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第八章 見習い実習

10  風車見学

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 土曜の午前中の武術レッスンを、どうにか打ち身を作らず終えたユーリは、マキシウスと昼食を食べていた。

「ユーリお嬢様、皇太子殿下とジークフリート卿、ユージーン卿とフランツ卿がみえてます」

 突然の皇太子一行の訪問に困惑した執事の顔を眺めて、ユーリは午後の予定を変更したく無かったので、お祖父様が追い返してくれれば良いのにと都合の良いことを考える。しかし、名門貴族のマキシウスが、皇太子を追い返すわけがなかった。

「セバスチャン、サロンにお通ししなさい」

 執事に申し付けると、こそっと二階に逃げ出そうとしている孫娘を捕まえる。

「何故、皇太子殿下がいらしたのだ?」

 全くユーリにも覚えが無かったので首を振る。その様子に約束していたのではないとマキシウスにもわかったが、逃げ出そうとしたには理由があるだろうと眉を顰める。グレゴリウスを待たせてはいけないと、ユーリの手をつかんだままサロンへと向かう。

「アリスト卿、突然の訪問をお許し下さい。フランツから、ユーリが考案した風車が完成したと聞きました。試運転を一緒に見学したいと思い、押しかけてしまいました」

 昨日の夕方、仲良くアンリと笑いながら寮に帰ってきたユーリは、外泊届けをだすとフォン・アリスト家に直行したので、待っていたグレゴリウスはすっかり落ち込んでしまった。フランツは父から風車の試運転があると聞いていたので、ユーリが絶対に行くと思ってこの計画を立てたのだ。

「あら、風車に興味があるの? な~んだ! じゃあ、ロックフォード侯爵領に誘えば良かったわね。丁度、良かったわ! ジークフリート卿や、ユージーンも出資して下さったし、あちらでロックフォード侯爵や、マウリッツ公爵、アンリ卿と一緒に、パーラーの収支報告と、相談に乗って頂きたい事があるの」

 午後の予定の邪魔にならないと知って上機嫌のユーリと違い、ロックフォード侯爵領? 風車? とわけのわからないマキシウスは苛つく。

「ユーリ、お前はパーラーだけでなく、また何かやらかしているのか。先日も、下町の木工細工屋と金属加工業者から金を取り立てに来たぞ。何をしでかしているのだ」 

 マキシウスの怒鳴り声にシャンデリアがビリビリしたし、グレゴリウス達もビクンとなったが、ユーリは平気で言い返す。

「え~、払いに行くと言ったのに取りに来たの? お祖父様、払って下さった?」

 当然だと、怒鳴るマキシウスにユーリは、ありがとうと感謝する。

「今月のお小遣いは使い果たしたから、来月分で払うわ。ふ~っ、来月は昼食抜きね~。寮に帰ればタダだけど、帰る時間勿体ないし。国務省の食堂は安いけど、お小遣い無いから食べれないわ」

「お小遣いはあげるから、キチンと食べなさい」

 ありがとう! と首に抱きついてキスをすると、行ってくるわねとバタバタと走り出す。

「こら、ユーリ! 説明をしなさい」

 アリスト卿の怒鳴り声を無視して竜舎に向かうユーリに、全員が呆れてしまう。見かねたジークフリートが、ユーリが考案した風車をロックフォード侯爵が建設したと説明する。

「ユーリがロックフォード侯爵に迷惑をかけたのかもしれない。私も試運転を見学しに行こう」

 ユーリは迷惑なんか掛けてないわとプンプンしたが、ラモスも一緒なのは喜んだ。

「良かったわ! ラモスも一緒なら、海水浴に行っても良いわね。イリスだけ海水浴に連れて行ったら、帰ってきた時にラモスに悪いかなと思っていたの」

『海水浴!』

 竜騎士達は竜達の歓声に耳を押さえる。

『静かにしなさい!』

 竜騎士隊長のマキシウスの命令で竜達は静まったが、こうなっては連れて行くまでおさまらないだろうと溜め息をつく。

「ユーリ、竜の前で○○○は禁句だ」

「だって、国務省の見習い実習でイリスに我慢させてるんですもの。それに、来週からはもっと忙しくなるし、ロックフォード侯爵領はユングフラウから海に向かった場所ですもの……」

