スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香

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第七章 忙しい夏休み

8  忙しい夏休み

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 家庭教師だったエミリアに少し遅い春が訪れていた頃、ユーリはユングフラウに着いた。

 バタバタと飛び回っているユーリを、職務に忙しいマキシウスも心配するほどだ。パーラーの内装工事の確認や、食器類の発注、食料品店での食材の確保、マダム・ルシアンの店で制服の確認と、付き添いの侍女が途中で交代するほどの忙しさに、マキシウスは途中でストップをかける。

「ユーリ、これでは身体がもたないぞ! お前は、人に任せる事を覚えないとな」

 痛い所をつかれてぐっと黙ってしまったユーリを、若いから仕方ないが何もかも自分でするのは無理だと諭す。

「明日はヒースヒルに友達を迎えにいくのだろ、早く寝なさい」

 夕食後も色々な書類をサロンに広げているユーリに、自分より仕事中毒ではとマキシウスは呆れる。数日のフォン・フォレストの滞在で、海水浴をして日焼けした健康的な様子に安心したのも束の間、ユングフラウの街を飛び回り、夜は書類の束に埋もれているユーリを心配する。

 まだ、ユーリには言っていないが、秋に遊学されるエドアルドの社交相手も勤めなくてはいけないのだ。見習い竜騎士の実習に、パーラーにと、体力がもつのかと華奢な身体を心配そうに眺める。

 ユーリの提出した見習い竜騎士のレポートは、マキシウスに衝撃を与える優れた物で、リューデンハイムの改革をすすめなくてはと考えさせられた。孫娘のユーリが竜騎士としての資質のみでなく、優れた能力を持っているのを誇りに感じていたが、この落ち着きのない性格は誰に似たのだろうと不思議に思う。

 お淑やかなロザリモンド姫では絶対にないと断言できるだけに、息子のウィリアムかと溜め息をついたが、バタバタとはしてなかったと思い返して、ユーリの個性だと諦める。

 今も早く寝るようにと注意を与えると、慌てて散らばった書類を乱暴にかき集めて、急ぐあまりにかえってバラバラと落としながら二階に上がっていく姿に、これでは皇太子妃は無理だと苦笑する。

 エドアルドの社交相手にユーリを外務省に貸し出す決定をしたマキシウスに、会議の後で国王は遠まわしに苦情を言ったが、あのまま外務相と国務相を取っ組み合いさせれば宜しかったのですかと珍しく嫌みを言ってしまった。王妃がストレーゼンで屋台の許可を与えたのも、ユーリとグレゴリウスを夏休みの間を一緒に過ごさせる為だと察して溜め息をつく。

 ニューパロマでの告白とお子様なキスに、ユーリが頓珍漢な答えを導き出しているとは知らないのだろうと苦笑する。祖父としてユーリには幸せな結婚をして欲しいが、複雑な心境から恋に無関心な孫娘に安堵しているマキシウスだ。

 次の朝にはヒースヒルに結婚する友達に祝いを届けるのと、氷の運搬と、屋台を手伝ってくれるローズとマリーを迎えに行くという一石二鳥も三鳥もの用事で、イリスと飛び立つ姿を見送りながら、ユーリがいないと屋敷が静かだとマキシウスは少し寂しく思う。

『ユーリに早く子どもを産んで欲しいと、他の竜達がうるさくて困る』

 ラモスの珍しい愚痴に、マキシウスは眉を顰める。

『まだ、ユーリは結婚する気はなさそうだぞ。なぜ、そんなに竜達は焦っているのだ』

 マキシウスも、イリスがユーリの産む子どもが絆の竜騎士になると宣言したのは知っていたが、寿命の長い竜達にしては珍しく急かしてくるのを不審に思う。

『カザリア王国のエドアルドとユーリが結婚したら、カザリア王国の竜達にユーリの子どもを絆の竜騎士に取られてしまうからだ。ユーリをグレゴリウスと結婚させて欲しいと竜達は願っている。それにユーリのことは皆大好きだから、外国に嫁いで欲しくないと言ってるんだ』

 竜達がユーリとエドアルドの結婚に懸念を感じているのに驚いた。

『ユーリはエドアルド皇太子殿下に恋をしているのか?』

『本人は気づいてないが、パリス、アトス、アラミス、ルースは、ユーリがエドアルドに惹かれていると言ってるよ。アラミスはグレゴリウスが傷つかないか、凄く心配している。 でも、まだ恋ではないとイリスが言ってるから、そうなんだろう。ユーリに叱られたから、イリスは口が固いんだ。イリスはユングフラウの竜達から、ユーリを外国に嫁がせないでくれと頼まれたが、ユーリの好きな相手と結婚させると突っぱねていた』 

 ふ~ッと大きな溜め息をついたマキシウスに、ラモスは気分転換になるかなと、イリス風竜騎士評を教える。

『ユーリは無意識に魅了しまくる色っぽい奥方、マキシウスは口うるさいけど信頼できる親戚の叔父さん、ユージーンは可憐な令嬢だったけどアトスに押し倒された初々しい新妻なんだって』

 自分が口うるさい親戚の叔父さんと評されたのには苦笑したが、ユーリの色っぽい奥方と、ユージーンの可憐な令嬢、初々しい新妻には、腹が痛くなるほど笑い転げる。

 頭の痛いローラン王国の南下問題に、エドアルド皇太子殿下の御遊学と難題を抱え込んでいるマキシウスは、思いがけないストレス解消ができたと騎竜のラモスにお礼を言った。イリスが海水浴をしたのを羨んだラモスに夏休みを取る事と、海水浴を約束させられた。

『そうだな、王族の方々がユングフラウに帰られたら、一度領地でのんびりするか』

『そうだよ、フォン・アリストの海は気持ちいいよ』

 これは海水浴に連れて行くまでラモスは諦めないなと、暑いユングフラウでの治安維持にうんざりとするマキシウスだった。それにしても竜達はなんで海水浴に目が無いのだろうと、ぶつぶつ言いながら竜達を謁見している竜騎士隊長を、竜騎士達は何か問題でも起こったのかと緊張して整列する。


 マキシウスが部下達を恐ろしがらしていた頃、ユーリはヒースヒルに着いた。

 懐かしい我が家は、ハンナ達の新居となるように少しお化粧直しされている。ペンキが塗り直されたり、ポーチの階段がギシギシ鳴っていた場所も直されていたし、改築されて二部屋増えている。

 子沢山の家族出身のハンナが子育てするのに相応しく、子供部屋を増築したのだ。まだ結婚前なのに準備の良さに呆れてしまったが、台所も広くなって使い易くなっているのを他人事なのに喜ぶ。

「これはカザリア王国で買ってきたの、使ってね」

 ハンナはキャシーから手紙でユーリが凄く身分の高い姫君で、皇太子の妃候補であるとか、カザリア王国の皇太子の妃に望まれてるとか聞かされた。それに一ヶ月ぶりのユーリが綺麗になってるのに驚いていたが、相変わらずの性格でほっとする。

「ありがとう、大事に使わせてもらうわ。ユーリには家や土地の権利書を貰ったし、ドレスの生地も貰ったのに。こんなにして貰ったら悪いわ」

 ハンナはユーリに家と土地の権利書を貰ったお陰で結婚資金に余裕ができたから、増築したのと嬉しそうに報告する。二人で食器類を棚に飾りながらハンナのノロケ話を聞いていたが、噂好きのハンナに両国の皇太子から恋されているのは、どんな気持ちなのと質問された。

「まぁ、ハンナ、誤解だわ! きっとキャシーがそこら辺で聞いた馬鹿げた噂を手紙で知らせたのね。お二人ともご立派な皇太子殿下で、私なんかお呼びで無いわよ。お淑やかで、礼儀正しい、皇太子妃に相応しい令嬢と結婚なさるわ」

 ハンナは真っ赤になって否定するユーリにケタケタ笑いながら、わかったと返事したが、5年前にヒースヒルにまで追いかけてきたグレゴリウスを思い出して、お似合いなのにと残念に思う。

 ユーリは確かにお淑やかとは言い難いが、優しくて暖かい心の持ち主で、今回も困っているローズとマリーの為にパーラーを開くとか、上に立つ人に相応しい人柄だと思う。

 でもまぁ、身分の高い人々にはユーリの良さはわからないかもねと考える。今も、ローラが残したハーブ園の手入れに熱中して、顔を土に汚れた手で触って泥だらけにしているのを見て、これは皇太子妃には向かないわと笑い転げる。

「ユーリ、今夜は泊まっていけるんでしょ」

 ユーリ一人なら夕暮れ時でもストレーゼンに行けるが、竜に慣れていないローズとマリーも一緒なので、途中で休憩を取りながら行かないと駄目なので朝にたつ予定だ。

「ええ、久しぶりにベティおばさんの美味しい料理が食べれるわ。夜にはたっぷり話できるし、ダンとの馴れ初めから聞かせてね。ウェディングドレスも見せてくれるんでしょ 」

 ユーリは両親の墓参りと、ローズとマリーに明日の出立の予定を知らせに行ったりして夕方まで過ごす。

 夏の夕暮れを楽しんで散歩していたユーリは、ハンナが婚約者のダンと楽しそうに歩いているのに出くわした。ハンナ達はお互い夢中で、ユーリに気づいてない。

 ダンの家とハンナの家への別れ道で、キスをするのを目撃してしまう。そっとユーリは恋人達の邪魔をしないように道を外れ、森を中を遠回りしてウォルター家にたどり着いた。

「ユーリ、遅かったのね。また、お墓で泣いてるのかと心配したのよ」

 食卓の準備を手伝いながら、ハンナがダンとキスしていたのを思い出して、赤面するユーリだ。農作業を終えたダンを待って、夕食までの少しの時間も会いたいと思うハンナを少し羨ましく感じる。

 そうこうするうちに、ジョンと、ハックと、ハリーが農作業から帰ってきて、三人は綺麗になったユーリにドキマギしたが、美味しそうな料理に旺盛な食欲でパクつく姿に緊張感は解ける。

「ベティおばさん、とても美味しいわ。特に、夏野菜の炒め煮は絶品だわ」

 農作業していた男達と同じぐらいの量をたいらげているユーリに、全員がその華奢な身体のどこに入るのかと驚き呆れる。

「キャシーは元気にしているかしら? 忙しいみたいで手紙を余りくれないのよ。あと、ビリーとマックは結婚式に帰れるのかしら。あの子達は手紙という物は知らないのかもね」

 ベティおばさんの心配に、ユーリは皆元気にやっていると答える。

「キャシーは先日会ったわ。今は秋の社交シーズンのドレス作りに忙しいみたい。ビリーとマックはとても頑張っているわ。竜達も二人が大好きだから、大丈夫よ。キャシーは結婚式の前の日に私が連れてくる予定なの。本当は2、3日前に来たいけど、今はドレス作りが忙しい時期で余り休めないみたい。ビリーとマックは北の砦まで行く竜騎士に便乗させて貰うと言ってたわ。二人は竜を大切に扱うから、竜騎士達にも可愛がられているし、こういう時は融通をきかせてもらえるわね」

 ジョンとベティは竜に憧れて14才になるやいなや、ユーリに頼んでユングフラウの竜舎に住み込みで働き出した双子を心配していたので、竜騎士達に可愛がってもらってると聞いて安心したし喜んだ。

「あと、少ししか居ないんだな」

 ジョンは、ビリー、マック、キャシーがユングフラウに働きに出て、ハンナが嫁にいくのが寂しい。

「嫁にいくったって、すぐ、そこじゃない。それにハリーもいるし、何年かすればベンも町の学校を卒業して小学校の先生として帰ってくるでしょ。あの子は賢いから、先生の給料を貯めて大学へ行きたいみたいだから、しょぼくれてる暇ないわよ。ユーリが氷を買ってくれるから、頑張って貯金しなきゃね」

 ユーリがヒースヒルを離れた時に小学校に通い始めていたベンが、上の学校に進んだなんて驚いてしまった。

「ベンは幾つになったの? 夏休みなのに、勉強しているの」

 ハンナはベンは飛び級して10才から上の学校に進んだのと誇らしそうに告げる。

「上の学校はヒースヒルより進んだ勉強をしている小学校からも沢山の生徒が来るから、入学前に予習会があるのよ。お父ちゃんはベンが町の学校に行くのが寂しいの。末っ子だから甘やかしてたし、手放したくないよ」

 ユーリはベンとは一緒に過ごした時間が少ないので、余り印象に残っていなかったが、ビリーや、マックや、ハリーとはタイプが違うとは感じていた。

「そうか、おじさんは寂しくなるわね。でも、ハンナは隣に住むんですもの。毎日でも会えるわ」

「いやぁ~、やめてよ! こちらは新婚なのよ。毎日、お父ちゃんに会いに来られたら堪らないわ」

 ハンナの抗議にしょんぼりするジョンに、ベティが「ハンナが会いにきますよ」と慰めているのを、ユーリは微笑ましく見る。

 農家の朝は早いので、夕食が終わると各自がベットに直行する。ユーリはハンナとダンとの馴れ初めから聞いていたのでキャ~と、声をあげかけては、寝ている家族に遠慮してシ~! と言い合ったりで、二人にしては夜更かしする。

 夜中にトイレに起きたジョンは、ハンナの部屋から、まだガールズトークに夢中のひそひそ声が聞こえたが、嫁に行くまであと僅かな娘の夜更かしを咎め立てはしなかった。

 次の朝、ユーリはイリスに運べるだけの氷を積み、竜に不慣れなローズとマリーを後ろに乗せて、ストレーゼンに飛び立った。

 珍しく夜更かししたハンナは、うとうとしては、結婚式の準備が山積みなのよと、ベティから雷を落とされた。

 ユーリの夏休みは凄く忙しいものになりそうで、休みと言えるのか疑問だ。 
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