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第三章 リューデンハイム生
11 ユーリとイリスの夏休み
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次の日の朝、ユーリを起こしにきたメアリーは、お嬢様の不在とベットを使った様子も無いのに驚き、お館様に報告に行った。
「きっと、イリスの竜舎ですわ。メアリー、ユーリを竜舎に起こしに行って下さいな。それと、朝食までにお風呂に入れてきてね。私は、竜くさい孫娘と朝食なんて、ごめんですからね」
メアリーに起こされて、慌ててお風呂にはいりながら、ユーリは「竜は臭くないのに」とこぼしたが、寝藁が髪にひっかかっているのを目撃していた侍女は返事を保留にした。
確かに竜は臭くないが、排泄物には独特の臭いがあり、寝藁にはどうしても臭いがうつる。フォン・フォレストのは新しい竜舎だし、管理も行き届いているので、寝藁も臭くはないが、貴族のお嬢様がそこで寝るのは如何なものかとメアリーは思ったので、お館様の言い付けに従った。
「おはよう、ユーリ、竜舎で寝てはいけませんよ。二度としないでくださいね」
朝一のお祖母様のお小言を首をすくめて、お祖母様とエミリアに挨拶をして朝食の席につく。
「お祖母様、今日は海に行こうと思っているの。イリスも海水浴したいと言ってるから、一緒につけて行くつもりだけど、お祖母様のご予定は?」
リューデンハイムでの生活で少し疲れているように見える孫娘が、夏休みに海で泳いで楽しむのは、モガーナも大賛成だ。
「私は午前中は色々と帳簿をチェックして過ごす事にしますわ。貴女はエミリアと海でゆっくりしてくれば良いですわ。エミリアも管理人のラングストンの相手で疲れ気味みたいだから、ゆっくりと海で楽しんでいらっしゃいな」
モガーナはイリスが一緒なら護衛は要らないと思ったが、一人で海に行っても楽しくないだろうと考えたのだ。それにエミリアも慣れない管理人見習いで、気分転換が必要だろう。
「エミリア先生、一緒に海に行けるの?」
ユーリも久しぶりにエミリア先生と一緒に海に行けるのは嬉しかった。それとユーリは苦手な武術の指導をエミリア先生に頼みたいたいと思っていたのだ。だから、海水浴に行った時に管理人見習いの仕事がどれほど忙しいのか、聞いてから頼もうと思った。
「お館様のお許しがいただけるなら、一緒に行きたいですわ」
エミリアは元々身体を動かすのが大好きなので、暑い夏場の海水浴を喜んだ。
二人はイリスに乗って、海へ行った。フォン・フォレストの海辺は、夏の太陽が輝いている。
「ここに、パラソルを立てましょう」
少し日陰の休憩所も必要だと、大きなパラソルを砂浜に立てようとしたが前以は馬車に御者がついて来ていたので簡単に立ててもらっていたが、女と子どもではなかなか深くさせない。
『イリス、手伝って!』
二人でパラソルの柄を支えて、イリスにそっと上から押さすと、パラソルはしっかりと砂浜に直立した。
『ありがとう』
『おやすいご用だ』と、イリスは、いそいそと海水浴に向かう。
「竜って、便利ですわね。 馬車より早いし、力も強いですしね」
イリスは久しぶりのフォン・フォレストの海に空中からダイブする。
バシャーンと、盛大に水が飛び散る。二人はイリスが水浴びに飽きて、海からあがるまでパラソルの下で待つことにする。
『イリス、そろそろ、海から上がったら? 砂は暑くて気持ち良いわよ』
ユーリの呼びかけを『まだまだ海水浴したい』と断って、再度イリスは空中から海にダイブする。
バシャーン!
パラソルの場所まで水しぶきが飛んで来て、ユーリとエミリアは手で海水が顔にかかるのを防ぐ。
『イリス!』
ユーリが怒ると『水がかかった? ごめん』と返事はするが、海水浴を止める気配はない。
「エミリア先生、イリスは当分は海から上がりそうにないわ。あの大噴水の中では泳ぐのは無理みたい。少し待たなきゃ駄目だわ」
ユーリとパラソルの下に座って、エミリアは巨大な竜が、海水浴ではしゃいでるのを笑いながら眺める。
「竜って、剽軽なんですね。私はユングフラウ出身なので、竜が飛行している姿はよく見てましたけど、こんなに楽しそうに海水浴するとは知りませんでしたわ」
ユーリは前に絆を結んだ直後にイリスとキリエとラモスとが、まだ春で海水は冷たいのに、嬉しそうに海水浴したのを思い出した。
「竜は海水浴が好きみたいですよ。キリエとラモスも好きみたいだったし」
キリエを思い出したユーリは、ハインリッヒ様のお見舞いにジークフリートが、フォン・キャシディに帰省したのを思い出した。
竜を先に思い出して、連想で竜騎士を思い出すなんて、お祖母様が知ったら「竜馬鹿」と言われるだろうなと首をすくめて、後でお見舞いに行かなくてはと肩を竦める。
「ユーリ様、リューデンハイムでの勉強はどうですか? 勉強面は安心してますけど、今は在籍しているのは男子生徒ばかりだと聞きました。何か困った事とかあるのではと、お館様と案じてました」
ユーリは元家庭教師のエミリア先生が、今でも自分のことを気遣ってくれているのが嬉しかった。
「初めは女の子は私一人だから、何となく遠巻きにされてたけど、今は普通に接してくれてるわ。同級生の中にお友達もできたし、勉強はなかなか面白いわ。リューデンハイムは教師が一方的に知識を教えるのじゃなくて、生徒に考えさせる授業なの。でも、武術は……」
ユーリはエミリア先生がどの位忙しいのか、わからないので口ごもる。
「武術は、まだ習い始めでしたものね。良かったら、夏休みの間お教えしますわ」
「良いんですか? 本当はエミリア先生に教えて頂きたかったの。でも、管理人の見習いの仕事があるから、お忙しいのではと思って」
ユーリの言葉にエミリアは笑う。
「ユーリ様は相変わらず人の都合ばかりお考えになりますね。管理人の見習いと言いましても、週に1、2回領地の見回りに同行しているだけですの。ラングストンさんは、おっとりされてますが真面目な方ですから、問題があればお館様にご報告されます。私は偶にお年のせいか報告するのを忘れられられたり、帳簿に記入ミスをされるのを、チェックするために同行してるだけです。だから、普段はお館様の話し相手をしてるだけですから、ユーリ様に武術を教える時間はありますよ」
前々からお祖母様が「管理人のラングストンは無能なんだから」と怒っているのを、何回か目撃しているだけに、しっかりしたエミリアがお祖母様の目となってチェックしているのだと思った。
「エミリア先生に教えて頂けるなら安心だわ。リューデンハイムの他の生徒は、小さい頃から武術の稽古してるの。私は武術のクラスでは、凄く出来の悪い生徒なの」
エミリアはユーリの負けん気の強さを心強く感じた。それにこの様子なら、男の子ばかりの中でも上手くやっていってるんだろうと推察して、元家庭教師として安堵した。
そうこう話しているうちに、さすがのイリスも海水浴に満足して、海からあがり熱い砂浜で寝そべって寛ぐ。ユーリとエミリアは存分に泳ぎ、海水浴を楽しんだ。
ユーリのフォン・フォレストの夏休みは楽しく過ぎていった。
エミリア先生が管理人のラングストンと見回りに行かない日は、一緒に海に行ったり、武術を教えて貰ったりして、健康的な小麦色に日焼けしたユーリを、モガーナは満足そうに眺める。ユングフラウから帰ってきた時は、夏バテで元々華奢なのに痩せていたので、気になっていたのだ。
日中、エミリアと武術の稽古や、海水浴して過ごすのでお腹もすくので、ユーリが気持ちの良い食欲で食べるのを見ているだけでも、モガーナは嬉しく思う。
ある晩、ユーリはお祖母に無能だとよく怒ってらっしゃるのに、何故ラングストンを管理人にしておくのか尋ねた。
「確かに、ラングストンは無能ですわ。でも、彼は真面目で人の良い無能なのです。その上、自分が無能だと知っていますから、日々の事は規則通りに処理します。それに、問題があれば私に報告して、指示を仰ぎますからね。まぁ、忘れなければなんですけど」
「お祖母様、もっとしっかりした管理人を探した方が良いのでは?」
エミリア先生も「ラングストンさんは、お年のせいか時々、報告するのを忘れる」と言っていたのを思い出して、頼りない管理人に呆れる。
「そうね、それは有能な管理人が見つかれば、それにこしたことないですわね。でも、人が良くて有能な管理人なんて、なかなかいないのですよ。有能で人の悪い管理人は、何人か雇いましたけど、最悪ですわ。有能さを自分の懐を暖める事にだけ使ったり、私を誤魔化すのに使うのです。ラングストンは無能ですが、信頼できましたの。でも、年のせいかしら、物忘れがちょくちょく。で、エミリアに付いて行って貰っているのですわ」
ユーリは「人が良くて有能」に、ぴったりの人材に覚えがあった。
「エミリア先生! お祖母様は、エミリア先生に管理人を任せたいと思ってらっしゃるのね。だから、管理人の見習いをさせているのでょう」
モガーナは孫娘の頭の良さに満足する。
「そうですよ、エミリアは親の勧めるままに結婚するのを嫌がり、自分で経済的に自立するのを望んで家庭教師に応募してきました。しっかりとした考え方を持っていますし、有能ですし、信頼できる方ですわ」
この世界ではまだ機械化がされていないので、力仕事はもとより、女性が社会で働く場所が少ない。モガーナのように貴族の領主として、土地を管理しているのも少数派で、普通は男性の領主だ。
「女性が働ける職場は、少ないですものね、とても良いと思います」
モガーナとユーリは顔を見合わせて笑った。
「そうね、貴女はフォン・フォレストの領主になるのだから、信頼できる管理人が必要ですわね。ユーリ、一つだけ私と約束して下さる?」
真剣な顔のお祖母様は美しい容貌なだけに、すこし怖ろしく感じる。ユーリは何だろうと思ったが、一風変わってはいるが愛情を注いでくれるお祖母様の頼みを聞いてみることにする。
「何でしょう?」
身構えたユーリに微笑んで、モガーナは自分の望みをつたえた。
「貴女に子供を産んで頂きたいの」
ユーリは一瞬意味がわからなかった。
「ええっ、もしかして見合いとかですか? まだ早いと思うけど……」
フォン・フォレストの跡取りであることは、やっと飲み込んだユーリだが、好きでも無い人と結婚なんて嫌だった。
「まぁ、私が貴女を無理に結婚なんかさせるわけがありませんでしょ」
そうだよね~と、ユーリは大きな溜め息をついた。
「元々、一人っ子で子供の多い家庭を夢見ていたから、それは良いですけど……どうやって結婚相手を見つけるかはわからないわ、でも頑張ります」
モガーナは微笑んで、結婚はどちらでも結構よと言ったので、ユーリは真っ赤になってしまった。まだまだお子様のユーリにモガーナは少し安心したが、恋にいつ落ちるかわからない。
『あんなに嫌いな竜騎士と、私が恋に落ちるぐらいですもの。こんなに初なユーリだって、何をやらかすかわからないわ』
モガーナはフォン・フォレストの代々の駆け落ち婚や、押し掛け婚を思い出して、自分の目の届かない所にいる孫娘が馬鹿な恋に落ちなければ良いがと心配していた。
『ユングフラウは恋愛の都ですもの。この恋に不器用そうなユーリにも、何が起こるかわかりませんわ。それにユーリはロザリモンド姫の容姿を受け継いでいますからね。年頃になれば、殿方はこういった華奢な可愛いユーリに夢中になるでしょう』
内面はかなり変わっているけどと、世間からはフォン・フォレストの魔女と怖れられているモガーナは溜め息をついた。
「きっと、イリスの竜舎ですわ。メアリー、ユーリを竜舎に起こしに行って下さいな。それと、朝食までにお風呂に入れてきてね。私は、竜くさい孫娘と朝食なんて、ごめんですからね」
メアリーに起こされて、慌ててお風呂にはいりながら、ユーリは「竜は臭くないのに」とこぼしたが、寝藁が髪にひっかかっているのを目撃していた侍女は返事を保留にした。
確かに竜は臭くないが、排泄物には独特の臭いがあり、寝藁にはどうしても臭いがうつる。フォン・フォレストのは新しい竜舎だし、管理も行き届いているので、寝藁も臭くはないが、貴族のお嬢様がそこで寝るのは如何なものかとメアリーは思ったので、お館様の言い付けに従った。
「おはよう、ユーリ、竜舎で寝てはいけませんよ。二度としないでくださいね」
朝一のお祖母様のお小言を首をすくめて、お祖母様とエミリアに挨拶をして朝食の席につく。
「お祖母様、今日は海に行こうと思っているの。イリスも海水浴したいと言ってるから、一緒につけて行くつもりだけど、お祖母様のご予定は?」
リューデンハイムでの生活で少し疲れているように見える孫娘が、夏休みに海で泳いで楽しむのは、モガーナも大賛成だ。
「私は午前中は色々と帳簿をチェックして過ごす事にしますわ。貴女はエミリアと海でゆっくりしてくれば良いですわ。エミリアも管理人のラングストンの相手で疲れ気味みたいだから、ゆっくりと海で楽しんでいらっしゃいな」
モガーナはイリスが一緒なら護衛は要らないと思ったが、一人で海に行っても楽しくないだろうと考えたのだ。それにエミリアも慣れない管理人見習いで、気分転換が必要だろう。
「エミリア先生、一緒に海に行けるの?」
ユーリも久しぶりにエミリア先生と一緒に海に行けるのは嬉しかった。それとユーリは苦手な武術の指導をエミリア先生に頼みたいたいと思っていたのだ。だから、海水浴に行った時に管理人見習いの仕事がどれほど忙しいのか、聞いてから頼もうと思った。
「お館様のお許しがいただけるなら、一緒に行きたいですわ」
エミリアは元々身体を動かすのが大好きなので、暑い夏場の海水浴を喜んだ。
二人はイリスに乗って、海へ行った。フォン・フォレストの海辺は、夏の太陽が輝いている。
「ここに、パラソルを立てましょう」
少し日陰の休憩所も必要だと、大きなパラソルを砂浜に立てようとしたが前以は馬車に御者がついて来ていたので簡単に立ててもらっていたが、女と子どもではなかなか深くさせない。
『イリス、手伝って!』
二人でパラソルの柄を支えて、イリスにそっと上から押さすと、パラソルはしっかりと砂浜に直立した。
『ありがとう』
『おやすいご用だ』と、イリスは、いそいそと海水浴に向かう。
「竜って、便利ですわね。 馬車より早いし、力も強いですしね」
イリスは久しぶりのフォン・フォレストの海に空中からダイブする。
バシャーンと、盛大に水が飛び散る。二人はイリスが水浴びに飽きて、海からあがるまでパラソルの下で待つことにする。
『イリス、そろそろ、海から上がったら? 砂は暑くて気持ち良いわよ』
ユーリの呼びかけを『まだまだ海水浴したい』と断って、再度イリスは空中から海にダイブする。
バシャーン!
パラソルの場所まで水しぶきが飛んで来て、ユーリとエミリアは手で海水が顔にかかるのを防ぐ。
『イリス!』
ユーリが怒ると『水がかかった? ごめん』と返事はするが、海水浴を止める気配はない。
「エミリア先生、イリスは当分は海から上がりそうにないわ。あの大噴水の中では泳ぐのは無理みたい。少し待たなきゃ駄目だわ」
ユーリとパラソルの下に座って、エミリアは巨大な竜が、海水浴ではしゃいでるのを笑いながら眺める。
「竜って、剽軽なんですね。私はユングフラウ出身なので、竜が飛行している姿はよく見てましたけど、こんなに楽しそうに海水浴するとは知りませんでしたわ」
ユーリは前に絆を結んだ直後にイリスとキリエとラモスとが、まだ春で海水は冷たいのに、嬉しそうに海水浴したのを思い出した。
「竜は海水浴が好きみたいですよ。キリエとラモスも好きみたいだったし」
キリエを思い出したユーリは、ハインリッヒ様のお見舞いにジークフリートが、フォン・キャシディに帰省したのを思い出した。
竜を先に思い出して、連想で竜騎士を思い出すなんて、お祖母様が知ったら「竜馬鹿」と言われるだろうなと首をすくめて、後でお見舞いに行かなくてはと肩を竦める。
「ユーリ様、リューデンハイムでの勉強はどうですか? 勉強面は安心してますけど、今は在籍しているのは男子生徒ばかりだと聞きました。何か困った事とかあるのではと、お館様と案じてました」
ユーリは元家庭教師のエミリア先生が、今でも自分のことを気遣ってくれているのが嬉しかった。
「初めは女の子は私一人だから、何となく遠巻きにされてたけど、今は普通に接してくれてるわ。同級生の中にお友達もできたし、勉強はなかなか面白いわ。リューデンハイムは教師が一方的に知識を教えるのじゃなくて、生徒に考えさせる授業なの。でも、武術は……」
ユーリはエミリア先生がどの位忙しいのか、わからないので口ごもる。
「武術は、まだ習い始めでしたものね。良かったら、夏休みの間お教えしますわ」
「良いんですか? 本当はエミリア先生に教えて頂きたかったの。でも、管理人の見習いの仕事があるから、お忙しいのではと思って」
ユーリの言葉にエミリアは笑う。
「ユーリ様は相変わらず人の都合ばかりお考えになりますね。管理人の見習いと言いましても、週に1、2回領地の見回りに同行しているだけですの。ラングストンさんは、おっとりされてますが真面目な方ですから、問題があればお館様にご報告されます。私は偶にお年のせいか報告するのを忘れられられたり、帳簿に記入ミスをされるのを、チェックするために同行してるだけです。だから、普段はお館様の話し相手をしてるだけですから、ユーリ様に武術を教える時間はありますよ」
前々からお祖母様が「管理人のラングストンは無能なんだから」と怒っているのを、何回か目撃しているだけに、しっかりしたエミリアがお祖母様の目となってチェックしているのだと思った。
「エミリア先生に教えて頂けるなら安心だわ。リューデンハイムの他の生徒は、小さい頃から武術の稽古してるの。私は武術のクラスでは、凄く出来の悪い生徒なの」
エミリアはユーリの負けん気の強さを心強く感じた。それにこの様子なら、男の子ばかりの中でも上手くやっていってるんだろうと推察して、元家庭教師として安堵した。
そうこう話しているうちに、さすがのイリスも海水浴に満足して、海からあがり熱い砂浜で寝そべって寛ぐ。ユーリとエミリアは存分に泳ぎ、海水浴を楽しんだ。
ユーリのフォン・フォレストの夏休みは楽しく過ぎていった。
エミリア先生が管理人のラングストンと見回りに行かない日は、一緒に海に行ったり、武術を教えて貰ったりして、健康的な小麦色に日焼けしたユーリを、モガーナは満足そうに眺める。ユングフラウから帰ってきた時は、夏バテで元々華奢なのに痩せていたので、気になっていたのだ。
日中、エミリアと武術の稽古や、海水浴して過ごすのでお腹もすくので、ユーリが気持ちの良い食欲で食べるのを見ているだけでも、モガーナは嬉しく思う。
ある晩、ユーリはお祖母に無能だとよく怒ってらっしゃるのに、何故ラングストンを管理人にしておくのか尋ねた。
「確かに、ラングストンは無能ですわ。でも、彼は真面目で人の良い無能なのです。その上、自分が無能だと知っていますから、日々の事は規則通りに処理します。それに、問題があれば私に報告して、指示を仰ぎますからね。まぁ、忘れなければなんですけど」
「お祖母様、もっとしっかりした管理人を探した方が良いのでは?」
エミリア先生も「ラングストンさんは、お年のせいか時々、報告するのを忘れる」と言っていたのを思い出して、頼りない管理人に呆れる。
「そうね、それは有能な管理人が見つかれば、それにこしたことないですわね。でも、人が良くて有能な管理人なんて、なかなかいないのですよ。有能で人の悪い管理人は、何人か雇いましたけど、最悪ですわ。有能さを自分の懐を暖める事にだけ使ったり、私を誤魔化すのに使うのです。ラングストンは無能ですが、信頼できましたの。でも、年のせいかしら、物忘れがちょくちょく。で、エミリアに付いて行って貰っているのですわ」
ユーリは「人が良くて有能」に、ぴったりの人材に覚えがあった。
「エミリア先生! お祖母様は、エミリア先生に管理人を任せたいと思ってらっしゃるのね。だから、管理人の見習いをさせているのでょう」
モガーナは孫娘の頭の良さに満足する。
「そうですよ、エミリアは親の勧めるままに結婚するのを嫌がり、自分で経済的に自立するのを望んで家庭教師に応募してきました。しっかりとした考え方を持っていますし、有能ですし、信頼できる方ですわ」
この世界ではまだ機械化がされていないので、力仕事はもとより、女性が社会で働く場所が少ない。モガーナのように貴族の領主として、土地を管理しているのも少数派で、普通は男性の領主だ。
「女性が働ける職場は、少ないですものね、とても良いと思います」
モガーナとユーリは顔を見合わせて笑った。
「そうね、貴女はフォン・フォレストの領主になるのだから、信頼できる管理人が必要ですわね。ユーリ、一つだけ私と約束して下さる?」
真剣な顔のお祖母様は美しい容貌なだけに、すこし怖ろしく感じる。ユーリは何だろうと思ったが、一風変わってはいるが愛情を注いでくれるお祖母様の頼みを聞いてみることにする。
「何でしょう?」
身構えたユーリに微笑んで、モガーナは自分の望みをつたえた。
「貴女に子供を産んで頂きたいの」
ユーリは一瞬意味がわからなかった。
「ええっ、もしかして見合いとかですか? まだ早いと思うけど……」
フォン・フォレストの跡取りであることは、やっと飲み込んだユーリだが、好きでも無い人と結婚なんて嫌だった。
「まぁ、私が貴女を無理に結婚なんかさせるわけがありませんでしょ」
そうだよね~と、ユーリは大きな溜め息をついた。
「元々、一人っ子で子供の多い家庭を夢見ていたから、それは良いですけど……どうやって結婚相手を見つけるかはわからないわ、でも頑張ります」
モガーナは微笑んで、結婚はどちらでも結構よと言ったので、ユーリは真っ赤になってしまった。まだまだお子様のユーリにモガーナは少し安心したが、恋にいつ落ちるかわからない。
『あんなに嫌いな竜騎士と、私が恋に落ちるぐらいですもの。こんなに初なユーリだって、何をやらかすかわからないわ』
モガーナはフォン・フォレストの代々の駆け落ち婚や、押し掛け婚を思い出して、自分の目の届かない所にいる孫娘が馬鹿な恋に落ちなければ良いがと心配していた。
『ユングフラウは恋愛の都ですもの。この恋に不器用そうなユーリにも、何が起こるかわかりませんわ。それにユーリはロザリモンド姫の容姿を受け継いでいますからね。年頃になれば、殿方はこういった華奢な可愛いユーリに夢中になるでしょう』
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