178 / 273
第八章 見習い実習
46 カザリア王国大使館の舞踏会 前編
しおりを挟む
「ユーリ、そろそろ支度をしなくては駄目よ」
お祖母様に言われても、少しユーリはぐずぐずしていた。
「お祖母様……今夜はパスしたいわ」
これがマリアンヌだったら、エドアルド皇太子がエスコートしに来られるのに駄目よと説得しただろうが、モガーナは落ち着いている。
「あら、そうなの? では、私も行かなくて良いから楽ですわね」
では、と部屋を出て行こうとするお祖母様に、ユーリの方が慌ててしまって引き止める。
「行かなきゃ駄目よね! エドアルド皇太子殿下に悪いわ。少し……バツが悪い気がしたの」
口ごもるユーリの様子に、エドアルドと何かあったのだとピンときた。
「舞踏会など行きたくなければ、行かなくても良いのですよ。貴女は、真面目に考え過ぎよ。気分がすぐれないと、断れば良いだけだわ」
お祖母様にサボっても大丈夫なのよと言われると、逆に行かなくてはいけない気持ちにユーリはなる。
「やっぱり行くわ! だって、カザリア王国の大使館の舞踏会ですもの。ニューパロマで親切にしてして頂いたし、行かなければ失礼だわ。ちょっとエドアルド皇太子殿下と、顔を合わせるのがバツが悪く感じたの」
やはり昨夜の舞踏会で何かあったのだわ。
「ユーリ? エドアルド皇太子殿下にプロポーズされたとか」
真っ赤になったユーリに、あらまぁとモガーナは笑ってしまう。
「困った皇太子殿下ですわね。自分の思いを勝手にぶつけられても、迷惑ですのに。ユーリ、殿方の口説き文句など、一々気にしなくても良いのよ。貴女がその言葉を嬉しく思って、同じ気持ちなら受け入れれば良いだけですわ」
お祖母様は、さぞかし若い頃にモテたのだろうと、ユーリは想像する。
「政略結婚の相手としてではなく、愛していますと言われて……皇太子妃になりたくないと断ったのエドアルド皇太子殿下は良い方だけど、無理ですもの」
モガーナは、恋する気持ちを知らない孫娘は残酷だわと苦笑する。しかし、皇太子殿下には気の毒だけど、ユーリがキッパリ断ったのでホッとしていた。どこか気の良いユーリだから、プロポーズされると流されそうな不安を感じていたのだ。
「貴女が皇太子妃になりたくないなら、今夜の舞踏会で絶対にテラスや庭に誘われてもついて行ってはいけませんよ。若い殿方は、礼儀正しく見えても、所詮は狼ですからね。ムードに流されて、誘惑されても知りませんよ」
ユーリは真っ赤になって、絶対にテラスや庭に行かないと言い切る。侍女に手伝って貰ってドレスに着替えているユーリを眺めながら、少しお説教が効き過ぎたかしらと、モガーナは悩んでいた。
もともと恋愛音痴のユーリが、防御を固め過ぎるのも困るのだ。皇太子には防御して、アンリとかにはぼんやりしてくれたら良いけど、そうは都合よくはいかないわねと溜め息をつく。
「マダム・ルシアンのドレスは、貴方によく似合うわね」
遠目で見るとレースの花模様に見えるが、小さな花がドレス一面に縫いつけられている手のこんだ作品だった。小さな花の花心に煌めく水晶が灯りを反射してキラッと輝いているドレスは、舞踏会でシャンデリアの下で映えるだろうとモガーナは感心する。
「この花を、一つ一つ縫いつけたのね~。大変な作業だわ~」
ユーリはキャシーも花を縫ったのだろうかと想像すると、地味なドレスが良いから他の所で作って貰おうかしらと考えていたのが後ろめたく感じる。
「甘いテーストなのに、スッキリしているわ。それにダンスすると、キラッと煌めいて綺麗だわ」
ユーリは髪を結い上げて、老公爵が作ってくれたダイヤモンドのティアラと揃いの華奢なダイヤモンドのネックレスを付けた。
「お祖母様はセンスが良いから、おまかせしておけば良いから楽だわ。マウリッツの叔母様とは少し揉めるの、飾りたてようとされるのですもの」
