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第九章 思春期
4 ニューパロマの出来事
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マゼラン卿は帰国直後にニューパロマ一帯のどの地区までが大豊作になったのか詳しく調査させた。
「国王陛下、少し二人きりで話があるのです」
国王の執務室で人払いを要求するマゼラン卿にその場にいた人達は驚いた。
「悪いが下がってくれ」
マゼラン卿と二人きりになると、国王は何の話かと尋ねた。
「これをご覧下さい」
国王はマゼラン卿が差し出したニューパロマ一帯の農家の納税額を見る。
「今年は大豊作だったが、それがどうかしたのか? これはイルバニア王国の紋章? この地名はイルバニア王国の地名ではないか」
「国王陛下、ユーリ・フォン・フォレスト嬢は緑の魔力持ちなのです。今年、ニューパロマ一帯が大豊作だったのも、その緑の魔力の結果だと考えています。これらはユーリ嬢が滞在される土地の納税額の推移です。特に、ストレーゼンは今年はじめて滞在されたので、顕著にあらわれています。ユングフラウのバラはユーリ嬢がリューデンハイムに入学されてから、秋でも満開に咲き誇っているのです」
ヘンリー国王は書類を丹念に眺める。
「今年の夏は例年になくバラが見事だった。それはユーリ嬢の緑の魔力なのか?」
資料を見ても俄には信じ難い様子の国王に、マゼラン卿はイルバニア王国の紋章の麦と、伝説のアルフレッド大王の緑の魔力について説明した。
「我が国の紋章にある鷹の羽根。ターシュが存在したとすると、イルバニア王国の麦を象徴する緑の魔力も存在するのでは無いでしょうか。資料でもユーリ嬢が滞在される土地一帯は大豊作なのです。いくらイルバニア王国が農業王国だとはいえ、大豊作が8年連続するものでしょうか」
「う~む、これをユーリ嬢が引き起こしているなら凄まじいな。……そう言えばユーリ嬢は華奢な身体なのに大食だった。魔力を使うと、エネルギーを消耗するとパロマ大学で学生時代に聞いた覚えがある。ユーリ嬢は無意識に緑の魔力を使っているのか?」
国王とマゼラン卿は、イルバニア王国に一杯喰わされていたのに気づいた。
「ところで、エドアルドとユーリ嬢の仲は少しは進展しているのか」
イルバニア王国から小麦を毎年輸入しているカザリア王国としては、緑の魔力を持っているユーリ嬢を絶対に確保したかった。肝心のユーリの気持ちを掴んだのかと尋ねられて、マゼラン卿はタラァと汗をかく。
「ユーリ嬢に恐ろしいお祖母様が付き添っていまして、なかなかエドアルド皇太子殿下が口説く隙も無いのです」
国王は、鉄仮面と異名を持つマゼラン卿が老貴婦人如きに遅れを取るとはと怒る。
「モガーナ様に会うまでフォン・フォレストの魔女は噂だと思っていました。熟練の工作員がフォン・フォレストの領地にも入れず、恐ろしい呪いの話を近辺の町で聞いて来たときは信じませんでした。でも、モガーナ様に会って工作員の恐怖がわかったのです。あの若さ、あの美貌、あの方は魔法王国の末裔です」
普通の家臣がこの様なことを言ったら正気を疑っただろうが、ヘンリーもフォン・フォレスト一族の反乱を思い出して有り得るかもと考える。
「ユーリ嬢のお祖母様が恐ろしい魔女であろうと、何とかしなくてはならないぞ。何か手は無いのか? モガーナ様が弱いものは無いのか?」
マゼラン卿はモガーナの弱いものを考え込む。
「モガーナ様はユーリ嬢を愛しています。だから向いていない皇太子妃にさせたくないのでしょう。でも、ユーリ嬢がエドアルド皇太子殿下を愛されたら、反対はされないと思います」
そのユーリを手に入れるのが大変なのだと、マゼラン卿は袋小路に嵌まってしまう。
「そうだ! モガーナ様は男性より、女性にお優しい。レーデルル大使夫人もモガーナ様を本能的に怖がっていますが、実害は受けてない筈です。特に害意を持たないサザーランド老公爵夫人や、マウリッツ公爵夫人とは仲良くしています」
