210 / 273
第十章 ローラン王国
8 茨姫の伝説
しおりを挟む
無理やりルドルフと結婚させられたユーリは、暴れながら、塔の部屋に連れて行かれる。結婚式に抗議の声をあげていたユージーンは、途中から猿轡を噛まされていたが、式が終わるとどこかに連れ去られてしまった。
部屋に入るとなり、ハンカチをほどいたユーリはこんな結婚は認めないと怒鳴り続ける。城の広間にもユーリの怒鳴り声は響いていて、ルドルフは本気ですか? と父王に再度尋ねる。
「あんな野蛮な皇太子妃では、ローラン王国の恥ですよ」
プライドの高い父王に考え直すように再度言ってみたが、却下される。ゲオルクはルドルフがまだコンスタンスに未練があるのを見抜いていたので、結婚を成立させないと姦婦を死罪にすると脅す。
「コンスタンスが不義密通などしてないのはご存知でしょう。それにカザリア王国が黙っていませんよ」
ルドルフは抗議したがゲオルクは聞く耳を持たず、結婚を成立させないとこの手でコンスタンスの命をたつと宣言すると、二つある竜心石の古い方を王座に置くと、幽閉先にカサンドラと共に飛び去った。
お目付役にのこされたミハエル・フォン・ヘーゲルは、弱気のルドルフにうんざりとした視線を送る。カザリア王国での策略を駄目にされた上に国外追放された恨みをユーリに持っていたので、今夜は仕返しが出来るとほくそ笑む。
ユーリは白い竜が飛び立つのを見て、ゲオルクが城を離れたのだと察した。何度となくイリス呼びかけていたが、結界に邪魔されて果たせて無い。
9才の時に絆を結んでから、ずっと支えてくれていたイリスと切り離されてユーリは不安に押しつぶされそうになる。薬指に嵌められた大粒のルビーの指輪を憎々しげに眺めて、引き抜こうとしたが、どうやっても抜けない。
それより日も暮れてきて、ユーリは結婚は形式的なものだと思おうとしていたが、やる気満々の部屋のこしらえに怯えている。短剣も何もかも取り上げられたユーリは、侍女達が運んできた夕食に手をつける気持ちにもならない。
「こんな何が入っているか知れないもの、口にできないわ」
侍女達に怒鳴っても仕方ないとはわかっていたが、是非にとしつこく勧められてキレてしまう。
ユーリは食事のカラトリーもスプーンだけなのにガッカリしたが、部屋中を見渡しても武器になりそうな物は見つけられない。唯一、ろうそくの燭台の尖った針のみを見つけ、武器にはなりそうにないが、喉を突けば死ねるかもと暗い考えを持つ。
ユーリはユージーンが最後に叫んだ言葉を考える。
「絶対に救いは来るから諦めるな……確かに命をとられるわけでは無いけど……嫌だわ!」
生理的に無理だと、ユーリは死んだ方がマシだと叫ぶ。
「お湯をお使い下さい」
ゲ~ッやっぱり、その展開なのとユーリは絶望する。
「お風呂なんて入りたくないわ」
お湯を運びこむ侍女達の動きがぎこちなく、背中に血が滲んでいるのにユーリは気付く。
「まさか、鞭で打たれたの? 私が夕食を食べなかったからなの」
驚くユーリに伏せ目のままで、お湯をお使い下さいと怯えた口調で繰り返す侍女達の懇願に負けた。
「どうせ死ぬなら、綺麗な身体で死にたいしね……」
お風呂から出ると、初夜に相応しいロマンチックな夜着と、レースたっぷりのガウンに着替えさせられて、ユーリはトホホと似合っている自分に苦笑する。侍女達は無理やり結婚させられるユーリに同情していたので、夕食のお盆にものっていた金のゴブレットに入ったワインを勧める。
「寝ている間に済ませれますから」
侍女達が下がると、ユーリは進退窮まったのを悟る。
「一、ワインを飲んで寝てる間に……嫌! 却下よ。
二、抵抗して暴れる……無理っぽいよね~
三、死ぬしか無いのかな……でも、私が死ぬとイリスも死ぬのよね……子竜を持たしてやりたかったわ。それに、私が死んだらユージーンも殺されるわ。アトスも死んでしまうのね」
元々、臆病なのかしらと死ぬのを躊躇っているうちに、ヘーゲルが鍵を開けてルドルフを案内してくる。ユーリはプライドを投げ捨てて、ルドルフの良心に最後の望みをかけた。
