魔法学校の落ちこぼれ

梨香

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5巻

5-2

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「あっ、ウィニーとフィンさんだわ……」

 フローレンスは女子寮の窓からウィニーの姿を見ていたが、他の女の子達が階段を上がってくる音を聞いて、机に戻って宿題をしている振りをする。
 上ってきたのはアイーシャ達だ。アイーシャはフローレンスの姿を認めると、話しかけてきた。

「フローレンス? フィンと喧嘩でもしたの? フィンは時々無礼な口をきくけど、悪い子ではないわよ」

 アイーシャの言葉に、フローレンスは首を横に振る。
 ルーシーやフィオナだったらその仕草だけで、話したくないのだと察して部屋から出ていくが、問題児のツートップ――ダブルAの片割れであるアイーシャには通用しない。
 気になったことは最後まで追及ついきゅうするのが彼女のスタンスだ。

「まさか、フィンに口説くどかれて困っているとか?」

 フローレンスは、金髪に青い瞳の美少女だ。ありえない話ではない。
 もしフィンが言い寄ってきて困っているのなら、つきまとわないように注意してあげる、とアイーシャは言い出した。

「違うわ! そんなんじゃないのよ。一族のために、フィンさんを口説けと言われたの。でも、そんなこと恥ずかしくてできないから、困っているの」

 アイーシャは、なるほど! と手を叩いた。

「フィンは、ああ見えても上級魔法使いの弟子だものね。将来はシラス王国の守護魔法使いとして確固たる地位が約束されているんですもの。そりゃ、そんなことを言い出す年寄りもいるでしょうね」

 アイーシャは、あのままバルト王国にいたら、自分も父の都合の良い相手と婚約させられていただろうと苦笑する。

「私も勝手に結婚相手を決められるのが嫌で、シラス王国に留学したの。結局はアンドリューとくっつけられそうなんだけどね。でも、外からバルト王国を見ると、今の情勢は凄く危ないのよね。だから、シラス王国との同盟を強化するためなら、政略結婚もありだと思っているの。それに、アンドリューも嫌いじゃないし」
「でも、バルト王国の王女が国のために政略結婚をするのと、私が一族繁栄はんえいのためにフィンさんにアプローチするのとでは、違う気がするわ。とても打算的な感じがして、嫌なの!」

 後宮こうきゅうで育ったアイーシャには、恋の駆け引きや、打算的なアプローチが悪いという意識はない。自分の母や、父の第一夫人のヘレナだってしていることだ。
 だが、友人のことを思いやる優しさも持っている。

「フローレンスがフィンのことを嫌いなら、一族の長が何を言おうと無視すればいいのよ」

 しかし、フローレンスは、自分の気持ちがわからないから、困っているのだとうつむく。

「あれ? もしかして、フィンが好きなの? なら、問題ないじゃない!」

 微妙な乙女おとめごころなど持ち合わせていないアイーシャは、一挙両得だと祝福する。

「そんなぁ……」

 応援するわよ! と言われて、戸惑とまどうフローレンスだった。



 アイーシャは、フローレンスとフィンをくっつける作戦をあれこれ考える。しかし、乙女心の複雑さを知らないアイーシャに、上手く仲人なこうど役ができる訳がなかった。

「フィン! ねぇ、ウィニーに乗せてよ! そうだ、フローレンスも一緒に乗せてもらいましょう」

 強引に腕を組み竜舎まで引っ張って来て、二人の仲を取り持とうとするが、フローレンスは余計に意識して、フィンを避けるようになってしまった。

「近頃、アイーシャは、フィンの後ろを追いかけてばかりだ……」

 政略結婚の相手とはいえ、他の生徒を追いかけられたら、アンドリューとしては気分が悪い。
 愚痴られたユリアンは、つい最近まで自分がフィンのストーカーだったくせに、と内心で呟く。

「やはり、上級魔法使いの弟子の方が頼りがいがあると思っているのかな? アイーシャとフィンは、お互いに魔法を教え合ったりして、二人で過ごす時間が多いみたいだし……」

 ユリアンは、アイーシャとフィンは単なる友達にしか見えないとなぐさめる。
 あんなじゃじゃ馬に恋しているアンドリューには呆れるが、せっかく政略結婚の相手にれてくれているのだから、応援しなくてはいけない。何とかアンドリューに恋心を維持してもらおうと、アイーシャの行動を注意深く観察する。