二人は同じことを考える。
「エリザベートはユーリ嬢を気に入っている。エドアルドの妃として面倒をみようと純粋な好意を持っている」
国王は、ユーリ本人が迷惑だと考えている事は無視した。
「王妃様のユーリ嬢への好意は疑いようもありません。モガーナ様はそういう好意には弱いと思います」
国王とマゼラン卿は、ジュリアーニ卿と、シェパード卿を呼び寄せて深夜まで話し合いを続けた。
王妃が他国を訪問するのは、一大公式行事になる。しかし、今回はなるべく私的な要素を盛り込みたいと思っていたので、非公式の訪問としたいと考える。そしてイルバニア王国側にどう伝えるか、その方法を夜中まで話し合っていたマゼラン卿は疲れていた。
朝から不機嫌そうなマゼラン卿に屋敷の使用人達はピリピリしている。
「お父様、この箱はドレスなの?」
ジェーンは父親が帰国した時から、荷物の中にある白い箱が気になって仕方なかった。マゼラン卿はモガーナ様から渡されたドレスのことを失念していたと苦笑する。
「ああ、あれはユーリ嬢のお祖母様からお前にお土産だそうだ。ニューパロマでユーリ嬢と仲良くしてくれたお礼にドレスをプレゼントすると言われたが、サイズが合わないのではないかな? デザインが気に入ったなら、出入りの仕立て屋になおさせれば良い」
マゼラン卿もハロルドには嫡男として厳しく接していたが、娘のジェーンには甘い父親だ。嬉しそうに、箱を開けるジェーンに夜中まで続いた会議の疲れも癒される。
「まあ、とても素敵なドレスだわ! お母様、見て! ユングフラウのドレスはやはり素敵ね~」
奥方と娘がワイワイ話しているのを、食後のお茶を飲みながら見ていたが、二人の会話にお茶をこぼしそうになる。
「不思議だわ、ユーリ嬢にサイズを言った覚えはないのよ。まして、仮縫いも無しなのよ。どうみても私にピッタリだわ」
「お父様が教えたのでしょう。でなければ貴女のサイズなどわからないのに、縫えないわ」
ドレスを身体に当ててみて不思議がっているジェーンに伯爵夫人は着てみたらと勧める。ジェーンが嬉しそうに部屋に駆けて行くのを見ていたマゼラン卿に、奥方は不思議そうに尋ねる。
「ラドリック、貴方がジェーンのサイズを教えたのでしょ。情報を集めるのが仕事だからといって、娘のサイズまでご存知だとは驚きましたわ。私のサイズもご存知なのかしら、職業病ねぇ」
全く身に覚えのない皮肉を言われて、違うと抗議している間にジェーンはドレスに着替えて降りてきた。光沢のある生成の絹の上に薄い純白の紗が羽衣のようにかかっているドレスはジェーンにピッタリだった。
「お父様、素敵なのよ!」
ジェーンはクルリとターンすると、紗がヒラリと舞ってとても綺麗だ。
「やはりユングフラウのドレスはステキねぇ。私も一着作りたいわ。クレスト大使夫人はいつも素敵なドレスをお召しなのよ。あの方にお聞きしたけど、ユーリ嬢のドレスを作っているマダム・フォンテーヌは仮縫い無しでつくるそうよ。今まで信じてなかったけど、ジェーンのドレスを見たら信じざるをえないわね」
マゼラン卿はドレスについては疎かったが、ジェーンが着ているドレスが格別素晴らしいものであるのはわかった。
「それにしてもモガーナ様はジェーンのサイズをどうやって知ったのだろう」
考えると身震いのするマゼラン卿だ。
「まあ、私がユングフラウへ行くのですか」
エリザベート王妃は、国王に突然イルバニア王国訪問を切り出されて驚いた。
「エドアルドも遊学してお世話になっているし、様子を見がてらオペラ鑑賞でもしてきなさい。それにユーリ嬢と会いたがっていたではないか」
エリザベート王妃は国王の真意に気づいた。
「エドアルドはユーリ嬢の気持ちを捕らえられていないのですね。ユーリ嬢はまだ恋愛する気持ちがないのですわ。それにイルバニア王国はユーリ嬢をグレゴリウス皇太子妃にしたいのでしょう。困りましたわねぇ、私がユングフラウに行ったからといって何か進展するかしら?」