「お願いです、結婚は無効にして下さい」
大暴れした同じ女の子とは思えないしおらしい態度にルドルフは同情したが、ヘーゲルはコンスタンス妃が処刑されてもいいのですかと脅す。
「一人で手にあまる様でしたら、お手伝いしますが」
ルドルフは下劣な言葉を発したヘーゲルを睨みつけると、部屋から出ていかせる。部屋の外から鍵がガチャリとかけられる音が響いた。
ユーリはコンスタンス妃を人質にされて、ルドルフがゲオルクの言いなりにされているのに気づく。
「お願いです、大人しく淑やかにしておきますから、床入りだけは許して下さい」
怯えるユーリに、ルドルフも困りきる。これなら暴れてくれた方が楽なぐらいなのにと溜め息をつく。
「私も本意ではないが、父上は結婚を成立させないとコンスタンスを処刑すると、幽閉先に向かっている。逆らうと、コンスタンスは不義密通の姦婦として、処刑されてしまうのだ」
ユーリはこうなったら死ぬしかないと、燭台のろうそくを投げ捨てて、針で喉を突こうとしたが、ルドルフに取り上げられてしまった。
「何て馬鹿なことをするのですか」
ユーリは突然抱き止められて、パニックに陥った。今まで酔っ払いにからかわれたりした記憶はあるが、これほどのピンチは無かった。
舌を噛んで死のうかと考えた時に、チクリとこれだけは御守りなのと言い通して取り上げられなかった竜心石が、ユーリの胸で熱く燃えた。
「竜心石、竜の心、『魂』!」
ユーリは竜心石の真名を思い出して、ゲオルクの張った結界を破る。パリンと音がして、王座に置いてあった竜心石が割れた。
『ユーリに、指一本触らせない!』
ゲオルクの結界に捕らえられていたイリスは、破られた瞬間に、ユーリの恐怖心に反応する。
『ユーリ、窓から離れて!』
塔にユーリが捕らえられているのを察知したイリスは、矢のように飛んでくると、脚の爪で鉄格子をつかむと壁ごと引っ剥がす。
『イリス!』ユーリが塔の壁を破壊したイリスに飛び乗るのを呆気に取られて見ていたルドルフに、ユージーンはどこ! と怒鳴りつける。
「ルドルフ様、これは一体何事ですか」
慌てて鍵を開けて部屋に入ってきたヘーゲルは惨状に驚いたが、ユーリの怒りを受けてイリスは火を吐いた。
『ユーリを無理やり結婚させようとするなんて!』
怒れるイリスはルドルフにも火を吐いたが、騎竜のオリックスに庇われる。ヘーゲルは慌てて逃げ出し、ルドルフはオリックスの下で、ユージーンは地下牢だと教えてくれた。
『イリス、アトスを手伝うわよ』
アトスは地下牢に閉じこめられているユージーンを助けようと、孤軍奮闘していた。塔と違って地下牢は城の基盤にあるので破壊に手間取っていたが、イリスとアトスは怒り狂っていたので堅牢な壁に穴が開く。
『アトス、もういい! 壁に押しつぶされてしまう』
穴からユージーンが這い出すのを見たイリスは腹立ちを押さえきれず、半分崩れ落ちたブロア城に火を噴きつけた。警護の騎士や、兵士達も、怒れる竜に怯えて逃げまどう。
「ユーリ、もういい! ここから逃げよう」
ユージーンに怒鳴られてイリスを止めたが、本当に怒りで煮えくり返っていたのはユーリだったのかもしれない。庭の茨があっという間に城を覆い隠して、逃げようとした人々は刺に服や肌を引っ掛けてパニックに陥る。
最後にイリスは大きな火を吹くと空に飛んでいった。
「ユージーン、イリスが制御不能なの。一旦どこかに降りて、落ち着かせないと」
飛びながらも火を時折吐いている怒り狂っているイリスで、国境を越えるのは無理だと近くの森に降り立つ。
「ユーリ、無事だったのか」
心配で地下牢でも居ても立ってもいられなかったユージーンはアトスから飛び降りると、ユーリを抱き締めようと駆け寄ったが、イリスに火を噴きかけられる。
アトスがサッとユージーンを庇ったし、ユーリも止めたので火傷はしなかったが驚いて立ち止まる。
『イリス、ユージーンよ! 火を噴き付けるなんて駄目よ』
『ユーリは私が守る!』
「寒そうだ、上着を着なさい」
ローラン王国の初冬の夜風にヒラヒラしたレースたっぷりのガウンでは寒いだろうと、イリスに近づけないので上着を投げたが、臭いわと投げ返される。
「仕方ないだろう、地下牢は不潔だったんだ」
ユージーンは、投げ返された上着を羽織りながらぼやく。
興奮状態のイリスを落ち着かそうとユーリが苦労していると、空から二頭の竜が舞い降りた。
『ユーリ、無事だったんだ』
アラミスの喜びの声に、ユーリもグレゴリウス達が無事にケイロンを脱出できたのだと喜んだが、神経過敏になっていたイリスは火を噴きつける。アラミスもパリスもとっさに避けて、少し離れた場所に着地する。
「ごめんなさい、イリスは気がたっているの」
ユーリがイリスを宥めているのを、遠巻きに眺めながら、ユージーンとジークフリートとグレゴリウスは、無事に再会できた喜びに浸る暇も惜しく、国境を早く越えようと焦る。
「どうして、ここがわかったのですか」
「バロア城が火に包まれて、近くの森から火が見えたし、パリスとアラミスに誘導して貰ったのです」
ジークフリートとユージーンが話しているのを聞きながら、グレゴリウスはユーリが夜着にレースのガウン姿なのに気づいた。
「皇太子殿下、ユーリ嬢に上着を貸してあげて下さい」
ジークフリートに言われるまでもなく上着を貸すつもりだったよと、ブツブツ言いながらもユーリにゆっくりと近づく。
『グレゴリウス、ジークフリートも無事だったんだ』
少し落ち着いたイリスに声をかけられて、グレゴリウスはユーリに上着をかける。近くで見るとやる気満々のロマンチックなガウン姿にグレゴリウスはくらくらしてしまい、それがイリスの勘に触ったのか小さな火を吐く。
「落ち着いたら早く国境を越えて、北の砦に行きましょう」
ジークフリートの先を急がす言葉に、ユーリは自分の夜着姿で兵士達が詰めてる北の砦に行くのを躊躇する。
「私は北の砦に行きたくないわ」
ユーリの拒否にイリスは敏感に反応して、空に火を吐く。
「ユーリはハンナの家に行けば良いよ。僕も付いていくよ」
「ハンナの家で着替えを借りれるわ。そうしたらユングフラウに帰れるわ」
ジークフリートとユージーンは話し合って、北の砦に一人が報告に寄ることにした。
「私はその家を知っていますから、北の砦に報告してから行きます」
グレゴリウスから剣を借りると、ユージーン達は飛び立った。
「先に私達が国境を目指します。皇太子殿下とユーリ嬢は、一気に国境を越えて下さい。待ち伏せに会っても、無視して進んで下さい。北の砦に着けば、援護を呼べるのですから良いですね!」
あと少しで国境というところで竜騎士隊の待ち伏せに遭った。戸惑うユーリに、グレゴリウスは強硬に無視して進むんだと命令する。
『ジークフリートとユージーンの足手纏いにならないように、国境を目指すんだ!』
グレゴリウスは、今日一日中追っ手から命からがら逃げたので経験値をあげた。国境を越えたら、北の砦から救援も呼べるのだとスピードをあげる。
ユーリは後に残すジークフリートとユージーンが心配だったが、グレゴリウスの指示に従う。
『ラモス! パリスとアトスを助けて!』ユーリは届かないかもと思いながらも、竜心石を手に持って救援を頼ぶ。
『ユーリ! グレゴリウス! 無事で良かった』北の砦から矢のようにラモスが飛び立ち、ユーリ達とすれ違ってマキシウスはジークフリート達の救援に向かう。
次々と飛び立つ竜と竜騎士達にユーリは安心して、北の砦を飛び越し、夜中なのに悪いなと思いつつハンナを叩き起こす。
部屋に入るとなり、ハンカチをほどいたユーリはこんな結婚は認めないと怒鳴り続ける。城の広間にもユーリの怒鳴り声は響いていて、ルドルフは本気ですか? と父王に再度尋ねる。
「あんな野蛮な皇太子妃では、ローラン王国の恥ですよ」
プライドの高い父王に考え直すように再度言ってみたが、却下される。ゲオルクはルドルフがまだコンスタンスに未練があるのを見抜いていたので、結婚を成立させないと姦婦を死罪にすると脅す。
「コンスタンスが不義密通などしてないのはご存知でしょう。それにカザリア王国が黙っていませんよ」
