スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香

文字の大きさ
上 下
221 / 273
第十一章  戦争と恋

4  メーリングは鬼門?

しおりを挟む
 ユーリはフォン・フォレストから帰ってから、100万ダカットを払うべきかどうか悩んでいた。

『監禁されたり、ユージーンを人質にして結婚式を強要されたり、危うく強姦されそうになったのだから払う必要ないのよ。でも、嫌いな相手に借金があると、勝手に言われているだけなんだけど……気分が落ち着かないのわ』

 イリスに愚痴を言っても仕方ないのは、ユーリもわかっている。しかし、ユージーン、ジークフリート、マウリッツ公爵、お祖母様……話した人全員から、そんなの無視すれば良いと言われても、心の棘が抜けないのだ。 

 自分が馬鹿げた事を気にしているのは重々承知していたが、大嫌いなローラン王国から借金の督促をされている状態が我慢できない。

『メーリングかぁ、前に行った時も道に迷って酔っ払いに絡まれたりしたのよね。誰かと一緒に行かないといけないのはわかるけど、反対してる人ばかりだし……』

 ユーリは誰に一緒に付いて行って貰うか悩む。

『グレゴリウスがいいんじゃない』

 アラミスからユーリの結婚相手にとプッシュされているし、子どもの頃から見てきたグレゴリウスをイリスも少し応援したい気持ちを持つ。

 勿論、ユーリが好きになった相手としか結婚を認めない気持ちに変わりはなかったが、毎日のようにアラミスに言い続けられてチャンスを与えるぐらい良いと思う。

『駄目よ、絶対に反対するに決まってるじゃない。変な事を言わないでよ。う~ん、誰か良い人いないかしら……』

 知り合いの顔を順々に思い浮かべて見ても、宝石類でも、竜心石でも売るのを反対しそうな人ばかりだ。

『仕方ないわ、昼に行ける週末まで待って、侍女を連れて行きましょう』 

 ジークフリートは、ユージーンからユーリが宝石類を売って100万ダカットを払うつもりだと聞いて頭を痛めた。

「う~ん、困りましたね。ユーリ嬢に何度言い聞かせても、本人が気になって仕方ないみたいですね」

 ユージーンは、父上がユングフラウの宝石店に手を回したと伝えた。

「宝石は売値はしれてますからね。ユーリがそこまで気になって仕方ないなら、50万クローネを与えてやろうと思っているのでしょうが、間違っていると思う……ただ、ユーリはユングフラウの宝石店を既に回って、売値の低さにガッカリした後だったみたいなのです。これで100万ダカットを払うなんて、馬鹿な考えを諦めてくれれば良いのですが」

 ユージーンはユーリの性格なら、何らかの方法を考え出すだろうと懸念する。

「イリスを監視しますよ。ユーリ嬢が何か計画して行動するなら、イリスも一緒の可能性が高いですからね。寮ではアラミスが監視するでしょうから、フォン・アリスト家の監視は引き受けます。マウリッツ公爵家はお任せします」

 二人はユーリから目を離さない事を話し合った。



 グレゴリウスはフランツから、ユーリがバロア城の賠償金について悩んでいると聞かされて、恥ずべき要求をしてきたローラン王国に怒る。

「何だかユーリが変なのは、そのせいなのかな」

 リューデンハイムの寮で食事の時も、そそくさと食べ終えると席を立ってしまうユーリの態度に、グレゴリウスは悩まされていたのだ。フランツは、ユーリがグレゴリウスを意識し始めているとのジークフリートから聞いていたが、これは何か企んでいるのを自分達に知られたくないからなのではと思う。

「一度、ユーリと話してみるよ」

 グレゴリウスはユーリと話し合って、バロア城の賠償金など払う必要がない事を説得するつもりだ。ユーリの予定を把握しているグレゴリウスは、声楽のレッスン後をつかまえて話し合おうと、パウエル師の屋敷で出てくるのを待った。