王妃がユングフラウに行っても、エドアルドの恋が成就するとは思わなかったが、何か手を打たないとユーリを獲得出来ないのも確かだ。
「あまりユーリ嬢の件は深く考えず、遊学中のエドアルドに会いに行く程度に思って下さい。秋のユングフラウでは、オペラハウスで連日オペラが開演されていますよ。私もついて行きたいが、大袈裟になるからね」
エリザベート王妃は国王の命令に従うことにした。自分がユングフラウに行くことで、何らかの進展があるとは考えられなかったが、可愛いユーリに再会できるのは嬉しかった。それにオペラ鑑賞を持ち出されると、気持ちがグラリと動かされたのだ。
「ユーリ嬢とオペラ鑑賞も楽しそうですわね」
ご機嫌の麗しいエリザベートに、ヘンリーはホッと一つは解決したと溜め息をつく。
いくら非公式とはいえ、王妃が他国を訪問するのを事前に知らせないわけにはいかない。イルバニア王国側はどうでるだろうかと国王は気持ちを改めて、マゼラン卿との話し合いに向かう。
「エリザベート王妃様がユングフラウを非公式に訪問されるのですか?」
王宮によびだされたクレスト大使は国王の言葉に冷や汗をかく。
「王妃はエドアルドの遊学で寂しがっているのだ。それにユングフラウでオペラ鑑賞を楽しみにしている。息子に会うのと、オペラ鑑賞に行くだけだから、あまり大袈裟に考えないでくれ」
同盟国の王妃が非公式とはいえ、ご訪問されるのが大事件でないわけがない。イルバニア王国の国王や、王妃がもてなさなくてはならないのだ。
そして、この時期にユングフラウを訪問される目的は、オペラ鑑賞などでは無いのは一目瞭然だ。ましてエドアルド皇太子に会いたいなどと甘ちょろい理由でもない。ユーリを獲得しようと王妃まで動員する本気モードに、クレスト大使は緑の魔力がバレたのだと悟る。
国に伝えておきますと、王宮を辞したクレスト大使だ。
同盟国の王妃が非公式に訪問されるのを拒否はできないし、外交官としてにこやかな表情をキープしていたが馬車に乗った瞬間に大きな溜め息をつく。
この夏一月を一緒に過ごしたユーリを思い出して、どうかもう少しの間は恋愛音痴のままでいて欲しいと願う大使だった。
「国王陛下、少し二人きりで話があるのです」
国王の執務室で人払いを要求するマゼラン卿にその場にいた人達は驚いた。
「悪いが下がってくれ」
マゼラン卿と二人きりになると、国王は何の話かと尋ねた。
「これをご覧下さい」
国王はマゼラン卿が差し出したニューパロマ一帯の農家の納税額を見る。
「今年は大豊作だったが、それがどうかしたのか? これはイルバニア王国の紋章? この地名はイルバニア王国の地名ではないか」
「国王陛下、ユーリ・フォン・フォレスト嬢は緑の魔力持ちなのです。今年、ニューパロマ一帯が大豊作だったのも、その緑の魔力の結果だと考えています。これらはユーリ嬢が滞在される土地の納税額の推移です。特に、ストレーゼンは今年はじめて滞在されたので、顕著にあらわれています。ユングフラウのバラはユーリ嬢がリューデンハイムに入学されてから、秋でも満開に咲き誇っているのです」
ヘンリー国王は書類を丹念に眺める。
「今年の夏は例年になくバラが見事だった。それはユーリ嬢の緑の魔力なのか?」
資料を見ても俄には信じ難い様子の国王に、マゼラン卿はイルバニア王国の紋章の麦と、伝説のアルフレッド大王の緑の魔力について説明した。
「我が国の紋章にある鷹の羽根。ターシュが存在したとすると、イルバニア王国の麦を象徴する緑の魔力も存在するのでは無いでしょうか。資料でもユーリ嬢が滞在される土地一帯は大豊作なのです。いくらイルバニア王国が農業王国だとはいえ、大豊作が8年連続するものでしょうか」
「う~む、これをユーリ嬢が引き起こしているなら凄まじいな。……そう言えばユーリ嬢は華奢な身体なのに大食だった。魔力を使うと、エネルギーを消耗するとパロマ大学で学生時代に聞いた覚えがある。ユーリ嬢は無意識に緑の魔力を使っているのか?」
国王とマゼラン卿は、イルバニア王国に一杯喰わされていたのに気づいた。
「ところで、エドアルドとユーリ嬢の仲は少しは進展しているのか」
イルバニア王国から小麦を毎年輸入しているカザリア王国としては、緑の魔力を持っているユーリ嬢を絶対に確保したかった。肝心のユーリの気持ちを掴んだのかと尋ねられて、マゼラン卿はタラァと汗をかく。
「ユーリ嬢に恐ろしいお祖母様が付き添っていまして、なかなかエドアルド皇太子殿下が口説く隙も無いのです」
国王は、鉄仮面と異名を持つマゼラン卿が老貴婦人如きに遅れを取るとはと怒る。
「モガーナ様に会うまでフォン・フォレストの魔女は噂だと思っていました。熟練の工作員がフォン・フォレストの領地にも入れず、恐ろしい呪いの話を近辺の町で聞いて来たときは信じませんでした。でも、モガーナ様に会って工作員の恐怖がわかったのです。あの若さ、あの美貌、あの方は魔法王国の末裔です」
普通の家臣がこの様なことを言ったら正気を疑っただろうが、ヘンリーもフォン・フォレスト一族の反乱を思い出して有り得るかもと考える。
「ユーリ嬢のお祖母様が恐ろしい魔女であろうと、何とかしなくてはならないぞ。何か手は無いのか? モガーナ様が弱いものは無いのか?」
マゼラン卿はモガーナの弱いものを考え込む。
「モガーナ様はユーリ嬢を愛しています。だから向いていない皇太子妃にさせたくないのでしょう。でも、ユーリ嬢がエドアルド皇太子殿下を愛されたら、反対はされないと思います」
そのユーリを手に入れるのが大変なのだと、マゼラン卿は袋小路に嵌まってしまう。
「そうだ! モガーナ様は男性より、女性にお優しい。レーデルル大使夫人もモガーナ様を本能的に怖がっていますが、実害は受けてない筈です。特に害意を持たないサザーランド老公爵夫人や、マウリッツ公爵夫人とは仲良くしています」
二人は同じことを考える。
「エリザベートはユーリ嬢を気に入っている。エドアルドの妃として面倒をみようと純粋な好意を持っている」
国王は、ユーリ本人が迷惑だと考えている事は無視した。
「王妃様のユーリ嬢への好意は疑いようもありません。モガーナ様はそういう好意には弱いと思います」
国王とマゼラン卿は、ジュリアーニ卿と、シェパード卿を呼び寄せて深夜まで話し合いを続けた。
王妃が他国を訪問するのは、一大公式行事になる。しかし、今回はなるべく私的な要素を盛り込みたいと思っていたので、非公式の訪問としたいと考える。そしてイルバニア王国側にどう伝えるか、その方法を夜中まで話し合っていたマゼラン卿は疲れていた。
朝から不機嫌そうなマゼラン卿に屋敷の使用人達はピリピリしている。
「お父様、この箱はドレスなの?」
ジェーンは父親が帰国した時から、荷物の中にある白い箱が気になって仕方なかった。マゼラン卿はモガーナ様から渡されたドレスのことを失念していたと苦笑する。
「ああ、あれはユーリ嬢のお祖母様からお前にお土産だそうだ。ニューパロマでユーリ嬢と仲良くしてくれたお礼にドレスをプレゼントすると言われたが、サイズが合わないのではないかな? デザインが気に入ったなら、出入りの仕立て屋になおさせれば良い」
マゼラン卿もハロルドには嫡男として厳しく接していたが、娘のジェーンには甘い父親だ。嬉しそうに、箱を開けるジェーンに夜中まで続いた会議の疲れも癒される。
「まあ、とても素敵なドレスだわ! お母様、見て! ユングフラウのドレスはやはり素敵ね~」
奥方と娘がワイワイ話しているのを、食後のお茶を飲みながら見ていたが、二人の会話にお茶をこぼしそうになる。
「不思議だわ、ユーリ嬢にサイズを言った覚えはないのよ。まして、仮縫いも無しなのよ。どうみても私にピッタリだわ」
「お父様が教えたのでしょう。でなければ貴女のサイズなどわからないのに、縫えないわ」
ドレスを身体に当ててみて不思議がっているジェーンに伯爵夫人は着てみたらと勧める。ジェーンが嬉しそうに部屋に駆けて行くのを見ていたマゼラン卿に、奥方は不思議そうに尋ねる。
「ラドリック、貴方がジェーンのサイズを教えたのでしょ。情報を集めるのが仕事だからといって、娘のサイズまでご存知だとは驚きましたわ。私のサイズもご存知なのかしら、職業病ねぇ」
全く身に覚えのない皮肉を言われて、違うと抗議している間にジェーンはドレスに着替えて降りてきた。光沢のある生成の絹の上に薄い純白の紗が羽衣のようにかかっているドレスはジェーンにピッタリだった。
「お父様、素敵なのよ!」
ジェーンはクルリとターンすると、紗がヒラリと舞ってとても綺麗だ。
「やはりユングフラウのドレスはステキねぇ。私も一着作りたいわ。クレスト大使夫人はいつも素敵なドレスをお召しなのよ。あの方にお聞きしたけど、ユーリ嬢のドレスを作っているマダム・フォンテーヌは仮縫い無しでつくるそうよ。今まで信じてなかったけど、ジェーンのドレスを見たら信じざるをえないわね」
マゼラン卿はドレスについては疎かったが、ジェーンが着ているドレスが格別素晴らしいものであるのはわかった。
「それにしてもモガーナ様はジェーンのサイズをどうやって知ったのだろう」
考えると身震いのするマゼラン卿だ。
「まあ、私がユングフラウへ行くのですか」
エリザベート王妃は、国王に突然イルバニア王国訪問を切り出されて驚いた。
「エドアルドも遊学してお世話になっているし、様子を見がてらオペラ鑑賞でもしてきなさい。それにユーリ嬢と会いたがっていたではないか」
エリザベート王妃は国王の真意に気づいた。
「エドアルドはユーリ嬢の気持ちを捕らえられていないのですね。ユーリ嬢はまだ恋愛する気持ちがないのですわ。それにイルバニア王国はユーリ嬢をグレゴリウス皇太子妃にしたいのでしょう。困りましたわねぇ、私がユングフラウに行ったからといって何か進展するかしら?」
王妃がユングフラウに行っても、エドアルドの恋が成就するとは思わなかったが、何か手を打たないとユーリを獲得出来ないのも確かだ。
「あまりユーリ嬢の件は深く考えず、遊学中のエドアルドに会いに行く程度に思って下さい。秋のユングフラウでは、オペラハウスで連日オペラが開演されていますよ。私もついて行きたいが、大袈裟になるからね」
エリザベート王妃は国王の命令に従うことにした。自分がユングフラウに行くことで、何らかの進展があるとは考えられなかったが、可愛いユーリに再会できるのは嬉しかった。それにオペラ鑑賞を持ち出されると、気持ちがグラリと動かされたのだ。
「ユーリ嬢とオペラ鑑賞も楽しそうですわね」
ご機嫌の麗しいエリザベートに、ヘンリーはホッと一つは解決したと溜め息をつく。
いくら非公式とはいえ、王妃が他国を訪問するのを事前に知らせないわけにはいかない。イルバニア王国側はどうでるだろうかと国王は気持ちを改めて、マゼラン卿との話し合いに向かう。
「エリザベート王妃様がユングフラウを非公式に訪問されるのですか?」
王宮によびだされたクレスト大使は国王の言葉に冷や汗をかく。
「王妃はエドアルドの遊学で寂しがっているのだ。それにユングフラウでオペラ鑑賞を楽しみにしている。息子に会うのと、オペラ鑑賞に行くだけだから、あまり大袈裟に考えないでくれ」
同盟国の王妃が非公式とはいえ、ご訪問されるのが大事件でないわけがない。イルバニア王国の国王や、王妃がもてなさなくてはならないのだ。
そして、この時期にユングフラウを訪問される目的は、オペラ鑑賞などでは無いのは一目瞭然だ。ましてエドアルド皇太子に会いたいなどと甘ちょろい理由でもない。ユーリを獲得しようと王妃まで動員する本気モードに、クレスト大使は緑の魔力がバレたのだと悟る。
国に伝えておきますと、王宮を辞したクレスト大使だ。
同盟国の王妃が非公式に訪問されるのを拒否はできないし、外交官としてにこやかな表情をキープしていたが馬車に乗った瞬間に大きな溜め息をつく。
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