スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香

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第三章 リューデンハイム生

9  やっと夏休みだ!

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 ユーリとグレゴリウスは、校長先生の無期限は無期限だという言葉に、もしかして夏休み中も罰掃除なのかもと恐れたが、アンドレ校長は脅しただけだった。夏休み中に生徒に罰掃除させてたら、教師も監督義務が生じて夏休みが取れなくなる。

 リューデンハイムの教師達は、引退後の竜騎士が多く、夏休みまで暑いユングフラウに残って生徒の監督など誰もしたがらない。もちろん、アンドレ校長先生も夏休み中はのんびりと海辺で釣りをして過ごす計画をたてていたので、二人を校長室に呼び出すと罰の終了を言い渡した。

「良かった、夏休みだわ!」

 ユーリとグレゴリウスは、校長室から出ると、二人で手を取り合って喜んだ。

「ユーリは夏休みは、どうするの? 私は、夏の離宮に行く予定なんだ」

 グレゴリウスは他の王族の方々と夏の離宮に行くのが通年行事で、変わり映えの無いメンバーにうんざりしていた。貴族達が集まる王宮とは違い、のんびりと身内で寛げるのは嬉しいが、子供が自分だけなのであまり楽しくない。

 祖母と母はグレゴリウスのそんな気持ちを理解して、リューデンハイムの友達を呼んでも良いと許可をくれていた。名門貴族達は夏の離宮の周辺に別荘を持っているから、何人かの予科生達とは夏休みに遊ぶ計画もたてていたが、グレゴリウスはユーリに来て欲しかった。

「私はお祖母様のフォン・フォレストの館で夏休みを過ごすわ。海で泳げるし、魚貝類も美味しいし。イリスも海で水浴びするの大好きだから喜ぶわ」

 全く自分の気持ちに気づかないユーリに「海かぁ、良いな」と力なく相打ちを打つ。グレゴリウスは夏の離宮の側にアリスト卿の別荘もあるのに……と心の中で呟き、王妃がユーリの後見人なのだから離宮に泊まってもいいのにと愚痴る。



 ユーリは終業式の後、お祖父様の屋敷に寄った。自分一人でイリスに乗ってフォン・フォレストまで帰る許可を貰いに来たのだ。

 久しぶりに屋敷の乙女チックな部屋で寛いでいると、侍女のメアリーがお祖父様の帰宅を告げた。侍女のリューデンハイムへの付き添いはできなかったが、週末は外出で帰る孫娘の為にメアリーを屋敷に留めていたのだ。

「お祖父様、フォン・フォレストまでイリスで帰りたいの、いいでしょ」

 夏休みになって一刻も早くフォン・フォレストでのんびりとしたいユーリは、お祖父様の顔を見るやいなや許可を貰おうと頼んだ。

 孫娘の尤もな要求にマキシウスは口ごもる。先ほど、王族の方々が夏の離宮に行かれる支度で慌ただしい雰囲気の王宮で、王妃から内密にユーリを同行したいとのお話があったのだ。

 マキシウスはユーリがフォン・フォレストで夏休みを過ごすつもりでいると承知していたので、即答は避けてきた。しかし、貴族の子女が王妃に同行を求められるのはとても名誉な事であり、断るなんて非礼な前例は聞いた事がない話だった。

 マキシウスが貴族としては素晴らしい名誉な話に即答しなかったのは、ユーリの気性を知っていたので、強制して夏の離宮に行かせても、問題を引き起こすだけではと案じていたからだ。しかも、王妃が皇太孫の未来の妃にユーリを望んでいるのではないかと、マキシウスは頭を痛めていた。

 これも普通の貴族なら、皇太孫殿下の妃だなんて小躍りして喜ぶ話だ。しかし、ユーリが王室の一員としてやっていける気性だとはマキシウスは考えられないので、迷惑なことでしかない。

「王妃様が夏の離宮にお前も同行しないかと仰られている。私の別荘も離宮の側にあるし、夏休みをそこで過ごしてはどうだね?」

 ユーリはいつもと違い奥歯に物の挟まったような言い方をするお祖父様を、怪訝そうに眺める。

「私はフォン・フォレストでお祖母様と過ごしたいわ。夏の離宮? 王妃様には悪いけど、王室の方々と堅苦しい夏休みを過ごすのは、遠慮したいの。夏休みはフォン・フォレストの海で思いっきり泳ぐつもりだし、イリスも海水浴が大好きなの。リューデンハイムでのストレス解消しなきゃ」

 マキシウスは思った通りのユーリの答えに憮然とする。今更ながらウィリアムとロザリモンド姫が、ユーリを農家の娘として育てたのに文句をつけたい気持ちだ。マキシウスは普通の貴族の子女なら絶対に断らない名誉な話を、どうやって王妃に断ったらいいのかと頭を悩ました。

 ユーリはお祖父様の様子にこの話を断るのは、何かまずいのかしらと考える。

「お祖父様、私は離宮に行かなきゃならないの?」

 マキシウスは椅子にちょこんと座って、自分を心配そうに眺めている孫娘に苦笑しながら答えた。

「普通は、王妃様に離宮に同行を許されるのを名誉な事と考えるものなのだよ。そして、お断りするなんて非礼を考えもしないのが常識だ。だが、ユーリはまだ子供なんだから、好きにして良いと思う」

 ユーリはお祖父様が王妃に断るのは、角が立つのではと案じた。

「お祖父様、これから私が王妃様にフォン・フォレストに出立の挨拶に参りますわ。王妃様はユングフラウでの後見人をされているので、毎朝挨拶をしていたの。でも、罰の外出禁止で、ここ当分行けなかったの。丁度、罰の解けたご報告もできるから、一石二鳥だわ」



 マキシウスが唖然としてる間に、ちゃっちゃっと王宮に向かい、ユーリは王妃にフォン・フォレストで夏休みを過ごす許可を取ってきた。

「王妃様は、何か仰ってなかったか?」

 孫娘が王妃に失礼なことを言ったのではと心配して、マキシウスは尋ねる。

「う~ん、海水浴は楽しそうねと仰ったわ。あと、お祖母様によろしくと伝言を頼まれただけよ。ねぇ、フォン・フォレストに行っていいでしょ」

 今ならまだ、暗くならない内にフォン・フォレストに着けると、ユーリは気が急いていたが、一人でイリスと長距離を飛行させるのをマキシウスは案じていた。

「お前一人でフォン・フォレストに行くのは心配だ。私が同行できると良いのだが……」

 マキシウスは竜騎士隊長として、王族が夏の離宮に行かれる間のユングフラウの治安維持を任されていたので、留守にはできなかった。

「そうだ、ジークフリート卿がハインリッヒ卿のお見舞いを兼ねて夏期休暇を取ると言っていたな。彼にユーリの同行をお願いしよう」

 慌てて手紙をフォン・キャシディ家に届けさせると、返事の代わりに本人が訪ねて来た。

 ジークフリート卿が屋敷に入って来ると、ぱぁっと華やかな雰囲気に満ちる。艶やかな栗色の髪を流行の長髪にして、後ろで結んでいる。武官は髪の毛を短くしているが、ユングフラウではありきたりの髪型がジークフリート卿がすると、とても優雅に見える。

 黒色に金モールのついた竜騎士の制服を着ているのだが、ユーリはお祖父様と同じ制服には見えず不思議に感じる。

『お祖父様のは軍服に見えるのに、ジークフリート卿のは略礼服に見えるわ。でも、略礼服では無いのは確かだわ、同じ制服ですもの……』

 ユーリにもスマートに手にキスをするジークフリート卿に、マキシウスは少し不安を感じる。

「丁度、フォン・キャシディに発とうとしてた時に、連絡を頂いて良かったです。お孫様のユーリ嬢は、責任をもってフォン・フォレストにエスコートさせて頂きます」

 ジークフリート卿のご婦人方との浮き名は、堅物のマキシウスも知っていた。しかし、ウィリアムのハトコにあたるし、ユーリはまだ9才で、いかにプレーボーイでも守備範囲外だろうと不安を打ち消して、孫娘を託した。

 ただし、万が一を考え侍女のメアリーの同行も頼んだ。ジークフリートは幼いとはいえ貴族の子女が、侍女を同行するのは当然だと思っていたので、マキシウスの意図には気づかなかった。

「急ぐ必要のない飛行ですし、侍女は竜に乗り慣れて無いでしょうから、途中で一、二度休憩をとりながら行きましょうね。美味しい昼食を出す宿を知ってますから、そこでお昼にしましょう」

 メアリーは、ジークフリート卿に乗せて貰う時に、ウェストに手を添えられただけで、乙女のようにときめいた。

 ユーリは、ジークフリート卿は本当に女たらしだわと内心で笑った。

『ユーリ嬢、ジークフリートは女たらしではありません。ご婦人方がほっておかないだけです』

 自分の心をジークフリート卿の騎竜パリスに読まれて、ユーリは真っ赤になった。

『こら、パリス! 令嬢に失礼なことを言ってはいけません。ユーリ嬢? 貴女は自分の騎竜以外とも心をかよわせるのですね』

 ジークフリートはユーリの竜騎士としての能力の高さに驚き、亡くなったウィリアム卿を思い出した。

『ユーリは私の絆の竜騎士なんだ! パリスと話したりしないで』

 嫉妬深いイリスに、ジークフリートとパリスは驚いた。

『さぁ、フォン・フォレストへ向かいましょう!』

 絆を結んだばかりのイリスが、まだユーリを独占したいのだろうと、ジークフリートは微妙な竜心に逆らわないことにする。

 イリスはユーリと一緒に飛行するのが大好きなので、昼食の休憩をする頃には機嫌をなおしていた。
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