「マリアンヌ様は、ロマンチック趣味ですからね。でも、ユーリには似合うかもしれないわね」
モガーナは自分と全く違った容姿と雰囲気の孫娘には、ロマンチック趣味のドレスも良く似合うだろうと笑った。
「わざわざ、お出迎えありがとうございます」
エドアルドは可憐なユーリに夢中だったが、マゼラン卿はモガーナ様をエスコートしながら動悸がしてきた。
「なんでもカザリア王国へ帰国されると、聞きましたの。お嬢様には、ユーリがニューパロマで親しくして頂いた御礼に、ドレスを一着お土産に用意してありますの。ジェーン様はユングフラウのドレスがお気に入りだと聞きましたので」
マゼラン卿はモガーナの親切を素直に受け取って良いものか真意を謀りかねたが、丁重にお礼を言う。
「モガーナ様、ユーリ嬢、ようこそお越し下さいました。あちらに控え室を用意してありますの。少し早めに来て頂き、申し訳有りません」
ユーリとお祖母様は侍女のメアリーを伴って、用意されていた控え室で他の招待客が揃うまで休憩する。
「エドアルド皇太子殿下が迎えに来られるから、少し早めに来なくちゃいけないの……どうせ帰りはお祖父様の馬車で帰るのだから、迎えなどいらないのに」
モガーナは帰りもエドアルドは送りたいと思っておられるだろうと苦笑する。
「貴女をエドアルド皇太子殿下に送って貰うわけにいかないから変則的なのよ。クウスカ寝てしまうのですもの」
「お祖母様、ひどいわ! 毎回は寝てないわ」
普通、社交界にデビューした令嬢がパーティーの帰りに寝てしまうなんて有り得ない事だと笑う。
招待客が揃ったと呼びに来られて、ユーリはエドアルドのパートナーとしてファーストダンスを踊る。モガーナは大使夫人の隣の席を遠慮したい気持ちだったが、かといって他の後見人の貴婦人方に知り合いもいなかった。
「一世代若い方ばかりだから、仕方ありませんわ」
見た目は他の後見人より若いぐらいだが、祖母世代なので昔の顔見知りはいない。しかし、モガーナは何人かの貴婦人方の親を知っていた。ユーリの後見人を勤めるには、他の後見人との協力も必要だわと、モガーナは溜め息をつく。
「ユーリ嬢、何だか今宵はおとなしいですね」
エドアルドの顔を見ると、昨夜の告白を思い出してしまい、いつもの様には振る舞えないユーリだ。
「そうですか?」
言葉少ないユーリの態度に、エドアルドは昨夜の告白のせいだと察した。
「私が愛していると告白したのを、気にされているのですね」
この話題を避けたいから、大人しくしていたのにとユーリは困ってしまう。
「皇太子妃になりたいと望んでおられる令嬢の中にも、殿下を慕っておられる方がいらっしゃいますわ。政略結婚としても、私は国王陛下の姪の娘にすぎませんから意味ないですわ」
恋するエドアルドは残酷な言葉にグサッときたが、政略結婚などではないと口説きだす。
「私は貴女を愛しています。政略など関係ありませんよ」
恋愛経験のないユーリは、エドアルドに情熱的に口説かれて、クラッとしてしまい頬を染める。
「そんなの困りますわ」
頬を染めるユーリが愛しく思えて、気持ちを聞きたくなる。
「ユーリ嬢、困るのは私が嫌いだからですか? それとも、皇太子妃になりたくないからですか?」
ユーリは答えるのを、躊躇った。
「それは……」
耳まで真っ赤になったユーリをダンス途中なのに抱き上げて連れ去りたくなったエドアルドだったが、無情にも曲が終わり後見人のモガーナの所へエスコートする。
「困った皇太子殿下ですわね」
モガーナはエドアルドがファーストダンスを踊りながら、かなり強引に口説いている様子に気づいた。モガーナの隣に座っているレーデルル大使夫人は、聞こえよがしの呟きにドキッとする。
聞こえなかったことにしてスルーしたが、動悸が激しくなったのを誤魔化そうと扇で顔をあおいだ。ユーリ嬢にこんな恐ろしいお祖母様がいるなんて聞いてませんわ! と内心で愚痴るレーデルルだ。
