24 / 273
第三章 リューデンハイム生
5 墓参り計画
しおりを挟む
ユーリはグループ研究の優等のご褒美が外泊許可だと聞いた時から、ある計画を胸に抱いていた。そして、フランツと共に提出したグループ研究で優等をとり、先生からご褒美の外泊許可証を貰った。
『土曜日に外泊したら、日曜の門限の6時までにリューデンハイムに帰れば良いのよね。ヒースヒルのパパとママのお墓に参って来れるわ!』
外泊許可証を見つめながら、ユーリは両親の命日の前に、外泊を使ってお墓参りしようと計画をたてた。フランツの外泊許可を羨んで騒がしい教室を後にして、寮の自室に籠もる。
地理の教科書に載っている簡単な地図を見て、ユングフラウからヒースヒルと、フォン・フォレストの距離を比べる。
「大体、同じぐらいかしら? いえ、少しヒースヒルの方が近いわ」
まだ、お祖父様のように休憩無しで飛ぶ自信は無かったので、途中で休み休み行くなら7時間はみておく。
「夏だから、朝の4時には明るくなっているわよね。それに、その頃なら竜舎には誰もいないわ。少し荷物を持って行くけど、不審に思われなくて済むから好都合だわ。4時に発ったら、お昼にはヒースヒルに着くわ」
両親のお墓参りと、育った家を見て、熟練の竜騎士なら夜までにユングフラウに帰れるだろう。でも、ユーリは日帰りでヒースヒルの往復には自信がなかったので、一泊して次の日の朝帰る予定を組む。
「夜はハンナやキャシーの家に泊めて貰えると良いな。でも、ハンナ達がもう私のことを友達だと思ってなかったら、困るなぁ。この一年間、数通しか手紙を書いていなかったもの。それに、イリスと絆を結んでからはまだ一通も出してなかったわ」
つい、イリスにばかり気を取られて、ハンナ達に手紙も書いてないと反省する。
「そういえば、ハンナやキャシーからもこのところ手紙を貰ってないわ。やだわ、私ったらリューデンハイムに入学したのも、伝えてないんだわ。まさか、引っ越したりはしてないと思うけど……」
郵便事情も悪いので、ユーリの手紙への返事もなかなか届かず、この数ヶ月はお互いに音信不通になっていた。ユーリは、万が一引っ越していたらと、野宿の用意もする。
「あっ! 王妃様への挨拶も何か手をうたなきゃ。予め、金曜にご褒美の外泊を頂いたので、土日はゆったりとすごしたいと許可を貰えば良いわね。お祖父様には、用事があるので今週末は帰らないと手紙を書けば、私が寮に居ると思われるわ。完璧な計画だわ!」
ユーリはヒースヒルに行って帰って来ても誰にも気づかれない筈だと、自分の立てた計画を自画自賛する。
しかし、唯一の誤算があった。グレゴリウスだ! グレゴリウスはユーリが王妃様に土日は来られないと許可を貰っているのを見て、やはり何か企んでいると気づいた。そして、ユーリが夕食のパンの大きな固まりを素早く制服の上着に隠したのを目撃して、絶対に怪しいと確信する。
『ユーリは何か企んでいる。まさか、リューデンハイムから逃げ出すのか? 私が意地悪ばかりしているから……いや、お祖母様に月曜の朝には参りますと言っていた。外泊許可証をあんなに見つめていたのだから、土日に何処かへ行くのだ』
グレゴリウスはアラミスにユーリとイリスを見張ってくれるように頼み、何か異変があったら起こしてくれと言って早めにベッドに入った。
土曜の早朝、ユーリはこっそりと竜舎に入り、イリスの鞍に野宿する時の毛布を丸めたのや、食糧や飲み物を詰め込んだリュックをくくりつけて「静かにね」と言い聞かせて、竜舎の外に連れ出す。前もってイリスにヒースヒル行きの計画を打ち明けてしまうと、他の竜達にバレるのではと心配して秘密にしていたのだ。
『イリスは私をヒースヒルに連れて行ける? 地図は持って来たけど、上空からわかるか不安なの』
ユーリの言葉にイリスは驚いたが、竜は絆の竜騎士の頼みを拒否しない。
『大丈夫だよ、ヒースヒルには行ったことはないが、ローラン王国との国境の北の砦には何回も行ったから。北の砦の手前に着いたら低空を飛ぶよ。それならユーリにもヒースヒルがわかるだろう』
ユーリを乗せて飛ぶのはイリスの幸せなので、颯爽とリューデンハイムを後にする。
寝ていると思っていたアラミスがユーリとイリスの会話を聞いているなんて全く知らなかった。まして、グレゴリウスをたたき起こすだなんて、ユーリには考えもつかなかった。
ユーリにとってはグレゴリウスは自分に意地悪をする嫌な男の子に過ぎず、幼い恋心を持て余して自分をずっと見ているとは思ってもみなかったのだ。
『あっ、イリス! 此処がヒースヒルよ』
ユーリは途中なるべく人気のない場所で休憩を取り、お昼前にはヒースヒルに無事に着いた。
『ねぇ、イリス、ヒースヒルには竜なんか来ないのよ。私が竜で舞い降りたりしたら、ハンナとキャシーは腰を抜かしてしまうわ。だから、森で待っていてよ』
イリスはユーリを乗せて飛ぶのは大好きだが、何か変だと感じていた。
『駄目だ! ユーリを一人にはできないよ』
『此処は私が育った場所よ。何も危険は無いわ、だからイリスは森でのんびりと森林浴でもしててよ』
『海水浴は好きだけと、森林浴なんて楽しくないよ! 絶対にユーリから離れない!』
目立つから森で待っていてと、イリスを説得しようと頑張ったが無理だった。せめて、人気のない場所にしようと、町から離れたユーリの育った小さな家の近くに着地する。家はユーリがヒースヒルを後にした一年前のままだ。
「うわぁ~! 懐かしいわ! ママやパパが大切にしていた家を、ハックさんはキチンと管理してくれているのね」
家にはハックが住んでいるので、邪魔にならないようそっと眺めるだけにしようと思ったが、竜が舞い降りて気づかないわけがない。
「ユーリ、ユーリじゃないか。突然、どうしたんだい? 竜になんか乗って、ビックリしたよ。その竜は、お祖父様の竜騎士から借りたのかい?」
ハックの言葉で誤解していると思ったが、訂正するのは控えておく。
「ハックさん、驚かせてすみません。父と母の命日が近いので、お墓参りに来たのです」
「もう、一年がたつのか。ユーリはすっかり大きくなったね。それで、墓参りはもう済ませたのかね? 済ませたのなら、お昼を食べていくがいいさ」
二人の会話を聞いていたイリスは、ユーリが両親の墓参りにヒースヒルに来たのだと初めて知った。
『私も、ウィリアムとロザリモンドのお墓に参りたい』
しまった! とユーリは慌てたが、後の祭りで、こうなったらイリスは絶対に此処で待っててはくれないだろうと諦める。ユーリはイリスと共に両親のお墓参りをする事にする。
二人のお墓はユーリが供えた小さな白いバラに囲まれていた。一年ぶりに来たユーリは、雑草とかはえているのではと心配していたが、綺麗に保たれているのに安心した。
「パパ、ママ」
墓前に元気に暮らしているから安心してと報告したが、やはり二人に会いたいとユーリは泣き崩れてしまう。
『ウィリアム、ロザリモンド、ユーリは私が守るから、安心してくれ』
イリスにとっても因縁の深い二人のお墓に神妙に頭を下げ、泣き続けているユーリをどう慰めようかと悩んでいた時、上空からアラミスが舞い降りた。
突然の冷たい風と竜の羽ばたき音に、泣いていたユーリも気づき、一瞬、お祖父様が迎えに来たのかと勘違いした。
ラモスではなく、アラミスだと知って驚く。
「皇太孫殿下、何しにここへ?」
アラミスから降りたグレゴリウスはユーリが両親の墓前で泣いていたのに気づく。
『ユーリ、君も両親を亡くしたと言ってたけと……まだ悲しいんだね……』
ロザリモンド姫とウィリアムの墓は、質素な物ではあったが、小さな白いバラに囲まれた様子は美しい。
「ユーリ、私もロザリモンド姫とウィリアム卿のお墓にお参りさせて貰って良いかい」
ユーリは皇太孫殿下が何故ここに来たのかはわからなかったが、両親の墓参りを拒みはしない。
「ええ、どうぞ……」
刻まれた墓石の日付を見て、ウィリアムス卿がローラン王国との戦争で亡くなったのだと察した。グレゴリウスは、小さな墓の前に礼儀正しく跪いて二人の冥福を祈った。
ユーリは何時もの意地悪ばかりしているグレゴリウスでは無い真摯な態度に驚く。
「皇太孫殿下、両親の墓にお参り下さりありがとうございます。どなたかに言われて、来られたのですか?」
まさか、グレゴリウスが自分の後をつけてきたとは考えもせず、誰かが命日が近いので墓参りを命じたのかな? と、変だとは思いつつも勘違いしてユーリは尋ねる。
「いや、誰にも言われてないよ。ユーリがリューデンハイムを抜け出すのに気がついて、追いかけて来たんだ」
ユーリはグレゴリウスの無謀な行動に、自分の事はさておき驚く。
「皇太孫殿下! では、誰にも言わずに私の後をつけて此処に来られたのですか? なんて事なさるんです! すぐにお帰り下さい。皆、心配していますよ」
ユーリはヒースヒル行きがバレないように画策したのが、グレゴリウスに台無しにされたのに腹をたてた。
「すぐに帰れと言われても、お腹もすいてるし無理だよ」
ユーリに怒られて、しょげ返ったグレゴリウスは、格好よくこの場を立ち去れたら良いのにと思う。しかし、アラミスとこんなに遠出したことなかったのと、空腹でふらふらだった。
『ユーリ、グレゴリウスは疲れている。ユングフラウに帰るのは無理だよ』
アラミスの言葉にユーリはがっくりきた。自分だけなら気がつかれないだろうが、皇太孫殿下の不在はすぐに気づかれてしまうだろう。
「もう、台無しだわ!」
長距離飛行に慣れていないから自分でも一泊の計画だったので、グレゴリウスを危険にさらす訳にはいかないとユーリは諦めた。
「もう! 仕方無いわね~。お腹が空いているなら、食事にしましょう。でも、パンとチーズしか無いわよ」
墓前でユーリが持って来たパンとチーズを分け合って食べながら、何でバレたのかと聞く。
「君が、お祖母様に土日は挨拶に来れないと許可を貰ったり、夕食のパンを隠したりしてるから、何か企んでるなと思ったんだ」
昨夜のパンは少し固くなっていたが、朝ご飯抜きの二人は空腹だったので、あっという間に平らげた。ユーリは今頃はユングフラウで皇太孫の不在がバレて、大騒動になってるだろうとうんざりした。
「殿下、お腹もいっぱいになった事だし、帰れませんか? 私も、一緒に帰りますから」
ユーリはこうなったら一刻でも早くグレゴリウスをユングフラウにお帰ししなくてはと、自分の一泊プランも変更する。
『ユーリ、今からユングフラウに帰るのは無理だよ、夜になってしまう。慣れていない君達が夜に飛ぶのは危険だよ』
イリスやアラミスは慣れていない自分達の竜騎士の安全を考えて、飛ぶのを拒否した。
『そんなぁ』
騎竜達が飛ばないと、ユングフラウまで馬車で帰っても数日かかる。
『イリス、お祖父様に殺されちゃうわ~』
ユーリは何時もは自分の言うことを聞いてくれるイリスに泣きついた。
『ユーリ、何と言われても無駄だよ。マキシウスは君を殺したりしない。万が一、殺そうとしたら、私が全力で護るよ』
ユーリは竜には大袈裟な表現が理解できないのだと呆れて反論しかけた。
『ユーリ、グレゴリウスは寝ちゃったよ~。凄く疲れていたんだね』
イリスと言い争っている間に、肝心のグレゴリウスがすやすやと眠ってしまった。
『ええっ~! イリス、何故教えてくれなかったの?』
慌てて食事をした木陰ですやすやと眠るグレゴリウスの側にユーリは座る。金褐色の瞳を閉じたグレゴリウスの顔は幼く見えて、ユーリは起こすのを躊躇う。
「もう少ししたら、起こしましょう。そして、皇太孫殿下にアラミスを説得させたら良いわ……私はお祖父様に怒られる程度の問題だけど、皇太孫殿下は大問題だもの……」
そう呟いたユーリも、早朝から起きていたし、初めての長距離飛行で疲れてきっていた。ほんの少し身体を休めようと、呑気に寝ているグレゴリウスの横に寝転んだ。
普段は竜舎で昼寝の時間帯だが、イリスとアラミスは自分達の絆の竜騎士を護って辺りを警戒していた。
『土曜日に外泊したら、日曜の門限の6時までにリューデンハイムに帰れば良いのよね。ヒースヒルのパパとママのお墓に参って来れるわ!』
外泊許可証を見つめながら、ユーリは両親の命日の前に、外泊を使ってお墓参りしようと計画をたてた。フランツの外泊許可を羨んで騒がしい教室を後にして、寮の自室に籠もる。
地理の教科書に載っている簡単な地図を見て、ユングフラウからヒースヒルと、フォン・フォレストの距離を比べる。
「大体、同じぐらいかしら? いえ、少しヒースヒルの方が近いわ」
まだ、お祖父様のように休憩無しで飛ぶ自信は無かったので、途中で休み休み行くなら7時間はみておく。
「夏だから、朝の4時には明るくなっているわよね。それに、その頃なら竜舎には誰もいないわ。少し荷物を持って行くけど、不審に思われなくて済むから好都合だわ。4時に発ったら、お昼にはヒースヒルに着くわ」
両親のお墓参りと、育った家を見て、熟練の竜騎士なら夜までにユングフラウに帰れるだろう。でも、ユーリは日帰りでヒースヒルの往復には自信がなかったので、一泊して次の日の朝帰る予定を組む。
「夜はハンナやキャシーの家に泊めて貰えると良いな。でも、ハンナ達がもう私のことを友達だと思ってなかったら、困るなぁ。この一年間、数通しか手紙を書いていなかったもの。それに、イリスと絆を結んでからはまだ一通も出してなかったわ」
つい、イリスにばかり気を取られて、ハンナ達に手紙も書いてないと反省する。
「そういえば、ハンナやキャシーからもこのところ手紙を貰ってないわ。やだわ、私ったらリューデンハイムに入学したのも、伝えてないんだわ。まさか、引っ越したりはしてないと思うけど……」
郵便事情も悪いので、ユーリの手紙への返事もなかなか届かず、この数ヶ月はお互いに音信不通になっていた。ユーリは、万が一引っ越していたらと、野宿の用意もする。
「あっ! 王妃様への挨拶も何か手をうたなきゃ。予め、金曜にご褒美の外泊を頂いたので、土日はゆったりとすごしたいと許可を貰えば良いわね。お祖父様には、用事があるので今週末は帰らないと手紙を書けば、私が寮に居ると思われるわ。完璧な計画だわ!」
ユーリはヒースヒルに行って帰って来ても誰にも気づかれない筈だと、自分の立てた計画を自画自賛する。
しかし、唯一の誤算があった。グレゴリウスだ! グレゴリウスはユーリが王妃様に土日は来られないと許可を貰っているのを見て、やはり何か企んでいると気づいた。そして、ユーリが夕食のパンの大きな固まりを素早く制服の上着に隠したのを目撃して、絶対に怪しいと確信する。
『ユーリは何か企んでいる。まさか、リューデンハイムから逃げ出すのか? 私が意地悪ばかりしているから……いや、お祖母様に月曜の朝には参りますと言っていた。外泊許可証をあんなに見つめていたのだから、土日に何処かへ行くのだ』
グレゴリウスはアラミスにユーリとイリスを見張ってくれるように頼み、何か異変があったら起こしてくれと言って早めにベッドに入った。
土曜の早朝、ユーリはこっそりと竜舎に入り、イリスの鞍に野宿する時の毛布を丸めたのや、食糧や飲み物を詰め込んだリュックをくくりつけて「静かにね」と言い聞かせて、竜舎の外に連れ出す。前もってイリスにヒースヒル行きの計画を打ち明けてしまうと、他の竜達にバレるのではと心配して秘密にしていたのだ。
『イリスは私をヒースヒルに連れて行ける? 地図は持って来たけど、上空からわかるか不安なの』
ユーリの言葉にイリスは驚いたが、竜は絆の竜騎士の頼みを拒否しない。
『大丈夫だよ、ヒースヒルには行ったことはないが、ローラン王国との国境の北の砦には何回も行ったから。北の砦の手前に着いたら低空を飛ぶよ。それならユーリにもヒースヒルがわかるだろう』
ユーリを乗せて飛ぶのはイリスの幸せなので、颯爽とリューデンハイムを後にする。
寝ていると思っていたアラミスがユーリとイリスの会話を聞いているなんて全く知らなかった。まして、グレゴリウスをたたき起こすだなんて、ユーリには考えもつかなかった。
ユーリにとってはグレゴリウスは自分に意地悪をする嫌な男の子に過ぎず、幼い恋心を持て余して自分をずっと見ているとは思ってもみなかったのだ。
『あっ、イリス! 此処がヒースヒルよ』
ユーリは途中なるべく人気のない場所で休憩を取り、お昼前にはヒースヒルに無事に着いた。
『ねぇ、イリス、ヒースヒルには竜なんか来ないのよ。私が竜で舞い降りたりしたら、ハンナとキャシーは腰を抜かしてしまうわ。だから、森で待っていてよ』
イリスはユーリを乗せて飛ぶのは大好きだが、何か変だと感じていた。
『駄目だ! ユーリを一人にはできないよ』
『此処は私が育った場所よ。何も危険は無いわ、だからイリスは森でのんびりと森林浴でもしててよ』
『海水浴は好きだけと、森林浴なんて楽しくないよ! 絶対にユーリから離れない!』
目立つから森で待っていてと、イリスを説得しようと頑張ったが無理だった。せめて、人気のない場所にしようと、町から離れたユーリの育った小さな家の近くに着地する。家はユーリがヒースヒルを後にした一年前のままだ。
「うわぁ~! 懐かしいわ! ママやパパが大切にしていた家を、ハックさんはキチンと管理してくれているのね」
家にはハックが住んでいるので、邪魔にならないようそっと眺めるだけにしようと思ったが、竜が舞い降りて気づかないわけがない。
「ユーリ、ユーリじゃないか。突然、どうしたんだい? 竜になんか乗って、ビックリしたよ。その竜は、お祖父様の竜騎士から借りたのかい?」
ハックの言葉で誤解していると思ったが、訂正するのは控えておく。
「ハックさん、驚かせてすみません。父と母の命日が近いので、お墓参りに来たのです」
「もう、一年がたつのか。ユーリはすっかり大きくなったね。それで、墓参りはもう済ませたのかね? 済ませたのなら、お昼を食べていくがいいさ」
二人の会話を聞いていたイリスは、ユーリが両親の墓参りにヒースヒルに来たのだと初めて知った。
『私も、ウィリアムとロザリモンドのお墓に参りたい』
しまった! とユーリは慌てたが、後の祭りで、こうなったらイリスは絶対に此処で待っててはくれないだろうと諦める。ユーリはイリスと共に両親のお墓参りをする事にする。
二人のお墓はユーリが供えた小さな白いバラに囲まれていた。一年ぶりに来たユーリは、雑草とかはえているのではと心配していたが、綺麗に保たれているのに安心した。
「パパ、ママ」
墓前に元気に暮らしているから安心してと報告したが、やはり二人に会いたいとユーリは泣き崩れてしまう。
『ウィリアム、ロザリモンド、ユーリは私が守るから、安心してくれ』
イリスにとっても因縁の深い二人のお墓に神妙に頭を下げ、泣き続けているユーリをどう慰めようかと悩んでいた時、上空からアラミスが舞い降りた。
突然の冷たい風と竜の羽ばたき音に、泣いていたユーリも気づき、一瞬、お祖父様が迎えに来たのかと勘違いした。
ラモスではなく、アラミスだと知って驚く。
「皇太孫殿下、何しにここへ?」
アラミスから降りたグレゴリウスはユーリが両親の墓前で泣いていたのに気づく。
『ユーリ、君も両親を亡くしたと言ってたけと……まだ悲しいんだね……』
ロザリモンド姫とウィリアムの墓は、質素な物ではあったが、小さな白いバラに囲まれた様子は美しい。
「ユーリ、私もロザリモンド姫とウィリアム卿のお墓にお参りさせて貰って良いかい」
ユーリは皇太孫殿下が何故ここに来たのかはわからなかったが、両親の墓参りを拒みはしない。
「ええ、どうぞ……」
刻まれた墓石の日付を見て、ウィリアムス卿がローラン王国との戦争で亡くなったのだと察した。グレゴリウスは、小さな墓の前に礼儀正しく跪いて二人の冥福を祈った。
ユーリは何時もの意地悪ばかりしているグレゴリウスでは無い真摯な態度に驚く。
「皇太孫殿下、両親の墓にお参り下さりありがとうございます。どなたかに言われて、来られたのですか?」
まさか、グレゴリウスが自分の後をつけてきたとは考えもせず、誰かが命日が近いので墓参りを命じたのかな? と、変だとは思いつつも勘違いしてユーリは尋ねる。
「いや、誰にも言われてないよ。ユーリがリューデンハイムを抜け出すのに気がついて、追いかけて来たんだ」
ユーリはグレゴリウスの無謀な行動に、自分の事はさておき驚く。
「皇太孫殿下! では、誰にも言わずに私の後をつけて此処に来られたのですか? なんて事なさるんです! すぐにお帰り下さい。皆、心配していますよ」
ユーリはヒースヒル行きがバレないように画策したのが、グレゴリウスに台無しにされたのに腹をたてた。
「すぐに帰れと言われても、お腹もすいてるし無理だよ」
ユーリに怒られて、しょげ返ったグレゴリウスは、格好よくこの場を立ち去れたら良いのにと思う。しかし、アラミスとこんなに遠出したことなかったのと、空腹でふらふらだった。
『ユーリ、グレゴリウスは疲れている。ユングフラウに帰るのは無理だよ』
アラミスの言葉にユーリはがっくりきた。自分だけなら気がつかれないだろうが、皇太孫殿下の不在はすぐに気づかれてしまうだろう。
「もう、台無しだわ!」
長距離飛行に慣れていないから自分でも一泊の計画だったので、グレゴリウスを危険にさらす訳にはいかないとユーリは諦めた。
「もう! 仕方無いわね~。お腹が空いているなら、食事にしましょう。でも、パンとチーズしか無いわよ」
墓前でユーリが持って来たパンとチーズを分け合って食べながら、何でバレたのかと聞く。
「君が、お祖母様に土日は挨拶に来れないと許可を貰ったり、夕食のパンを隠したりしてるから、何か企んでるなと思ったんだ」
昨夜のパンは少し固くなっていたが、朝ご飯抜きの二人は空腹だったので、あっという間に平らげた。ユーリは今頃はユングフラウで皇太孫の不在がバレて、大騒動になってるだろうとうんざりした。
「殿下、お腹もいっぱいになった事だし、帰れませんか? 私も、一緒に帰りますから」
ユーリはこうなったら一刻でも早くグレゴリウスをユングフラウにお帰ししなくてはと、自分の一泊プランも変更する。
『ユーリ、今からユングフラウに帰るのは無理だよ、夜になってしまう。慣れていない君達が夜に飛ぶのは危険だよ』
イリスやアラミスは慣れていない自分達の竜騎士の安全を考えて、飛ぶのを拒否した。
『そんなぁ』
騎竜達が飛ばないと、ユングフラウまで馬車で帰っても数日かかる。
『イリス、お祖父様に殺されちゃうわ~』
ユーリは何時もは自分の言うことを聞いてくれるイリスに泣きついた。
『ユーリ、何と言われても無駄だよ。マキシウスは君を殺したりしない。万が一、殺そうとしたら、私が全力で護るよ』
ユーリは竜には大袈裟な表現が理解できないのだと呆れて反論しかけた。
『ユーリ、グレゴリウスは寝ちゃったよ~。凄く疲れていたんだね』
イリスと言い争っている間に、肝心のグレゴリウスがすやすやと眠ってしまった。
『ええっ~! イリス、何故教えてくれなかったの?』
慌てて食事をした木陰ですやすやと眠るグレゴリウスの側にユーリは座る。金褐色の瞳を閉じたグレゴリウスの顔は幼く見えて、ユーリは起こすのを躊躇う。
「もう少ししたら、起こしましょう。そして、皇太孫殿下にアラミスを説得させたら良いわ……私はお祖父様に怒られる程度の問題だけど、皇太孫殿下は大問題だもの……」
そう呟いたユーリも、早朝から起きていたし、初めての長距離飛行で疲れてきっていた。ほんの少し身体を休めようと、呑気に寝ているグレゴリウスの横に寝転んだ。
普段は竜舎で昼寝の時間帯だが、イリスとアラミスは自分達の絆の竜騎士を護って辺りを警戒していた。
2
お気に入りに追加
1,976
あなたにおすすめの小説
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!
hennmiasako
ファンタジー
異世界の田舎の孤児院でごく普通の平民の孤児の女の子として生きていたルリエラは、5歳のときに木から落ちて頭を打ち前世の記憶を見てしまった。
ルリエラの前世の彼女は日本人で、病弱でベッドから降りて自由に動き回る事すら出来ず、ただ窓の向こうの空ばかりの見ていた。そんな彼女の願いは「自由に空を飛びたい」だった。でも、魔法も超能力も無い世界ではそんな願いは叶わず、彼女は事故で転落死した。
魔法も超能力も無い世界だけど、それに似た「理術」という不思議な能力が存在する世界。専門知識が必要だけど、前世の彼女の記憶を使って、独学で「理術」を使い、空を自由に飛ぶ夢を叶えようと人知れず努力することにしたルリエラ。
ただの個人的な趣味として空を自由に飛びたいだけなのに、なぜかいろいろと問題が発生して、なかなか自由に空を飛べない主人公が空を自由に飛ぶためにいろいろがんばるお話です。
元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!!
僕は異世界転生してしまう
大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった
仕事とゲームで過労になってしまったようだ
とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた
転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった
住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる
◇
HOTランキング一位獲得!
皆さま本当にありがとうございます!
無事に書籍化となり絶賛発売中です
よかったら手に取っていただけると嬉しいです
これからも日々勉強していきたいと思います
◇
僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました
毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます
その幼女、最強にして最恐なり~転生したら幼女な俺は異世界で生きてく~
たま(恥晒)
ファンタジー
※作者都合により打ち切りとさせて頂きました。新作12/1より!!
猫刄 紅羽
年齢:18
性別:男
身長:146cm
容姿:幼女
声変わり:まだ
利き手:左
死因:神のミス
神のミス(うっかり)で死んだ紅羽は、チートを携えてファンタジー世界に転生する事に。
しかしながら、またもや今度は違う神のミス(ミス?)で転生後は正真正銘の幼女(超絶可愛い ※見た目はほぼ変わってない)になる。
更に転生した世界は1度国々が発展し過ぎて滅んだ世界で!?
そんな世界で紅羽はどう過ごして行くのか...
的な感じです。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる