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第四章 見習い竜騎士

6  ハンナの婚約

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 ユーリは礼装訓練のご褒美に休みが貰えたので、見習い竜騎士の特権である外泊許可を取った。そして、お祖父様にキチンと許しを得て、早朝からヒースヒルへと日帰りで両親の墓参りに来ていた。

 今夜は国王陛下に竜心石を使って結界の張り方を教える約束があったので長居はできないが、両親の命日にはカザリア王国に滞在中の予定なので早めの墓参りをしにきたのだ。それと、幼なじみのハンナが婚約したと手紙で知らせてきたので、直接に会っておめでとうと伝えたかった。

 両親の墓の前で見習い竜騎士の制服を着たユーリは、跪いて冥福を祈ったが、やはり会いたくなって涙が溢れる

「パパ、ママ、もう転生してしまっているかも知れないけど、まだ魂はどこかで見ていると思いたいわ。見習い竜騎士の制服よ、やっと見習い竜騎士になれたのよ、似合う? パパとママが出会ったように、私にも愛する人と巡り会えるかしら?」

 ハンナの幸せな様子を見て、いつもは恋愛に関心を持たないユーリも、自分にも愛する恋人ができたら良いなと羨ましく感じる。ハンナの婚約者のダンは、ユーリが幼い頃に夢見ていた通りの、気の良さそうな働き者だ。

 ダンは秋の収穫前に結婚する資金を貯めるために、暑い夏の日差しの中、汗だくになりながら他家の干し草作りまで手伝っている。ハンナは前にユーリが住んでいた小さな家で新婚時代を過ごす事になっていて、ハックは兄のジョージ夫婦とハンナの実家で暮らすことになっていた。

「ハンナ、貴女が私の思い出の家に住んでくれて嬉しいわ。これを結婚のお祝いとして受け取ってほしいの」

 ユーリはハンナに土地と家の権利書を差し出す。ハンナはびっくりして辞退したが、ユーリは幼友達に住んで貰えて本当に嬉しいのと押し付ける。

「ユーリ、あんたはもうヒースヒルには帰って来ないんだね」

 フォン・フォレストのお祖母様に引き取られてからも、ヒースヒルで引退後は過ごしたいと言っていたユーリが、いつの間にか口にしなくなっていた。竜騎士になるための学校に通っていると聞いていたが、見習い竜騎士になったと知り、ユーリが別の世界に生きる覚悟をとっくに決めていたのだとハンナは気づいた。

「ええ、両親のお墓参りには来ると思うけど、ヒースヒルに住むことはないと思うわ。私はイリスを選んだ時に、ヒースヒルでの生活を手放していたの。それに気づくのに時間が掛かったし、受け入れるのはもっと難しかったわ。でも、ハンナが結婚すると聞いて、踏ん切りがついたのよ。私も習い竜騎士としての新しい一歩を踏み出す時だと思ったの。ハンナ、貴女みたいに愛せる人を見つけられるかしら?」

 ハンナは相変わらず自分の美しさに自覚のないユーリに笑いながら答えた。

「ユーリ、あんたがその気になれば、落とせない男の人はいないわよ。ユーリに必要なのは、少しばかりのロマンチックな要素だわね。外見はとても乙女ちっくなのに、内面は家の竜バカのビリーとマックと大差なさすぎなんだから。ちょっとは乙女っぽく、素敵な男の人にぽっと頬を染めてみたりすればいいのよ。ユングフラウには素敵な紳士やユーリと同類の竜騎士もたくさんいるんでしょ? 誰か好みの相手はいないの?」

 ハンナの意見にユーリはユングフラウでの周りの独身男性を思い出したが、身内ばかりで結婚相手には向かない相手ばかりだ。

「私ったら本当に身内しか男の人知らないのね。でも、見習い竜騎士として実務に入れば、色んな人と出会えると思うの。立太子式で社交界にもデビューするし……まぁ、社交界とかは余り私向きじゃ無いけどね。ダンスだとか華やかな場所は苦手だし、人が多く集まる場所は苦手なの。ああ、大人になるって嫌な事が多くなるわね。デビュタントのドレスは白が決まりなのよ。立太子式には名門の貴族の令嬢方が満を持してデビューするの、まるで砂糖菓子の団体よ。私もその砂糖菓子の一粒になるのね、嫌だわ」

 ハンナは華麗な王宮での立太子式や、デビューする令嬢方の華麗な衣装をうっとりと思い浮べる。でも、幼友達のユーリが外見によらず、心底ヒラヒラのドレスが嫌いなのを小学生の頃から知っていたので、不本意なドレスを着せられるユーリに同情した。

「そんなにヒラヒラドレスが嫌なら、見習い竜騎士の制服で出てはいけないの? 貴女は見習い竜騎士なんだから、良いと思うのだけど」

 ハンナの言葉はユーリにとって目から鱗だった。

「そうね、ハンナ、そうだわ! 昨日の礼装の時も、皇太孫殿下も、フランツも、見習い竜騎士の礼装に着替えてきたのですもの。私は正式なドレスを着なくてはいけないと思い込んでいたけど、見習い竜騎士の礼服で良かったのね。なんだ、あの真珠のボタンとめなくて良かったんじゃない」

 ユーリが凄く晴れ晴れとした様子なのは良かったが、ハンナはもしかして余計な事を言ったかもと反省した。今着ている見習い竜騎士の紺色の制服も、素晴らしくユーリに似合っていたが、白いフワフワのロマンチックなドレスも華奢なユーリにはとても良く似合うだろうと想像できたので、勿体ないなぁと溜め息をついた。

「それより、ハンナの花嫁のドレス用の生地を持って来たのよ。私の叔母様で凄くドレスが好きな方がいらして、友達が結婚すると聞いて、レースや絹の生地をたくさん頂いたの、見てみない?」

 ハンナは目を輝かして、ユーリがマウリッツ公爵夫人から貰ってきた絹や、サテン、オーガンジー、レースを眺め、こんな高級な品を良いのかしらと聞いた。

「叔母様は男の子しかいないから、私にドレスを毎回作って下さるの。ちょっとロマンチック過ぎて私は苦手なんだけど、叔母様と会うときは何時も着なくちゃいけないのよ。で、私が本心では嫌がっているのは承知していらっしゃるから、友達に生地を差し上げるわと仰ったのよ」

 ハンナの部屋で生地を広げていると、町の洋裁店で働いているキャシーが帰ってきた。キャシーは生地を見るなり目を輝かして、挨拶もそこそこで生地に飛びつく。

「ああ、なんて滑らかな手触りなんでしょう。こんなのヒースヒルでは手に入れられないわ。ユーリ、ユングフラウには素敵な物がいっぱいあるのね」

 うっとりと生地を撫でているキャシーに呆れて、ユーリとハンナは笑い転げる。

「キャシー、ハンナのウエディングドレス、この生地で作れる? 余ったらキャシーと私のブライズメイドのドレスも……しまったわ! ブライズメイドは色物よね。結婚式で白いドレスを着るのは花嫁さんだけだもの。うっかりしていたわ! また、送るけど何色が良いのかな?」

 キャシーは滑らかな生地から手を放せないまま、素人が染めたらゴワゴワになるかしらと考え込む。

「そうねぇ、やはり素人が下手に染めたりしない方が良いわよね。生地が余るのは勿体ないけど、色生地は必要ね。何色が良いかしら、私がユングフラウで選べたら良いのになぁ」

 ユーリは全く自分のドレスのセンスに自信が無かったので、キャシーが生地を選んでくれたら助かるなと思った。

「そうだわ! 今夜は用事があるから早く帰らなくちゃいけないんだけど、週末は立太子式があるから外泊が許されているの。土曜にキャシーを迎えに来て、日曜に立太子式が終わってから、送って行けば良いんじゃない?」

 ハンナとキャシーは立太子式の日に送ってくると聞いて驚く。

「立太子式の日は、確かユーリも社交界にデビューするんじゃなかった? その日に送って来るの無理じゃない? あっ、それよりデビュタント用のドレスつくったのでしょう。どんなドレスなの? 立太子式のダンスパーティー、とても素敵でしょうねぇ……見てみたいな~。デビュタントのドレスを着た令嬢方もいっぱいよね」

 うっとりと目をハートにしているキャシーに、見習い竜騎士の礼服でパーティーに出ようと思ってるなんて言ったら、首を締められそうだと感じたユーリは口を閉ざす。

「ユーリ、キャシーは本当に腕の良いお針子なのよ。こんな田舎町でくすぶっているのは勿体ないわ。貴女のドレスを作っている洋裁店で、お針子を募集していないかしら?」

 キャシーはハンナが自分の図々しい願いを口にするのを、止めようとする。

「それと、チラッとでも良いから、王宮のダンスパーティーを見せてやってくれないかな。キャシーは本当に素敵なドレスが好きなのよ。侍女としてでも良いのよ、無理かな~」

 キャシーはハンナの口を塞ごうとジタバタしていたが、子供の頃から姉には勝てたことがなく、今回も簡単にねじ伏せられた。

「キャシーは本当にユングフラウでお針子になりたいの?」

 キャシーは座り直して、頷く。

「私はドレスを何回か作って貰ったことあるけど、仮縫いの時とかも、凄くマダムに厳しく注意されてたわよ。レース地を扱う時は、年配の熟練のお針子さんだし、ユングフラウに行ったからといっても、すぐには高級な生地は扱わせて貰えないわ。それにユングフラウは人ばかりで、ヒースヒルみたいに空気も美味しくないのよ」

 ユーリはヒースヒルのような素敵な場所に住んでいるのに、人で溢れかえっているユングフラウに住みたいと思う人の気持ちが理解できない。

「ビリーとマックも、ユングフラウの竜舎で働いてるじゃない。私はユングフラウで一番の洋裁店を持つのが子供の頃からの夢なの。お針子の修行が厳しいのは上等だわ。ヒースヒルでは扱えないような生地を縫えるようになるまで、絶対諦めないわ。お願いするわ、ユーリ、双子に竜舎の働き口を世話したみたいに、私に洋裁店のお針子の働き口を紹介してちょうだい。絶対、ユーリに恥をかかせないわ。一生懸命努力して一流のお針子になって、洋裁店を持ちたいの」

 いつもはハンナと違って恥ずかしがり屋のキャシーの熱弁に、ユーリは本気にお針子になりたいのだと思った。

「キャシーが本当にお針子になりたいのなら、叔母様に頼んでみるわ。叔母様はドレス作りが趣味みたいな方だし、いつも私のドレスも作って下さるから出入りの洋裁店をお持ちだわ……ああ、でも叔母様のドレスの趣味はちょっとロマンチック過ぎるのよ。レースやフリル満載の砂糖菓子みたいなドレスがお好みで……ちょっと困ってるのよね。あっ、フォン・フォレストのお祖母様のドレスのセンスは素敵よ。フォン・フォレストでお針子の修行はどう?」

 ユーリの言葉にキャシーは少し考えたが、自分が目指すドレスはロマンチックでありながらセンスの良い物だと思った。レース地や薄物の生地の扱いをマスターするには、砂糖菓子と称されるドレスで修行したほうが良い。

「私は扱い方の難しいレース地の縫い方をマスターしたいの。ロマンチックでも、品の良いドレスはあるはずよ。ユーリ、叔母様にお願いしてみて」

 ユーリは公爵夫人に頼んでみるわと約束した。

 ハンナは先ほど自分がユーリに見習い竜騎士の礼装で立太子式に出れば良いと、深く考えずにアドバイスしたのが、心の底で引っ掛かっていた。白いデビュタント用のドレスに身を包んだ令嬢方の中に、礼装とはいえ紺色のドレスを着たユーリは肩身の狭い思いをするのではと心配になってきた。

「キャシー、ユーリは立太子式に見習い竜騎士の礼装で出るというの。あんたは社交界の話とか洋裁店で聞いてるでしょ、これってマナー違反にならない? 私はユーリがフワフワのドレスを嫌がっているから、単純に見習い竜騎士の礼装で出ればと言っちゃったんだけど……」

「駄目よ、絶対に駄目! 社交界にデビューして一年は白か、薄い色だけなのよ。ましてやデビューするパーティーは白に決まってるわ。それに立太子式という国をあげての正式なパーティーなのよ。ユーリ、絶対に白いデビュタント用ドレスを着なきゃあ駄目!」

 キャシーに両肩をガッシリつかまれて、ユーリはわかったと言うまで揺さぶられた。

「ハンナったら、ユーリにいい加減なこと言っちゃ駄目よ。昔から、ユーリはちょっと変わってるんだから」

 キャシーに怒られて、ハンナはちょっと肩をすくめる。

「うーん、白いデビュタント用ドレスかぁ。まぁ、フォン・フォレストからドレスも届いてる頃だろうし、お祖母様ならどうにかしてくれてるかも……でも、デビュタント用ドレスだから、やはりロマンチックなフワフワかしらね……」

 落ち込んでるユーリを見ているうちにに、キャシーはうずうずしてきた。

「デビュタント用ドレスでも、センスよく、すっきりとしたドレスも作れるわ。もし、お祖母様のドレスもユーリが気に入らなかったら、私が直してあげるわ」

 キャシーの言葉にユーリは大喜びで、じゃあ今からユングフラウに一緒に来て、私に似合うドレスを作ってとお願いする。
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