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第九章 思春期

19  揺れる心

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 メーリングから帰った翌日の朝一番にユーリは、カザリア王国大使館へエドアルドに100クローネ金貨を返しに行った。もちろん一人では行かせて貰えず、外務省での指導の竜騎士としてユージーンが付き添う。

「ありがとうございました。100クローネ金貨をお返しします」

 エドアルドはユーリから金貨を受け取りながら、付き添いのユージーンが居なければなぁと溜め息をつく。

 ユーリがユージーンと大使館を辞した後、ラッセル卿は100クローネ金貨をボンヤリ眺めているエドアルドに、東南諸島連合王国のアスラン・シェリフと、ユーリの風の魔力について質問したいと思う。昨夜、ざっくりとした報告は受けたが、商人と名乗ったアスランが竜騎士で風の魔力持ちとは不審すぎたし、ユーリが風の魔力持ちとは知らなかったからだ。

「ユーリと過ごせるのは、後少しなんだよな。目を離すと、何をしでかすかわからない。ニューパロマに連れて帰りたいな」

 恋の悩み中のエドアルドにラッセル卿は、野暮な質問はあとにした。

「皇太子殿下、ユーリ嬢は殿下を憎からず思っておられますが、やはり皇太子妃という立場には戸惑っておられるのでしょう。まして外国に嫁ぐのは勇気がいります。そのへんを思いやって、不安をなくして差し上げないといけないのでは」

 恋に疎いラッセル卿だったが、朝から恋煩いのエドアルドを励ました。

「皇太子でなければ良かったと、これほど思ったことはないな。ユーリは賢いから、皇太子妃の猫の皮も被れるさ。でも、そんなのユーリの望みじゃないし、私も望まない。昨夜も初めての東南諸島の料理に興味津々で、あれこれ食べたり、甘いお菓子で指先をべとべとにしたり、行儀は悪いけどあれがユーリなんだ」

 結局、ユーリにゾッコンなエドアルドは、皇太子妃に尻込みしているけど、口説き落とすぞと決意を固める。ラッセル卿はあと2週間では口説き落とすのは難しいと、この2ヶ月半でかなり親密にはなってきたのに、遊学が終わるのが悔しく感じる。恋愛音痴のユーリも、年が明けると16才になる。18才になるエドアルドと、婚約してもおかしくない年頃なのだ。

「レーデルル大使夫人に、何か手を打ってもらうか」

 ラッセル卿は、恋愛関係の計略は苦手な自分が、エドアルドのお役にたてないのが情けなかった。ふと、グレゴリウスの指導の竜騎士のジークフリートなら、こんな難問をどう解決するのだろうかと考えたラッセル卿だ。


「ユーリ嬢の風の魔力がバレたのですか。エドアルド皇太子はいざしらず、東南諸島連合王国にバレたのは拙いですね。アスラン・シェリフ、怪しすぎですよ。竜騎士で、風の魔力持ちの商人だなんて、いくら東南諸島連合王国でも有り得ないでしょう」

 昨夜の顛末を聞き出されたグレゴリウスは、ジークフリートにお説教されていた。

「何故、エドアルド皇太子殿下は求婚者と名乗られたのに、ハトコなんですか」

 気持ちで負けていると叱られて、グレゴリウスは落ち込む。

「アスランに身内の男かと聞かれたから、ついハトコと言ったんだ。エドアルドが求婚者と言った時に、しまったと後悔したよ。何だかカザリア王国大使館に行ってから、ユーリはエドアルドと仲が良いんだよ。100クローネ金貨も借りたのはエドアルドからだし、名前もエドアルド様とか呼んでるんだ」

 朝から愚痴りだしているグレゴリウスに、ジークフリートは雷を落とす。

「そんな弱気では、ユーリ嬢をエドアルド皇太子にさらって帰られますよ。御遊学も残り2週間だと、安心してるのでは無いでしょうね。別れで感傷的になった男女の恋は盛り上がりやすいのですよ。気を抜いたら、ユーリ嬢はエドアルド皇太子のものになってしまいますよ」