グレゴリウスはユーリと踊りながら、パートナーチェンジの際にエドアルドと危うく喧嘩しそうになったのを思い出す。
「ユーリ? 何だか様子がおかしいよ」
真っ赤になっているユーリにグレゴリウスは、エドアルドと何かあったのだとキッと睨みつけた。パートナー交代に苛ついていたエドアルドも睨みつけたので、一触即発の危なっかしい雰囲気になった。
「あら、ユーリ、暑いのかしら? レーデルル大使夫人も、先ほどから扇を使っていらっしゃるのよ。エドアルド皇太子殿下は次の令嬢がお待ちだわ、どうぞダンスして下さいな。この娘は、華やかな舞踏会にのぼせたみたいですわ」
マゼラン卿も、エドアルドに次の令嬢とダンスするように指示する。ユーリがジークフリートから差し出されたレモネードを飲んで落ち着くまで、グレゴリウスは行儀良く待っていた。
「皇太子殿下、お待たせしてすみませんわね」
やっと後見人から許可が出てユーリと踊り出したが、曲の半分は終わっていると愚痴りたいグレゴリウスだ。
ユーリがグレゴリウスと踊るのを、ジェラルドは主催のカザリア王国側として令嬢とダンスしながらチェックしていた。大使館の大広間の豪華なシャンデリアの灯りを反射して、ユーリ嬢の白い花の可愛らしいドレスは雰囲気を変えて煌めく。
「いつもながら、ユーリ嬢のドレス姿は素晴らしいな。エドアルド様も口説かれたみたいだ。グレゴリウス皇太子は、曲の半分を損したことで御立腹みたいだったな」
ジェラルドは曲の変わり目に、ハロルドと情報を交換した。カザリア王国大使館の主催の舞踏会なので、大使夫人に令嬢方とのダンス要員にされているので、学友達は少ししか話せないので焦りを感じている。
「ユーリ嬢、とても素敵なドレスですね。小さな花が一面に咲いているように見えます」
アンリの褒め言葉を、ユーリは素直に受けいれる。
「ありがとうございます。こんなに花を縫いつけるなんて、お針子さんは大変だったと思うわ。マダム・ルシアンの店で、幼なじみがお針子修行しているの。キャシーも花を縫い付けてくれたのかしら?」
ユーリの両親が駆け落ちしたのは、親戚なのでアンリも知っている。ヒースヒルで農家の娘として育ったのも、マウリッツ公爵から聞いていたので、お針子修行中の友達がいると聞いても驚かない。
「キャシーさんも、これほどドレスを見事に着こなしている貴女をご覧になれば、苦労が報われたと満足されるでしょう」
ユーリはちょっと他の洋裁店に地味なドレスを注文しようかと考えた件で、後ろめたいのと話す。
「私はドレスに詳しくありませんが、いつも素敵なドレスを着ていらしていると賞賛していますよ。地味なドレス? ユーリ嬢はお若いし、美しいのに何故ですか」
アンリに、美しいと言われて、少し照れる。
「美しくなんかありませんわ。ドレスが綺麗だから、そう思われるのよ。他の令嬢方はドレスを自分で選ぶと聞いて、昨日みたいな露出の多いのは着たくないと思ったの。それに他の令嬢の披露の舞踏会なのに、派手に着飾るのは、気兼ねするのですもの」
ユーリは何度となく、他の令嬢方からマダム・ルシアンのドレスを羨ましがられたのとこぼす。
「馬鹿らしい! 貴女が美しいのは、ドレスのせいではありませんよ。ドレスで美しさが引き立っていますが、もともとデビュタントの中で一番綺麗なのですから」
「まぁ、アンリ卿はお世辞がお上手ね! 美人と言うのは、お祖母様みたいな方だわ。ママはお淑やかな美人だったけど、私はドタバタしてて。それに地味なドレスを着ていた方が、何となく安心な気がするの。でも、派手なドレスばかりなのよ」
アンリ卿は母親から、マウリッツ公爵夫人がユーリを着飾らせるのを楽しみにしていると聞いていた。
「貴女が地味なドレスなど着たら、マウリッツ公爵夫人が悲しまれますよ。娘みたいに可愛がっておられるのですから」