 グレゴリウスや外務省のメンバーも、エドアルドの遊学問題でストレスを感じていたので、竜と海水浴も良いかもと同意する。

「じゃあ、さっさと出発しましょう。風車を見学して、パーラーの件を話し合ったら、海に行きましょう」

 竜達は喜び勇んで飛び上がった。ロックフォード侯爵領は竜だとひとっ飛びで、小高い丘の上に大きな風車が風を受けて羽を回転させていた。

「大きな風車ね~」

 ユーリ達は風車の周りに何台かの馬車が止まっていたので、少し離れた場所に竜を着地させる。

「皇太子殿下、ようこそいらっしゃいました」

 突然、舞い降りた6頭の竜に、ロックフォード侯爵は、皇太子が風車の試運転に来たのだと驚いた。マウリッツ公爵は、ユージーンかフランツが、試運転の件を皇太子にバラしたのだと溜め息をつく。 

 グレゴリウスは礼儀正しく挨拶を交わしたが、大きな風車に興味津々でアンリに早速内部を案内して貰う。

「やはり大きいと、迫力があるわね。フォン・フォレストの風車は試作品だから小さいのよ。原理は水車と一緒なの。回転運動を、そこの歯車で上下運動に変えて、小麦をひくの」

 アンリは、皇太子が来たのには驚いたが、ユーリが完成した風車を子どものように喜んでいるで、つい笑みが出てくる。風車の羽が回るのを間近で見たり、小麦をひく杵がドスン、ドスンと落ちてくる音に驚いたりと、風車の試運転の成功を喜んだ。

「この度は孫娘のユーリの思いつきに付き合って頂き、感謝しております。何かご迷惑をおかけしてはいないでしょうか?」

 マキシウスは大きな風車の建設費をロックフォード侯爵に負担させたのかと、申し訳なく思う。

「とんでもない! ユーリ嬢の考案された風車のお陰で、今年は領民も助かりますよ。風車は、これからどんどん建設されるでしょう」

「アリスト卿、ユーリは優れた発明家ですよ。彼女の頭脳には、何が入っているのかと、ワクワクしてしまいます。はっきり言って、見習い竜騎士の実習をさせておくのは勿体ないと思っています。一度、ユーリとゆっくり話してごらん下さい。あの発想力や実行力を書類整理に埋めさせないで下さい」 

 冷静なマウリッツ公爵からの賛辞にマキシウスは驚いたが、今月の見習い竜騎士のレポートをシュミット卿も高く評価していたと、孫娘の能力を再評価すべきかもと考える。しかし、そんな祖父の考えを覆したくなるように、ユーリはバタバタと落ち着きがない。

 出資者達にパーラーの収支報告書を配るまでは良しとしても、パーラーの増築やら、算盤の大量生産の資金援助とかを話し出す。

 何やら布を縫う機械を発明中で資金難だとか、マウリッツ公爵と株式会社を設立したいとか話し合っているのを見ると、少し落ち着きなさい! と怒鳴りたくなるのだ。 

 流石のマウリッツ公爵も風車の前で突っ立ったままで、あれこれ相談されても返答に困る。

「皇太子殿下、屋敷でお茶でも」

 ロックフォード侯爵の屋敷で、お茶を飲みながら、パーラーの収支報告と、増築の件を話し合う。

「パーラーは順調だし、増築すべきだね」

 出資者のロックフォード侯爵は、ユーリの渡した収支報告書がキチンとしているのに驚き、財務室で見習い実習しているだけあると見直す。

「本当は利益配当すべきなのかも知れませんが、出資者の方々は非営利団体だと承知して下さっているので、増築しても良いかなと思ってますの。その分は株式会社を設立した時に、株を買って頂いて、倍にしてお返しする予定ですの。今、考案中の布を縫う機械が出来上がって、大量に生産出来るようになれば、世界中に輸出できると思いますから、きっと出資者の方々には恩返しできますわ。叔父様、また相談にのって下さいね」

 マキシウスは屋敷に集金に来た金属加工業者は、その布を縫う機械を作っているのだと気づいた。

「ユーリ、その機械の製作にお金が必要なら、お小遣いでは足りないだろう。屋敷の執事に言っておくから、お金の事は心配しないように」

 ユーリはお祖父様に抱きついて喜ぶ。

「ありがとう! 毎月お小遣いが無いのは困ると思ってたの。この分は株式会社を設立した暁には返すわ。あと、算盤の大量発注をしたいの。財務室の全員に行き渡るようにしたいわ。今は貸し出しだけど、便利さに気づいた方には買い取って貰うから、お金はそのうち返せるけど、お小遣いじゃあ無理なんですもの。ミシンの製作費を出して貰うのに、算盤まで出して頂いくのは気が引けるけど、財務室はこれから忙しいから早く皆さんに手渡したいの」