「そんなの嫌だ! 絶対にユーリは渡さない」

 叱咤激励しながらジークフリートは、もうすぐ18才になるエドアルドと15才のグレゴリウスでは、かなりハンデがあるなぁと溜め息をつきたくなる。こうなったら恋愛音痴のユーリが、エドアルドのアプローチにも鈍いままでいてくれることを祈るしかなかった。



 しかし、ジークフリートの願いも虚しく、エドアルドとユーリは傍目にも仲良くみえた。

「もうすぐ帰国なのに騎竜訓練と武術訓練ばかりで、ユングフラウの街もあまり見ていないのです」

 確かにパーティとかの社交は多かったが、街はオペラハウスとパーラーに行ったぐらいだったので、グレゴリウスやフランツと一緒にユーリはユングフラウの街を案内する。

 エドアルドはユーリをエスコートして、雪がちらつくユングフラウの街をそぞろ歩いた。冷たい風からユーリを守ろうと、風下にさり気なく庇ったりと、仲が良さそうでグレゴリウスは嫉妬してしまう。

 ただ、イルバニア王国側も防御を固めていたので、パーティなどでも二人きりにはなれないのがエドアルドにとっては歯がゆく思える。


「どうにかして、二人きりにしてあげたいなぁ」

 ハロルドはパーティなどで、あれこれと画策したものの、悉くジークフリートやユージーンに潰されてしまっていたので、悔しく感じる。

「こうなったら、強硬手段しかないかな」

「強硬手段ったって、常にユーリ嬢にはガッチリ見張りがついてるし難しいんじゃないか」

「正式なパーティでは無理でも、リューデンハイムのお別れ会なら、見習い竜騎士だけだからチャンスが有るんじゃないかな」

 三人であれこれ話し合って、公式のパーティでは、王妃や、モガーナの監視も厳しいし、ジークフリートは恋愛ゲームの達人なので令嬢方から情報を聞き出してしまうから、それらの無い内々のお別れ会にターゲットを絞った。

「お別れ会って、ロマンチックじゃないよね。ユーリ嬢以外は男ばかりだし、令嬢方を呼んでくれないかな~」

「ユリアン、恋愛ゲームはニューパロマでしろよ。今はエドアルド様の恋の成就に協力しようぜ」

 ユリアンは、ニューパロマだと、祖父のシェパード侯爵の目が光ってるし、即結婚させられちゃうよとこぼしたが、エドアルドの恋を応援しようと決意した。


 ユーリはエドアルドの帰国が間近に迫ると、ぐらぐらと気持ちが揺れ動いていた。今でも皇太子妃になりたくないのは同じだったが、ずっと側にいるのが普通になっていたので別れるのが辛く感じる。

 特にカザリア王国大使館で一緒に過ごしてからは、エリザベート王妃の少し厳しい監視に息が詰まりそうになった時に、エドアルドが優しくフォローしてくれた事に感謝していた。ヒースヒルでの美味しそうにシチューを食べていた様子を思い出すと、皇太子殿下でなければと溜め息をついてしまう。

「お祖母様は、お祖父様と恋に落ちた時に、迷わなかったの。竜騎士は嫌いなのに、一緒になるのに躊躇いは感じなかったの?」

 ユーリがエドアルドに惹かれているのに、モガーナは気づいていた。でも、皇太子妃になるのには抵抗を感じているのも気づいていたので、モガーナとしては楽な道を孫娘には歩んで欲しかった。

「ユーリ、恋に落ちたら、そんなことを考える余裕はありませんよ。貴女がエドアルド皇太子殿下に好意を持っていても、皇太子妃になるのが嫌だという気持ちが無くならないなら、仕方が無いでしょうね」

 ユーリは自分が恋愛体質では無いのだと、溜め息をつく。誰かがエドアルドと結婚しなさいと命じたら、エイヤッと飛び込める気もするが、自分ではカザリア王国の皇太子妃になる勇気は持てない。

 エドアルドの遊学のお別れの晩餐会を、国王夫妻は内々で開かれた。エドアルド皇太子と学友達と、ケストナー大使夫妻、ラッセル卿、パーシー卿をメインのゲストにして、遊学中に知り合った若い人達を接待にあたらせる。

 グレゴリウスは、ユーリがエドアルドと仲良く話しながら、晩餐会を楽しんでいるのを複雑な心境で眺める。国王夫妻の晩餐会で無作法な真似はできないので、エドアルドはユーリとユングフラウの思い出をあれこれ話していた。