「そうなのよね~。叔母様はとても優しくしていただいてるから逆らえないの~。前に比べたらロマンチック趣味は控えて下さっているけど、もう少しシンプルなのにして下さると嬉しいのに……」
アンリはドレスについては詳しくはなかったが、男性から見ても凄く高価な素晴らしい物だと思い、溜め息をついているユーリを可笑しく感じる。
「貴女のドレスを羨ましく思っている令嬢方に、怒られますよ」
「代わって頂きたいわ。その方々はきっと皇太子妃にも、憧れていらっしゃるのね。アンリ卿? 普通の貴族の令嬢は、皇太子殿下に憧れるものなの? 私は絶対に嫌なのに、よくわからないわ~庶民として育ったからかしら?」
アンリは名門貴族として育ったので、普通の令嬢なら若くてハンサムな皇太子に憧れて、皇太子妃に望まれれば夢心地になるだろうにと笑う。
「笑い事ではないわ! 真剣に困ってるのに。絆の竜騎士だからと、皇太子妃にしたがる人達もいるのよ。その人達は、私が田舎でスローライフしたがっている平凡な人間だと理解してないの」
「ユーリ嬢の理想が田舎でスローライフなのですか?」
国務省での見習い実習でも、他の大学生の実習生とは格段上の仕事をこなしているし、風車、ミシン、算盤、パーラーと普通の男性より忙しくしているユーリがスローライフ? アンリは吹き出してしまう。
「失礼ね! ドタバタして、アレコレ手を出してしまってるから、笑われても仕方ないけど、田舎暮らしが理想なの。竜騎士を早期引退して、フォン・フォレストで農場経営でもして過ごす予定だったのに……アンリ卿は、領地の管理はどうされているの?」
舞踏会なのに領地管理の質問をされて、可笑しくなってしまったアンリだ。
「そんな話は、踊りながらは無理ですね。テラスでゆっくり話しましょう」
ユーリはお祖母様にテラスに行かないと約束していたが、領地管理の話をダンスしながらは出来ないし、エドアルドと行かないと言ったのだからと承諾する。
ユーリがアンリとテラスに向かうのを、モガーナはすぐに気づいた。
『お馬鹿ちゃんは、上手いこと抜けているわね~少しはロマンチックな展開になれば良いのですけど、何やら色気の無さそうな話をしていたみたいだわ』
マゼラン卿もジークフリートも、アンリがユーリをテラスにエスコートするのに気づいたが、後見人のモガーナが放置しているので動きが取れない。
「モガーナ様、宜しいのですか?」
ジークフリートは、勇気をだしてモガーナ様にお伺いをたてる。
「あら、ジークフリート卿らしくない、無粋なことを仰るのね。ユーリはアンリ卿と何か話があるみたいですね。あの二人がテラスに行っても、何も心配ありませんわ」
祖母のモガーナ様に言い切られると、手も足も出せないので、この場にいないユージーンや、フランツが邪魔をしてくれることを望んだ。
マゼラン卿は自国の大使館で、エドアルド皇太子の妃候補のユーリが他の男性に口説かれているのに、何も手が打てないのに苛立つ。モガーナ様の目の前で変な動きはできないので、ラッセル卿がハロルド達に邪魔させてくれるのを期待するしかなかった。
アンリがユーリをテラスに連れ出したのに、ジェラルドも、フランツも気づいた。そして後見人のモガーナ様が素知らぬ顔で、ジークフリートとマゼラン卿と歓談しているのを見て、各自の判断で邪魔に入る。
お祖母様に言われても、少しユーリはぐずぐずしていた。
「お祖母様……今夜はパスしたいわ」
これがマリアンヌだったら、エドアルド皇太子がエスコートしに来られるのに駄目よと説得しただろうが、モガーナは落ち着いている。
「あら、そうなの? では、私も行かなくて良いから楽ですわね」
では、と部屋を出て行こうとするお祖母様に、ユーリの方が慌ててしまって引き止める。
「行かなきゃ駄目よね! エドアルド皇太子殿下に悪いわ。少し……バツが悪い気がしたの」
口ごもるユーリの様子に、エドアルドと何かあったのだとピンときた。
「舞踏会など行きたくなければ、行かなくても良いのですよ。貴女は、真面目に考え過ぎよ。気分がすぐれないと、断れば良いだけだわ」
お祖母様にサボっても大丈夫なのよと言われると、逆に行かなくてはいけない気持ちにユーリはなる。
「やっぱり行くわ! だって、カザリア王国の大使館の舞踏会ですもの。ニューパロマで親切にしてして頂いたし、行かなければ失礼だわ。ちょっとエドアルド皇太子殿下と、顔を合わせるのがバツが悪く感じたの」
やはり昨夜の舞踏会で何かあったのだわ。
「ユーリ? エドアルド皇太子殿下にプロポーズされたとか」
真っ赤になったユーリに、あらまぁとモガーナは笑ってしまう。
「困った皇太子殿下ですわね。自分の思いを勝手にぶつけられても、迷惑ですのに。ユーリ、殿方の口説き文句など、一々気にしなくても良いのよ。貴女がその言葉を嬉しく思って、同じ気持ちなら受け入れれば良いだけですわ」
お祖母様は、さぞかし若い頃にモテたのだろうと、ユーリは想像する。
「政略結婚の相手としてではなく、愛していますと言われて……皇太子妃になりたくないと断ったのエドアルド皇太子殿下は良い方だけど、無理ですもの」
モガーナは、恋する気持ちを知らない孫娘は残酷だわと苦笑する。しかし、皇太子殿下には気の毒だけど、ユーリがキッパリ断ったのでホッとしていた。どこか気の良いユーリだから、プロポーズされると流されそうな不安を感じていたのだ。
「貴女が皇太子妃になりたくないなら、今夜の舞踏会で絶対にテラスや庭に誘われてもついて行ってはいけませんよ。若い殿方は、礼儀正しく見えても、所詮は狼ですからね。ムードに流されて、誘惑されても知りませんよ」
ユーリは真っ赤になって、絶対にテラスや庭に行かないと言い切る。侍女に手伝って貰ってドレスに着替えているユーリを眺めながら、少しお説教が効き過ぎたかしらと、モガーナは悩んでいた。
もともと恋愛音痴のユーリが、防御を固め過ぎるのも困るのだ。皇太子には防御して、アンリとかにはぼんやりしてくれたら良いけど、そうは都合よくはいかないわねと溜め息をつく。
「マダム・ルシアンのドレスは、貴方によく似合うわね」
遠目で見るとレースの花模様に見えるが、小さな花がドレス一面に縫いつけられている手のこんだ作品だった。小さな花の花心に煌めく水晶が灯りを反射してキラッと輝いているドレスは、舞踏会でシャンデリアの下で映えるだろうとモガーナは感心する。
「この花を、一つ一つ縫いつけたのね~。大変な作業だわ~」
ユーリはキャシーも花を縫ったのだろうかと想像すると、地味なドレスが良いから他の所で作って貰おうかしらと考えていたのが後ろめたく感じる。
「甘いテーストなのに、スッキリしているわ。それにダンスすると、キラッと煌めいて綺麗だわ」
ユーリは髪を結い上げて、老公爵が作ってくれたダイヤモンドのティアラと揃いの華奢なダイヤモンドのネックレスを付けた。
「お祖母様はセンスが良いから、おまかせしておけば良いから楽だわ。マウリッツの叔母様とは少し揉めるの、飾りたてようとされるのですもの」
「マリアンヌ様は、ロマンチック趣味ですからね。でも、ユーリには似合うかもしれないわね」
モガーナは自分と全く違った容姿と雰囲気の孫娘には、ロマンチック趣味のドレスも良く似合うだろうと笑った。
「わざわざ、お出迎えありがとうございます」
エドアルドは可憐なユーリに夢中だったが、マゼラン卿はモガーナ様をエスコートしながら動悸がしてきた。
「なんでもカザリア王国へ帰国されると、聞きましたの。お嬢様には、ユーリがニューパロマで親しくして頂いた御礼に、ドレスを一着お土産に用意してありますの。ジェーン様はユングフラウのドレスがお気に入りだと聞きましたので」
マゼラン卿はモガーナの親切を素直に受け取って良いものか真意を謀りかねたが、丁重にお礼を言う。
「モガーナ様、ユーリ嬢、ようこそお越し下さいました。あちらに控え室を用意してありますの。少し早めに来て頂き、申し訳有りません」
ユーリとお祖母様は侍女のメアリーを伴って、用意されていた控え室で他の招待客が揃うまで休憩する。
「エドアルド皇太子殿下が迎えに来られるから、少し早めに来なくちゃいけないの……どうせ帰りはお祖父様の馬車で帰るのだから、迎えなどいらないのに」
モガーナは帰りもエドアルドは送りたいと思っておられるだろうと苦笑する。
「貴女をエドアルド皇太子殿下に送って貰うわけにいかないから変則的なのよ。クウスカ寝てしまうのですもの」
「お祖母様、ひどいわ! 毎回は寝てないわ」
普通、社交界にデビューした令嬢がパーティーの帰りに寝てしまうなんて有り得ない事だと笑う。
招待客が揃ったと呼びに来られて、ユーリはエドアルドのパートナーとしてファーストダンスを踊る。モガーナは大使夫人の隣の席を遠慮したい気持ちだったが、かといって他の後見人の貴婦人方に知り合いもいなかった。
「一世代若い方ばかりだから、仕方ありませんわ」
見た目は他の後見人より若いぐらいだが、祖母世代なので昔の顔見知りはいない。しかし、モガーナは何人かの貴婦人方の親を知っていた。ユーリの後見人を勤めるには、他の後見人との協力も必要だわと、モガーナは溜め息をつく。
「ユーリ嬢、何だか今宵はおとなしいですね」
エドアルドの顔を見ると、昨夜の告白を思い出してしまい、いつもの様には振る舞えないユーリだ。
「そうですか?」
言葉少ないユーリの態度に、エドアルドは昨夜の告白のせいだと察した。
「私が愛していると告白したのを、気にされているのですね」
この話題を避けたいから、大人しくしていたのにとユーリは困ってしまう。
「皇太子妃になりたいと望んでおられる令嬢の中にも、殿下を慕っておられる方がいらっしゃいますわ。政略結婚としても、私は国王陛下の姪の娘にすぎませんから意味ないですわ」
恋するエドアルドは残酷な言葉にグサッときたが、政略結婚などではないと口説きだす。
「私は貴女を愛しています。政略など関係ありませんよ」
恋愛経験のないユーリは、エドアルドに情熱的に口説かれて、クラッとしてしまい頬を染める。
「そんなの困りますわ」
頬を染めるユーリが愛しく思えて、気持ちを聞きたくなる。
「ユーリ嬢、困るのは私が嫌いだからですか? それとも、皇太子妃になりたくないからですか?」
ユーリは答えるのを、躊躇った。
「それは……」
耳まで真っ赤になったユーリをダンス途中なのに抱き上げて連れ去りたくなったエドアルドだったが、無情にも曲が終わり後見人のモガーナの所へエスコートする。
「困った皇太子殿下ですわね」
モガーナはエドアルドがファーストダンスを踊りながら、かなり強引に口説いている様子に気づいた。モガーナの隣に座っているレーデルル大使夫人は、聞こえよがしの呟きにドキッとする。
聞こえなかったことにしてスルーしたが、動悸が激しくなったのを誤魔化そうと扇で顔をあおいだ。ユーリ嬢にこんな恐ろしいお祖母様がいるなんて聞いてませんわ! と内心で愚痴るレーデルルだ。
グレゴリウスはユーリと踊りながら、パートナーチェンジの際にエドアルドと危うく喧嘩しそうになったのを思い出す。
「ユーリ? 何だか様子がおかしいよ」
真っ赤になっているユーリにグレゴリウスは、エドアルドと何かあったのだとキッと睨みつけた。パートナー交代に苛ついていたエドアルドも睨みつけたので、一触即発の危なっかしい雰囲気になった。
「あら、ユーリ、暑いのかしら? レーデルル大使夫人も、先ほどから扇を使っていらっしゃるのよ。エドアルド皇太子殿下は次の令嬢がお待ちだわ、どうぞダンスして下さいな。この娘は、華やかな舞踏会にのぼせたみたいですわ」
マゼラン卿も、エドアルドに次の令嬢とダンスするように指示する。ユーリがジークフリートから差し出されたレモネードを飲んで落ち着くまで、グレゴリウスは行儀良く待っていた。
