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第六章 同盟締結

4  エリザベート王妃の音楽会

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 王妃主催の音楽会はイルバニア王国の皇太子を歓迎する意味合いもあり、ニューパロマの一流音楽愛好家が出席していた。

 今夜は高い年齢層なので、少しスッキリとさせたロマンチックなドレスに真珠のロングネックレスを付けたユーリは、とても可憐にみえる。エドアルドやグレゴリウスは、ユーリの可憐な姿に見とれていて音楽はそっちのけだった。

 出席を許されたハロルドは大人しくしていたが、王妃の指名を受けると、夏らしい旅立ちの歌を朗々と歌い上げた。

「ハロルド様はとてもお歌が上手ですね。このくらい真面目にして下されば、毎回、音楽会に参加して頂きたいですわ」

 ハロルドは王妃のお誉めの言葉に、丁重にお礼を申し上げた。だが、毎回の音楽会出席は遠慮したい気持ちだ。

 グレゴリウスやエドアルドもなかなか上手なピアノを披露して、王妃や出席者から拍手を貰った。

「とても、お上手でしたわ。次は、どなたに演奏して頂こうかしら? 殿方が続いたから、どなたかご婦人にお願いしたいわね。そうだわ、ユーリ嬢にお願いしましょう」

 王妃は、社交界にデビューしたばかりのユーリに余り期待してなかった。なので上手な演奏家が出てくる後半より、早めに指名してお互いにゆっくりと音楽会を楽しんだ方がよいと思ったのだ。

 ユーリは早めの指名でドキドキしたが、ユージーンは落ちついて歌えば大丈夫だと助言する。伴奏するためにピアノの方に行く途中の励ましで、ユーリは少し落ちついてピアノの前に立った。

 音楽会に出席していた方々は、可憐なデヒュタントのユーリの歌にさほど期待していなかったが、ピアノの前に立つ愛らしい姿を満足して眺める。

「ユーリ嬢は、歌われるんだな……」

 ハロルド達は王妃が殊に声楽に詳しく、下手な歌が我慢できないのを知っていたから、多少苦手でもピアノの方が無難なのにと心配した。

「何を聞かして頂けるのかしら?」

 王妃はユーリが歌うと知って、少し驚いた。イルバニア王国の大使夫人は、自分が歌に厳しいと知っている筈なのに? と不思議に思ったのだ。華奢な身体つきでは声量も期待できないが、きっと令嬢らしい可愛い歌を聞かして貰うのだろうと考えていた。

「楡の木の下でを歌います」

 ユーリはユージーンの伴奏に合わして、ヒースヒルの小さな家の風除けの木の下で歌っていたママを思い出しながら歌う。

 ユーリの歌を期待しないで聞いていた人々は、清らかな歌声にうっとりと聞きほれた。

「これは、素晴らしいですね」

 ジェラルドは感嘆の声を上げたが、声楽に自信のあるハロルドとユリアンはユーリの歌声にうっとりとして、返事はしなかった。エドアルドはもちろんユーリの歌声にうっとりしていたが、少し上手過ぎると危惧する。

 ご婦人の中には、感動のあまり涙をハンカチで拭う方もいて、ユーリが歌い終わると盛大な拍手がおこった。

「ユーリ嬢、とても素晴らしい歌でしたわ! こちらに、いらして! 優れた歌は心を打ちますわね。私は音楽は総て好きですが、特に声楽が一番好きですの」

 ユーリを自分の横に座らせ、手を握って放さないエリザベート王妃に、出席者は新しいお気に入りが決まったと確信する。

「エドアルド様、ちょっとまずいですね、超強力なライバル登場ですよ。王妃様はユーリ嬢を離しそうにありませんよ。これから、色々とパーティーや、ピクニックや、サマースクールもあるのに、ユーリ嬢が王妃様に捕まってしまったら、男ばかりで行くの? そりゃ、こちらの令嬢方も参加するけど、親戚の女の子多いし~」

 ハロルド達は、エドアルドに王妃からユーリを取り戻すように懇願した。

 ユーリがレモネードを飲もうとするのを取り上げ、侍従に「喉に良いカリンジュースを」と言いつけている王妃の様子に、お手あげだと匙を投げ出した。

 ユーリに何方から声楽を習ってるのか? どのような曲が歌えるのか? と聞き出すと、少し落ちついて次の方を指名した。しかし、王妃の心はユーリに何を歌って貰うかで一杯だった。

 お陰で出席者は厳しい批判にさらされるのを免れ、この隙に義務を果たそうと次々と演奏していった。

 ユージーンも王妃様の気持ちがユーリにある間にとピアノを弾き終えたジークフリートに続いて演奏したが、流石は音楽愛好家と名乗る王妃の耳に止まった。

「まぁ、ユージーン卿がこれほどのピアノをお弾きになるとは! ユーリ嬢とユージーン卿は従兄でしたわね。素晴らしい血統ですわ! 確か、フランツ卿もいらしてるわね。是非、演奏して頂きたいですわ」

 王妃の過剰な期待に、フランツは困り果てた。グレゴリウスやジークフリートよりは上手だが、ユージーンやユーリの域に達していないのは自覚していたのだ。

「フランツ卿はピアノもお上手ですが、実はユーリ嬢との合唱を用意されてますのよ」

 セリーナはフランツが困っているのに気づいて助け舟を出す。

「まぁ、ユーリ嬢とフランツ卿の合唱! とても楽しみだわ」

 フランツとユーリは、大使館で練習してきた歌を合唱した。オペラの中の一曲で、主人公のライラが社交界にデビューする前に、どんな素敵な恋人に出会えるかしらと夢見がちになっているのを、幼さ馴染みが馬鹿な恋をしないようにと諌める場面のコミカルな歌で、ユーリとフランツにピッタリの一曲だった。

「ユーリ嬢はライラそのものね! プロの歌手がデビュタントを演じて歌うのは何度も聞きましたけど、これほど初々しいライラは初めてだわ。フランツ卿のライラを心配してお節介をやくリチャード役もとても良かったわ。ユーリ嬢、ライラのアリアは歌えて?」

 ライラのアリアはオペラの最高難度と言われている曲で、恋人の不実を疑いながらも愛に殉じようとする涙無しには聞けないものだったが、ユーリはオペラを見ていないので知らなかった。

「すみません、私は声楽は正式に習ってないものですから」

 断るユーリに「そうだわ」と、先ほども、どなたに師事なさっているのかとの質問にも、正式なレッスンは受けてないと答えていたと思い出した。

「貴女が、声楽のレッスンを受けないなど許せませんわ。そうよ、ニューパロマにいらっしゃる間にレッスンを受け始めるべきだわ。とても素晴らしいお声ですが、息継ぎや、発声を練習をすれば、もっと難易度の高い作品も歌えるようになれるわ。クレスト大使夫人、こちらにいらして」

 エリザベート王妃に呼び寄せられたセリーナは、これは予想外の出来事だと困惑していた。ユーリの歌を自慢する予定が、あまりに王妃の気に入り過ぎて、手も離さないで捕まえている様子に、大使館に帰して貰えるのかと不安になってきていた。

「ユーリ嬢は、私の可愛い黄金の小鳥よ。ちゃんと、声楽のレッスンを受けさせてくださいね。それと、お食事も私が言うとおりにキチンとお世話をしてね。刺激物は喉に良くないから、香辛料は駄目ですわよ」

 ユーリはこのままではエリザベート王妃の歌う小鳥にされてしまうと困ってしまい、抵抗を試みた。

「王妃様、ご好意はありがたいのですが、私は見習い竜騎士ですので、会議中は控え室に待機していないといけません。歌のレッスンを受ける時間は無いのです」

 エリザベート王妃に逆らう者などニューパロマには居ないので、出席者は固唾を飲んで見守っていた。

「ちょっと、マズい! ユーリ嬢は王妃様の恐ろしさを知らないんだ」

 エドアルドは学友に言われるまでもなく、ユーリを庇おうと王妃の方に近づいた。

「まぁ、ユーリ嬢! 貴女が特使随行員だと忘れてましたわ。グレゴリウス皇太子殿下、お願いしますわ。特使の皇太子殿下なら、随行員のユーリ嬢が少し声楽のレッスンを受ける時間を認めて下さいますよね」

 ユーリが特使随行員なのでレッスンを受けれないと言うなら、特使の皇太子から許可を得ようとするエリザベート王妃に、誰も逆らえるはずもない。グレゴリウスも認めざる得なかった。

「ほら、ユーリ嬢! 皇太子殿下からの許可もおりましたわ。これで安心してレッスンを受けれますわね」

 ユーリはグレゴリウスを『裏切り者』と内心で毒づいたが、同盟を締結しようとしている相手国の王妃の要望を断れないのも承知していた。それでなくても過密な社交スケジュールに声楽のレッスンと、音楽会が加わるのかと目眩がしてくるユーリだ。


 ほどなく、軽い夕食をとる為の休憩となり、ユーリは王妃の隣で、遅れて音楽会に出席した国王と共に食べることになったが、この食物は喉に悪いとか管理されて食べた気になれない。

「ヘンリー様、ユーリ嬢の歌を聞き逃されるなんて残念でしたわね。でも、休憩後も数曲は歌っていただけるでしょう」

 カザリア王国の国王夫妻は、凄く夫婦円満とは言えないかもしれないが、穏やかな関係を築いていた。国務に忙しいヘンリーは、エリザベートが音楽家のパトロンになったり、音楽会を開くのを構ってやれない負い目から容認していた。

「それは楽しみですね」

 ヘンリーはユーリが食べ物まで指図されているのを気の毒に感じたが、新しいお気に入りに夢中で機嫌のよいエリザベートは王宮の平和のためになると判断する。

「グレゴリウス皇太子殿下や、ジークフリート卿との合唱も練習してこられたのよね。あら、でもハロルドや、ユリアンとも合唱して貰いたいわ。彼らの声は素晴らしいのよ」

 王妃が音楽会の後半に何を歌って貰おうかと考えている間、ユーリはとても困っていた。

「あの、王妃様、音楽会の後半はプロの音楽家が演奏されると聞いてました。私みたいな素人の出る幕ではないのでは……」

 セリーナから招待客が演奏するのは軽い夕食までの前半だけで、後半はプロの音楽家の演奏を鑑賞しているだけでいいと聞いていたので、そんなプロにまじって歌うのは自信がなかった。

「まぁ、ユーリ嬢、貴女の歌はプロのような技術はありませんが、とても清らかなものですわ。もう少しレッスンすれば、歌で食べていけましてよ。後半も、数人の方にも演奏して貰ってますから、遠慮なさらなくて宜しくてよ」

 国王はユーリが遠慮ではなく、嫌がっているのではと思ったが、せっかく上機嫌の王妃の気分を損ねるような差し出口は控えた。エドアルドはこのままでは母上にユーリを独占されてしまうと焦る。

「母上、ユーリ嬢と少しお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 エドアルドとユーリの縁談を思い出したエリザベートは、仕方無いわねと許可を与えた。

「エドアルド、ユーリ嬢を夜風に当てたりしないでね。風邪でもひいたら大変ですから」

 エドアルドに救出されて、若い学友達に囲まれて、ユーリはやっと一息ついた。エドアルドとしては、テラスあたりにユーリを連れ出したい気持ちだったが、母上の目が怖くて無難な道を選んでしまった。

「ユーリ嬢、とても素晴らしい歌でした。心が洗われる気持ちがしました」

 ユリアンがユーリに賛辞を送ると、他の人達も口々に褒め称えた。

「お恥ずかしいですわ、レッスンも受けていない素人の歌ですのに。それより、どうしましょう。私は見習い竜騎士で、歌手になりたいわけではないのに……」

 ユーリが凄く迷惑に感じているのを全員が理解していたが、王妃に逆らう勇気のある者はいなかった。

「ユーリのピアノをお聞かせすれば、王妃様は音楽会から君を追放してくれるよ」

 王妃や国王のテーブルから、エドアルドがユーリを救出したので、フランツはさっきのお礼を言いに近寄ったのだが、つい減らず口を叩いてしまった。

「まぁ、フランツ! でも、そうかも……」

 真剣に考えだしたユーリに「おいおい」と内心で突っ込んで、エドアルドにどうにかならないですかと尋ねた。

「母はユーリ嬢の歌にぞっこんですから、難しいですね。グレゴリウス皇太子殿下も許可されたので、やりたい放題かも……ユーリ嬢、いっそニューパロマに音楽留学しませんか?」

 エドアルドの勝手な言いぶんに腹がだったが、フランツはユーリがイルバニア王国に帰らして貰えるのだろうかと危惧を覚えた。

 後半、ユーリはグレゴリウスと練習してきた『恋の始まり』を初々しく歌った。エドアルドは二人の合唱に嫉妬に火をつけた。

 声に疲れを感じた王妃はそれ以上は要求しなかったので、なんとか音楽会を乗り越えた。



 大使館への馬車の中で、ユーリはグレゴリウスにプンプン怒ったが、他のメンバーからも許可する以外無かったですよと取りなされて、自分でもわかっていたことなので溜め息をついた。

「早くイルバニア王国に帰りたいわ」

 泣きが入ったユーリに皆は同情したものの、王妃の目が光っていればエドアルドも無茶な真似はできないだろうと安心する。

 それが間違いであるのは翌日の狩りで思いしらされた。

 音楽会でユーリがかなり王妃に束縛されると感じた学友達は、前から企んでいた狩りでの計画を練り直して、エドアルドとユーリをくっつける作戦の実行を祝して乾杯していた。

 狩り当日、少し油断していたイルバニア王国側も慌てることになったが、作戦を実行したカザリア王国側もかなり思惑と違った結果になる。 
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