スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香

文字の大きさ
上 下
88 / 273
第六章 同盟締結

18  間違った真名

しおりを挟む
 昼からの講義はサイレーンだけでなく、他の伝説上の生き物達のエピソードや逸話、寓話に隠された教訓とかを、興味深く授業に取り混ぜられていて、全員がライシャワー教授に魅せられた。

 特に、エドアルドは鷹のターシュのエピソードが詳しく語られたのに興味を持った。ユーリも教授からの視線を感じなくなり、やはり気のせいだったのだと安心して講義を聴く。

「今日は、喋る猪サイレーン、皇子の鷹ターシュ、乙女の守護獣ユニコーンと伝説や、文献上の動物について講義してきたが、これらの動物は魔力を持っていたと考えられている。伝説上の動物について残っている文献は、大多数が旧帝国時代のものであるが、稀少な旧帝国以前の古文書の残骸にサイレーン、ターシュの真名が残されているのを発見した」

 講義の最後を締めくくる教授の言葉に学生達はどよめいた。ライシャワー教授は黒板に「犀猪臉」「鷹玉」と大きく書いた。

「これが、サイレーン、ターシュ、それらの本質を表す真名だ。これにて私の講義は終わりだ。拝聴を感謝する」

 学生達はライシャワー教授の興味深い話に感謝して拍手を贈ったが、ユーリは象形文字、象意文字の漢字に近い文字で書かれた「犀猪臉」に赤い目を光らせる猪の幻を見、「鷹玉」の点の間違えにグラッと視線が歪むような気持ちの悪さを感じる。

 グレゴリウスは他の生徒達と同じく拍手していたが、隣りのユーリが具合悪そうにしているのに気づいた。

「大丈夫かい? 顔が真っ青だ」

 ユーリは視線が歪んで気持ち悪いのに、文字の力に捕らわれて目が離せなかったが、グレゴリウスに肩をつかまれて、やっと文字から目が離せた。

「少し、熱気にあたったみたい……外の空気が吸いたいわ……」

 講義が終わってライシャワー教授の周りには人垣ができていた。

 ユーリは教授や黒板を見ないように教室から出ようと立ち上がったが、グラッと視界が歪んで倒れそになる。

 グレゴリウスはとっさにユーリを支えたが、エドアルドもユーリの異変に気づいて支える手を出したので二人から支えられた。

「ユーリ嬢、大丈夫ですか? 少し、座った方が良いですよ」

 エドアルドは真っ青な顔に驚いて心配して声をかけたが、吐き気までしてきたユーリは、一刻も早くこの教室から逃げ出したかった。

「大丈夫です」

 口をハンカチで押さえて教室から飛び出したユーリは、外の空気を深呼吸する。まだ目眩は残っていたので、芝生に崩れるように座り込んだが、教室にいた時のような胸の悪さは治まった。

 他のメンバーも心配そうにユーリの様子を見ていたが、フランツは食堂に走って水を持ってくる。

「ユーリ、大丈夫? お水、飲める?」

 フランツからコップを受け取ると、ユーリは一気に飲み干す。

「フランツ、ありがとう、もう大丈夫よ」

 胸につかえてた気持ち悪さが、冷たい水で洗い流されたみたいに思えて、ユーリはホッとする。

「旧帝国語なんて久し振りだから、知恵熱でも出したのかと思ったよ」

 ユーリの顔色が良くなったのに安心したフランツは軽口を言って、まだ心配そうな二人の皇太子を元気づける。

「酷いわね! でも、知恵熱なのかも……」

 ふと、またあの間違った文字が目に浮かび、胸の悪さがこみ上げてくる。

「ユーリ、本当に気分が悪そうだ。エドアルド皇太子殿下、保健室は何処ですか? ユーリが病気だ」

 フランツは入学してから、風邪ひとつひいた事のないユーリの具合が悪いのに慌てる。

「ハロルド、保健室に校医はいるだろうか?」

 サマースクールは開催されているが、パロマ大学自体は夏休み中なので、いつもは保健室にいる校医が不在ではと、エドアルドは胸が張り裂けそうな思いがする。

「夏休みだから校医はいないかもしれないが、看護婦はいるだろう。それにベッドもあるから、少し休まれた方が良いですよ」

 ユーリは迷惑をかけるから、大丈夫ですと立ち上がったが、顔色は真っ青だ。

「ユーリ・フォン・フォレスト嬢、無理をされない方が良いですよ。貴女は真名に酔ってしまってるのですね?」

 ユーリが具合が悪くなって、芝生に座り込んでいる間に、側にライシャワー教授と助手のアレックスが立って見ているのに誰も気づかなかった。

「ライシャワー教授、彼女はユーリ・キャシディ嬢ですよ。誰かとお間違えでは?」

 ライシャワー教授の言葉に疑惑を抱いたエドアルドは、午前中にユーリから言われてた偽名を使って誤魔化そうとする。

「皇太子殿下、いくら私が世事に疎いからといって、殿下がお連れしている令嬢の名前ぐらい知っておりますよ。ユーリ・フォン・フォレスト嬢、貴女は真名が読めるのですね」

 ライシャワー教授に見破られてるなら仕方がないと、ユーリは逆ギレする。

「ライシャワー教授、貴方は大間違いしてるわ。『鷹主』よ! 間違えた真名なんか見せられたから、視線がグニャグニャになったのよ」

 怒鳴りつけながらも、間違った文字を思い出してウッとなりかけたが、どうやってこの吐き気を止めるのかユーリはわかった気がする。

「フランツ、お願いだから、私を教室に連れて行って! あの文字を書き直さないと、間違った文字が目に焼き付いてるの」

 間違った文字と言うだけで吐き気を覚えたが、このままじゃ吐き気も目眩も治らないとユーリは訴えた。

「間違った文字だったのですか? 大変だ!」

 フランツが具合の悪そうなユーリを教室に連れて行くのを躊躇っていると、助手のアレックスはユーリを抱き起こして教室まで引きずるように運んだ。

 呆気にとられた一行は、ユーリ達の後を走って追いかけた。

 教室に着くと、ユーリは吐き気をこらえながら黒板の『鷹玉』の玉の字を消して『鷹主』と書き換えた。

 一瞬、鷹のターシュが金色の目をキラリと光らせてユーリの身体を通り過ぎたような気持ちがした。

「ああ! これで吐き気はおさまったわ」

 ホッとしたユーリは、エドアルドとライシャワー教授、アレックスが呆然としてるのに気がついた。

「エドアルド皇太子殿下! ライシャワー教授! アレックスさん!」

 ユーリは三人が自分と同じ鷹のターシュを見て、残像に捕らわれていると感じる。

 パシーン! 一人づつ軽く頬を平手打ちしていく。

「ユーリ、何をするんだ」

 パシーンっという音に驚いて、フランツは制したが、三人はハッと幻から解放される。

 ユーリは、黒板の「犀猪臉」「鷹主」の文字を乱暴に消した。

「こんな文字は軽々しく扱っては駄目です。魔力に捕らわれてしまいますよ」

 幻からは解放されても、まだ呆然としているエドアルドを心配して、ユーリは教授に噛みつく。

「アレックス君、気付けを研究室から取って来たまえ」

 教授も少しグラッとして、教室の椅子に座り込む。

「あれが鷹のターシュ! すごく美しくて強い金色の瞳を持っていた」

 まだ夢見心地のエドアルドを椅子に座らせると、ユーリは殴ってごめんなさいと謝る。

「どうなっているのです! エドアルド様のご様子がおかしい。ライシャワー教授、何をなさったのです」

 ジェラルドはエドアルドが何らかの魔術をかけられたのでは? と危惧して詰め寄る。ライシャワー教授は気付けが必要ですと、額を手で押さえて答えない。

「エドアルド皇太子殿下は鷹のターシュの幻を見られたのですわ。ライシャワー教授は魔力のある文字を古文書で見つけられたのですね。多分、その文字はその物の本質を表す力を持っているのでしょう。私も文字に捕らわれて、グレゴリウス皇太子殿下に肩をつかまれるまで、抜け出せなかったの。だから、三人をぶったの。彼らはターシュの幻に捕らわれていたから。エドアルド皇太子殿下、そんなに痛くはなかったでしょ」

 平手打ちされた頬を無意識に撫でていたエドアルドは「いいえ、痛くはないです」と答えながらも、まだボォっとしている。

 アレックスが研究室から気付けを取ってきて、教授、エドアルド、ユーリに渡す。小さなグラスに透明な液体が入っていたので、ユーリは渡されたのが水だと勘違いして一口で飲み干した。

「ゴホン! ゴホン! ……これ……何」

 むせて咳き込むユーリをフランツとグレゴリウスは心配して、背中を撫でてやりながら、何を飲ましたんだ! とアレックスに怒鳴りつける。

「ウォッカですよ。     気付け薬代わりに、教授はいつも飲まれてます」

 エドアルドもボォっとしたままウォッカを飲んで少しむせたが、正気にかえって、ユーリの背中を撫でているグレゴリウスに気づいてムッとする。

「ユーリ嬢、大丈夫ですか?」

 ハロルド、ジェラルド、ユリアンはさっきまで大丈夫でなかったのはエドアルドなのにと、心の中で突っ込んだが、いつものユーリラブ状態に戻ったので安堵する。

「大丈夫なわけないでしょ。ユーリはシャンパンで酔って寝てしまうお子様なのに。女の子に、ウォッカだなんて」

 咳き込むのは止まったが、ユーリはすっかり酔っぱらってしまった。

「ちょっと待ってて、お水を持ってくるから」

 真っ赤になってるユーリを椅子に座らせて、食堂に水を取りに行こうとするフランツをエドアルドは止めた。

「フランツ卿は側についてた方が良い」

 そう言うと学友達に持ってくるように命じる。

『こんなに無防備なユーリ嬢を身内のフランツならいざ知らず、グレゴリウスが代わりに支えるのは嫌だ!』

「お水ですよ、飲んで下さい」

 ユリアンが差し出すコップをボンヤリ眺めているユーリを見かねて、フランツはコップを受け取ると「ほら、しっかりして」とユーリに水を飲ませる。ユーリは水を何杯か飲むと、少しは落ち着いてきたが、顔は真っ赤なままだ。
しおりを挟む
感想 82

あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)

たぬころまんじゅう
ファンタジー
 小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。  しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。  士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。  領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。 異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル! ☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

処理中です...