スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香

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第十章  ローラン王国

10  噂なんか気にしないわ!

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 グレゴリウスは爆睡から目覚めると、熱で倒れたユーリと、自分を護る為に負傷したジークフリートの事を心配する。心配をかけたお祖母様と母上に顔を見せると、王宮の医務室で寝ているジークフリートを見舞う。

「安静が第一です。でも、鍛えてあるし大丈夫ですよ」

 医師に寝るのが一番だと諭されてお礼も言えなかったが、寝ていてもハンサムなのは反則だなと思いながら医務室を出る。

 ユーリを見舞いたいとグレゴリウスは思ったが、熱で寝ていたらと躊躇う。こういう時は変人でも、天才医師である伯父上に尋ねてみようと、ユングフラウ大学に向かう。

「ユーリが魔力を使い過ぎで、熱を出して倒れたのです。お見舞いに行きたいのですが、大丈夫でしょうか」

 珍しく訪ねて来たグレゴリウスから、ユーリの発熱と、ジークフリートの出血多量を聞いたヘルメスは少し考えた。

「ユーリの熱は、寝させておけば大丈夫だろう。ジークフリート卿の出血かぁ、いい実験体だな。いや、革新的な治療方法を考えたのだが、患者が嫌がってねぇ」

 肝心なユーリの相談をスルーして、ジークフリートに怪しい施術をしようと王宮へ急ぐ伯父に、相談した自分が馬鹿だったと後を追いかけるグレゴリウスだ。

 だが、輸血と、栄養液の点滴で、ジークフリートはみるみるうちに回復して、グレゴリウスはホッとする。たまたま見舞いに来たフランツは血を取られて、気の毒に思ったマリー・ルイーズ妃から、ふらつきながらお茶をご馳走になる。

「でも、フランツの血は良くて、私の血は駄目だなんて変ですね」

 グレゴリウスは自分の為に負傷したジークフリートに血を分けてあげたいと、指先から数滴の血をガラス板の上に落としたが、駄目だなと拒否されたのだ。見舞いに来たフランツの血はジークフリートと同じだと、わけのわからない内にベッドに横にならされると、腕に針を刺され血を抜かれたのだ。

「血には性質の違いが有るんだ。輸血する時に、混ぜると固まったりするので、気をつけなくてはなぁ」

 ヘルメスがマッド医師だと噂されるのも当然だと、貧血気味のフランツは内心で毒づいたが、ジークフリートが回復して意識を取り戻したのは嬉しい。

「戦場で役に立つとは思うのだが、問題は血の性質だよなぁ。何種類かあるのは、わかっているんだ。ユングフラウ大学にはぴちぴちの若者が大勢いるのだから、血の提供に協力して欲しいのだが、学長に受けが悪くてねぇ」

 暗にマリー・ルイーズ妃やグレゴリウスに、学長に口添えを頼みたいと言ってるのだと感じた。グレゴリウスは確かに負傷した兵士達の命を救える治療方法だと考えたので、ユングフラウ大学の学長に掛け合うと約束する。

「こういうのは、ユーリが上手いんだけどね」

 フランツの一言で、いつもアチコチに走り回っているユーリが寝込んでいるのを思い出す。

「熱に栄養液の点滴も有効かもしれないな。体力の回復に役立つかも」

 マリー・ルイーズは、兄がユーリに危害を加えてはと心配して止めたが、怪我でなくても効果が有るかもと意気込んだヘルメスはフォン・アリスト家へと向かう。

 アリスト卿は留守だったが、執事からユーリの熱がまだ下がってないと聞かされたヘルメスは、治療をしたいと寝室に上がる。グレゴリウスとフランツは寝室の前まで付いていったが、寝ているユーリに遠慮して入室は控たものの心配でたまらない。

「栄養剤が全部入るまで、1時間はかかるな。終わりそうになったら、侍女に呼びに来させるとして、お茶でも飲むか」

 さっきお茶したじゃないですかと、グレゴリウスは図々しいと止めたが、執事はサロンにお茶を用意した。

「何だか本人に似合わぬ、乙女チックな部屋だったなぁ」

 お茶にブランデーをたっぷり注いで飲みながら、ヘルメスはレースの天蓋付きの可愛いベッドに横たわっていたユーリを思い出す。

「まぁ、黙って寝ていたら可愛い顔をしているから、部屋にもマッチしているがな。しかし、グレゴリウスの趣味は変わっているな。皇太子妃には、向かないと思うがなぁ。絶対に苦労するぞ」

「ユーリと結婚して、苦労したいですよ」

 弱気なグレゴリウスに、一応は伯父なので、あのじゃじゃ馬に惚れている変人が他にもいるのかと尋ねる。

「ユーリは、モテモテなんです! 伯父上が変わってるんですよ。エドアルド皇太子に、アンリ卿、シャルル大尉……私を帰国させようと盾になってくれたんだよなぁ。とにかく、他にもいっぱい求婚者だらけなんですよ」

 ヘルメスは自分は変人だが、女性の好みはノーマルで淑やかな優しいポチャタイプが好きだったので、まぁ人それぞれだなと失礼な感想を述べる。

 そうこうするうちに、執事からユーリの目が覚めて会いたがっていると伝えられて、ドキドキしながら寝室に入る。ユーリの部屋は、子どもの時から少し模様替えされたものの、その時もマリアンヌとシャルロットが口をだすので、ロマンチックな部屋になっている。

 ユーリは侍女にガウンを着せて貰って、ベッドに座っていた。

「もう、起きて大丈夫なの?」

 グレゴリウスは、ベッドに座っているユーリの側に行って尋ねる。

「ロシュフォール卿、点滴のお陰でシャキンとしましたわ。ありがとうございます」

 取り外した点滴とチューブを侍女からヘルメスに返させながら、治療のお礼を言う。

「皇太子殿下、フランツ、お見舞いありがとうございます」

「元気そうで良かったよ。ジークフリート卿も、意識を回復したよ。僕の血を輸血したんだ」

 ユーリはジークフリートが回復したと聞いて安心して喜んだ。

「後は栄養の有るものを食べて、ゆっくり休養するんだな」

 医師のヘルメスはまだまだ本調子で無いのを見抜き、名残惜しそうなグレゴリウスの首根っこをひっつかまえてフォン・アリスト家を辞した。

 会議から帰宅したマキシウスは皇太子殿下とロシュフォール卿とフランツが見舞いに来た事と、あたらしい治療方法でユーリが回復したと聞いて寝室に向かったが、まだ本調子で無いのか眠っていた。

 額に手を置くと、昨夜程ではないが微熱を感じて、無理をするからだと呟く。

 ゲオルク王の結界を破り、イリスと帰国しただけでもダメージを受けていただろうに、ローラン王国に残った竜騎士達の安否を確認したり、倒れたジークフリートの治療をしたりと限界を超えて魔力を使ったのだろうとマキシウスは思う。

「熱が下がったら、モガーナの手元で休養させた方がいいかもしれないな」

 魔力の使い過ぎの発熱はすぐに回復するだろうが、ルドルフ皇太子と無理やり結婚させられそうになった精神的なダメージは深いのではと心配していた。

「竜が火を噴くだなんて……」

 過保護のイリスとはいえ、火を噴くとは怒り狂っていたのだろうとマキシウスは考え、それは絆の竜騎士であるユーリがどれほどの恐怖を感じたのかの表れだと思ったのだ。

 旧帝国の創始者であるテレシウスの騎竜は火を噴いたとの伝説があったが、その後は一度もそんな事実は確認されていなかったので、神格化するためだと思われていたなと苦笑する。

 ユーリがイリスの世話をやける状態では無いので竜舎に向かうと、こちらも疲れ果てて眠っていた。

『イリスは大丈夫か?』

 ラモスに尋ねると、疲れているだけだと眠そうに答える。



 数日たつとユーリは身体的には回復したが、精神的には夜中に悪夢を見てうなされたりと不安定だった。

「見習い実習を、少し休んだらどうなんだ。フォン・フォレストで休養した方がいい」

 マキシウスは、ユーリの不安定さをイリスから感じていた。

 それと、どこからともなくユーリがルドルフと結婚して皇太子妃になったという噂と、バロア城を破壊して茨で覆い尽くしたという噂が流れていたので、耳に入れたくないとマキシウスは思っていた。

 特にバロア城の話は吟遊詩人の歌心を刺激して、何パターンも茨姫の伝説として歌い広まっていた。

 外務相は卑劣なローラン王国の遣り口があげつらわれているとはいえ、ユーリが知ったら傷つくのではと禁止するように国王に進言したが、そんなことをしたら逆効果だと却下された。

 国務相もローラン王国の罠に掛かった外務相をからかっている場合ではなく、自国の皇太子に攻撃をかけたり、絆の竜騎士を無理やり結婚させようとした汚い遣り口に我慢の限界だと怒っていた。

「今年の予算は、戦時予算だ。なるべく切り詰めて、厳しく審査しなさい」

 シュミット卿は、ユーリが熱で休んでいると聞き、卑劣な罠をしかけたローラン王国に怒り心頭だ。春になればこちらから宣戦布告だと息巻く軍人ほど単純では無かったが、騎竜訓練を始めなくてはと思う。

「忙しい時期に休んでしまい、すみませんでした」

 ユーリが部屋に入って来たのに、シュミット卿は驚いた。

「熱が出たと聞いたが、もう良いのか。無理をしない方が良いぞ」

 色々と反発したシュミット卿の思いがけない優しい言葉に、ユーリは涙が零れそうになったが、照れ隠しにこんなに予算案を溜め込んでいるのですねと減らず口を言うと、山積みの予算案のチェックに掛かる。

 シュミット卿は何かしている方が気が紛れるなら、それも良いのかもと考えて、ユーリのしたいようにさせておく。

 ユーリは単純に予算案のチェックと、間違いを付箋に書いたりしている方が、バロア城でのことを思い出さなくて済むと思ったのだ。お祖父様に実習を休んでフォン・フォレストで休養を取ったらどうだと勧められて、大丈夫だと言い切った手前、リューデンハイムの寮にも帰るつもりだった。

 グレゴリウスとフランツは、寮でユーリが夕食を食べているのを見て驚いた。

「もう、大丈夫なの」

 三人は一緒に夕食を食べたが、ユーリが残しているのに気づき、無理をしているのだと心配する。グレゴリウスもローラン王国からの脱出の際の悪夢を見て、夜中に冷や汗をかいたぐらいなので、女の子のユーリはもっと精神的なダメージを負っているだろうにと、意地っ張りなんだからと呟く。

 ユーリは流石に初日は疲れたわと、夕食を終えると女子寮に帰って行った。

「あんまり無理しない方が良いのに。ユージーンも、少し休んだ方が良いのになぁ」

 フランツはユージーンも罠に引っかかって、皇太子とユーリを危険に曝した自責の念と、ヘーゲルへの憎しみから無茶をするのではと心配していたのだ。

 自身も命の危険に曝されて精神的なダーメージを負っているのに、皇太子を護って負傷したジークフリートの分まで頑張らなければと無理をしているのではと感じていた。

 フランツ達の心配は、当たった。ユーリは国務省での実習をキチンとしていたが、食堂でたくさんの男の人達とランチは食べられなかった。

「馬鹿馬鹿しい、この人達は同僚なのよ」

 頭ではわかっているのに、集団の男ばかりの中で食事をとる気持ちになれず、寮まで帰ったり、パンを食べるだけの日々が続く。

 ある日、ミスのあった予算案を他の実習生に渡した後で、紛れ込んでいた返却しなくてはいけない予算案を見つけたユーリは、寮に帰る途中だからと外務省に寄った。

「茨姫の伝説の歌は、ローラン王国でも広まっているみたいですね」

「黙れ!」ユーリが予算案を返却しに来たのに気づかず話していた外務省の職員は、他の職員に制止され、驚いて振り返って、真っ赤になる。

「何の歌が、ローラン王国に広まっているのですか」

 青ざめたユーリの詰問を、しどろもどろで誤魔化そうとしていた所にユージーンが通り掛かり、一瞬で事情を把握すると職員が大勢いる部屋から連れ出そうとした。

「キチンと知りたいわ。こそこそ噂されるのは御免なの! 私の情報なのだから知る権利があるわ」

 ユージーンを振り払うと、職員に何の歌なのと食って掛かって大騒ぎになって、グレゴリウスやフランツも駆けつけて止める。

「ユーリ、落ち着いて話そう」

 グレゴリウスは、ユージーンの部屋にユーリを連れていった。

「職員も悪気があったわけでは無いのは理解してるだろ。不注意ではあるけどさ。吟遊詩人達がバロア城が破壊されたのを歌にして広めているだけさ。戯れ歌なんか気にしなくていいよ」

 ユーリも、グレゴリウスの言うことは理解した。

「どんな歌詞か、どうせ調査してるのでしょ」

 ユージーンは渋々ユーリに何パターンかの歌詞を書いた紙を渡す。ユーリは戯れ歌に過ぎないと鼻で笑い飛ばそうとしたが、ルドルフと無理やり結婚式を挙げさせられたり、バロア城の夜の不安と恐怖がフラッシュバックしてきて、パニックに陥った。

『イリス! 駄目よ!』

 神経過敏になっていたイリスは、ユーリのフラッシュバックされた恐怖心に過反応したが、パニック状態だったので制止するのが遅れた。

 巨大な竜が火を噴きながら、外務省のある棟に突撃をしたのだ。職員達も、パニック状態に陥った。

 ガシャーンと窓ガラスが割れる音がして、職員達はガラスから身を守ろうと首や頭を押さえてしゃがみこんだが、間一髪でユーリが結界を張り、割れたガラスは窓枠に沿って落ちた。

『イリス、大丈夫よ! 寮に帰って』

 ユーリは割れた窓ガラスを眺めて、溜め息をつく。

「何ヶ月分のお小遣いを前借りしたら、弁償できるかしら……」

 そんな問題じゃないだろうと全員が思ったが、ユーリを怒ってイリスを刺激したくないと口を噤む。

 勿論、ユーリの指導の竜騎士であるシュミット卿は外務省に出向いてきて、外務相と外務次官に監督不行き届きを陳謝したが、そちらの配慮ミスだとも付け加える。

 マキシウスも来て、窓ガラスの賠償を申し出たが、外務省はこちらの職員の配慮が足らなかったのだと、受け取りを拒否した。

「ユーリ嬢がとっさに結界を張って下さったので、怪我人も出ませんでしたし。窓ガラス代など、気にしないで下さい」

 ユーリに自分達外務省の失策で恐怖を味わせたのだから、外務省は窓ガラスで許して貰えるなら、何枚でも割って貰って構わない気持ちだったが、火を噴く竜に襲撃されるのは御免だった。

「そんなの変だわ、ちゃんと窓ガラスは賠償します。噂なんて気にしないし、戯れ歌なんか勝手に歌わしとけば良いのよ! 今日はイリスが迷惑をお掛けしたのは謝りますが、私の情報を隠さないで教えて下さい」

 強気の発言に反して、食欲不振に結界を張ったダメージで、ユーリは啖呵をきって外務省を出て行こうとしたが、体力の限界で倒れてしまった。

「ユーリ、無理し過ぎだよ」

 立ち眩みをしたユーリは、自分を抱きとめてたグレゴリウスが心配そうに眺めている金褐色の瞳が、何故かパパに見つめられているみたいだと思いながら意識を手放した。 
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