「皇太子殿下、お待たせしてすみませんわね」
やっと後見人から許可が出てユーリと踊り出したが、曲の半分は終わっていると愚痴りたいグレゴリウスだ。
ユーリがグレゴリウスと踊るのを、ジェラルドは主催のカザリア王国側として令嬢とダンスしながらチェックしていた。大使館の大広間の豪華なシャンデリアの灯りを反射して、ユーリ嬢の白い花の可愛らしいドレスは雰囲気を変えて煌めく。
「いつもながら、ユーリ嬢のドレス姿は素晴らしいな。エドアルド様も口説かれたみたいだ。グレゴリウス皇太子は、曲の半分を損したことで御立腹みたいだったな」
ジェラルドは曲の変わり目に、ハロルドと情報を交換した。カザリア王国大使館の主催の舞踏会なので、大使夫人に令嬢方とのダンス要員にされているので、学友達は少ししか話せないので焦りを感じている。
「ユーリ嬢、とても素敵なドレスですね。小さな花が一面に咲いているように見えます」
アンリの褒め言葉を、ユーリは素直に受けいれる。
「ありがとうございます。こんなに花を縫いつけるなんて、お針子さんは大変だったと思うわ。マダム・ルシアンの店で、幼なじみがお針子修行しているの。キャシーも花を縫い付けてくれたのかしら?」
ユーリの両親が駆け落ちしたのは、親戚なのでアンリも知っている。ヒースヒルで農家の娘として育ったのも、マウリッツ公爵から聞いていたので、お針子修行中の友達がいると聞いても驚かない。
「キャシーさんも、これほどドレスを見事に着こなしている貴女をご覧になれば、苦労が報われたと満足されるでしょう」
ユーリはちょっと他の洋裁店に地味なドレスを注文しようかと考えた件で、後ろめたいのと話す。
「私はドレスに詳しくありませんが、いつも素敵なドレスを着ていらしていると賞賛していますよ。地味なドレス? ユーリ嬢はお若いし、美しいのに何故ですか」
アンリに、美しいと言われて、少し照れる。
「美しくなんかありませんわ。ドレスが綺麗だから、そう思われるのよ。他の令嬢方はドレスを自分で選ぶと聞いて、昨日みたいな露出の多いのは着たくないと思ったの。それに他の令嬢の披露の舞踏会なのに、派手に着飾るのは、気兼ねするのですもの」
ユーリは何度となく、他の令嬢方からマダム・ルシアンのドレスを羨ましがられたのとこぼす。
「馬鹿らしい! 貴女が美しいのは、ドレスのせいではありませんよ。ドレスで美しさが引き立っていますが、もともとデビュタントの中で一番綺麗なのですから」
「まぁ、アンリ卿はお世辞がお上手ね! 美人と言うのは、お祖母様みたいな方だわ。ママはお淑やかな美人だったけど、私はドタバタしてて。それに地味なドレスを着ていた方が、何となく安心な気がするの。でも、派手なドレスばかりなのよ」
アンリ卿は母親から、マウリッツ公爵夫人がユーリを着飾らせるのを楽しみにしていると聞いていた。
「貴女が地味なドレスなど着たら、マウリッツ公爵夫人が悲しまれますよ。娘みたいに可愛がっておられるのですから」
「そうなのよね~。叔母様はとても優しくしていただいてるから逆らえないの~。前に比べたらロマンチック趣味は控えて下さっているけど、もう少しシンプルなのにして下さると嬉しいのに……」
アンリはドレスについては詳しくはなかったが、男性から見ても凄く高価な素晴らしい物だと思い、溜め息をついているユーリを可笑しく感じる。
「貴女のドレスを羨ましく思っている令嬢方に、怒られますよ」
「代わって頂きたいわ。その方々はきっと皇太子妃にも、憧れていらっしゃるのね。アンリ卿? 普通の貴族の令嬢は、皇太子殿下に憧れるものなの? 私は絶対に嫌なのに、よくわからないわ~庶民として育ったからかしら?」
アンリは名門貴族として育ったので、普通の令嬢なら若くてハンサムな皇太子に憧れて、皇太子妃に望まれれば夢心地になるだろうにと笑う。