ルドルフは抗議したがゲオルクは聞く耳を持たず、結婚を成立させないとこの手でコンスタンスの命をたつと宣言すると、二つある竜心石の古い方を王座に置くと、幽閉先にカサンドラと共に飛び去った。
お目付役にのこされたミハエル・フォン・ヘーゲルは、弱気のルドルフにうんざりとした視線を送る。カザリア王国での策略を駄目にされた上に国外追放された恨みをユーリに持っていたので、今夜は仕返しが出来るとほくそ笑む。
ユーリは白い竜が飛び立つのを見て、ゲオルクが城を離れたのだと察した。何度となくイリス呼びかけていたが、結界に邪魔されて果たせて無い。
9才の時に絆を結んでから、ずっと支えてくれていたイリスと切り離されてユーリは不安に押しつぶされそうになる。薬指に嵌められた大粒のルビーの指輪を憎々しげに眺めて、引き抜こうとしたが、どうやっても抜けない。
それより日も暮れてきて、ユーリは結婚は形式的なものだと思おうとしていたが、やる気満々の部屋のこしらえに怯えている。短剣も何もかも取り上げられたユーリは、侍女達が運んできた夕食に手をつける気持ちにもならない。
「こんな何が入っているか知れないもの、口にできないわ」
侍女達に怒鳴っても仕方ないとはわかっていたが、是非にとしつこく勧められてキレてしまう。
ユーリは食事のカラトリーもスプーンだけなのにガッカリしたが、部屋中を見渡しても武器になりそうな物は見つけられない。唯一、ろうそくの燭台の尖った針のみを見つけ、武器にはなりそうにないが、喉を突けば死ねるかもと暗い考えを持つ。
ユーリはユージーンが最後に叫んだ言葉を考える。
「絶対に救いは来るから諦めるな……確かに命をとられるわけでは無いけど……嫌だわ!」
生理的に無理だと、ユーリは死んだ方がマシだと叫ぶ。
「お湯をお使い下さい」
ゲ~ッやっぱり、その展開なのとユーリは絶望する。
「お風呂なんて入りたくないわ」
お湯を運びこむ侍女達の動きがぎこちなく、背中に血が滲んでいるのにユーリは気付く。
「まさか、鞭で打たれたの? 私が夕食を食べなかったからなの」
驚くユーリに伏せ目のままで、お湯をお使い下さいと怯えた口調で繰り返す侍女達の懇願に負けた。
「どうせ死ぬなら、綺麗な身体で死にたいしね……」
お風呂から出ると、初夜に相応しいロマンチックな夜着と、レースたっぷりのガウンに着替えさせられて、ユーリはトホホと似合っている自分に苦笑する。侍女達は無理やり結婚させられるユーリに同情していたので、夕食のお盆にものっていた金のゴブレットに入ったワインを勧める。
「寝ている間に済ませれますから」
侍女達が下がると、ユーリは進退窮まったのを悟る。
「一、ワインを飲んで寝てる間に……嫌! 却下よ。
二、抵抗して暴れる……無理っぽいよね~
三、死ぬしか無いのかな……でも、私が死ぬとイリスも死ぬのよね……子竜を持たしてやりたかったわ。それに、私が死んだらユージーンも殺されるわ。アトスも死んでしまうのね」
元々、臆病なのかしらと死ぬのを躊躇っているうちに、ヘーゲルが鍵を開けてルドルフを案内してくる。ユーリはプライドを投げ捨てて、ルドルフの良心に最後の望みをかけた。
「お願いです、結婚は無効にして下さい」
大暴れした同じ女の子とは思えないしおらしい態度にルドルフは同情したが、ヘーゲルはコンスタンス妃が処刑されてもいいのですかと脅す。
「一人で手にあまる様でしたら、お手伝いしますが」
ルドルフは下劣な言葉を発したヘーゲルを睨みつけると、部屋から出ていかせる。部屋の外から鍵がガチャリとかけられる音が響いた。
ユーリはコンスタンス妃を人質にされて、ルドルフがゲオルクの言いなりにされているのに気づく。
「お願いです、大人しく淑やかにしておきますから、床入りだけは許して下さい」
怯えるユーリに、ルドルフも困りきる。これなら暴れてくれた方が楽なぐらいなのにと溜め息をつく。
「私も本意ではないが、父上は結婚を成立させないとコンスタンスを処刑すると、幽閉先に向かっている。逆らうと、コンスタンスは不義密通の姦婦として、処刑されてしまうのだ」
