スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香

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第二章 子ども時代の終り

1  緩やかな変化

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 マシューが心配していたローラン王国の内乱も大事に至らず、イルバニア王国には援軍要請もなかった。ただ、第二王子が捕らえられたとか、何人かの貴族が亡命したとかの噂が聞こえてきたが、田舎の暮らしに関係ない話なので直ぐに消えていった。

 ユーリはすくすくと育ち、6才になった。赤ん坊の時には出来なかった、ローラの家事や菜園の仕事を手伝えるようになった。ウィリー達はしっかりとお手伝いをするユーリに目を細めながらも、年のちかい友達が近所にいないのを心配していた。

 家の手伝いが無い時は、シルバーと森にイチゴやキノコを採りに行ったり、珍しい花をローラの為に根っこから採集したりと、ユーリ自身はスローライフを満喫している。

 今朝も、朝ご飯の後片付けの手伝いをすましたユーリは、雪が溶けて黒い大地が見えてきた庭を見て、菜園やハーブ園の手入れをママがそろそろ始める時期だし手伝うから、遠出は出来ないとシルバーに告げた。

『土いじりか』

 ウィリーも畑を耕そうと馬に鍬をつけているし、ローラとユーリも菜園で土いじり、それなら自分に出番は無いなと、ポーチに横になりかけたシルバーが耳をピクンとそばだてた。

『アマリアが誰か連れて来るぞ』

 まだ雪があちこちに残ってぬかるんでいる中を、馬車でわざわざやって来たのは何故だろうと家族で見ていると、御者席にアマリアと見知らぬ若い男が座っていた。荷台には、赤ん坊を抱いた若い女の人と四人の子どもが興味深そうに顔をのぞかせていた。

「今日は、引っ越しの挨拶に来たのさ。冬にマシューが倒れてから、お医者さんに重労働を止められてね」

 ローラとウィリーは、大丈夫ですか? と尋ねる。

「ああ、もう大丈夫だよ。軽い農作業はできるけど、畑を耕すのは無理なんで、どうしたもんだろうかと思案してたんだ。そしたら、長男夫婦のジョンとベティが同居してくれる事になってね。で、近所に挨拶してまわってるのさ。他の家の人達は、ジョンを知ってるけど、ここはジョンが独立してから引っ越してきたからね」

 ジョンはマシューにそっくりで、口が重そうな実直なタイプで、どうもとウィリーと握手した。さぁさぁと、招き入れられた居間で 、ベティはにかみながら四人の子ども達を紹介した。

「上の娘のハンナ、下の娘のキャシー、ふたごのビリーとマック、で去年生まれたハリー」

 ハンナは ユーリより2才上の8才、キャシーが1年上 、やんちゃそうなふたごが同じ年だと、大人達がお茶を飲みながら世間話してる間に、ポーチでミルクとクッキーをかじりながら子ども達同士で紹介した。

「私は、去年から学校に行ってるの。キャシーとビリーとマックもこの春から行くのよ。あんたも、この春から行くの?」

 町にも何回か行き、学校に通う子ども達を見ていたが、できれば自宅学習になれば良いなとユーリは思っていた。町まで道を歩いていくと1時間以上かかるし、ギャーギャー騒いでる悪ガキや、遊んでる女の子の集団を見ると、正直いって面倒くさいと思ってたのだ。

「町まで1時間もかかるから、自宅学習かも……」

 毎日2時間のウォーキングなんて乗り気じゃないユーリのしぶる様子を、初めて学校に行くのを怖がっていると勘違いして、お姉ちゃん風をふかし始めた。ハンナは一緒に連れて行ってあげるから大丈夫だよ! と勝手に学校に行くと決めてかかる。

「ユーリが一緒に学校に行くなら嬉しいな……一年生が、ビリーとマックだけだとイヤだもん。他にもいるかもしれないけど、女の子かどうかわからないし、男の子と勉強するの嫌だわ。ユーリ、一緒に行こうよ!」

 アマリアに似たお節介焼きのハンナ、ちょっと甘えん坊のキャシー、少しもじっとせず小突きあっているビリーとマック、このメンバーで毎日学校に通うのは少し遠慮したい。

 それとは反対にウィリーとローラは、一緒に登校する友達がいるなら心強いと春からの入学を決めてしまった。二人は、ユーリにシルバーしか遊び相手がいないのを心配していたのだ。お手伝いもよくしてくれるし、聞き分けも良いユーリには、もう少し羽目を外して友達と遊ぶ事が必要だと考えていた。