「アンドリュー! アイーシャは、フローレンスとフィンをくっつけようと頑張っているみたいです。あまり、上手くはいっていませんがね」
「えっ? アイーシャはフィンが好きなんだと思っていたけど……そうか! フローレンスって、あの金髪の女の子だよね」

 自分の勘違いだとわかって、アンドリューはウキウキしだす。ここまでは良かったのだ。

「お祖父じい様や父上は、ルーベンス様が結婚しなかったことを嘆いておられた。上級魔法使いがいなくなると、国境の防衛魔法が保てなくなるからな。ルーベンス様は高齢だし、ここはフィンに結婚してもらって、子どもをいっぱい作ってもらわなきゃね!」

 アンドリューの言っていることは正論だが、ユリアンは嫌な予感がしてたまらない。アンドリューとは長い付き合いなだけあって、ある程度の勘が働くのだ。

「アンドリュー、こういうことは他人が口を挟まない方が……」
「あの鈍感なフィンが、フローレンスの恋心になど気づく訳がない! ここは、私が間を取り持ってやろう」

 スキップしながら、アイーシャと相談しなきゃと去っていくアンドリュー。その後ろ姿に、ユリアンは厄介事を引き起こさないでくれと願うのだった。


「アイーシャ、今度の週末にフィンとフローレンスを誘って、ピクニックに行かないか?」

 アンドリューとしては、雛竜の世話をしたいところなのだが、それを犠牲にして、フィンとフローレンスをくっつける作戦を実行することにした。

「あら! アンドリューも二人がお似合いだと思ったのね。フローレンスは、フィンを意識し過ぎて話もろくにできないの。あれでは、にぶいフィンには気持ちが伝わらないわ」
「確かに、フィンは女心にうとそうだな」

 非常識なダブルAに言われたくはないだろうが、確かにフィンにはおんながない。
 中等科にもなれば、土日にサリヴァンの街中まちなかでデートしたりする生徒も多いのだが、フィンはルーベンスの塔で師匠と魔法の修業や、吟遊詩人の稽古けいこばかりしている。
 それ以外の暇な時間は、竜達の世話をしているので、本当にサリヴァンの街のことすらろくに知らない。

「でも、今のフローレンスが、ピクニックに行こうと誘って、うんと言うかしら? 断るかもしれないわ」
「何人かのグループで行くなら、断らないんじゃないか?」

 二人であれこれと誘うメンバーを考える。しかし、フィンの友達の三人が雛竜の世話でピクニックどころではないので、なかなか人選に困ってしまう。


「ハックション! 何か嫌な予感がするなぁ」

 ルーベンスの塔で、師匠と技の修業をしていたフィンは、大きなくしゃみをした。

「まさか、フローレンスと付き合っているのではないだろうな?」

 集中が途切れたフィンに、ルーベンスはぶつぶつとお説教をする。

「向こうも俺を避けていますよ。師匠の思い過ごしです」
「どうだかなぁ。お前は、バーナードの性格を知らないから、そんな呑気なことを言っていられるのだ。兎に角、近づかない方が良い。それより、アクアーのために水の魔法陣を使ったのか?」
「はい。やはり、岩に掛ける方が簡単ですね。寮の壁は石と木材が交じっているから、なかなか魔法陣を掛けにくかったです」

 二人の話は、海の上に水の魔法陣を掛けられるか? という真剣な議論に移った。

「水の魔法陣は、あの岩窟がんくつ都市にテムジン山脈からの水を引くために、長い年月をかけて水占い師達が考え出したものだからな。海の上に防衛魔法を掛けるのとは違うかもしれない」
「でも、何か使えそうな気もするのです。水のバリアーみたいなものとか? でも、そんなことをしたら、交易こうえき船も通過できなくなりますよね」
「水のバリアーか……シラス王国は、交易によって富を得ているからなぁ。貴族や商人どもが困るだろう」

 今年の夏休みこそ、海岸線の防衛をどうにかしたい。二人は、魔法書を読み漁っては、役に立ちそうなものはないかと考えていた。



 四 保育所?