 マキシウスは木工細工屋からの集金は算盤とかの代金だったのかと、溜め息をつく。

「ユーリ、街の木工細工屋に借金する前に私に相談しなさい。その算盤とは何だ?」

 同席していた全員が、ユーリの祖父も大変だなと、少しアリスト卿に同情したくなった。

「アリスト卿、ユーリ嬢の作られた算盤は大変優れた道具ですよ。昨日はユングフラウ大学の実習生に算盤の使い方を教えてましたが、全員が算盤を習得したいと思ったみたいです。私も、算盤を習得したいと思いましたしたしね。ユーリ嬢は国中の小学校で算盤を教えるべきだと考えておられるのですよ」

 アンリの援護を受けて、ユーリは算盤の実利性をアピールする。

「これも予算が必要なのよね。一度、シュミット卿に勝負を挑むつもりなの。シュミット卿は凄く計算が早いし、正確だけど、桁が大きくなれば算盤にも勝ち目があるかなって思っているの。ギャフンと言わして、算盤の実利性に気づいたら、財務室での導入には反対はされないでしょ? 後は、なし崩しに小学校への配布を認めて欲しいけど、そこまでは無理よね~。財務室の算盤代金は財務室で払うか、個人の支払いかはわからないけど、キッチリ取り立てるから、お祖父様には直ぐに返金できると思うわ」

 マキシウスは指導の竜騎士をギャフンと言わせると考えているユーリに頭が痛くなったが、ジークフリートやユージーンは是非とも見学したいと思った。

「ユーリ嬢、私にも算盤をお譲り下さい。早く練習したいですからね」

 アンリに早速渡すと笑いながら答えているユーリを、少し複雑な思いでグレゴリウスは眺める。ジークフリートやユージーンも、いつの間にかアンリと親しくなっている様子に気づいて困惑する。

「叔父様、株式会社の設立について相談にのって頂きたいわ。来週はエドアルド皇太子殿下が到着されると忙しくて、話している暇が無くなるかも。この週末に相談にのって頂けると嬉しいのだけど、お忙しいかしら? ユージーンとフランツにも、私が計画している事を知っていて欲しいの。万が一の時は、私に変わって実行して欲しいから」

 マウリッツ公爵は、ユーリからズッシリと重い書類鞄を渡された。

「叔父様に計画している事を書いた書類を預けて置くわ。私より実現能力がありそうですもの。見習い竜騎士の私では、何を考えても相手にされないのは1ヶ月で実感したわ。一生かけても実現できないかもしれないけど、女性の職業訓練所だけは予算を取りたいわ。後の事は、叔父様や、ユージーンと、フランツに任せるわ。荒唐無稽に思える計画もあると思うけど、実現できたらイルバニア王国の為になると思うわ」

 まるで遺言のような言葉に、マキシウスや、リュミエールは驚いた。 

「なんて事言うんだ! 縁起でもない」

 マキシウスは孫娘の言葉にショックを受ける。

「万が一だわ、それに皆から全部自分で背負い込まない方が良いと、アドバイスされるし」

 ユーリが唇を突き出して、おどけてみせたので皆はホッとしたが、グレゴリウスとフランツは、前にも不安を感じたので不審を覚える。 

『いつになったら、海水浴に行くんだ!』

 マキシウスに叱られて大人しく待っていた竜達も、お茶が長引くとイリスがまず切れた。 

『海水浴に行きましょう』

 風車の試運転が成功したのに、つい不安に捕らわれて雰囲気を暗くしてしまったと反省したユーリは、明るい口調で竜達を海水浴に連れて行かなければとロックフォード侯爵家を辞した。

「ユーリ、この書類について話し合いたいから、今夜は屋敷に来てくれないか?」

 明るく振る舞うユーリにも、マウリッツ公爵は誤魔化されなかった。

「そうね、お伺いして相談に乗って頂きますわ。ごめんなさいね、イリスが限界だわ。行ってきますね」

 慌ただしく飛び立つ竜達を見送りながら、残されたリュミエールは不安を感じる。

「まだお若いユーリ嬢らしくない言葉でしたね。でも、万が一ですから気にしないで下さい。貴方の方が、経済に強いと判断されたのでしょう」

 従兄のリュミエールが心配そうなのを、ロックフォード侯爵は宥める。

「ユーリは、竜騎士なのですよ。万が一は有り得るのです。ローラン王国は南下を諦めてませんから、いずれ戦争になります。あの娘は見習い竜騎士だから参戦するかもしれないのです。息子達も参戦するでしょうが、武術も苦手なあの娘まで……」

