スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香

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第八章 見習い実習

3  早く言わないと!

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 国務省でシュミット卿にこきつかわれたり、週2回は騎竜訓練を受けたりして、見習い竜騎士としての日々は過ぎて行くのだとユーリは呑気に考えていた。

 国務省での指導の竜騎士であるシュミット卿が当面のユーリの悩みの種だ。だが、ユーリはまだスケジュール表の空白の意味を考えていない。

 ユージーンに貸し出し期間は引き続きユーリの指導の竜騎士をする事は説得できたものの、エドアルドの社交相手を勤める事を話すのは拒否されたランドルフ外務相は、いつ話すべきかタイミングをはかりかねていた。グレゴリウスにもこの件を話さなければならないのだが、そちらのフォローはジークフリートに任せる気でいる。

「ユーリ嬢が国務省での見習い実習に慣れてからにしよう」

 マッカートニー外務次官はあのシュミット卿が指導の竜騎士では、なかなか慣れないのではと危惧していたし、外務相が嫌な事を一日伸ばしにしているのにも気づいていた。

 外務次官は1ヶ月の間ユーリと寝食を共にしたので、政略結婚する気がないのも、社交嫌いも知っていたので、エドアルドの社交相手をすんなりと引き受けるわけが無いのを熟知している。その上、国王や国務相も反対だと露骨に態度に表していたので、マゼラン卿にごり押しされたのが悔しくてならない。

「カザリア王国のケストナー大使から、エドアルド皇太子の御遊学の最終日程と、随行員の通知が来ましたよ。式典部と歓迎の晩餐会や舞踏会の日程なども打ち合わせ済みですが、皇太子殿下が主に接待される事になりますから、そちらはまだ調整中です。マゼラン卿が一緒にユングフラウに来るみたいですから、ユーリ嬢の件を有耶無耶にさせるつもりは無さそうですな」

 カザリア王国の外務大臣自らが、エドアルド皇太子の教育係として随行してくるとは、ユーリを皇太子妃にしようとの意志の固さを感じで、トホホの気分だ。

「鉄仮面が蜘蛛の巣を空にして、自分の執務室から出てこようとはな。情報収集の達人にユングフラウで暗躍されたくないぞ。御遊学中、ずっとニューパロマを留守にするわけにもいかないからいずれ帰国するだろうが、監視体制を整えて置くように」

 外務相の命令に頷きながら、それは良いとして何時ユーリに話すのかと、問い詰めたい気持ちの外務次官だった。


 シュミット卿は、少しづつユーリが役に立つと認識を改めていた。甘やかされた令嬢ではない逞しさに気づいたのだ。

「この時期から、各省庁から来年度の予算案が届き出す。君には予算案の受付を手伝って貰う。内容は関係ない、書類の不備、添付資料の不備がある物を各省庁に送り返すだけだ。特に添付資料の計算ミスは見逃さず、即刻送り返すようにしなさい。国民の税金を予算に要求するのに、計算ミスなどもってのほかだ」

 ユーリは官僚達がその様な計算ミスや、書類の不備のある予算案を提出するとは考えもしなかったので、チェックしてシュミット卿に渡すだけだと思っていたが、添付資料の段階でのミスが多いのに呆れてしまう。添付資料を作成した事務員のミスした数字を使った予算案は、結局送り返す箱に入れざるを得なかった。

 シュミット卿は一日に数十件のユーリから渡される予算案に、内容は兎も角、書類の不備や計算ミスが無いので苛つかないで済む。予算案を突っ返すと、自分の非を認めず抗議に訪れる馬鹿共の相手からも解放されて、サクサクと本来の予算案の内容の検討を進められるので、定時に帰宅出来るのが嬉しかった。

 その分、ユーリの元には突っ返された予算案の作成者が怒鳴り込んでいたが、隣室の怒声には眉を顰めるだけで、早く追い返せば良いのだと気楽に考えているシュミット卿だ。


「やはり、恐れていた結果になりましたね」

 外務省の予算案も大量にユーリから送り返されており、機密費とか微妙な出費の多い外務省はアバウトな資料での予算案なので、引っ掛かり易かったのだ。外務相と外務次官から、ユーリに抗議に行くのを禁止されている外務省の官僚達は、シュミット卿の汚い遣り口だと罵る。

「もう、エドアルド皇太子の御遊学まで日数がありません。そろそろ、外務相には覚悟を決めて話して頂かないと」

 ジークフリートもユーリが承諾してから、グレゴリウスにこの件を伝えるという難問が待っているので、あまり到着間近のごたごたは避けたかった。

 シュミット卿は国務相からエドアルドの社交相手の件をユーリに説得したいと、外務相からの申込みがあったと聞かされて溜め息をつく。

「外務省は弱腰ですね。ユーリ嬢を自国の皇太子妃にしたいとの国王陛下の思し召しを、軽く考え過ぎでは無いでしょうか? それに、この忙しい時期に実習生を貸し出してくれとは、図々しいにも程があります」

 国務相は冷血の金庫番がユーリに嫌な仕事を任せているのに驚いていたが、貸し出しを外務省に対しての反感としてではなく、役に立つ実習生を手放したくないというニュアンスを含ませているのに仰天する。

「シュミット卿、ユーリ嬢はそこまで優秀なのかね?」

 ユーリの竜騎士としての能力や、緑の魔力、他の能力は知っていたが、官僚としての能力は知らなかった国務相は指導の竜騎士であるシュミット卿に尋ねる。

「彼女は処理能力があります。鍛えれば、良い官僚になるかもしれません」

 めったに人を誉めないシュミット卿の言葉で、国務相はユーリのカザリア王国特使随行中の、乱高下している評価を思い出す。女性に甘い外務省より、厳しいシュミット卿の方がユーリにとっては良い指導者かも知れないなと、マキャベリ国務相は考える。

 ユーリは予算案を山ほどチェックして、予算案の書き方を勉強していく。まだ見習い竜騎士に過ぎない自分に予算案を作成出来ないのもわかったが、誰が福祉や厚生の担当者なのかも把握していく。

「自分で予算案を出せないなら、他の官僚に出して貰えば良いんだわ。一回で予算を貰えないかも知れないけど、何度も出せば良いのよ」

 寮の食堂でユーリの野心的な発言を聞きながら、なかなか通りそうに無いなとグレゴリウスは気の毒に思う。

「風車の特許を代わりに手放すの? 取引材料にはなるだろうけど、それで予算がおりるかはわからないよ」

 グレゴリウスは、ユーリが夏休みマウリッツ公爵家の別荘に滞在してから、フランツと兄弟のように親密になっているのに気づいていた。前から二人は仲が良かったが、ツーと言えばカーという風に、直ぐに相手の言いたい事を理解し合う関係に微かな嫉妬を覚える。

「風車って何?」

 自分の知らない風車についてユーリの説明を聞きながら、フォン・フォレストでは見学して貰うのに遠いから、ユングフラウに近いロックフォード侯爵家の領地に建設中だと知り、アンリと親しくなっているのではと苛付きを感じる。


 まだまだ残暑が厳しいユングフラウでは、ワイルド・ベリーの売り上げも好調だ。

 本格的な社交シーズンより前なのに、エドアルド皇太子の御遊学でパーティーが増えたせいで、押し出されたデビュタントの舞踏会が行われていた。そのお陰で、アイスクリームや花ビラの入った氷柱の注文もひっきりなしだ。

 ユーリは騎竜訓練で親しくなった見習い竜騎士の先輩達に、週末のヒースヒルへの竜での遠乗りを誘う。本格的な社交シーズンになる頃には、アイスクリームの販売を止める予定だが、思いもよらない売れゆきに氷が不足気味になったのだ。

「遠乗りに参加して下さった方には、パーラーの無料券をプレゼントしますわ」

 グレゴリウスとフランツは、パーラーの無料券が目当てではなく、ユーリ目当てだとわかっていたので、二人も勿論参加を決める。

「帰りは氷を運ぶから、一気にユングフラウに帰りたいの。朝一番に出発して早昼を取って、ヒースヒルの氷室で氷を積めるだけ運ぶつもりよ」

 リューデンハイムの見習い竜騎士は、身分は関係ないとはされているが貴族の子弟ばかりだ。その上、竜騎士は自分の子どもにも竜騎士になって欲しいと願うものなので、女性の絆の竜騎士であるユーリは理想の結婚相手だ。

 下級生のユーリを子どもの頃から見てきている先輩の見習い竜騎士達は、グレゴリウスが妃にと望んでいるのにも気づいていたが、本人にその気が無いのも見通していたので、あわよくばという気持ちは誰もが持っている。

「先輩達がこんなに協力して下さるなんて、嬉しいわ」

 朝早くヒースヒルへの遠乗りに10人の見習い竜騎士が集まったので、ユーリは上機嫌だったが、グレゴリウスとフランツは身内のライバル達にうんざりする。

 カーディモで早めの昼食を取り、氷をユングフラウの氷室に運び終わった時に丁度お茶の時間だったので、感謝の気持ちでユーリはパーラーに招待した。

「シュミット卿、いらっしゃいませ」

 パーラーに着いたユーリは、思いもよらないシュミット卿と愛妻のジョージーナ夫人が、仲良くアイスクリームサンデーを食べているのに出くわした。シュミット卿はユングフラウで注目のスポットであるワイルド・ベリーに行ってみたいとジョージーナに珍しく我が儘を言われて、セントラルガーデンに散歩がてら来店したのだ。

「なかなか美味しかった」

 簡単な紹介を済ませると、シュミット夫妻はパーラーを後にしたが、ジョージーナ夫人を優しくエスコートしている姿に、夢ではないかとユーリは頬を抓る。

「冷血の金庫番の奥方らしからぬ、ふわふわと優しげな貴婦人でしたね」 

 フランツの失礼な意見だったが、ユーリも驚いていた。気を取り直して、協力してくれた先輩達の接待に戻ったユーリだったが、ああいう夫婦も良いなぁと思う。

 今、ユングフラウで一番のデートスポットに招待された見習い竜騎士は、可愛らしい店内と、アイスクリームを食べている令嬢方に舞い上がる。店内の令嬢方も見習い竜騎士に気づいて、さり気なく視線を送ったりと、ワイルド・ベリーの店内は華やいだ雰囲気だ。

「アイスクリームって美味しいね」

 何人かは来店済みだったが、初めてアイスクリームを食べた見習い竜騎士達から歓声があがる。従業員の女の子も可愛らしいしと、見習い竜騎士の制服を着ているだけでモテモテな先輩達は、令嬢をデートに誘える良い店を知ったと喜んだ。

 グレゴリウスとフランツは、先輩達が本気でユーリを口説く程は下心がないのに気づいて安心する。あわよくばとは思っていても、あの怖ろしい竜騎士隊長の孫娘を口説く度胸はなかなか持てない。

「皇太子殿下、フランツ、新作のアイスクリームの試食をお願いしますわ。少し、涼しい日もありますから、面白いことを考えたの」

 ユーリの新作アイスクリームの試食は、二人には楽しみになっていたので、勿論と二つ返事で引き受ける。 

「えっ? ただのバニラアイスクリームじゃないの。これにコーヒーを掛けるの? 溶けちゃうんじゃない?」

 二人は熱々のコーヒーを恐る恐るアイスクリームに掛ける。

「やっぱり、溶けちゃうよ!」

 文句を言うフランツに、サッサと食べてみてと、ユーリは急かす。

「凄い、滅茶苦茶、美味しい!」

「大人の味だね! 晩餐会とかのデザートにも良さそうだ」

 二人が夢中に食べるのを見て、他の客や、見習い竜騎士からも注文が入る。

「ワイルド・ベリーに来店される御夫婦や、カップルで甘い味が苦手な紳士もいらっしゃるので考えたの。これなら楽しんで頂けるかなと」

 他の客にも好評なので、ユーリは喜んだ。

「10月にはアイスクリームの販売を止める予定だったけど、クレープに添えたりして出そうかと考え中なの。パーティーの注文も多いし、アイスクリームは作るのですもの」

 週末も、武術のレッスンやパーラーの経営で忙しそうなユーリに、身体を壊さなければ良いがとグレゴリウスは心配する。ユーリの前で口に出すの嫌なのだが、エドアルドの遊学も控えていて、公式な晩餐会や舞踏会も予定がビッシリ組まれている。

 勿論、リューデンハイムに遊学なので、騎竜訓練も多数計画書には含まれていた。

 まだグレゴリウスはユーリがエドアルドの社交相手に指名されたのを知らされてなかったが、公式な舞踏会などでダンスするとか、騎竜訓練を一緒に受けるというだけでも、かなり耐え難く感じていたし、社交が苦手なユーリが体力を消耗するのではと案じている。
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