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第十一章  戦争と恋

1  恋のシーズン

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 年明けは、変人と呼ばれているロシュフォール卿の血液検査の手伝いをしていたが、指導の竜騎士になってやろうという涙がでそうなほどの有り難い申し出は、マキシウスもユーリに即刻に辞退した。

「私ならユーリの見習い竜騎士の実習を、きちんと認めてあげるのになぁ? 君がいると血液検査を怖がらないし、協力する男が次々と来てくれるんだ。シュミット卿には君は必要ないさ」

 手伝うのは良いけど、ロシュフォール卿の見習い竜騎士にはなりたくないと思う。

「そろそろ、国務省での実習を再開しようと思っているのです」

 そう言って断るユーリを変人ではあるが優秀な医師でもあるヘルメスは、激務の財務室で見習い実習をするのを心配する。治療の技も習得しているユーリを書類仕事などで消耗させるのは無駄だと思ったのもあり、指導の竜騎士に立候補したのだが、どうも自分は誤解されやすいとビクターに愚痴る。

 ユーリが訪問してから屋敷が片付けられシンプソン夫人が掃除しだしたので、ヘルメスは召使い以外誰もいない屋敷が寂しくてビクターの家に入り浸っていた。

「それは誤解じゃなくて、正当な評価じゃないのか。シュミット卿の下で見習い実習した方が、ユーリが将来竜騎士になった時に役に立つと判断したのさ。なぁ、シェリルに頭を下げて、戻って来て貰えよ。ダンフィールド伯爵家だって、出戻られても迷惑だろう。弟に代替わりしてるのに、シェリルも居心地わるいのではないか」

 ヘルメスはうっと黙り込む。

「まぁ、奥方が実家に帰ったのを迎えにも行かず、放置なさっているのですか。それは気の毒ですわね。なら、正式に離婚した方が奥方の為ですわ。離婚したら、他の方に嫁ぐなとできますもの」

 ソファに寝そべったままのビクトリアにまで非難されて、ヘルメスは凹んだ。

「今、迎えに行ってもまた同じ事の繰り返しだ。戦争前に血液検査を終えておきたいし、シェリルの相手をしてやる暇がないからな。貴女のように何か趣味でもあれば……子どもでもいれば、気が紛れたのだろうがな……」

 ヘルメスは、シェリルがかまって欲しがっているのを知ってはいたが、つい研究に没頭してしまい、寂しい思いをさせたのを彼なりに後悔していた。

「実家なら甥や姪がいて、賑やかだろうと思っていたのだが、私の勝手な考えだったのかな。戦争が終わったら迎えに行こう」

「そんな事言ってないで、とっとと迎えに行けよ。新しい男が出来ても知らないぞ。なにせ恋のシーズンだからな!」

 ローラン王国との戦争が避けられないと、覚悟を決めた国民は恋のシーズンに突入した。もともとイルバニア王国の国民は恋を重要視していたが、戦争で命を落とすかも知れないと考えて、盛り上がった恋人達の婚約や結婚ラッシュになっていたのだ。

 ヘルメスは、その意味ではイルバニア王国の国民性に似合わぬ変人で、戦争前なのによく結婚できるなと批判的だ。ヘルメスの甥のグレゴリウスは、イルバニア王国の国民性に似合いの皇太子で、まさに恋のシーズンの影響をモロに受ける。

「ユーリも落ち着いてきたし、国務省での実習も始めるみたいなんだ。それは嬉しいんだけど、国務省にはアンリ卿がいるからなぁ」

 恋の悩み真っ最中のグレゴリウスの愚痴に、フランツはどうアドバイスしたら良いのか悩む。

「リューデンハイムの寮に戻ると言ってましたから、会う機会も増えますよ。当分は残業は禁止の筈ですから、食事は一緒に食べられます」

 ランチはアンリと食べるのかと溜め息をつく。ユーリはお祖父様から国務省の見習い実習を再開するに当たって、残業の禁止を命じられていた。

「身体が疲れると、精神的に不安定になりやすいからな。少しずつならしていきなさい」

 ユーリも自分の精神的な不安定さは感じていたので、お祖父様の命令に従うと約束する。

 冬休みの間、下僕のユージーンとミシン練習所の物件を探して歩いている時も、茨姫の伝説の歌が街角から流れてくるとユーリはやはり動揺してしまった。無理やりローラン王国の皇太子と結婚させられそうになった乙女を、塔から助け出そうと火を噴いた竜の話は、ロマンチックな話の好きな国民性を刺激して大流行していたのだ。

 フォン・フォレストではユーリがそんな歌を耳にすることは無かったが、人口の多いユングフラウでは街に出ると一度は聞こえるので、動揺しないようにするだけで疲れる。


 ユーリは寮に帰り、シュミット卿の見習いとして実習を再開した。何事もなかったように接してくれるシュミット卿に感謝しながら、少しは手加減してくれないかなと愚痴を言いたくなる。

 フォン・フォレストにも何通もお見舞いの手紙をくれたアンリとは冬休みに、ミシン練習所を探す手伝いをしてもらったり、ユングフラウ大学生の血液検査を学長に説得してもらう約束も取り付けていた。

 国務省の見習い実習していると、アンリと自然に会う機会が増え、ユングフラウ大学の学長を説得した話をしながら、ランチを食べたりと傍目からは親密に見えたが、恋には至って無い。

 ケイロンの大使館付きだったシャルル大尉は負傷により、他の竜騎士と交代しニューパロマに帰って来ていて、ユーリはお見舞いかたがた治療しに訪問する。

「ユーリ嬢に治療していただけるなんて」

 遠慮していたシャルルだが、まだ痛んでいた傷が完全に治ったのに驚き感謝する。

「パーラーでアイスクリームを食べた後、黙ってケイロンに発たれたのを恨みましたのよ。言って下さらないなんて、薄情ですわ」

 ユーリの恨み言に、シャルルはあたふたと言い訳をしたりして笑わせたが、お互いに戦争前の不安を振り切るように明るく振る舞う。

 ユーリの知り合いの令嬢の婚約パーティーにはアンリやシャルルと出かけることが増えていき、グレゴリウスは恋心を痛める。

「ごく内輪のパーティーですから、皇太子殿下が出席するのも変ですしね」

 フランツは、ユーリがアンリやシャルルと恋しているわけではないと感じていたのでグレゴリウスを宥めたが、あの二人とパーティーに出席するのが多いのは公爵家やアリスト卿が戦争前に結婚を決めたがっているのだと思った。

「ユーリが、私を避けている気がするんだ。一緒に朝食や、夕食を一緒には食べているけど、本当に食べてるだけで……」

 恋に悩むグレゴリウスと違い、ユーリは混乱していた。

「戦争が始まりそうなのに、何故みんな恋なんかしてるのかしら。それどころじゃないでしょう」

 婚約パーティーに出席して、幸せそうな恋人達を見る度に混乱してしまうのだ。婚約相手は名門貴族の子息なので、ユングフラウ大学卒だったり、竜騎士だったりで、相手によってアンリとシャルルがエスコート役になる。

 グレゴリウスの感じている通り、ユーリは避けていた。アンリやシャルルとは気楽に付き合えるのだが、グレゴリウスと一緒にいると、何故か気詰まりに感じてしまう。

 この様子をジークフリートが見ていたなら、ユーリがグレゴリウスを意識し始めていると気づいたかもしれない。だが、リューデンハイム寮でしかグレゴリウスとユーリは会う機会がなく、ジークフリートはローラン王国からの連日の無礼な書簡の返事に忙しかった。


「ユーリ、今度の週末は予定が入ってなければ、母上がお茶でも一緒にしようと誘われているんだ。ヘルメス伯父上に協力してくれたお礼を言いたいとかで、お茶に招待したいそうなんだ」

 グレゴリウスは、自分が誘っても断られるばかりなので、母のマリー・ルイーズを持ち出してユーリを誘ったが、ユーリに予定があるのと断られてしまう。そそくさと女子寮に引き上げるユーリの後ろ姿を未練がましく眺めていたが、フランツも露骨に避けているなと気づく。

「何だか変ですよね。皇太子殿下、何かキスしたとか避けられることをしましたか」

 今までもキスして平手打ちした後とか、告白した後とかに、ユーリはグレゴリウスを意識して避ける時があったので、フランツは自分が知らない間に何かあったのかと疑問に思ったのだ。

「私は何もしてないよ。ユーリは、誰か好きになったのかもしれない。だから私を避けているのかも……エドアルド皇太子なのかなぁ……それともアンリ卿、シャルル大尉かもな……」

 もう少しで17才になるユーリは匂い立つぐらいに美しくなり、グレゴリウスは見ているだけで胸が締め付けられるような恋に悩む。

 フランツは、ユーリがかなりエドアルドに好意を持っているのには気づいていたので、かなりヤバいと思う。

 グレゴリウスもあと数ヶ月で17才になるし、背もまた伸びたりしていたし、ケイロンからの逃避行で命の危機を体験して精神的にもグッと大人びてきてはいたが、エドアルドは19才になりユーリを守護してエスコートする態度も堂にいってる。

「まだ、ユーリは男性恐怖症気味ですから、恋などしないでしょう」

 フランツの慰めに、グレゴリウスは余計に暗い顔になる。

「バロア城から脱出した夜、ユーリはハンナに泣きながら話していたんだ。ユージーン卿はお湯を使っていたし、私は暖炉の前でうとうとしていたから、誰も聞いていないと思っていたんだろう。ユーリは男の人が怖いから、一生結婚できないかもと泣いていた。ハンナは好きな人ができれば変わると慰めていたけど……エドアルド皇太子とは、キスできるんだよな」

 グレゴリウスはユーリがエドアルドを選んだから、自分を避けているのだと落ち込む。

 フランツは自分の手にあまると、ジークフリート卿に丸投げすることにした。何故なら、フランツは忠告できる程の恋愛経験が無かったからだ。

「人の恋バナ聞いている場合じゃないよな~。せっかくイルバニア王国一の色男が指導の竜騎士なんだから、皇太子殿下の恋の指導も任せよう」

 ローラン王国からの無礼な書簡に苛立ちを感じていたジークフリートは、フランツからグレゴリウス皇太子殿下の恋の悩みを押し付けられて、それどころじゃないとキレかけたが、ユーリをエドアルドに嫁がせるわけにもいかないと一肌脱ぐことにする。
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