 心配性の両親だったので、学校までユーリが一人で歩いて行くには小さすぎると、来年からにしようと考えていたが、ハンナ達と一緒なら安心だと喜んだ。

『学校なんて行きたくない!』

 ローラはいそいそと学校行きの服を縫っているし、ウィリーも町で石板とチョーク、宿題用のノート、ペン、ランチボックス、入学に必要な物を買い揃えてくれた。 

 畑の面積は少しづつ増え、収入も新婚時代よりは増えてきているが、地元の農家に比べると裕福とはいえない自分の家の経済状況を把握してるだけに、両親が学校へ行く娘に精一杯の用意をしてくれているのに「行きたくない!」と駄々をこねられない。

 ユーリはまだ夜は肌寒いので小さな火をおこしてある暖炉の前で、シルバーに寄りかかって座ると、学校なんて行きたくないと愚痴る。

『行きたくなければ、行かなきゃ良い!』

 シルバーのもふもふの毛皮に顔をうずめて、行きたくなくても行かなきゃ駄目なのと呟いた。勿論、ウィリーとローラは、ユーリが学校に行きたがって無いのを気づいていた。しかし、他の子どもと遊んだり、ケンカしながら育った方があの子の為だと、心を鬼にしてユーリを社会に押し出した。


 日陰に残っていた雪も溶け、道も乾いた頃、ユーリは学校に初めて行った。

「明日から、学校へ行かそうと思ってるんだ。ユーリを誘いに朝こさすよ」

 前の日の夕方、ジョンが言いにきた通り、何時もより早い朝ご飯を食べ終わると、「ユーリ! 学校へ行こう」とハンナ達が誘いにきた。

「ちょっと待っててね」

 ローラはユーリの二つに分けた三つ編みに、服とおそろいの青いリボンをくくり、日除けの帽子の紐を結ぶと、大きくなったわねと、ぎゅっと抱きしめた。

「さぁ、みんな待ってるぞ」

 ウィリーの言葉で、ランチボックスとチョークが入ったバスケットと石板を持たせ、ユーリを見送った。両親がポーチで見送っているのを振り返って手を振って、ユーリは町までの遠い道のりについた。

 ハンナはお姉ちゃんぶって先頭に立ち、ふたごは何処に行くか油断ならないからと、ユーリとキャシーはしんがりで見張るようにと命じられた。

「先生、優しいと良いね。ハンナが悪い事するとムチでぶたれるっていうんだけど、本当かな?」

「悪い事しなきゃ、大丈夫よ」

 前で小突きあいながら歩いてるビリーとマックは知らないけど、大人しそうなキャシーがムチで打たれるような事など無いだろうと安心させた。

『ムチかぁ』と前世の体罰禁止のルールは通用しないみたいだと、少し不安になる。

 町まで道を歩けば一時間以上かかるが、畑の畦道やら、野原を突っ切ったりと、近道して40分もかからずに学校に着いた。

 校庭には、何人かの子ども達が男の子と女の子に固まって新入生を眺めていた。じろじろと、あからさまに観察されている様子に、ハンナもちょっと緊張して立ちどまる。

「また、田舎の子ども達がきたわ!」

 最近、ヒースヒルは荷馬車の通り道になったので何軒もの家が建ち、一軒しかなかった万屋にもライバル店が出来た。そして、町育ちと称する子ども達が学校で幅をきかしていたのだ。農家の子ども達は、農繁期や、雪が積もった冬は学校に来ないので、勉強面で遅れをとる事が多かったのが、原因の一部かもしれない。 

「ハンナ、あっちに先生がいらっしゃるわ。挨拶しに行かなきゃ」

 悪口に顔を赤くしているハンナの腕を引っ張って、校舎の入り口に立っている若い女の先生の方に歩き出した。 

「新入生ね、名前を聞かせて」

 優しそうな口調にほっとして、ハンナはお姉ちゃんの義務とばかりに皆の名前を報告する。

「私はハンナ・ウォルター、去年から学校に通ってます。妹のキャシー・ウォルターと弟のビリー・ウォルターとマック・ウォルター。この子は近所のユーリ・キャシディ。みんな学校は初めてです」