「今夜はユングフラウに珍しく雪が降っていますね。ユーリの髪飾りが雪を呼び寄せたのかな。初雪祭みたいですね」

 ユーリはエドアルドの別れの晩餐会に、エリザベート王妃様から頂いた雪の結晶の髪飾りをつけていた。

「ええ、エリザベート王妃様の雪の結晶の髪飾りが、雪を降らしたのかもしれませんわ。でも、雪の中の出立は困りますから、金庫にしまっておきますわ」

 ユーリは自分で出立と言いながら、ドキッとしてしまう。

「すみません、ユーリ嬢の気分が優れなさそうなので、サロンで休ませたいのです」

 動揺して涙がこぼれ落ちそうになったユーリの手を握って、エドアルドは国王にテーブルを離れる許可を貰うと、サロンへとエスコートする。泣き出したユーリを長椅子に座らせて、エドアルドはギュッと抱きしめた。

「そんなに泣かれたら、帰れなくなります」

 ずっとユーリの側で面倒をみてあげたいとエドアルドは思う。

「ごめんなさい、また泣いてしまって」

 国王夫妻の晩餐会で泣き出したユーリは、エドアルドに迷惑をかけたと謝る。

「私はもう大丈夫ですから、晩餐会に戻りましょう」

 ユーリは涙をハンカチで拭くと、主賓のエドアルドが席をあけるのは良くないと、晩餐会に帰ろうと促した。だが、愛しいユーリが自分との別れで泣いていると思うと、エドアルドは礼儀作法を捨て去った。がっしりとユーリを抱きしめると、ユーリの顔を上げさせてキスをした。

「ユーリ、一緒にニューパロマに行こう」

 ユーリは情熱的に誘われて一瞬くらっとなったが、やはり無理だと首を振る。


「ユーリ、大丈夫ですか」

 国王夫妻の晩餐会を中座させておくわけにはいかないと、ユージーンはサロンへ呼びに来た。

 長椅子に座った二人がキスをしていたのは無視して、あくまで気分が悪くなったから席を外したという建て前を押し通して、ユージーンは体調を気づかう振りをした。

 エドアルドは後少しだったのにと、邪魔しにきたユージーンを睨みつけたが、素知らぬ顔で側に座る。泣いていたユーリの顔をハンカチで拭いて落ち着かせると、晩餐会に戻ろうと手を取って立ち上がらせる。

「王妃様が、心配していらっしゃいますよ」

 エドアルドはこのままユージーンにユーリをエスコートさせて晩餐会に帰すわけにはいかないので、サッと立ち上がる。

「もう、大丈夫そうですね。晩餐会に戻りましょう」

 ユーリをエドアルドがエスコートして晩餐会へ帰るのを、ユージーンは見送った。

『ユーリは、エドアルド皇太子殿下が好きなんだ』

 平静な振りをしてキスを目撃したのも気づかれない振りをしたが、ユージーンは自身が動揺しているのを情けなく思った。お願いだから外国の皇太子と恋に落ちるのは止めてくれと、ユージーンは叫びそうになるのを深呼吸しておさめると、晩餐会へとかえっていった。

 晩餐会のテーブルではグレゴリウスが、ユーリとエドアルドが中座したのを追いかけようとしたのをジークフリートに止められたのを不満に思っていた。

「ユーリを泣かすだなんて」

 帰ってきたユーリが泣いていたのに気づいたグレゴリウスが怒るのを、ジークフリートは宥める。

「逆でしょう、ユーリ嬢が泣き出しそうだから、サロンへ連れ出したのですよ。ユージーン卿が後を追いましたから、大丈夫ですよ」

 ジークフリートは、ユーリがエドアルドの帰国に感傷的になっている状態は拙いなと危機感を覚えた。

 二人が国王夫妻に中座を謝り、王妃がユーリの体調を気遣ったりする社交上の演技が行われているのをジークフリートは眺めながら、後から席についたユージーンが平静を装っているのに気づいた。

 別れに涙しているユーリをかき抱いてキスでもしていたのだろうと、自国の王宮で勝手な振る舞いは許せない気持ちになったジークフリートだった。
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