「ここで待ち伏せするしか無いのかな……」

 待っている間、グレゴリウスは何回か寮で話し合おうとしたが、女子寮にそそくさと行かれてしまい果たせなかったのだから仕方ないと考える。

「グレゴリウス皇太子殿下、ここで何をなさっているのですか」

 ユーリはパウエル師のレッスンを終えて、屋敷の外にまたせていた馬車に侍女と乗ろうとして、グレゴリウスに気がつき驚いた。

「少し話があるんだ。一緒にフォン・アリスト家に行ってもいいかな」

 グレゴリウスはサロンでユーリと二人っきりで、バロア城の賠償金を支払う馬鹿馬鹿しさについて説得する。

「そんなのわかっているの。でも、100万ダカットで繋がっているみたいで、気持ちが悪いのよ」

 ユーリがどれほどローラン王国を嫌っているかはグレゴリウスも知っていたが、100万ダカットのせいで繋がりを感じている嫌悪感が生理的なものだと気づいた。

「ユーリ、バロア城の賠償金であって、ルドルフ皇太子との結婚解消の賠償金では無いんだよ。第一、結婚など無効なのだから、あんなの誰も認めたりしないさ」

 ユーリの肩をつかんで顔を見つめながら、グレゴリウスは真剣に話す。

「グレゴリウス皇太子殿下……」

 間近で金褐色の瞳に見つめられて、ユーリは頬を染める。

「君をあんな奴に渡したりするもんか」

 グレゴリウスはユーリを抱きしめてキスをしながら、頭の一部で、なる程ジークフリートが言っていたキスしても良いというムードとはこういうことだったのだと変な感心をする。

 だが、そんな考えは一瞬だけで、愛しいユーリを抱きしめて、平手打ちもされないでキスに夢中になっていく。

「ユーリ、愛している」

 甘い言葉にうっとりしていたユーリだったが、次の瞬間グレゴリウスを押しのけた。

「結婚して欲しい」

 その一言で我に返ったユーリは、自分がグレゴリウスとのキスに夢中になっていたのに驚いた。

「皇太子殿下、私は皇太子妃になんか向いてません。何回も、そう言ったはずです」

 しまった、先を急ぎ過ぎて、折角いいムードだったのにしくじったとグレゴリウスは後悔する。結局、マキシウスが帰宅してきて、ユーリの説得も、キスの続きもできないままグレゴリウスは屋敷を後にした。


 やるせない気持ちのグレゴリウスは、ジークフリートの屋敷に恋の悩み相談に訪れ、恋人とのデートをドタキャンさせることになった。ジークフリートは、性急なプロポーズで台無しにしたのに溜め息をつく。

「皇太子殿下、プロポーズするのに指輪も用意してないのでしょう。何も作戦もたてずに、勢いでする遣り方もありますが、玉砕する確率が高いですよ」

 グレゴリウスは指輪かぁと、ジークフリートの急ぎ過ぎだという忠告はスルーして、ぼぁんとしてしまう。

 ジークフリートは、恋するグレゴリウスに何を言っても無駄だと肩をすくめる。ユーリがまだ賠償金を気にしているのを確認したので、グレゴリウスにも馬鹿な真似をしないように見張るように指示した。


 マキシウスはそそくさと寮に逃げ帰ったユーリが、サロンでグレゴリウスと何を話していたのか聞きそびれた。しかし、二人の様子に何だか今までとは違うものを感じ、複雑な思いに捕らわれる。

「声楽のレッスンはこんなに遅くまであったの?」

 屋敷にいるとお祖父様に質問されるのが気まずくて寮に帰ったものの、夕食を食べていたユーリはフランツの言葉に喉に詰まりそうになった。

「大丈夫? そんなに慌てて食べたら駄目だよ」

 咳き込んで真っ赤になったユーリを心配したフランツだが、グレゴリウスもまだ帰って来ていないし、何かあったなと確信する。



 ユーリが女子寮に逃げるように帰った後に、グレゴリウスがぼぁんとしたまま寮に帰ってきた。

「フランツ、ユーリはどんな指輪が好きかなぁ」

「ユーリは、宝石にあまり興味を持ってませんよ。って、指輪って……まさか婚約指輪ですか!」

 フランツの大声を、グレゴリウスは口を手で押さえて止める。

「ジークフリート卿にプロポーズするなら、指輪を用意するものだろうと言われたのだ」

 ポッと頬を赤らめて小声で打ち分け話をするグレゴリウスを、フランツは驚きと不審の目で見る。

「いつの間に、ユーリとそんな仲になったのですか? それにジークフリート卿がそんな忠告を本当にしたのですか?」

 グレゴリウスは、ジークフリートの言葉をフランツに告げる。

「皇太子殿下、それは指輪を用意しろという意味でなく、性急なプロポーズは玉砕するだけだと止めているのではないですか? 実際に、ユーリに断られたのでしょ」

 自分が知らない間に急展開があったのかと驚いたが、少しは進展したみたいたがプロポーズは勇み足にフランツは思えた。だが、恋するグレゴリウスに忠告は耳に入ってない様子だなと、溜め息をつく。



 ユーリは、部屋で自分の揺れ動く気持ちをもてあましていた。

「グレゴリウスとキスするなんて……」

 プロポーズされる前の、うっとりとしていた時間を思い出し、混乱しまくる。


 週末になり、アリスト家で過ごしていたユーリは、メーリング行きを決行する。宝石類を持ち運ぶので、馬車に侍女と護衛を伴って、メーリングに向かう。

 ジークフリートやグレゴリウスはイリスを騎竜に見張らせていたので、ユーリの行動に気づくのに遅れた。

「馬車だと、2時間以上もかかるのね」

 ユーリはイリスとメーリングに来たことしか無かったので、馬車に乗っての長時間の小旅行に疲れた。予め宝石を輸出入している商店をユングフラウで聞いて、御者に伝えてあったから迷うことなく着く。

「素晴らしい品ばかりです。本当に手放されるのですか?」

 店主は持ち込まれた宝石類を鑑定し始めた。ユーリは自分が馬鹿な意地を張っていると気づいていたが、どうしても心に刺さった棘が抜きたかった。

 しかし、メーリングの宝石店でも、買い取り価格は思わしくなかった。

「やはり、そのくらいにしかならないのですね」

 ユングフラウよりは高値だが、50万クローネには及ばずガッカリしたユーリは竜心石を手放す決心をする。

「これは、幾らぐらいの値打ちなのでしょう」

 店主は胸から下げていた大粒のブルーダイヤに見えたネックレスを手渡されて、腰を抜かしそうになった。

「これは……竜心石! まさか、この手に持つことがあるとは考えたこともありませんでした」

 店主はルーペで竜心石を眺めて、石の中で燃える青い炎に見とれる。

「これは……家では扱えませんよ。お嬢様、このような貴重な物を手放してはいけません。世界に数個しかない宝物ではないですか」

 店主はこんな貴重な物に値段などつけれないし、自分には全財産を叩いても買い取れないと辞退する。

「100万ダカット必要なのです」

 ユーリの申し出にも、店主は首を横に振った。こんな貴重な宝物を買い取っても、売ったりして首が飛んでしまっては、意味がないと竜心石をユーリに返す。

「これはお祖母様から誕生の祝いに頂いた守り石で、私の個人的な財産なのです。それにお祖母様からは、好きにすれば良いと許可を頂いてますわ。だから、首が飛ぶなんて事は有り得ませんわ」

「お祖母様……ユーリ・フォン・フォレスト嬢……フォン・フォレストの魔女と呼ばれる方のお孫様なのですね。無理です! 私には妻も子供達もいます。どうか、お引き取り下さい!」

 訪問の予約と高額の取引になるので、名前を聞いてはいたが、古い噂を竜心石などという魔力を秘めた石から思い出して店主は怯えた。

「だから、お祖母様は売るなり、捨てるなり、好きにすれば良いと言ってるのよ」

 こんな貴重な宝物を捨てても良いと言うような魔女とは拘わりたくないと、店主は余計に怖くなる。

「そうだ! 東南諸島の商人が珍しい石を高額で買い取ると噂を聞きました。そちらの方なら、フォン・フォレストの魔女の呪いも平気でしょうから、紹介状をお書きしますよ」

 ユーリはお祖母様は呪ったりしないわと抗議したが、紹介状は受け取る。

「あら、アスラン様だわ。ふ~ん、羽振りが良さそうだから、100万ダカットを払ってくれるかも」

 店主は竜心石の値打ちは100万ダカットどころではありませんよと良心的な忠告はしたが、ユーリが店から出て行くと厄介払いできたと安堵する。  
しおりを挟む
感想 82

あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)

たぬころまんじゅう
ファンタジー
 小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。  しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。  士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。  領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。 異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル! ☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

処理中です...