 ロックフォード侯爵もローラン王国との戦争になれば、息子共々領地の兵を率いて参戦する覚悟は持っていたが、華奢な令嬢のユーリが参戦するとは考えてもなかった。

「馬鹿な、ユーリ嬢は女性なんですよ!」

 アンリはそんな事は許せないと叫ぶ。

「ユーリは見習い竜騎士として、騎竜訓練も受けてます。戦闘になれば、竜は一騎当千なのです。フランツからイリスは優れた戦闘能力を備えていると聞いてますし、戦闘が激化すれば、あの娘の気性では後方支援では済まされないでしょう。マキシウス卿を恨みますよ。ユーリを竜騎士にするなんて」

 ズッシリと重い書類鞄を抱えて、リュミエールは竜達が消えた空を眺める。

「アリスト卿が、孫娘を前線に出すとは考えられませんよ。ユーリ嬢が望んでも、後方支援に回すはずです。イルバニア王国の竜騎士隊は、女性の竜騎士の助けを求めたりしません。私達も武術の苦手な令嬢に前線に出て頂きたく無いですしね。紳士として情けなさすぎますからね」

 アンリの慰めに、マウリッツ公爵はそれもそうだなと気を取り直す。そして戦争になる前にユーリを結婚させて、家庭に落ち着かせておけば、より安心だと考えた。

 息子達の事も心配ではあるが、竜騎士は一般の兵士より死傷者が少ないのが常識だし、貴族として国を護るのは義務だと考えている。幼い時より武術も訓練してきたし、武術も秀でているので、女の子のユーリほどは心配していない。

「ユーリを早く結婚させなくては! 後方支援とは言え、戦場の悲惨さをあの娘に見せたくない。優しい女の子は戦場に不向きだ」 

「そうですね、ユーリ嬢は事業家としても優れてますし、チャリティーで十分でしょう。結婚して、幸せに暮らして貰いたいですね」

 マウリッツ公爵と父親は、ユーリの官僚としての能力を知らないのだと、アンリは複雑な気持ちで二人の会話を聞いていた。

 もちろん、アンリはユーリと結婚して護るのは異存はない。結婚により竜騎士を引退しようが、引退しないで官僚として働こうが、夫として戦場だけは行かさないと決意していたし、そのためには国王の意思に逆らうことも覚悟する。

「肝心のユーリ嬢が結婚を考えていらっしゃらないのが一番の難問ですね」

 アンリの言葉にマウリッツ公爵とロックフォード侯爵は、そうだった! と額をピシャリと叩いた。二人は勝手にユーリとアンリを結婚させて、合同で会社を経営しようとか、取らぬ狸の皮算用を始めていたのを、水を差されて我にかえって笑う。

「だが、お前はユーリ嬢を口説き落とす覚悟が出来ているのだろうな? グレゴリウス皇太子殿下と、エドアルド皇太子殿下という強力なライバルがいるのだぞ。生半可な気持ちなら、格好が悪いだけだから、やめておきなさい」

 ロックフォード侯爵には国務省でのユーリとアンリの親しそうな様子を見た知人から、国王の御意思に反するのではと親切めかした嫉妬混じりの忠告が寄せられていた。絆の竜騎士であるだけでなく、フォン・アリスト家の相続人のユーリと親しくするのは、他の貴族達の妬みを引き寄せるのだ。

「ユーリ嬢は素晴らしい令嬢ですよ。私は忠実な求婚者になるつもりです。でも、当分は良きアドバイザーの立場でしょうね。ユーリ嬢はまだ幼い方ですから」

 アンリの言葉に、マウリッツ公爵は満足する。求婚者は求めているし、早く結婚させようと考えているが、叔父としては可愛い姪に強引なアプローチは困ると複雑な心境なのだ。

 ロックフォード侯爵も息子の卒のない言葉に満足する。従兄のマウリッツ公爵を怒らせると、恐ろしいのは親戚だけに熟知していたからだ。

 先日もユーリをローラン王国に嫁がせて戦争を回避すべきだと戯言を言っていた貴族が、経済的に追い詰められて夜逃げ同然にユングフラウから去っていった。その貴族に追従していた人達も、それぞれ不幸な目に遭い、政治的な戯言を言っているどころではない環境になっているのを見て、絶対に敵にしたくない相手だと感じていたのだ。

 マウリッツ公爵が帰るのを見送りながら、残された親子で呑気な会話が始まった。

「リュミエールはシスコンだったからな~。美しく淑やかな姉君に憧れていたから、そっくりの姪が可愛くて仕方無いのだろう。外見はそっくりだが、内面はお淑やかとはお世辞にも言えないがな。アンリ、ユーリ嬢と結婚したら苦労するぞ。口うるさい叔父や、ユージーンとフランツも、ユーリ嬢を泣かしたら許さないだろうし、その上に巨大な竜がついて来るのだからな」

 父親の揶揄に、退屈な生活は無縁ですねとアンリは笑った。
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