ユーリはこうなったら死ぬしかないと、燭台のろうそくを投げ捨てて、針で喉を突こうとしたが、ルドルフに取り上げられてしまった。
「何て馬鹿なことをするのですか」
ユーリは突然抱き止められて、パニックに陥った。今まで酔っ払いにからかわれたりした記憶はあるが、これほどのピンチは無かった。
舌を噛んで死のうかと考えた時に、チクリとこれだけは御守りなのと言い通して取り上げられなかった竜心石が、ユーリの胸で熱く燃えた。
「竜心石、竜の心、『魂』!」
ユーリは竜心石の真名を思い出して、ゲオルクの張った結界を破る。パリンと音がして、王座に置いてあった竜心石が割れた。
『ユーリに、指一本触らせない!』
ゲオルクの結界に捕らえられていたイリスは、破られた瞬間に、ユーリの恐怖心に反応する。
『ユーリ、窓から離れて!』
塔にユーリが捕らえられているのを察知したイリスは、矢のように飛んでくると、脚の爪で鉄格子をつかむと壁ごと引っ剥がす。
『イリス!』ユーリが塔の壁を破壊したイリスに飛び乗るのを呆気に取られて見ていたルドルフに、ユージーンはどこ! と怒鳴りつける。
「ルドルフ様、これは一体何事ですか」
慌てて鍵を開けて部屋に入ってきたヘーゲルは惨状に驚いたが、ユーリの怒りを受けてイリスは火を吐いた。
『ユーリを無理やり結婚させようとするなんて!』
怒れるイリスはルドルフにも火を吐いたが、騎竜のオリックスに庇われる。ヘーゲルは慌てて逃げ出し、ルドルフはオリックスの下で、ユージーンは地下牢だと教えてくれた。
『イリス、アトスを手伝うわよ』
アトスは地下牢に閉じこめられているユージーンを助けようと、孤軍奮闘していた。塔と違って地下牢は城の基盤にあるので破壊に手間取っていたが、イリスとアトスは怒り狂っていたので堅牢な壁に穴が開く。
『アトス、もういい! 壁に押しつぶされてしまう』
穴からユージーンが這い出すのを見たイリスは腹立ちを押さえきれず、半分崩れ落ちたブロア城に火を噴きつけた。警護の騎士や、兵士達も、怒れる竜に怯えて逃げまどう。
「ユーリ、もういい! ここから逃げよう」
ユージーンに怒鳴られてイリスを止めたが、本当に怒りで煮えくり返っていたのはユーリだったのかもしれない。庭の茨があっという間に城を覆い隠して、逃げようとした人々は刺に服や肌を引っ掛けてパニックに陥る。
最後にイリスは大きな火を吹くと空に飛んでいった。
「ユージーン、イリスが制御不能なの。一旦どこかに降りて、落ち着かせないと」
飛びながらも火を時折吐いている怒り狂っているイリスで、国境を越えるのは無理だと近くの森に降り立つ。
「ユーリ、無事だったのか」
心配で地下牢でも居ても立ってもいられなかったユージーンはアトスから飛び降りると、ユーリを抱き締めようと駆け寄ったが、イリスに火を噴きかけられる。
アトスがサッとユージーンを庇ったし、ユーリも止めたので火傷はしなかったが驚いて立ち止まる。
『イリス、ユージーンよ! 火を噴き付けるなんて駄目よ』
『ユーリは私が守る!』
「寒そうだ、上着を着なさい」
ローラン王国の初冬の夜風にヒラヒラしたレースたっぷりのガウンでは寒いだろうと、イリスに近づけないので上着を投げたが、臭いわと投げ返される。
「仕方ないだろう、地下牢は不潔だったんだ」
ユージーンは、投げ返された上着を羽織りながらぼやく。
興奮状態のイリスを落ち着かそうとユーリが苦労していると、空から二頭の竜が舞い降りた。
『ユーリ、無事だったんだ』
アラミスの喜びの声に、ユーリもグレゴリウス達が無事にケイロンを脱出できたのだと喜んだが、神経過敏になっていたイリスは火を噴きつける。アラミスもパリスもとっさに避けて、少し離れた場所に着地する。
「ごめんなさい、イリスは気がたっているの」
ユーリがイリスを宥めているのを、遠巻きに眺めながら、ユージーンとジークフリートとグレゴリウスは、無事に再会できた喜びに浸る暇も惜しく、国境を早く越えようと焦る。