「笑い事ではないわ! 真剣に困ってるのに。絆の竜騎士だからと、皇太子妃にしたがる人達もいるのよ。その人達は、私が田舎でスローライフしたがっている平凡な人間だと理解してないの」
「ユーリ嬢の理想が田舎でスローライフなのですか?」
国務省での見習い実習でも、他の大学生の実習生とは格段上の仕事をこなしているし、風車、ミシン、算盤、パーラーと普通の男性より忙しくしているユーリがスローライフ? アンリは吹き出してしまう。
「失礼ね! ドタバタして、アレコレ手を出してしまってるから、笑われても仕方ないけど、田舎暮らしが理想なの。竜騎士を早期引退して、フォン・フォレストで農場経営でもして過ごす予定だったのに……アンリ卿は、領地の管理はどうされているの?」
舞踏会なのに領地管理の質問をされて、可笑しくなってしまったアンリだ。
「そんな話は、踊りながらは無理ですね。テラスでゆっくり話しましょう」
ユーリはお祖母様にテラスに行かないと約束していたが、領地管理の話をダンスしながらは出来ないし、エドアルドと行かないと言ったのだからと承諾する。
ユーリがアンリとテラスに向かうのを、モガーナはすぐに気づいた。
『お馬鹿ちゃんは、上手いこと抜けているわね~少しはロマンチックな展開になれば良いのですけど、何やら色気の無さそうな話をしていたみたいだわ』
マゼラン卿もジークフリートも、アンリがユーリをテラスにエスコートするのに気づいたが、後見人のモガーナが放置しているので動きが取れない。
「モガーナ様、宜しいのですか?」
ジークフリートは、勇気をだしてモガーナ様にお伺いをたてる。
「あら、ジークフリート卿らしくない、無粋なことを仰るのね。ユーリはアンリ卿と何か話があるみたいですね。あの二人がテラスに行っても、何も心配ありませんわ」
祖母のモガーナ様に言い切られると、手も足も出せないので、この場にいないユージーンや、フランツが邪魔をしてくれることを望んだ。
マゼラン卿は自国の大使館で、エドアルド皇太子の妃候補のユーリが他の男性に口説かれているのに、何も手が打てないのに苛立つ。モガーナ様の目の前で変な動きはできないので、ラッセル卿がハロルド達に邪魔させてくれるのを期待するしかなかった。
アンリがユーリをテラスに連れ出したのに、ジェラルドも、フランツも気づいた。そして後見人のモガーナ様が素知らぬ顔で、ジークフリートとマゼラン卿と歓談しているのを見て、各自の判断で邪魔に入る。
1
お気に入りに追加
1,982
あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~
夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。
雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。
女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。
異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。
調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。
そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。
※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。
※サブタイトル追加しました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆

転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる