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17 アシュレイは何者だ?
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結局、その日はヨークドシャーに着かなかった。崖崩れで馬車が止まったのと、サリンジャー伯爵の救助で時間を取ったからだ。それに具合の悪いサリンジャー伯爵を無理させてはいけないとベケットが言うので、マクドガル卿は兵士の1人を先に走らせて、ヨークドシャーの手前にある小さなダンベルトの町の宿を押さえさせた。
「未だ夕方には早いが、此処に泊まるぞ」
アシュレイは御者に貰った固いパンだけではお腹がグーグー鳴っているので喜んだ。だが、サリンジャー伯爵やサミュエルを部屋に連れて行く手伝いなど忙しい。
「鞄を私のベッドの中に入れてくれ」
無理をしたサミュエルも具合が悪そうだ。アシュレイは少し魔法で薄らとした影を飛ばしておく。お腹が空いているから、しっかりと治療の魔法を掛けるのは無理だ。
「何か食べた方が良いよ。サリンジャー伯爵の世話はきっとベケット師匠がするから」
そう言い置いて、アシュレイは念願の食堂へ走る。
「こらアシュレイ、走ってはいけない」
ベケット師匠に叱られたが、今は食事が優先だ。やっと食事にありつける。
「未だ夕食は作っている最中なんだ」
宿屋の女将さんが申し訳なさそうに言う。アシュレイは「皆、お昼抜きなんだよ。簡単な物で良いから食べさせて!」と頼む。
「ええっ、お昼は食べなかったのかい?」
「うん、昨日の嵐で崖が崩れたんだ。だから通り抜けるのに時間が掛かったんだよ」
女将さんは貴族様が泊まるので、手の込んだ料理を作り始めていたが、急遽、予定を変更する。
「お腹空いたよう」と情けない声を出す子供にパンと昼間の残りを出してやる。
「おい、俺も食べたい!」御者や兵士達も腹ペコだ。
「あり合わせの物しか無いよ。もう少し待てばシチューができるのに」
腹の減った兵士なんか物騒だと、女将さんはパンと昼間の残りを出してやる。
アシュレイがやっと空腹を半分ほど満たした時、ベケット師匠に用事を頼まれた。
「この薬湯をサリンジャー伯爵に飲ませてくれ」
苦い匂いにアシュレイは顔を背けたくなるが、これは内臓の疲れに良いのだ。
「サリンジャー伯爵は内蔵も傷ついていたのですか?」
「あれだけの高さから落ちたのだ。身体の表面の傷だけでは済まされない。それに元々内臓が弱っているようだ」
アシュレイは薬湯をサリンジャー伯爵の部屋に運び、匙で少しずつ飲ませる。
「うっ、苦い!」
この薬湯は苦いのだ。アシュレイも自分も飲みたく無いと眉を顰める。
「苦いけど、内臓の傷によく効きますから飲んで下さい」
サリンジャー伯爵は、この時初めてアシュレイの顔をちゃんと見た。それまでは気絶したり、朦朧とした状態だった。田舎の農民の子供にしか見えない。だが、崖から落ちた馬車から自分達を引っ張り出し、もう死ぬと諦めていた傷も治してくれたのも、多分、目の前の子供なのだ。
「もしかして、お前は魔法使いなのか?」
サリンジャー伯爵はほとんど気を失っていたが、空を飛んだ感覚は少し覚えていた。
「ううん、俺はベケット師匠の弟子なんだ。未だ見習いなんだよ。ほら、もうちょっと飲んで」
言葉遣いもなっていないが、生命の恩人の言葉にサリンジャー伯爵は従うことにする。それにしても、このアシュレイは何者なのだろう? と疑問を抱きながら、薬湯の苦さに顔を顰めた。
やっと女将さんが貴族様に食べさせても大丈夫で、なおかつ簡単な夕食を作った。相変わらず領主の奥方は部屋で食べるみたいでアンナが運んで行く。
でも、今夜はマクドガル卿は下の食堂で食べた。そして、兵士達に早く食べるように命じる。
「食べ終わったら、この手紙をヨーク伯爵に届けるのだ」
アシュレイは自分も食べるのが早いと思っていたけど、兵士はもっと早いと驚く。
普通は護衛の兵士を1人は残すのだが、此方にはマクドガル卿とハーマンと魔法使いがいるのだ。それに緊急事態だとマクドガル卿も感じていた。万が一を考えて兵士を2人馬で急がせる。
アシュレイは2度目の夕食を食べて、お腹がいっぱいになり満足していた。未だ夜になった所なのに眠たくて仕方ない。部屋に行ってベッドで眠りたいけど、ベケット師匠に捕まってハーマンの部屋に連れて行かれる。
「アシュレイ、お前は何者なのだ?」
厳しい顔をしたマクドガル卿がハーマンと一緒に待っていた。
「ええっと、マディソン村のマシューとアマンダの孫のアシュレイです」
アシュレイは正確に言おうと祖父母の名前を出したが、それを聞いているわけでは無いとベケット師匠は頭が痛くなる。
「ベケット、マディソン村のマシューとアマンダとやらは魔法使いなのか?」
「いえ、そんな事は知りませんが、確かアシュレイはフローラ村のイルマという治療師の弟子を半年ぐらいしていたようです」
潜りの治療師の弟子が空を飛ぶなんて有り得ない。ベケットは竜の話は今はこの場でしたくないと感じた。これは自分の師匠に任せるべき話だ。
「アシュレイ、お前の身内で魔法使いとかは居ないのか?」
ううんと首を捻っていたアシュレイは、ハッと思い出す。
「俺のお母ちゃんのお兄さんはナンツで治療師をしていたんだ。何年か前の疫病で死んじゃったけど……」
マクドガル卿は西部の大港街ナンツの疫病を覚えていた。
「そうか、それは残念だったな。そうかアシュレイには魔法使いの血が流れているのだな」
ハーマンはアシュレイがベケットと空を飛んで行ったのを実際に目にしていたので、それだけでは済まされないと思う。
「サイモン卿、アシュレイをサリヴァンに送った方が良い」と忠告する。
「嫌だ! 俺はサリヴァンなんかに行かないよ。ねぇ、ベケット師匠、お祖母ちゃんやお祖父ちゃんを置いて行かなくて良いよね」
ベケットも本音はサリヴァンの師匠の元に行くべきだと思っているが、もう少し行儀作法も身につけて行った方が良いと気持ちを誤魔化す。優れた弟子に困惑させられているが、手放したくない気持ちもある。
「いずれはサリヴァンに行かなくてはいけない。だが、もう少し修行してからで良いだろう」
「やったぁ!」と喜ぶアシュレイを複雑な目で眺める大人達だ。
「未だ夕方には早いが、此処に泊まるぞ」
アシュレイは御者に貰った固いパンだけではお腹がグーグー鳴っているので喜んだ。だが、サリンジャー伯爵やサミュエルを部屋に連れて行く手伝いなど忙しい。
「鞄を私のベッドの中に入れてくれ」
無理をしたサミュエルも具合が悪そうだ。アシュレイは少し魔法で薄らとした影を飛ばしておく。お腹が空いているから、しっかりと治療の魔法を掛けるのは無理だ。
「何か食べた方が良いよ。サリンジャー伯爵の世話はきっとベケット師匠がするから」
そう言い置いて、アシュレイは念願の食堂へ走る。
「こらアシュレイ、走ってはいけない」
ベケット師匠に叱られたが、今は食事が優先だ。やっと食事にありつける。
「未だ夕食は作っている最中なんだ」
宿屋の女将さんが申し訳なさそうに言う。アシュレイは「皆、お昼抜きなんだよ。簡単な物で良いから食べさせて!」と頼む。
「ええっ、お昼は食べなかったのかい?」
「うん、昨日の嵐で崖が崩れたんだ。だから通り抜けるのに時間が掛かったんだよ」
女将さんは貴族様が泊まるので、手の込んだ料理を作り始めていたが、急遽、予定を変更する。
「お腹空いたよう」と情けない声を出す子供にパンと昼間の残りを出してやる。
「おい、俺も食べたい!」御者や兵士達も腹ペコだ。
「あり合わせの物しか無いよ。もう少し待てばシチューができるのに」
腹の減った兵士なんか物騒だと、女将さんはパンと昼間の残りを出してやる。
アシュレイがやっと空腹を半分ほど満たした時、ベケット師匠に用事を頼まれた。
「この薬湯をサリンジャー伯爵に飲ませてくれ」
苦い匂いにアシュレイは顔を背けたくなるが、これは内臓の疲れに良いのだ。
「サリンジャー伯爵は内蔵も傷ついていたのですか?」
「あれだけの高さから落ちたのだ。身体の表面の傷だけでは済まされない。それに元々内臓が弱っているようだ」
アシュレイは薬湯をサリンジャー伯爵の部屋に運び、匙で少しずつ飲ませる。
「うっ、苦い!」
この薬湯は苦いのだ。アシュレイも自分も飲みたく無いと眉を顰める。
「苦いけど、内臓の傷によく効きますから飲んで下さい」
サリンジャー伯爵は、この時初めてアシュレイの顔をちゃんと見た。それまでは気絶したり、朦朧とした状態だった。田舎の農民の子供にしか見えない。だが、崖から落ちた馬車から自分達を引っ張り出し、もう死ぬと諦めていた傷も治してくれたのも、多分、目の前の子供なのだ。
「もしかして、お前は魔法使いなのか?」
サリンジャー伯爵はほとんど気を失っていたが、空を飛んだ感覚は少し覚えていた。
「ううん、俺はベケット師匠の弟子なんだ。未だ見習いなんだよ。ほら、もうちょっと飲んで」
言葉遣いもなっていないが、生命の恩人の言葉にサリンジャー伯爵は従うことにする。それにしても、このアシュレイは何者なのだろう? と疑問を抱きながら、薬湯の苦さに顔を顰めた。
やっと女将さんが貴族様に食べさせても大丈夫で、なおかつ簡単な夕食を作った。相変わらず領主の奥方は部屋で食べるみたいでアンナが運んで行く。
でも、今夜はマクドガル卿は下の食堂で食べた。そして、兵士達に早く食べるように命じる。
「食べ終わったら、この手紙をヨーク伯爵に届けるのだ」
アシュレイは自分も食べるのが早いと思っていたけど、兵士はもっと早いと驚く。
普通は護衛の兵士を1人は残すのだが、此方にはマクドガル卿とハーマンと魔法使いがいるのだ。それに緊急事態だとマクドガル卿も感じていた。万が一を考えて兵士を2人馬で急がせる。
アシュレイは2度目の夕食を食べて、お腹がいっぱいになり満足していた。未だ夜になった所なのに眠たくて仕方ない。部屋に行ってベッドで眠りたいけど、ベケット師匠に捕まってハーマンの部屋に連れて行かれる。
「アシュレイ、お前は何者なのだ?」
厳しい顔をしたマクドガル卿がハーマンと一緒に待っていた。
「ええっと、マディソン村のマシューとアマンダの孫のアシュレイです」
アシュレイは正確に言おうと祖父母の名前を出したが、それを聞いているわけでは無いとベケット師匠は頭が痛くなる。
「ベケット、マディソン村のマシューとアマンダとやらは魔法使いなのか?」
「いえ、そんな事は知りませんが、確かアシュレイはフローラ村のイルマという治療師の弟子を半年ぐらいしていたようです」
潜りの治療師の弟子が空を飛ぶなんて有り得ない。ベケットは竜の話は今はこの場でしたくないと感じた。これは自分の師匠に任せるべき話だ。
「アシュレイ、お前の身内で魔法使いとかは居ないのか?」
ううんと首を捻っていたアシュレイは、ハッと思い出す。
「俺のお母ちゃんのお兄さんはナンツで治療師をしていたんだ。何年か前の疫病で死んじゃったけど……」
マクドガル卿は西部の大港街ナンツの疫病を覚えていた。
「そうか、それは残念だったな。そうかアシュレイには魔法使いの血が流れているのだな」
ハーマンはアシュレイがベケットと空を飛んで行ったのを実際に目にしていたので、それだけでは済まされないと思う。
「サイモン卿、アシュレイをサリヴァンに送った方が良い」と忠告する。
「嫌だ! 俺はサリヴァンなんかに行かないよ。ねぇ、ベケット師匠、お祖母ちゃんやお祖父ちゃんを置いて行かなくて良いよね」
ベケットも本音はサリヴァンの師匠の元に行くべきだと思っているが、もう少し行儀作法も身につけて行った方が良いと気持ちを誤魔化す。優れた弟子に困惑させられているが、手放したくない気持ちもある。
「いずれはサリヴァンに行かなくてはいけない。だが、もう少し修行してからで良いだろう」
「やったぁ!」と喜ぶアシュレイを複雑な目で眺める大人達だ。
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