 先生は名簿にチェックを入れながら頷いた。はきはきと答えるハンナに、全員下の組だから教室に連れて行ってねと任せると、校庭の入り口に突っ立っている新入生の団体を迎えに行った。

「一緒の組なんだ」

 田舎の学校では複式教室は当たり前だけど、分け方は男女別、年齢別、勉強の進み方別と色々だった。ヒースヒル校は進み方別だ。

 ハンナは妹や弟と一緒なのがちょっと不服だし、キャシーとユーリはがさつな男の子と一緒だとがっかりした。ふたご達も口うるさいハンナと同じ組だと、家で学校での事を親に言いつけられると思ってうんざりした。

 校舎の中には三つの教室と、教室二つ分位の講堂と、小さな職員室があった。教室の入口から、小さな子ども達がチラホラと座っているのを見て、ここが下の組だと、ハンナはチビ達を連れて入る。

 教室には、二人座りの机と椅子が横三列で後ろまで並んでいて、ハンナは真ん中の一番前にビリーとマックを座らせた。先生の教壇の真ん前だと気づいた二人は、ブーブー言ったが、ハンナは全く聞く耳を持たなかった。

 キャシーとユーリは、ハンナに真ん前に座らせるのはごめんだと、さっさと窓側の一列目に女の子が二人座っている後ろにそそくさと座った。

 下の子ども達を席につかしたハンナが、自分はどこに座ろうかと教室を見渡すと、ユーリ達の二つ後ろに一人で座っていた女の子が、はにかみながら手招きしてるのを見てその横に座る事にした。

 カランカランと鐘が校舎の入口でしたと思うと、ダダダダダと町育ちの子ども達が駆け込んできて、バタバタと座りだした。

 幸いにも教室には余分な席がいっぱいあったので、席を巡っての争いは起こらなかった。

「はじめまして、私がこの組を受け持つサリー・ベルモントです。皆さん、一緒に勉強しましょうね」

 校舎の前であった優しそうな女の先生だったので、キャシーとユーリは顔を見合わして喜んだ。先生は一人ずつの名前を読みながら、一年生、二年生、三年生と席を少し動かして、授業し易いように集めていった。

 キャシーとユーリの前の席の女の子は、ローズ・ハントとマリー・ハントという似てないふたごだとわかった。

 先生は全員に国語と算数の本を配ると、二年生と三年生には読んでなさいと言いつけて、一年生に名前は書けるのかと質問した。

 大概の親は、学校に行く前に名前ぐらいは書けるようにしている。皆がおずおずと手を上げるのに満足そうに頷いて、石板に名を書いてみなさいと言うと、一人づつチェックをしていく。

 ユーリは前世の記憶があるが、この世界の言葉は見知らぬものだった。両親に名前の書き方を習って、知ってるアルファベットに少し似ているけど、表音文字みたいなので、英語より綴りは簡単かもしれないと安堵した。

 センターのふたごは書き間違いを先生に直されて、書き直しを命じられてるにもかかわらず、馬鹿、馬鹿とお互いにののしりあって早速先生にきつく叱られる。

 キャシーもユーリも、間違いがなかったので、国語の教科書を読んでおきなさいと言われ、ほっと一息ついた。

 先生はハンナ達の二年生に向けての授業を始め、男の子に教科書を読ましている。自分の知ってる学校と違ってのんびりした授業風景に、ぼぉっと教科書を眺めていたユーリは少し眠たくなり、知らない間にうとうとする。

 わき腹をキャシーにつつかれて、ハッと目覚めると、横にサリー先生が立っていて、通り過ぎぎわにコツンと机を叩かれた。ユーリは初日から居眠りした恥ずかしさに真っ赤になった。


 二時間目は算数で、先生が1から10まで数字を黒板に書き、一年生は石板に何回も書くように言い渡された。二年生は二桁の足し算と引き算の復習、三年生は掛け算の復習、居眠り防止に上の学年の授業を聞きながら、石板に数字を書き続けていたユーリは、ちょっと綴りを頑張れば三年生ぐらいは楽勝だと思った。

 さっさと学校を卒業すれば通わなくて良いかもと思ったが、多分両親は自分に子どもの友達を作って欲しいのだろうと考え直して、一足飛びに三年生になる計画を断念した。


 ガランガランと昼休みの鐘が鳴ると、蜘蛛の子を散らすように子ども達は教室から出て行った。町の子ども達は家にご飯を食べに行く子や、お弁当持参の子に別れたが、農家の子達はそれぞれ友達や家族と木陰や芝生へと集まった。

 ユーリ達はハンナの隣の席のマーガレットに連れられて、数人の下の組の女の子とお弁当を食べた。ビリーとマックは、途中で食べないようにと、ハンナにお弁当をまとめて渡されていたので、女の子と一緒なんて嫌だ! と文句を言い続けていた。しかし、他の女の子にパイやクッキーのお裾分けを貰うと、食べるだけなら此処の方が分け前が多いと、ささっさと詰め込み、食べ終わると校庭で遊んでる男の子に合流した。

 ユーリもママが持たしてくれたベリーパイを小さなナイフで切り分けて勧めながら、他の女の子の話を聞いていた。ここに居るのは農家の子ばかりなので、家がどのへんにあるのかとか、兄弟は何人居るかとか、家の近くの美味しいベリーが採れる茂みとか、たわいもない共通の話題に耳を傾けていた。

「また、春になって田舎の子が増えて嫌になるわね!」

 ユーリ達が座ってる側を、まるで嫌な臭いがするように鼻にハンカチを当てながら、聞こえるように悪口を言いながら数人の女の子が通り過ぎて行く。

 嫌な子達! マーガレットは、ハンカチを振って気取って歩いてる女の子が新しく出来た穀物倉庫の支配人の娘のハリエット・ジョーンズと、その取り巻き達だと教えてくれた。

「ハリエットは7才なのに三年生だから、自分は賢いと威張ってるのよ! 冬も学校に来てるから、進むのが早いだけなのに。あんなに飾り立てて気取屋なんだから」

 確かに、ハリエットの着ている服は、ユーリ達とは違いレースやリボンが付いた高価そうなドレスで、スカートもペチコートでふわりと膨らましてある。農家の女の子達は、自分の着ている服が、家では新しく学校に通う用に作って貰って嬉しく思ったけど、ハリエット達、町の子ども達の着ている服に比べて質素なのにがっかりしていた。

 ユーリはママが新しく作ってくれた青色に小さな白い小花柄のシンプルなワンピースに満足していた。ハリエット達のぶりぶり服なんか着てたら庭仕事や、森に苺を採りに行くのに邪魔なだけだし、第一ふりふり服は趣味じゃないと思った。

 まぁ、人は人だし、あちらも田舎の子と馬鹿にして付き合う気無いみたいだから関係無いだろうと考えていたが、間違いだったと後に気づく。 



 午後からの授業は、社会科だ。先生は黒板の上の杭に大きな地図をかけた。

 初めて見る地図を、真剣に眺めていたユーリは、先生がヒースヒルがどこにあるかわかる人との質問に、三年生の何人かが手を上げているのも気づかなかった。

「ここがヒースヒルです」

 ハリエットが先生の差し棒を受け取って、気取って示した地点を、へ~! そこなんだと感心する。

 なんだか象の顔みたいな国の右耳の上あたりだとも思い、象の鼻みたいな半島の付け根の上の赤色の大きな丸が、多分首都だろうと考える。

……あそこが首都だとしたら、ヒースヒルはど田舎ね……

「ここが我が国の首都です、名前のわかる人は?」

 やはり赤色の大きな丸が首都なんだと納得していたユーリは、組のほとんど全員が手をあげてるのにびっくりした。

「ユングフラウです!」

 先生の全員で! との号令で、一斉に答えられた首都の名前に、ユーリはあえて家で避けられていた話題なのだと気づく。

 その後のアルフォンスという王様の名前を言えなかったのもユーリ一人で、自分の国の王様の名前も知らなかったの? とキャシーに不思議がられた。そして、とどめに国の名前がイルバニア王国だと、初めて聞くと気づいた。

 ウィリーとローラが、徹底的に避けていた国と王様と首都の話のせいで、普通の子どもが知っているべき事が、スコンとユーリには抜けていた。

 ずっと感じていた、両親と周りの人達との違い、違和感を改めて考えなくてはと決意した。
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