139 / 273
第八章 見習い実習
8 モガーナの決意
しおりを挟む
声楽のレッスンから寮に帰ると、グレゴリウスとフランツが一緒に夕食を食べようと待っていた。
「遅い昼食を食べたから」断ろうとするユーリをグレゴリウスは叱る。
「キチンと食事を取らないと駄目だよ。そんな調子では身体がもたないよ」
フランツもユーリの体調を心配する。
「早く竜騎士になりたいのは皆同じだよ。僕だって、外交官として一人前になりたいもの。でも、焦って身体を壊したら、元も子もないよ。近頃のユーリは、地に足がついてない気がするよ」
二人に諫められて、ユーリは少し反省する。
「何だか気が急いて……まだ15才だと思う時もあるけど、もう15才だとも思うの。20才まで、あと5年、いえ4年しかないのね……何か残しておきたくて……子どもを産んだ方が良いのから?」
ユーリはパロマ大学で真名を見た時から、何となく前世に捕らわれた気持ちが度々していた。
「ユーリ、何を言ってるの?」
なぜ20才までに何か残したいとか、子どもを産むとか言い出したのか二人は不安を感じる。
「何でもないわ、ただの目標よ。19才までに竜騎士になって、20才までに子どもを産もうかなって。普通の女の子でも何才までに結婚しようとか考えるでしょ」
フランツもグレゴリウスも、ユーリの説明には納得し難い気持ちだったが、女の子の立てる人生設計には当てはまるので反論しにくい。
『馬鹿ね! 二人に打ち明けたいと思っているから、口を滑らしたのだわ。でも、前世の話とか荒唐無稽だし、19才で死んだとか重い話を背負わせるのは駄目よ! お祖母様はそんなの意味ないと仰るけど、だんだん死んだ年に近づいている……私が死んだら、イリスも死んでしまうのよね。私が結婚するまでイリスも子竜を産まないと言ってるし、本当は竜騎士より結婚した方が良いのかしら。でも、数年で死ぬかもしれないのに結婚するのも相手に悪いわよね。第一、恋愛もしてないのに結婚なんて無理だわ』
ユーリは時々このような不毛な考えを巡らしては、結婚は相手が必要なので自分ではどうしようもないから、竜騎士になる方だけでも頑張ろうと結論を出すのだ。
こういう馬鹿げた思いに捕らわれた時、お祖母様に笑い飛ばして貰うと、ユーリは凄く精神的に楽になる。
「馬鹿馬鹿しい! 前世と同じ人生を歩むなんて、あり得ないわ。第一、竜なんかと絆を前世で結んでないでしょう」
お祖母様に会いたいわと、ユーリは思いながら夕食を食べた。
モガーナはユーリがユングフラウで、グレゴリウスとエドアルドとの板挟みになる期間だけでも、側について支えて遣りたいと願っていたが、時期が悪くてなかなか思うようにはいかない。収穫期と納税の時期は、頼りないラングストン管理人に任せておけなかったのだ。
エミリアとダニエルを結婚させて、次代の管理人にしようとは考えていたし、両家の承諾も得ていた。先ずは結婚式をあげさせなくてはと、エミリアの両親をせっついたり、結婚の支度を手伝ったりと忙しい日々を送る。
「マウリッツ老公爵と和解できたのは、好都合ですわね」
夏をユーリと共に過ごした老公爵は、モガーナ・フォン・フォレストに駆け落ちの際に無礼な振る舞いをしたことを丁重に謝り、ユーリの祖母と祖父としての付き合いを求めてきていたのだ。
モガーナもユーリがマウリッツ公爵家で大切に扱われているのを承知していたので、ユングフラウでの面倒は竜馬鹿のマキシウスよりはあてになると、謝罪を受け入れたのだ。
「エドアルド皇太子も、忙しい時期に御遊学されなくても良いのに。本当に迷惑ですわ!」
領主として一番忙しい時期にユングフラウに行かなくてはならないと、ぷんぷん怒りながら、エミリアの結婚式の準備を進めるモガーナだ。
「エミリアとダニエルには、忙しい新婚生活のスタートになるわね。でも、慣れるのには良いかもしれませんわ。ユーリは不在がちな領主になりそうですもの」
モガーナは着々とフォン・フォレストの次期の領主としてユーリが楽に管理できるように準備を始めていたが、フォン・アリスト家の方に関しては放置していた。マキシウスには妹のシャルロットがいたし、甥や姪が居るのだから、ユーリでなくても良いでしょうと勝手な事を考えていたし、代々竜騎士隊長を勤めている武門を孫娘に継げるとは考えてもいなかった。
「ユングフラウの滞在場所が問題ですわね。フォン・キャシディ家の屋敷には、ジークフリート卿がいらっしゃるし。短期間ならいざ知らず、艶聞の多い殿方なのに、年寄りの親戚が居座ったらご迷惑だわ。仕方ありませんわね、竜馬鹿のフォン・アリスト家にしましょう。あそこなら、ユーリは慣れてますしね」
全くマキシウスの意思は関係なく、フォン・アリスト家への滞在を決めたモガーナだ。
ユーリは、エミリア先生からの手紙で結婚を知らされて驚いた。ユーリが寮の入り口で受け取った手紙を食堂で読んでいるのを、グレゴリウスとフランツは、何なの? と寄って来る。
「私の家庭教師だったエミリア先生が、館の警備員のダニエル・ターナーさんと結婚されるの。ユングフラウのエミリア先生の実家のパターソン家で簡単な挙式をされるから、私にブライズメイドをして欲しいと書いてあるわ。お祖母様はダニエルさんとエミリア先生に、屋敷に住んでフォン・フォレストの管理人になって貰うつもりなんだわ。今の管理人のラングストンさんは、お年だから引退間近での。まぁ! お祖母様も結婚式にいらっしゃるのね。ユングフラウはお嫌いなのに、珍しいわね」
グレゴリウスとフランツは怖ろしいほどの美貌と言われているモガーナに会えるのかなと期待する。
「お祖父様はモガーナ様に謝罪して和解したのだから、ユーリの舞踏会に来て下されば良いのにね」
フランツの言葉はユーリを喜ばせた。
「まぁ、本当に? マウリッツのお祖父様と、お祖母様が和解したの? 嬉しいわ! だって、フランツやユージーンと付き合うのは良いとしても、マウリッツ公爵家に行くのを微妙だと思われているみたいだったの。それに和解されたということは、お祖父様もパパを許したって事よね。何だか泣いちゃいそう」
ユーリがハンカチで目を押さえるのを、フランツとグレゴリウスは微笑んで見ている。
「ユーリ、良かったね! 君のデビューの舞踏会に、フォン・フォレストのお祖母様がいらっしゃるなら、紹介して欲しいな。だって、怖ろしいほどの美貌だと聞いてるもの」
グレゴリウスの言葉にユーリは笑いながら承知する。
「ええ、とても私のお祖母様とは見えないわ。とても美しい方なのよ。少し怖いけど……二人なら、大丈夫よ」
二人はお祖母様とは見えないというのを、似ていないという意味に取っていたが、実際に会って若いという意味だったと驚愕と同時に知ることになる。
「結婚式は来週なの。エドアルド皇太子殿下が到着された後だわ。う~ん、この日は騎竜訓練の日ね! 怖いけど、ミューゼル卿に昼からお休みを貰えるか聞いてみるわ。他の日に騎竜訓練を変えて貰えると助かるけど……そこまでは無理よね」
スケジュール表を見ながら、ユーリが考え込んでいるのを見て、フランツは変更して貰えばと提案した。
「エドアルド皇太子殿下達は、基本的に竜騎士隊での訓練が主なんだよ。まぁ、他国の外務省や国務省で見習い実習しても意味無いし、受け入れる側も困るしさ。だから僕達もお付き合いで竜騎士隊の実習が多いから、振り替えて貰えば?」
「そうだけど……シュミット卿に昼から休みを貰うの? ミューゼル卿に言う方がマシかも。それにしても、皇太子殿下もフランツも、いっぱい騎竜訓練を受けるのね。差がついちゃうな~」
ユーリの悩みは、モガーナがマキシウスに直接交渉して解決してくれた。
「やはり、お祖父様はお祖母様に弱いわ。エミリア先生の結婚式の日は、実習は休みにして下さったの。これでエミリア先生のブライズメイドもゆっくりできるわ」
騎竜訓練の後で、マキシウスはユーリに結婚式の当日は見習い実習を休んで良いと告げたのだ。不思議そうに見上げる孫娘に、モガーナから手紙で頼まれたと困った様子で告げたが、どうも屋敷に長期滞在しそうな文面に思えたのは怖ろしくて口にしなかった。
「ユングフラウが嫌いなモガーナが、ユーリの家庭教師の結婚式の為に来るだなんて変だ。『結婚式の前日に到着して、しばらく御厄介になります』しばらく? しばらくとは、何日だ?」
モガーナからの手紙を読んだマキシウスは混乱した。執事に客間の用意を命じながらも、嘗て愛した女性の突然の訪問に狼狽える。
このように狼狽えている主人を見るのは初めての執事は驚いたが、侍女達に丁寧に客間を掃除するように命じた。フォン・フォレストの魔女と呼ばれるモガーナ様に何か落ち度があってはならないと、侍女達は床に顔が写るぐらいに磨き立てた。
フランツからモガーナがユングフラウに来ると聞いたジークフリートは、もしかしたらユーリの後見人としての役目を果たす為ではと期待した。
「モガーナ様ならレーデルル大使夫人など子ども同然でしょう。まぁ、どなたであろうと太刀打ちできる方がおられるとは思いませんがね。ただ、モガーナ様はユングフラウがお嫌いですから、長期滞在はされないのでは無いでしょうか?」
他の外務省のメンバーは、フォン・フォレストの魔女と呼ばれるモガーナに直接の面識が無かったので、ジークフリートに色々と質問する。
「美しいお方だとユーリ嬢からも聞いているが、本当なのだろうか?」
外務次官はニューパロマで、ユーリがお祖母様みたいな迫力のある美人なら良かったのにと愚痴っていたのを思い出した。
「そうですね、私は今までモガーナ様ほど美しい貴婦人を見たことはありませんね。怖いほどの美貌ですし、性格もかなり手厳しい方です。多分、ユーリ嬢にはお優しいでしょうが、エドアルド皇太子の社交相手を押し付けた私達はボロクソに言われますよ。覚悟しておいた方が良いでしょう。マゼラン卿に近づかない方が良いと忠告してあげますか? カザリア王国の密偵がフォン・フォレストに入れず、うちの領地であれこれ調査したみたいで、モガーナ様のお気に障ったみたいですから」
外務省のメンバーは、ユーリが結界を張るのをお祖母様から習ったと聞いていたので、結界で密偵を排除したのだと気づいた。フォン・フォレストの魔女を密偵に探らすなど、イルバニア王国の人間には怖ろしくて出来ないのに、マゼラン卿は怖いもの知らずだと身震いする。
「鉄仮面殿とフォン・フォレストの魔女殿の一騎打ちなら、どちらが勝のだろう?」
呑気な外務相の言葉に、ジークフリートはその前座試合で外務省とカザリア王国大使館が、先ず蹴り飛ばされるのではと背筋が凍った。その予感は的中し、最強の後見人に守られたユーリに、外務省もカザリア王国大使館も手だしが出来なくなるのだ。
ユーリはお祖母様がエミリア先生の結婚式の為にユングフラウに来るのだとしか思ってなかった。来週末のマウリッツ公爵家での舞踏会に来て下されば嬉しいなと単純に考えていた。
農家出身のユーリはこの収穫と納税時期が忙しいのは知っていたので、領主のお祖母様が長期間にわたってフォン・フォレストを留守にするとは考えもつかなかったのだ。
それほどユーリが夜更けにフォン・フォレストに突然帰ってきて泣いたのが、モガーナに衝撃を与えたとは思いもよらない事だった。しかし、ユーリもモガーナのユングフラウ滞在中にビシバシと指導されることになる。
「遅い昼食を食べたから」断ろうとするユーリをグレゴリウスは叱る。
「キチンと食事を取らないと駄目だよ。そんな調子では身体がもたないよ」
フランツもユーリの体調を心配する。
「早く竜騎士になりたいのは皆同じだよ。僕だって、外交官として一人前になりたいもの。でも、焦って身体を壊したら、元も子もないよ。近頃のユーリは、地に足がついてない気がするよ」
二人に諫められて、ユーリは少し反省する。
「何だか気が急いて……まだ15才だと思う時もあるけど、もう15才だとも思うの。20才まで、あと5年、いえ4年しかないのね……何か残しておきたくて……子どもを産んだ方が良いのから?」
ユーリはパロマ大学で真名を見た時から、何となく前世に捕らわれた気持ちが度々していた。
「ユーリ、何を言ってるの?」
なぜ20才までに何か残したいとか、子どもを産むとか言い出したのか二人は不安を感じる。
「何でもないわ、ただの目標よ。19才までに竜騎士になって、20才までに子どもを産もうかなって。普通の女の子でも何才までに結婚しようとか考えるでしょ」
フランツもグレゴリウスも、ユーリの説明には納得し難い気持ちだったが、女の子の立てる人生設計には当てはまるので反論しにくい。
『馬鹿ね! 二人に打ち明けたいと思っているから、口を滑らしたのだわ。でも、前世の話とか荒唐無稽だし、19才で死んだとか重い話を背負わせるのは駄目よ! お祖母様はそんなの意味ないと仰るけど、だんだん死んだ年に近づいている……私が死んだら、イリスも死んでしまうのよね。私が結婚するまでイリスも子竜を産まないと言ってるし、本当は竜騎士より結婚した方が良いのかしら。でも、数年で死ぬかもしれないのに結婚するのも相手に悪いわよね。第一、恋愛もしてないのに結婚なんて無理だわ』
ユーリは時々このような不毛な考えを巡らしては、結婚は相手が必要なので自分ではどうしようもないから、竜騎士になる方だけでも頑張ろうと結論を出すのだ。
こういう馬鹿げた思いに捕らわれた時、お祖母様に笑い飛ばして貰うと、ユーリは凄く精神的に楽になる。
「馬鹿馬鹿しい! 前世と同じ人生を歩むなんて、あり得ないわ。第一、竜なんかと絆を前世で結んでないでしょう」
お祖母様に会いたいわと、ユーリは思いながら夕食を食べた。
モガーナはユーリがユングフラウで、グレゴリウスとエドアルドとの板挟みになる期間だけでも、側について支えて遣りたいと願っていたが、時期が悪くてなかなか思うようにはいかない。収穫期と納税の時期は、頼りないラングストン管理人に任せておけなかったのだ。
エミリアとダニエルを結婚させて、次代の管理人にしようとは考えていたし、両家の承諾も得ていた。先ずは結婚式をあげさせなくてはと、エミリアの両親をせっついたり、結婚の支度を手伝ったりと忙しい日々を送る。
「マウリッツ老公爵と和解できたのは、好都合ですわね」
夏をユーリと共に過ごした老公爵は、モガーナ・フォン・フォレストに駆け落ちの際に無礼な振る舞いをしたことを丁重に謝り、ユーリの祖母と祖父としての付き合いを求めてきていたのだ。
モガーナもユーリがマウリッツ公爵家で大切に扱われているのを承知していたので、ユングフラウでの面倒は竜馬鹿のマキシウスよりはあてになると、謝罪を受け入れたのだ。
「エドアルド皇太子も、忙しい時期に御遊学されなくても良いのに。本当に迷惑ですわ!」
領主として一番忙しい時期にユングフラウに行かなくてはならないと、ぷんぷん怒りながら、エミリアの結婚式の準備を進めるモガーナだ。
「エミリアとダニエルには、忙しい新婚生活のスタートになるわね。でも、慣れるのには良いかもしれませんわ。ユーリは不在がちな領主になりそうですもの」
モガーナは着々とフォン・フォレストの次期の領主としてユーリが楽に管理できるように準備を始めていたが、フォン・アリスト家の方に関しては放置していた。マキシウスには妹のシャルロットがいたし、甥や姪が居るのだから、ユーリでなくても良いでしょうと勝手な事を考えていたし、代々竜騎士隊長を勤めている武門を孫娘に継げるとは考えてもいなかった。
「ユングフラウの滞在場所が問題ですわね。フォン・キャシディ家の屋敷には、ジークフリート卿がいらっしゃるし。短期間ならいざ知らず、艶聞の多い殿方なのに、年寄りの親戚が居座ったらご迷惑だわ。仕方ありませんわね、竜馬鹿のフォン・アリスト家にしましょう。あそこなら、ユーリは慣れてますしね」
全くマキシウスの意思は関係なく、フォン・アリスト家への滞在を決めたモガーナだ。
ユーリは、エミリア先生からの手紙で結婚を知らされて驚いた。ユーリが寮の入り口で受け取った手紙を食堂で読んでいるのを、グレゴリウスとフランツは、何なの? と寄って来る。
「私の家庭教師だったエミリア先生が、館の警備員のダニエル・ターナーさんと結婚されるの。ユングフラウのエミリア先生の実家のパターソン家で簡単な挙式をされるから、私にブライズメイドをして欲しいと書いてあるわ。お祖母様はダニエルさんとエミリア先生に、屋敷に住んでフォン・フォレストの管理人になって貰うつもりなんだわ。今の管理人のラングストンさんは、お年だから引退間近での。まぁ! お祖母様も結婚式にいらっしゃるのね。ユングフラウはお嫌いなのに、珍しいわね」
グレゴリウスとフランツは怖ろしいほどの美貌と言われているモガーナに会えるのかなと期待する。
「お祖父様はモガーナ様に謝罪して和解したのだから、ユーリの舞踏会に来て下されば良いのにね」
フランツの言葉はユーリを喜ばせた。
「まぁ、本当に? マウリッツのお祖父様と、お祖母様が和解したの? 嬉しいわ! だって、フランツやユージーンと付き合うのは良いとしても、マウリッツ公爵家に行くのを微妙だと思われているみたいだったの。それに和解されたということは、お祖父様もパパを許したって事よね。何だか泣いちゃいそう」
ユーリがハンカチで目を押さえるのを、フランツとグレゴリウスは微笑んで見ている。
「ユーリ、良かったね! 君のデビューの舞踏会に、フォン・フォレストのお祖母様がいらっしゃるなら、紹介して欲しいな。だって、怖ろしいほどの美貌だと聞いてるもの」
グレゴリウスの言葉にユーリは笑いながら承知する。
「ええ、とても私のお祖母様とは見えないわ。とても美しい方なのよ。少し怖いけど……二人なら、大丈夫よ」
二人はお祖母様とは見えないというのを、似ていないという意味に取っていたが、実際に会って若いという意味だったと驚愕と同時に知ることになる。
「結婚式は来週なの。エドアルド皇太子殿下が到着された後だわ。う~ん、この日は騎竜訓練の日ね! 怖いけど、ミューゼル卿に昼からお休みを貰えるか聞いてみるわ。他の日に騎竜訓練を変えて貰えると助かるけど……そこまでは無理よね」
スケジュール表を見ながら、ユーリが考え込んでいるのを見て、フランツは変更して貰えばと提案した。
「エドアルド皇太子殿下達は、基本的に竜騎士隊での訓練が主なんだよ。まぁ、他国の外務省や国務省で見習い実習しても意味無いし、受け入れる側も困るしさ。だから僕達もお付き合いで竜騎士隊の実習が多いから、振り替えて貰えば?」
「そうだけど……シュミット卿に昼から休みを貰うの? ミューゼル卿に言う方がマシかも。それにしても、皇太子殿下もフランツも、いっぱい騎竜訓練を受けるのね。差がついちゃうな~」
ユーリの悩みは、モガーナがマキシウスに直接交渉して解決してくれた。
「やはり、お祖父様はお祖母様に弱いわ。エミリア先生の結婚式の日は、実習は休みにして下さったの。これでエミリア先生のブライズメイドもゆっくりできるわ」
騎竜訓練の後で、マキシウスはユーリに結婚式の当日は見習い実習を休んで良いと告げたのだ。不思議そうに見上げる孫娘に、モガーナから手紙で頼まれたと困った様子で告げたが、どうも屋敷に長期滞在しそうな文面に思えたのは怖ろしくて口にしなかった。
「ユングフラウが嫌いなモガーナが、ユーリの家庭教師の結婚式の為に来るだなんて変だ。『結婚式の前日に到着して、しばらく御厄介になります』しばらく? しばらくとは、何日だ?」
モガーナからの手紙を読んだマキシウスは混乱した。執事に客間の用意を命じながらも、嘗て愛した女性の突然の訪問に狼狽える。
このように狼狽えている主人を見るのは初めての執事は驚いたが、侍女達に丁寧に客間を掃除するように命じた。フォン・フォレストの魔女と呼ばれるモガーナ様に何か落ち度があってはならないと、侍女達は床に顔が写るぐらいに磨き立てた。
フランツからモガーナがユングフラウに来ると聞いたジークフリートは、もしかしたらユーリの後見人としての役目を果たす為ではと期待した。
「モガーナ様ならレーデルル大使夫人など子ども同然でしょう。まぁ、どなたであろうと太刀打ちできる方がおられるとは思いませんがね。ただ、モガーナ様はユングフラウがお嫌いですから、長期滞在はされないのでは無いでしょうか?」
他の外務省のメンバーは、フォン・フォレストの魔女と呼ばれるモガーナに直接の面識が無かったので、ジークフリートに色々と質問する。
「美しいお方だとユーリ嬢からも聞いているが、本当なのだろうか?」
外務次官はニューパロマで、ユーリがお祖母様みたいな迫力のある美人なら良かったのにと愚痴っていたのを思い出した。
「そうですね、私は今までモガーナ様ほど美しい貴婦人を見たことはありませんね。怖いほどの美貌ですし、性格もかなり手厳しい方です。多分、ユーリ嬢にはお優しいでしょうが、エドアルド皇太子の社交相手を押し付けた私達はボロクソに言われますよ。覚悟しておいた方が良いでしょう。マゼラン卿に近づかない方が良いと忠告してあげますか? カザリア王国の密偵がフォン・フォレストに入れず、うちの領地であれこれ調査したみたいで、モガーナ様のお気に障ったみたいですから」
外務省のメンバーは、ユーリが結界を張るのをお祖母様から習ったと聞いていたので、結界で密偵を排除したのだと気づいた。フォン・フォレストの魔女を密偵に探らすなど、イルバニア王国の人間には怖ろしくて出来ないのに、マゼラン卿は怖いもの知らずだと身震いする。
「鉄仮面殿とフォン・フォレストの魔女殿の一騎打ちなら、どちらが勝のだろう?」
呑気な外務相の言葉に、ジークフリートはその前座試合で外務省とカザリア王国大使館が、先ず蹴り飛ばされるのではと背筋が凍った。その予感は的中し、最強の後見人に守られたユーリに、外務省もカザリア王国大使館も手だしが出来なくなるのだ。
ユーリはお祖母様がエミリア先生の結婚式の為にユングフラウに来るのだとしか思ってなかった。来週末のマウリッツ公爵家での舞踏会に来て下されば嬉しいなと単純に考えていた。
農家出身のユーリはこの収穫と納税時期が忙しいのは知っていたので、領主のお祖母様が長期間にわたってフォン・フォレストを留守にするとは考えもつかなかったのだ。
それほどユーリが夜更けにフォン・フォレストに突然帰ってきて泣いたのが、モガーナに衝撃を与えたとは思いもよらない事だった。しかし、ユーリもモガーナのユングフラウ滞在中にビシバシと指導されることになる。
1
お気に入りに追加
1,982
あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~
夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。
雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。
女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。
異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。
調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。
そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。
※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。
※サブタイトル追加しました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆

転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる