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第三章 リューデンハイム生
10 フォン・フォレストの跡取り?
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ジークフリートはまだ長距離の飛行に慣れていないユーリを気づかって、無理のない飛行プランでフォン・フォレストに夕方前に送り届けた。孫娘を送って頂いたお礼を述べるモガーナの手に優雅にキスをすると、ジークフリートは叔父のハインリッヒの見舞いにとフォン・キャシディに去って行った。
「まぁ、ユーリ、少し背が伸びましたわね。よく、お顔を見せてごらんなさいな。少し痩せたみたいですわね、貴女にダイエットは必要なくてよ」
モガーナは数か月離れていただけの孫娘が、かなり大人に近づいてきているのに驚く。
「お祖母様、ダイエットなんかしてないわ。ユングフラウの夏は最低なの、夏バテ気味なだけよ。ああ~、気持ちの良い風だわ! リューデンハイムの寮は、凄く風通し悪いの。でも、竜舎の風通しは良いのよ、不思議でしょう?」
二人はお互いに話す事がいっぱいありすぎて、何から話したらいいのかわからず、手当たり次第に話すので、話があちらに飛んだり此方に飛んだりした。
「あらまあ、ユーリ、貴女とは夏休み中話せるのに、私ときたら竜で長距離飛んで来たのに休憩もさせないで。部屋で、夕食まで休んでらっしゃい」
長距離の移動にもかかわらず、メアリーはテキパキとお風呂の用意をし、ゆっくりとお風呂を楽しんだユーリは、久しぶりのフォン・フォレストの館の部屋で寛ぐ。
『イリス、竜舎の居心地はどう?』
モガーナは長期休暇には帰ってくるだろう孫と竜の為に、立派な竜舎を建ててくれていた。絆を結んだ数日はユーリと離れるのを嫌がったイリスも、絆が深まるにつれ離れていても平気になった。
『凄く、快適だよ! 海風が気持ちいい。明日は海水浴したい』
ユーリとイリスは直接顔を合わせなくても、会話が出来るようになっていた。
『私も、海水浴に行きたいわ。夕食後に会いにいくから、待っててね』
モガーナの生活は規則正しく、夕食は8時と決められている。お祖母様が遅刻を嫌うので、湯上がりのバスローブ姿で寛いでいたユーリは、部屋に用意されていた夏物のワンピースに着替える。
モガーナの趣味は良く、すっきりとしたアイスブルーのワンピースはユーリに良く似合った。食堂に入ってきたユーリを見て、モガーナは用意していたワンピースが似合っているのに満足したが、孫娘が大人びて見えるのを少し悲しく感じた。
「あら、素敵ですわ! 貴女は金髪ですから、ブルー系が良く似合いますわね。可愛らしい孫娘で、とても嬉しいですわ。着せがいがありますものね」
新しい服のお礼を言いつつ、席についたが、お祖母様がフランツから聞いたマウリッツ公爵夫人のような少女趣味でなくて良かったと心から思うユーリだ。
「ユーリ様、お久しぶりです。お元気でしたか?」
夕食には元家庭教師のエミリアも同席していた。リューデンハイムに同行できなかったエミリアは、侍女のメアリーがユングフラウに留まったのとちがい、フォン・フォレストに帰っていた。手紙でお祖母様のコンパニオン兼、領地の管理人見習いをしていると聞いていたが、久しぶりに会うエミリア先生が生き生きしているので安心する。
「エミリア先生、管理人のお仕事は大変ですか?」
「いえ、まだ管理人の見習いですから」
謙遜するエミリアを、モガーナは制した。
「今の管理人のラングストンより、数倍しっかりしてましてよ」
女三人の夕食は、お互いの近況を話し合って、和やかなものだった。リューデンハイムですさまじい食欲の少年達との慌ただしい食事をしていたユーリには、ほっとできる楽しい夕食は久しぶりで、モガーナを安心させる程にしっかりと食べた。
「ああ、やはりフォン・フォレストの魚料理は美味しいわ。ユングフラウではこんなに新鮮なお魚は食べられないの。ヒースヒルに比べたら、海に近い筈なのに塩漬けの魚しか出てこないわ」
ユーリが魚好きだと知っているモガーナは、帰省してきた孫娘の為に、新鮮な魚を用意させていた。
「貴女の為に料理人に魚料理をつくらせましたのよ。こんなに喜んでくれて、嬉しいわ。多分、夏場だから塩漬けの魚しかないのですよ。ユングフラウでも冬場になれば、塩漬けではない魚も出回るでしょう」
ユーリはデザートの果物を食べながら、冷蔵庫のないこの世界では魚を運ぶのはなかなか難しいのだと気づいた。
「そうだわ! 夏場に魚を竜の宅急便で運べば良いのよ」
ユーリの言葉にモガーナとエミリアは怪訝な顔をする。
「竜の宅急便? ユーリ様、何ですか?」
ユーリはグループ研究で、竜の宅急便のシュミレーションを発表して、優等を取った件を説明した。
「あの時は、商人が幾らなら竜の宅急便を使うかわからなくて、こちらの経費で値段設定したの。でも、竜で新鮮な魚を運ぶのは思いつかなかったわ。竜なら、まだ生きている魚を届けられるわね。ユングフラウの金持ちなら、少々高くても新鮮な魚を買う人がいるかも。ああ、グループ研究の時に思い付けなかったなんて残念だわ。あっ、北の氷室から氷を運ぶのもいけそうね。しまったわ! ボロ儲けできるシュミレーションが提出できたのに、フランツに手紙で教えよう。彼も目から鱗だとびっくりするわ」
次々とアイデアを思い浮かべているユーリに、モガーナとエミリアは呆れて笑う。二人共そもそも竜騎士が商売をするという発想を持っていなかった自分達とは、全く違う発想を持つユーリとの違いに驚いた。
こうして夕食は終わり、エミリアは久しぶりに祖母と孫とでゆっくり話したいだろうと自室に下がった。二人はだだっ広い食堂から、気持ちのいい二階のサロンに移り、食後のお茶を飲みながら寛ぐ。
ユーリはお祖母様に質問しなければならない事があった。
「あのう、お祖母様……私はフォン・フォレストの跡取りなんでしょうか?」
言い出し難そうに孫娘がしていたのは、この件だったのねとモガーナは笑う。
「まぁ、ユーリ、貴女以外に私の孫はいませんのよ。貴女は、フォン・フォレストの跡取りですわ。でも、ユーリは竜騎士になるのですから、当分はフォン・フォレストの領主としての仕事はできませんわね。なぜ、そんな事をきくのですか?」
モガーナにとっては自明の事実なのに、やっぱり! とびっくりしている様子に怪訝な顔をした。
「私がフォン・フォレストの跡取りだとは知らなかったの。竜騎士を早期引退して、田舎でスローライフするつもりだったの」
孫娘が全く自分の出自に無知なのは、ウィリアムとロザリモンド姫が農家の娘として育てたからだと愕然とした。
「貴女しかフォン・フォレストを継ぐ人はいませんわ。でも、貴女が嫌なら……困りましたわね……」
ユーリはお祖母様が困っているのに、慌てて弁解する。
「フォン・フォレストを継ぎたくないのでは、ないと思うの。ただ、跡取りだとは知らなかったから、計画を修正しなくちゃといけないし、混乱してるの」
モガーナはホッと安堵のため息をついた。フォン・フォレストの血筋を引くのはユーリのみだったので、跡取りになるのを拒否されたら、なかなか面倒な事態になると心配したのだ。
『このフォン・フォレストには過去の呪いが息を潜めているわ。血筋で無い領主が治めるのは危険だわ』
「ユーリ、貴女は竜騎士になる以外に、何か計画があるのですか? それと、フォン・フォレストの跡取りになる事は両立できませんの」
「私は、竜騎士を早期引退して、農業をしたいと思ってたの。でも、大食いのイリスを養うのは大変そうでしょ。で、竜の宅急便とかでお金を貯めようかなって計画してたの。でも、フランツにその話しをしたら、私はフォン・フォレストの跡取りだから、お金を儲ける必要はないと言われて、びっくりしたわ」
モガーナはどこのフランツかは知らないけど、この非常識な孫娘に良い忠告を与えてくれたと感謝した。
「農業をしたいなら、フォン・フォレストでしたら良いですわ。ここでなら、イリスも充分養えましてよ」
「お祖母様の言葉は尤もだし、現実的にはそうした方が良いのはわかっているわ。でも、子どもの頃からの私の夢は、ヒースヒルで優しい働き者の旦那さんと結婚して、農業をしながら、いっぱいの子どもを育てる事だったの。イリスと絆を結び、竜騎士にならなきゃいけなくなって、結婚と、子どもは諦めたけど、農業は引退後できるかなと考えていたのよ」
モガーナは、ユーリが悲しそうに結婚と出産を諦めたと言うのを聞いて驚く。
「なぜ、結婚と出産を諦める必要があるのですか? 竜騎士は結婚もできるし、子どもも持てるわ。貴女が竜騎士の仕事で忙しくて、領主の仕事ができないなら、代わりにしてくれる旦那様を見つければ良いのよ。それに、私は曾孫の顔を見たいわ」
ユーリは竜騎士になったら、ヒースヒルで夢見ていたような農家の旦那さんは持てないと、結婚を諦めていた。自分が竜騎士で領主の仕事ができない間、フォン・フォレストを管理してくれる旦那様を探す事は思いつきもしなかった。
「私が竜騎士の仕事で忙しい間、フォン・フォレストの領主の仕事をしてくれるような、都合の良い相手いるのかしら?」
モガーナは貴族の二男、三男、もしくは領地をもたない騎士階級の男にとって、フォン・フォレストの領主代理は喉から手が出るような物だと知っていた。
「ユーリが結婚を前向きに考えてくれて嬉しいですわ。その上、子どもがたくさん欲しいだなんて喜ばしいことですわ。この館には数多くの部屋が空いてますから、いくら生んでも大丈夫ですわよ」
ユーリは、いくらなんでも、そこまでは……と顔を赤くして呟く。
「お祖母様、私はイリスと絆を結んだ事は、一瞬たりたとも後悔してないのですけど、子どもの頃からの夢が遠のいてしまったのが悲しいの」
……田舎で優しい働き者の旦那さんと、子ども達に囲まれたスローライフ……
モガーナはヒースヒルの小さな農家で、ユーリがとても愛情に満ちた、幸福な生活をしていたのだと悟った。
「何かを得たら、何かを手放さなければならないのよ。貴女は、イリスを得たのです。子どもの頃の夢は、手放さなければいけないでしょう。でも、全て手放す必要は無いのですよ。貴女が望むのは、愛情に満ちた結婚と、子ども達でしょ。ヒースヒルでなくても、それは実現可能ですわ」
ユーリもヒースヒルでのスローライフは実現不可能の夢だと、リューデンハイムで竜騎士の勉強をしていく内に感じていた。でも、諦めきれず早期引退したらとか、代案を見つけて夢にしがみついていたのだと悟った。
ユーリはお祖母様との話を終えて、イリスの待つ竜舎に向かった。フランツに言われてから、自分がフォン・フォレストの跡取りではないかと考えていたが、はっきり跡取りだと言われて覚悟を決めた。
『ユーリ、何かあったのか? 元気がないな』
イリスはユーリの顔を見た瞬間に何かあったのだと感じたが、フォン・フォレストでの寛いだ食事と、モガーナとの食後の会話をしていると知っていたので、余計に訝しく思った。
『イリス、どうやら私はフォン・フォレストの跡取りみたいなの』
竜は絆の竜騎士が、王であろうと、平民であろうと気にしない。ましてや、フォン・フォレストの領主であっても何も問題も感じない。
『私はユーリがフォン・フォレストの跡取りでも全く構わない、嫌なのか?』
ユーリはイリスに寄っかかって、子どもの頃からの夢を話した。
『私が、ユーリの夢を壊してしまったのか?』
ユーリのヒースヒルで平凡な農家のおかみさんになる夢には、竜は存在しない。
『イリスと絆を結んだ事を、一瞬も後悔はしてないわ』
しょんぼりしたイリスに、ユーリは慌てて言う。
『そうね、お祖母様の言う通りなんだわ。何かを得たら、何かを手放す必要があるのね。私はイリスを得たのだから、子どもの頃の夢とは違ってくるのは仕方ないのね』
イリスはユーリの言葉に『安心したよ』と答えて寛ぐ。
『お祖母様は竜騎士でも結婚できるし、子どもも持てると仰ったけど、大丈夫だと思う? 竜騎士って、お祖父様見てても凄く忙しそうなんだけど、両立できるかな?』
イリスはユーリのお悩み相談に、竜だから人間の結婚とかに無知で、余り当てにならない答えを言っているうちに眠りに落ちた。
ユーリも頓珍漢なイリスの答えを聞いているうちに、長距離の飛行の疲れもあり、寄りかかったまま眠ってしまった。
「まぁ、ユーリ、少し背が伸びましたわね。よく、お顔を見せてごらんなさいな。少し痩せたみたいですわね、貴女にダイエットは必要なくてよ」
モガーナは数か月離れていただけの孫娘が、かなり大人に近づいてきているのに驚く。
「お祖母様、ダイエットなんかしてないわ。ユングフラウの夏は最低なの、夏バテ気味なだけよ。ああ~、気持ちの良い風だわ! リューデンハイムの寮は、凄く風通し悪いの。でも、竜舎の風通しは良いのよ、不思議でしょう?」
二人はお互いに話す事がいっぱいありすぎて、何から話したらいいのかわからず、手当たり次第に話すので、話があちらに飛んだり此方に飛んだりした。
「あらまあ、ユーリ、貴女とは夏休み中話せるのに、私ときたら竜で長距離飛んで来たのに休憩もさせないで。部屋で、夕食まで休んでらっしゃい」
長距離の移動にもかかわらず、メアリーはテキパキとお風呂の用意をし、ゆっくりとお風呂を楽しんだユーリは、久しぶりのフォン・フォレストの館の部屋で寛ぐ。
『イリス、竜舎の居心地はどう?』
モガーナは長期休暇には帰ってくるだろう孫と竜の為に、立派な竜舎を建ててくれていた。絆を結んだ数日はユーリと離れるのを嫌がったイリスも、絆が深まるにつれ離れていても平気になった。
『凄く、快適だよ! 海風が気持ちいい。明日は海水浴したい』
ユーリとイリスは直接顔を合わせなくても、会話が出来るようになっていた。
『私も、海水浴に行きたいわ。夕食後に会いにいくから、待っててね』
モガーナの生活は規則正しく、夕食は8時と決められている。お祖母様が遅刻を嫌うので、湯上がりのバスローブ姿で寛いでいたユーリは、部屋に用意されていた夏物のワンピースに着替える。
モガーナの趣味は良く、すっきりとしたアイスブルーのワンピースはユーリに良く似合った。食堂に入ってきたユーリを見て、モガーナは用意していたワンピースが似合っているのに満足したが、孫娘が大人びて見えるのを少し悲しく感じた。
「あら、素敵ですわ! 貴女は金髪ですから、ブルー系が良く似合いますわね。可愛らしい孫娘で、とても嬉しいですわ。着せがいがありますものね」
新しい服のお礼を言いつつ、席についたが、お祖母様がフランツから聞いたマウリッツ公爵夫人のような少女趣味でなくて良かったと心から思うユーリだ。
「ユーリ様、お久しぶりです。お元気でしたか?」
夕食には元家庭教師のエミリアも同席していた。リューデンハイムに同行できなかったエミリアは、侍女のメアリーがユングフラウに留まったのとちがい、フォン・フォレストに帰っていた。手紙でお祖母様のコンパニオン兼、領地の管理人見習いをしていると聞いていたが、久しぶりに会うエミリア先生が生き生きしているので安心する。
「エミリア先生、管理人のお仕事は大変ですか?」
「いえ、まだ管理人の見習いですから」
謙遜するエミリアを、モガーナは制した。
「今の管理人のラングストンより、数倍しっかりしてましてよ」
女三人の夕食は、お互いの近況を話し合って、和やかなものだった。リューデンハイムですさまじい食欲の少年達との慌ただしい食事をしていたユーリには、ほっとできる楽しい夕食は久しぶりで、モガーナを安心させる程にしっかりと食べた。
「ああ、やはりフォン・フォレストの魚料理は美味しいわ。ユングフラウではこんなに新鮮なお魚は食べられないの。ヒースヒルに比べたら、海に近い筈なのに塩漬けの魚しか出てこないわ」
ユーリが魚好きだと知っているモガーナは、帰省してきた孫娘の為に、新鮮な魚を用意させていた。
「貴女の為に料理人に魚料理をつくらせましたのよ。こんなに喜んでくれて、嬉しいわ。多分、夏場だから塩漬けの魚しかないのですよ。ユングフラウでも冬場になれば、塩漬けではない魚も出回るでしょう」
ユーリはデザートの果物を食べながら、冷蔵庫のないこの世界では魚を運ぶのはなかなか難しいのだと気づいた。
「そうだわ! 夏場に魚を竜の宅急便で運べば良いのよ」
ユーリの言葉にモガーナとエミリアは怪訝な顔をする。
「竜の宅急便? ユーリ様、何ですか?」
ユーリはグループ研究で、竜の宅急便のシュミレーションを発表して、優等を取った件を説明した。
「あの時は、商人が幾らなら竜の宅急便を使うかわからなくて、こちらの経費で値段設定したの。でも、竜で新鮮な魚を運ぶのは思いつかなかったわ。竜なら、まだ生きている魚を届けられるわね。ユングフラウの金持ちなら、少々高くても新鮮な魚を買う人がいるかも。ああ、グループ研究の時に思い付けなかったなんて残念だわ。あっ、北の氷室から氷を運ぶのもいけそうね。しまったわ! ボロ儲けできるシュミレーションが提出できたのに、フランツに手紙で教えよう。彼も目から鱗だとびっくりするわ」
次々とアイデアを思い浮かべているユーリに、モガーナとエミリアは呆れて笑う。二人共そもそも竜騎士が商売をするという発想を持っていなかった自分達とは、全く違う発想を持つユーリとの違いに驚いた。
こうして夕食は終わり、エミリアは久しぶりに祖母と孫とでゆっくり話したいだろうと自室に下がった。二人はだだっ広い食堂から、気持ちのいい二階のサロンに移り、食後のお茶を飲みながら寛ぐ。
ユーリはお祖母様に質問しなければならない事があった。
「あのう、お祖母様……私はフォン・フォレストの跡取りなんでしょうか?」
言い出し難そうに孫娘がしていたのは、この件だったのねとモガーナは笑う。
「まぁ、ユーリ、貴女以外に私の孫はいませんのよ。貴女は、フォン・フォレストの跡取りですわ。でも、ユーリは竜騎士になるのですから、当分はフォン・フォレストの領主としての仕事はできませんわね。なぜ、そんな事をきくのですか?」
モガーナにとっては自明の事実なのに、やっぱり! とびっくりしている様子に怪訝な顔をした。
「私がフォン・フォレストの跡取りだとは知らなかったの。竜騎士を早期引退して、田舎でスローライフするつもりだったの」
孫娘が全く自分の出自に無知なのは、ウィリアムとロザリモンド姫が農家の娘として育てたからだと愕然とした。
「貴女しかフォン・フォレストを継ぐ人はいませんわ。でも、貴女が嫌なら……困りましたわね……」
ユーリはお祖母様が困っているのに、慌てて弁解する。
「フォン・フォレストを継ぎたくないのでは、ないと思うの。ただ、跡取りだとは知らなかったから、計画を修正しなくちゃといけないし、混乱してるの」
モガーナはホッと安堵のため息をついた。フォン・フォレストの血筋を引くのはユーリのみだったので、跡取りになるのを拒否されたら、なかなか面倒な事態になると心配したのだ。
『このフォン・フォレストには過去の呪いが息を潜めているわ。血筋で無い領主が治めるのは危険だわ』
「ユーリ、貴女は竜騎士になる以外に、何か計画があるのですか? それと、フォン・フォレストの跡取りになる事は両立できませんの」
「私は、竜騎士を早期引退して、農業をしたいと思ってたの。でも、大食いのイリスを養うのは大変そうでしょ。で、竜の宅急便とかでお金を貯めようかなって計画してたの。でも、フランツにその話しをしたら、私はフォン・フォレストの跡取りだから、お金を儲ける必要はないと言われて、びっくりしたわ」
モガーナはどこのフランツかは知らないけど、この非常識な孫娘に良い忠告を与えてくれたと感謝した。
「農業をしたいなら、フォン・フォレストでしたら良いですわ。ここでなら、イリスも充分養えましてよ」
「お祖母様の言葉は尤もだし、現実的にはそうした方が良いのはわかっているわ。でも、子どもの頃からの私の夢は、ヒースヒルで優しい働き者の旦那さんと結婚して、農業をしながら、いっぱいの子どもを育てる事だったの。イリスと絆を結び、竜騎士にならなきゃいけなくなって、結婚と、子どもは諦めたけど、農業は引退後できるかなと考えていたのよ」
モガーナは、ユーリが悲しそうに結婚と出産を諦めたと言うのを聞いて驚く。
「なぜ、結婚と出産を諦める必要があるのですか? 竜騎士は結婚もできるし、子どもも持てるわ。貴女が竜騎士の仕事で忙しくて、領主の仕事ができないなら、代わりにしてくれる旦那様を見つければ良いのよ。それに、私は曾孫の顔を見たいわ」
ユーリは竜騎士になったら、ヒースヒルで夢見ていたような農家の旦那さんは持てないと、結婚を諦めていた。自分が竜騎士で領主の仕事ができない間、フォン・フォレストを管理してくれる旦那様を探す事は思いつきもしなかった。
「私が竜騎士の仕事で忙しい間、フォン・フォレストの領主の仕事をしてくれるような、都合の良い相手いるのかしら?」
モガーナは貴族の二男、三男、もしくは領地をもたない騎士階級の男にとって、フォン・フォレストの領主代理は喉から手が出るような物だと知っていた。
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ユーリはお祖母様との話を終えて、イリスの待つ竜舎に向かった。フランツに言われてから、自分がフォン・フォレストの跡取りではないかと考えていたが、はっきり跡取りだと言われて覚悟を決めた。
『ユーリ、何かあったのか? 元気がないな』
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竜は絆の竜騎士が、王であろうと、平民であろうと気にしない。ましてや、フォン・フォレストの領主であっても何も問題も感じない。
『私はユーリがフォン・フォレストの跡取りでも全く構わない、嫌なのか?』
ユーリはイリスに寄っかかって、子どもの頃からの夢を話した。
『私が、ユーリの夢を壊してしまったのか?』
ユーリのヒースヒルで平凡な農家のおかみさんになる夢には、竜は存在しない。
『イリスと絆を結んだ事を、一瞬も後悔はしてないわ』
しょんぼりしたイリスに、ユーリは慌てて言う。
『そうね、お祖母様の言う通りなんだわ。何かを得たら、何かを手放す必要があるのね。私はイリスを得たのだから、子どもの頃の夢とは違ってくるのは仕方ないのね』
イリスはユーリの言葉に『安心したよ』と答えて寛ぐ。
『お祖母様は竜騎士でも結婚できるし、子どもも持てると仰ったけど、大丈夫だと思う? 竜騎士って、お祖父様見てても凄く忙しそうなんだけど、両立できるかな?』
イリスはユーリのお悩み相談に、竜だから人間の結婚とかに無知で、余り当てにならない答えを言っているうちに眠りに落ちた。
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