、腹立ちは感じるが払う必要性が無いのは理解していた。

「馬鹿げてるのはわかっているの。でも、100万ダカットで、ローラン王国と繋がっている気持ち悪さが耐えきれなくて……」

 アスランは、ユーリの馬鹿な潔癖症は嫌いじゃ無いなと思う。

「そういう馬鹿なプライドは好きですね。ただ、貴女の100万ダカットで、ローラン王国は兵站とか買い付けるのではないでしょうかね」

「そう言えば……そうかも! そんなの許せないわ」

 目から鱗のユーリを、クスクスと笑いながらアスランは引き寄せる。 

「イルバニア王国の人達も、同じようなことを言っていたと思いますよ。聞く耳を持っていなかったのでしょう」

 可愛い耳なのにと、ふざけて耳にキスをしてきたアスランを突き飛ばして、ユーリは側から離れる。

「おや、ルドルフ皇太子に操を立てるのですか」

 もう! とユーリが怒って立ち上がろうとするのを、手をつかんで抱き寄せた。

「怒った貴女は魅力的ですね」

 黒く輝く瞳に見つめられて、ユーリはドキマギする。皮肉な言葉や、傲慢な態度ばかり気にしていたが、アスランはとても整った顔をしているのに気づいた。

「冗談は、言わないで下さい」

 ユーリはアスランを押し返しながら、ふざけているのだと怒った。

「私は、まだ第二夫人を見つけて無いのですよ。おおっと、誤解しないで下さい。第一夫人のミヤとは、貴女の考えているような関係ではありません」

 ユーリが第二夫人と聞いて怒って立ち去ろうとしたのを、慌てて弁解する。

「う~ん、東南諸島連合王国の結婚制度は、誤解されやすいのですよね。第一夫人のミヤは妻ではなく、そうですねぇ、人生のパートナーなのです。留守にしがちの私に代わって、財産と家の管理をしてくれているだけです」

 ユーリは前から東南諸島の結婚制度には疑問を沢山持っていたので、二人っきりで話せるチャンスに引き込まれてしまう。アスランと結婚制度について議論をしているうちに、お互いの考え方を腹を割って話せる相手を見つけたのに気づいた。

「ユーリの考え方と、行動は矛盾している。旧帝国から独立した三国は女性を大事にしているようで、自立を認めてませんからね。貴女も女性人権を重視した進んだ考え方なのに、フリーな結婚制度を受け入れられないのか不思議です」

「フリーなのは、男性だけに思われます。移り気な男の人に、都合が良い結婚制度では無いのですか」

「冗談じゃない、私なんか欲しくもない妻を何人も押し付けられて困っているのですよ。他の結婚相手を見つけるのに、どれほどミヤと苦労しているか。より良い条件の相手でなければ、結婚して出て行ってくれませんから、苦心惨憺して減らしても、次のが送りこまれて閉口してるのです。ミヤは持参金を増やす能力が高いから、狙われているのです」

 ユーリは東南諸島連合王国の変わった結婚制度を、興味津々で聞く。

「何人もの奥さんは、嫉妬とかしないのですか。それに子どもはどうなるのですか」

「嫉妬は感じるのかもしれませんね。でも、第二夫人以外は基本は他へのステップアップと考えていますから、より良い縁談の為の能力の高い子供を持つことに熱心です。能力の高い子供を産むと、玉の輿に乗り易くなりますからね」 

 アスランと結婚している内に持参金を増やして貰って、次のより良い条件の結婚相手にステップアップしていく、強かな女の人の生き方を面白く思う。

「ユーリは私と結婚したら、他のややこしい求婚者から解放されますよ。ずっと一緒に、世界中を竜や船で回るのも面白いと思うな。ゴルチェ大陸には未開の土地も多いですが、変わった宗教を信じる国や、魔法に満ちた国もあります。イルバニア王国に縛られず、色んな国を見てみたいと思いませんか」

 アスランの話す極彩色の鳥が飛び交う島や、嵐の後の虹、雄大な自然の驚異、海に飛び込む色とりどりの更紗を着た女の人達の話にユーリは引き込まれた。

「ほら、こんな更紗を身体に巻き付けて、海に飛び込む貴女の姿を想像してみて下さい。色とりどりの熱帯魚や、イルカと一緒に暖かな海で泳ぐのです。メリルもイリスも海水浴を楽しみますよ」

 アスランは赤地に細かな模様が染め付けられた更紗をユーリに被せて、よく似合いますよと抱き寄せる。

 ユーリは、アスランの見知らぬ世界の話に魅了された。

「でも……」戦争になりそうな祖国を捨てて、アスランについて行くのはとユーリは戸惑う。

「貴女が祖国にいたいなら、それでも良いのです。束縛はしませんから」

 黒い瞳に引き込まれそうになっていたユーリは、アスランにキスされそうになった瞬間、悲しそうな金褐色の瞳が浮かんで突き放す。

 アスランとの生活は魅力的だが、自分でなくとも良いのだと感じる。でも、グレゴリウスが自分がアスランと世界中を飛び回ったりしたら、悲しむだろうと思うと、色鮮やかな世界も意味のない物に感じる。

「ユーリ! 何をしてるんだ!」  

 話に夢中になっていた二人は、階下の騒ぎに気づいて無かった。グレゴリウスとジークフリードはイリスを見張ってたので、ユーリがメーリングに行ったのに気づくのに遅れたが、馬車の御者から宝石店を聞き、竜心石を売ろうとしていたと驚愕してシェリフ商会に乗り込んだ。

 止める召使いや護衛を押し切って二階に駆け込んだグレゴリウスは、アスランの腕の中にいるユーリにショックを受けた。

「連れて帰ります!」

 ユーリの手を掴んで立ち上がらせると、強引に屋上へつれてあがりアラミスに乗せて飛び立った。あまりの無礼さに呆気にとられたアスランは、怒るより、笑いの発作に襲われる。

 ジークフリードと防戦中の召使いを笑いながら止めると、ユーリと暮らしたら退屈とは無縁だったのになぁと呟く。

「アスラン・シェリフ・シャザード・ファミーリア殿下、ユーリ嬢から竜心石を買いとられたのですか?」

 ジークフリードは重大な話をきちんと聞かないと、この場を後に出来なかった。

「まぁ、話は飲みながらにしましょう。竜心石はユーリが持っていますから、大丈夫ですよ。なぜ、私の名前を知っているのか教えて欲しいですね。それに失恋した自棄酒を、独りで飲むのは味気なさすぎますよ」

「少しの間ならお付き合いします。若い二人が、間違いをおこしては大変ですからね」

「イルバニア王国一の色男が、無粋なことを言うのだな」

 ジークフリードは軽く抗議しながら、酒席に付き合う。

「皇太子殿下の指導の竜騎士ですし、ユーリ嬢の父上とはハトコですからね。それに亡くなる時にユーリ嬢を見守ると約束しましたから」

 ジークフリードは注がれた酒を一気に飲み干す。アスランは、失恋したのは自分だけでは無いなと苦笑して、自棄酒を飲む。
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