「どうして、ここがわかったのですか」
「バロア城が火に包まれて、近くの森から火が見えたし、パリスとアラミスに誘導して貰ったのです」
ジークフリートとユージーンが話しているのを聞きながら、グレゴリウスはユーリが夜着にレースのガウン姿なのに気づいた。
「皇太子殿下、ユーリ嬢に上着を貸してあげて下さい」
ジークフリートに言われるまでもなく上着を貸すつもりだったよと、ブツブツ言いながらもユーリにゆっくりと近づく。
『グレゴリウス、ジークフリートも無事だったんだ』
少し落ち着いたイリスに声をかけられて、グレゴリウスはユーリに上着をかける。近くで見るとやる気満々のロマンチックなガウン姿にグレゴリウスはくらくらしてしまい、それがイリスの勘に触ったのか小さな火を吐く。
「落ち着いたら早く国境を越えて、北の砦に行きましょう」
ジークフリートの先を急がす言葉に、ユーリは自分の夜着姿で兵士達が詰めてる北の砦に行くのを躊躇する。
「私は北の砦に行きたくないわ」
ユーリの拒否にイリスは敏感に反応して、空に火を吐く。
「ユーリはハンナの家に行けば良いよ。僕も付いていくよ」
「ハンナの家で着替えを借りれるわ。そうしたらユングフラウに帰れるわ」
ジークフリートとユージーンは話し合って、北の砦に一人が報告に寄ることにした。
「私はその家を知っていますから、北の砦に報告してから行きます」
グレゴリウスから剣を借りると、ユージーン達は飛び立った。
「先に私達が国境を目指します。皇太子殿下とユーリ嬢は、一気に国境を越えて下さい。待ち伏せに会っても、無視して進んで下さい。北の砦に着けば、援護を呼べるのですから良いですね!」
あと少しで国境というところで竜騎士隊の待ち伏せに遭った。戸惑うユーリに、グレゴリウスは強硬に無視して進むんだと命令する。
『ジークフリートとユージーンの足手纏いにならないように、国境を目指すんだ!』
グレゴリウスは、今日一日中追っ手から命からがら逃げたので経験値をあげた。国境を越えたら、北の砦から救援も呼べるのだとスピードをあげる。
ユーリは後に残すジークフリートとユージーンが心配だったが、グレゴリウスの指示に従う。
『ラモス! パリスとアトスを助けて!』ユーリは届かないかもと思いながらも、竜心石を手に持って救援を頼ぶ。
『ユーリ! グレゴリウス! 無事で良かった』北の砦から矢のようにラモスが飛び立ち、ユーリ達とすれ違ってマキシウスはジークフリート達の救援に向かう。
次々と飛び立つ竜と竜騎士達にユーリは安心して、北の砦を飛び越し、夜中なのに悪いなと思いつつハンナを叩き起こす。
2
お気に入りに追加
1,982
あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~
夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。
雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。
女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。
異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。
調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。
そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。
※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。
※サブタイトル追加しました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆

転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる