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第六章 同盟締結

36  イルバニア王国へ

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 予定通り、カザリア王国の国境を越えるまで一気に飛んで行ったので、ルーベンス伯爵の屋敷に着いた時にはお昼になっていなかった。軽い昼食を取って、途中で一度休憩は取ったが、夕方にはユングフラウにたどり着いた。

 流石に全員が少し疲れを感じていたが、特使の報告をアルフォンス国王にするまではまだ任務を終えたとは言えませんよ! と外務次官に言われて気を引き締める。

「カザリア王国との同盟締結ご苦労であった。皇太子も、マッカートニー外務次官も、ゆっくり休んでくれ。ジークフリート卿、ユージーン卿も、外交官として指導の竜騎士としての随行中は苦労をかけた。ユーリ嬢、フランツ卿も、皇太子を支えてくれ感謝している。夏休みはゆっくり楽しんでくれたまえ」

 国王の言葉をありがたいと全員が感じたが、まだエドアルドの遊学の話をご存知無いのだと上機嫌な様子から察した。

 外務次官は簡単にエドアルドが遊学先にユングフラウを希望されているとの報告書をランドルフ外務相に送っただけで、ユーリを社交の相手に指名されているとか、リューデンハイムで一緒に勉強したいとかの、ややこしい話は顔を見てから、様子を見ながら話したいと思っていたのだ。

 見習い竜騎士の三人は、早々に国王の前を辞したが、この後の騒動を考えると首をすくめる。

「国王陛下が断って下されば、簡単なんだけどな~」

 絶対に有り得ないと思いつつ、お邪魔虫役にうんざりしていたフランツは、希望的観測を口にする。

「エドアルド皇太子が来られても、もう同盟締結したんだから、政略結婚は無しで良いんでしょ? 私は国務省で見習いだから、あまりお会いする機会もないだろうけど、皇太子殿下や、フランツは外務省の見習いだから接待とかするのかな? 頑張ってね」

 グレゴリウスもフランツも、同盟国の皇太子の縁談をそんなに簡単に断れないだろうと、超超希望的観測のユーリに呆れ果てる。

『ユーリって……外交音痴!』

「やれやれ疲れたわ、帰って寝よう」

 呑気なことを呟いていたユーリは、ユングフラウの後見人の王妃の女官に捕まって、カザリア王国滞在中の挨拶と報告をさせられる。

 グレゴリウスはユーリが王妃に報告している間に、母上に帰国の挨拶をしに行く。マリー・ルイーズ妃はグレゴリウスがこの一月でしっかりしたのと、特使としての勤めを果したのを喜んだが、ユーリとエドアルドの縁談に悩んでいる様子に心を痛める。

 幼い時からの一途な思いを叶えてあげたいと思う親心と、ローラン王国からの脅威に対抗するための同盟国であるエドアルドとの縁談がなかなか断りにくいとわかる立場だけに深い溜め息をつく。

 グレゴリウスは王妃にも帰国の挨拶をしに行ったが、ユーリから粗方の報告を聞いていたので、逆に質問される。

「ユーリはあの様に恋愛に鈍い娘ですから、エドアルド皇太子が義務感から熱烈なアプローチをしていたと、頓珍漢なことを言ってました。しかし、私はエドアルド皇太子が度々ユーリを誘い出されたのは、並々ならぬ好意をお持ちだと思うのですよ。グレゴリウス、カザリア王国に行く前には、態度に表れてはと内密にしていましたが、国王も貴方の妃にユーリをと望んでおられます」

 パッとグレゴリウスは顔を輝かせる。お祖父様は国防の為にユーリをエドアルドに嫁がせようと考えているのではと考えていたからだ。

「貴方も異存は無いでしょうが、ユーリは絆の竜騎士ですし、ああいう気性ですから、強制すれば反発してそれこそ外国にでも逃亡しかねません。自力でユーリを口説き落とすしかないですわね」

 何度断られても、諦めないと決意する。

「でも、エドアルド皇太子もユーリを諦めるつもりは無さそうですね。ユングフラウに遊学しに来るし、ユーリにぞっこんなんですから。 でも、絶対に負けませんから」

 王妃はエドアルドがユングフラウに遊学するとは知らなかったので驚いたし、ニューパロマで賭の対象にもなったと聞いている二人の皇太子のユーリをめぐる三角関係になるのではと憂慮して少し注意を与える。

「これこれ、膨れっ面をするのではありません。ユーリは、夏休みを離宮のあるストレーゼンで過ごすと言ってましたよ。数日は、フォン・フォレストで過ごすみたいですが、やっと念願が叶うのでしょ。なにやら、離宮の公園に屋台を出したいと許可を願ってましたので、与えておきましたよ」

 パーラーの為の屋台だと、グレゴリウスは笑った。

『やったぁ! これで夏休みも一緒に過ごせる! 屋台を手伝ってユーリに見直して貰おう』

「あの娘は、もう少し落ち着いたら良いのですがね。エリザベート王妃様からも、分厚い手紙を頂きましたが、何が書いてあるのかしら? 何か不届きな事をしたのではと、恐ろしくて未だ読んでませんのよ。エリザベート王妃様はとても礼儀作法に厳しい方だとの評判で、気に入らない人は社交界から追放するとの噂ですから、少し読むのが怖いのです」

 お祖母様に心配いりませんよと、グレゴリウスは断言する。

「ユーリはエリザベート王妃様のお気に入りでしたから、苦情ではないから大丈夫です。帰国させて貰えないのではと、心配したぐらいですから。エリザベート王妃様はユーリの歌を気に入られて、生活面でも色々と忠告されていたので、お祖母様にお伝えしたいと分厚い手紙になったのでしょう」

 王妃は、ユーリの無作法を咎める手紙では無いとホッとする。

「そうだった! ユーリに声楽のレッスンを受けさせるとエリザベート王妃に約束して、やっと手放してもらったのでした。どなたか良い声楽の教師をご存知ありませんか? ユーリは忙しいからと声楽のレッスンに消極的ですが、約束したのは私なので受けさせないと。それに、素晴らしい歌声ですから、レッスンを受けさせないのは勿体ないですよ」

 グレゴリウスの話を聞いて、ロザリモンド姫の歌も素晴らしかったわと、王妃は思い出す。

「もちろん、ユーリには声楽の教師をつけましょう」

 この件はお祖母様に任せて大丈夫だとグレゴリウスは安心して、部屋から退出する。


「エリザベート王妃は、ユーリのことを本当に気に入っておられたのですね。事細かく、生活面の注意もされていますわ。まぁ、ユーリをエドアルド皇太子殿下の妃に欲しいと書いてあります。とても優しい性格で心も慰められるので、側に置いて教育したいから、ニューパロマでの留学を考えて欲しいですって」

 テレーズは、アルフォンスにエリザベートからの手紙を読んで聞かせる。アルフォンスは外務次官とジークフリートとユージーンから、ユーリが何回も国王家族のプライベートな夕食を共にしていたと報告を受けていたので、エリザベートからの手紙に驚きはしなかったが、熱意が溢れているのに呆れてしまう。

「なんだか、報告書のエリザベート王妃様と違う印象だな。礼儀作法にうるさく、お淑やかとはいえないユーリとは合わないと思っていたが、歌がそれほど気に入られたのだろうか。グレゴリウスがユーリが王妃様に振り回されているのに、あまり苦情を言わないのを訝しんでいたが、王妃様の孤独感を感じていたからだと言っていたな。王位とは周りに取り巻きがどれほど居ても孤独なものだから、ユーリはそれを感じていたのだろう。あの娘は庶民的に育てられたから、貴族とは違う暖かい優しい気持ちを持っているので、エリザベート王妃様は手放しがたく感じられたのかもしれない」

「それは私も一緒ですわ、竜騎士でなければ手許に置いて教育したいですもの」

 王妃と国王はそんなユーリを早くに父親を亡くしたグレゴリウスの妃にできたら、孤独な王位を保つのが少しでも楽になるのではと考える。


 噂のユーリはフォン・アリスト家に帰ると、お風呂に入って寛いでいた。1ヶ月のカザリア王国滞在中の疲れと、長旅の疲れで、晩御飯も食べずに熟睡してしまう。

 同盟締結の報告や特使随行の報告を受けて帰宅したマキシウスは、ユーリのまだ幼さの残る寝顔を複雑な思いで眺める。

 イリスとユーリの能力の高さは知っていたが、カザリア王国の重臣の子息達を竜騎士にしたり、竜心石の真名に気づいたり、ユージーンを絆の竜騎士にしたりと功績も高いのだが、問題点も多くて評価をつけるのも困難に思うほどの報告書だ。

 特にカザリア王国のエドアルドの恋心や、考えるのも嫌なローラン王国との縁談に加えて、幼い頃からのグレゴリウスのご執心には、とても皇太子妃が勤まるとは思えないだけに困惑を深めている。国王からも内密にユーリを皇太子妃との打診はあったが、あの気性ではと婉曲に断るのに汗をかかされた。

 いっそ、どこかの貴族の子息と恋愛でもしてくれれば話は簡単なのにと思うが、幼い寝顔を眺めているとそれも腹立たしい気持ちになる複雑な祖父心なのだ。

 イリスが政略結婚はさせないと宣言しているので、ユーリに強硬な申し込みはしないだろうが、ゲオルク王の親書のように、両国の為にとか本人に結婚を納得させようとする動きは、これから激しくなるのは目に明らかなので、ロザリモンド姫からの王家の血が恨めしく思われる。

『ウィリアムがロザリモンド姫と駆け落ちしなければ、フォン・フォレストという地方貴族の娘として、政略結婚など無縁でいられたのではないか? いや、女性の絆の竜騎士として、結婚を望まれるのは同じかもしれない。モガーナがユーリを竜騎士にするのを猛反対した理由が今更ながら腑に落ちたよ』

 息子がロザリモンド姫と駆け落ちしなければ、ここに眠るユーリも存在しないのだと、自分の馬鹿げた考えを振り払う。

「お前が好きな相手と結婚すれば良いのだよ」

 すやすやと眠るユーリの額にキスをすると、たとえ国王から命令が下っても、ユーリがグレゴリウスを愛さない限り結婚を許可しないとマキシウスは心に誓う。


 マキシウスが国王に逆らっても孫娘を守る決意を固めた頃、外務相は外務次官に怒鳴りまくっていた。

「何だって! エドアルド皇太子が御遊学されるのは、同盟国として断れないのは仕方ない。グレゴリウス皇太子殿下も特使としてカザリア王国で歓待されたのだから、今度はホストとして案内されたり、接待するのは当然だろう。だが、なんでユーリ嬢をエドアルド皇太子の社交の相手に譲らなくてはいけないのだ。外務次官、マゼラン卿にごり押しされただなんて、貴卿らしくもない」

 マッカートニー外務次官は自身でも腹立たしく思っているのを抑えて、同盟締結の会議で、ユーリとの縁談は別に考えるとカザリア王国側の譲歩を求めたので、同盟国になったことだし婚姻を結んでより友好関係を築くためにと押し込まれたのを冷静を保って説明する。

「イリスがユーリ嬢が好きな相手としか結婚を認めないと宣言したのを、逆手に取られたのか。エドアルド皇太子とユーリ嬢がお互いに知り合う機会を与えて欲しいとは、鉄仮面らしい厚顔な言いようだな。しかし、ユーリ嬢は社交界が嫌いだとか報告書に書いてあったが……あれほど容姿に恵まれている令嬢なのに、困ったものだ。もう少し不細工なら、エドアルド皇太子もこれほど執着されないのではないかな」

 とても失礼な言葉だったが、外務次官も同意する。

「しかも、ユーリ嬢はこの一月で美しさに磨きがかけられましたから。一昨日の大使館の舞踏会でも、両皇太子のみならず、出席者を魅了しすぎて問題が起きそうな騒動でしたからな。ユングフラウの本格的な社交シーズンが始まれば、皇太子妃候補とは知りつつも、のぼせ上がる子息達が山ほどでるでしょう。竜騎士の子孫を欲するのは、王家だけではありませんからね」

 外務次官も外務相も竜騎士ではなかったが、もし自分の息子が絆の竜騎士であるユーリと結婚するとしたら、生まれる孫が竜騎士になるかもしれないと考えて笑いが止まらない状態になるだろうと簡単に想像できた。

 竜騎士をかつて輩出していた名門貴族の子息達は、家門をかけて群がるだろうと頭を抱える。

「それはそうと、ユーリ嬢をこのまま外務省で見習い竜騎士の修行をさせるわけにはいきませんかね? 彼女は失敗も数々ありましたが、ずば抜けた能力と、我々が気づかない情報を手に入れるのに優れているのです。それに人を魅了するので、あのシェパード国務大臣が、ユーリ嬢に新竜騎士育成システムを詳しく説明したぐらいなのですよ。外務省に留めておけば、エドアルド皇太子の社交相手に国務省からユーリ嬢を借りる必要もありませんし」

 ランドルフ外務相は宿敵ともいえるマキャベリ国務相に、ユーリの貸し出しを願うなど考えたくも無かったので、外務次官の言葉にグラッときた。

「そうだな、国王陛下にエドアルド皇太子殿下の社交相手にユーリ嬢が指名された件を報告して、外務省で引き続き見習い竜騎士修行を続けるように進言してみよう。ユーリ嬢の能力は国務省に渡すのは惜しいし、宝の持ち腐れだろう」

 自分達に都合が良い計画を思いついたが、国務相が黙ってはいないだろうと二人とも実現は難しいと溜め息をつく。特使一行がイルバニア王国に帰国した夜は、一応は平穏に過ぎていった。  
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