 アンドリューとアイーシャは、フィンとフローレンスをくっつけようとピクニックを計画したが、雛竜の起こした騒動によって延期になった。

「ゼファーがいない!」

 教室で古典の自習をしていたパックは、餌をやろうと寮に戻り、もぬけの殻の部屋を見て、パニックになった。

「パック、落ち着いて! ゼファーがどこにいるか、君ならわかるはずだよ」

 フィンは、窓が開いているので、きっとゼファーは外に飛び出したのだと言う。

「ウィニーも期末試験に乱入したりしたけど、ゼファーはもう飛べるようになったんだね。早いなぁ」
「なんだ、盗まれたんじゃなかったのか。そうかぁ、飛べるようになったのかぁ!」

 落ち着きを取り戻したパックは、深呼吸してゼファーの居場所を魔法で探る。すると、竜舎でウィニーやグラウニーと一緒にいるのが見つかった。
 飛べるようになったのは嬉しいが、生きた心地ここちがしなかったと言って、竜舎に駆けつけたパックはわらの上に崩れ落ちた。

『もう、ウィニーと一緒にいたいなら、そう言ってくれたら良かったのに。心配したよ』

 パックはゼファーを抱き上げて、すりすりする。

『きゅるるるるん』
『ごめんね、ゼファー。古典でも良い点を取らなくては、お前にも恥ずかしいと思ったんだ』

 期末試験の勉強で忙しくて、ゼファーとあまり遊んでやれなかったのを、パックは反省した。

『ああ、良かった! ここにいたんだね!』

 追いかけてきたフィンも、パックがゼファーを抱き締めているのを見つけて安心する。

『私やグラウニーが飛ぶのを見ているから、ゼファーは飛ぶのが早かったんだよ』

 ウィニーが得意げに胸を張った。

『そうだね! お手本がいるから』

 フィンは、そう言ってウィニーのご機嫌を取った。今回の事件を受けて、ウィニーに少し頼みたいことができたからだ。

『ねぇ、これから期末試験が終わるまで、チビ竜達の面倒を見てくれないかな? 夜は皆の部屋に引き取るけど、勉強している間、放っておくのも可哀想だから』

 中等科の試験は論文形式のものが多いので、時間がかかる。それに、ゼファーの例を見ても、竜のお手本がある方が良さそうだとフィンは考えた。

『いいよ! 私が面倒を見るよ!』

 ウィニーは大役を任せられて張り切る。そうは言っても、三頭を一頭で育てるのは大変だ。フィンは、奥にいるグラウニーにも声を掛ける。

『グラウニーも手伝ってくれる?』
『もちろん!』

 餌やりは竜の教育係のバースが引き受けてくれたし、残る心配はフレアーとアクアーの魔法体系の問題だ。

「フレアーはいつ火を噴くかわからないし、アクアーが水遊びできる場所も造らなきゃね」
「なぁ、フィン。ウィニーやグラウニーも水遊びは好きだから、大きめの池があると便利だと思うぞ。それと、フレアーが竜舎で火を噴いたら困るから、ちゃんと言い聞かせてくれよ」

 寝藁ねわらに火がついたら大変だとバースは心配する。

『私達がちゃんと面倒を見るよ』
『もしフレアーが火を噴いても、すぐに消すから!』

 ウィニーに続き、グラウニーが、水の魔法体系も得意だからと引き受ける。

『そろそろ、チビ竜達も魔法の練習を始めなきゃね。でも、その前にまずは池だ!』

 フィンは早速塔に向かい、師匠に、ウィニーとグラウニーにチビ竜の面倒を見てもらう件と、水遊びの池を造る件を相談した。

「お前にしてはえているのう! 確かに、竜には竜が教えた方が早く伝わるかもしれない。ウィニーはもうかなり魔法の技を習得しているし、グラウニーもファビアンと練習を重ねている。アクアー、ゼファー、フレアーには良いお手本になるだろう。池の件は、お前がヘンドリック校長に許可をもらって造ってみろ。そろそろ、寮での水遊びも限界だろうからな」

 もうじきマイヤー夫人の我慢の限界に達するだろうとほのめかされて、フィンは頷く。ただ、ヘンドリック校長に自分で言いに行くことには及び腰だ。

「師匠が言ってくださいよ」
「馬鹿者! お前も中等科になったのだから、それくらい自分で交渉しろ」
「あっ、アクアーはラッセルの竜なんだから、彼に……痛い! 師匠、酷いよぉ」

 ゴツンと拳骨げんこつを落とされて、フィンは渋々校長室へ向かう。その姿を窓から眺めながら、ルーベンスは深い溜め息をついた。
 冬の間に、フィンの魔法の修業はかなり進んだが、上級魔法使いとして国を支えていく心構えはまだまだだ。

「ヘンドリック校長ぐらい、簡単に説得できなくてどうする!」

 そう呟いたルーベンスは、ヘンドリック校長の言うことを聞いたこともなければ、塔の改築や竜舎の建築について許可を取ったこともなかった。
 ソファーで竪琴を爪弾つまびきながら、ゆくゆくは貴族が蔓延はびこる王宮にもフィンを慣らしていかなくてはと、ルーベンスなりに悩むのだった。


「はぁ、こういうことは師匠がしてくれれば良いのに……」

 フィンは校長室の前で深呼吸すると、ドアをノックする。

「どうぞ。おや、フィン? 何かヘンドリック校長に話があるのかい?」

 秘書のベーリングは、にこやかにフィンに質問をする。事前に話の内容を把握するのも秘書の務めなのだ。

「師匠にヘンドリック校長に頼みに行けと言われたんですけど、やはり俺では無理ですよね」
「いや、何か話があるのなら、都合を聞いてみよう。ちょっと待っていなさい」

 ベーリングは、ルーベンスがこうしてフィンを寄越よこしたのは、上級魔法使いの鍛錬の一つだとピンときた。
 それから部屋の中を振り返り、声を掛ける。

「ヘンドリック校長、フィンが話したいと言って来ています。どうされますか?」
「もちろん、通しなさい! ルーベンス様のように、勝手な行動をするなと言い聞かせたいと思っていたのだ」

 ベーリングは、ヘンドリック校長も次代の上級魔法使いをちゃんと育てていきたいと考えているのだと察した。それが上手く伝わればいいが……と思いながら、フィンを部屋に通した。



 五 フィンの池?


「あのう、お忙しいところ……」

 フィンは、やはり校長室は緊張するなぁ、とおそるおそる部屋に入る。ヘンドリック校長はその緊張を和らげるように、にこやかに応接セットへ案内した。

「いやぁ、フィン。こちらから呼び出そうかと思っていたのだ。雛竜達は、元気に育っているようだな」
「あっ、そうなんです。その雛竜のアクアーについて、ヘンドリック校長にお願いがあって、ここに来ました。実は、水浴びができる池を庭に造る許可を頂きたいのです」

 長居をしたくないので、フィンは早速話を進める。
 ヘンドリック校長は、この機会に上級魔法使いとしての心構えを説きたいと構えていたのだが、突然の提案に面食らい、ペースを乱された。

「他の竜達も水浴びさせたいから、少し大きな池にしたいのです」
「それは構わないが、どこに造るつもりなのだ?」
「竜は水浴びしたら眠たくなるので、竜舎の近くが良いと思っています」

 元々、竜舎は校舎や寮から離す意図があって、ルーベンスの塔の近くに設置した。そこに池を造っても問題はないだろうと、ヘンドリック校長は頷く。

「ありがとうございます! では、失礼します」

「おい! 費用や資材はどうするのだ?」と、ヘンドリック校長は尋ねようとしたが、フィンは既に部屋を出た後だった。

「ヘンドリック校長? フィンが凄い勢いで出ていきましたが、用事は終わったのですか?」
「フィンには、もう少し礼儀作法を教えなくてはいけないな……。ルーベンス様は、この点は全く当てにならないし」

 貴族階級出身のルーベンスだが、年齢を重ねると共に礼儀作法など投げ捨て、気儘きままに振る舞うようになった。しかし、だからと言って、フィンも礼儀知らずでいいということはない。
 基本を身につけた上での無礼な態度と、農民出身のフィンが無知から失敗して恥をかくのとでは意味が違うだろうと、ヘンドリック校長は心配していた。

「フィンの同級生には、アンドリューやラッセルもいますし、ラルフの叔父おじは王宮魔法使いです。彼らと付き合っていくうちに、礼儀作法ぐらいは自然と身につくのでは?」

 そう言うベーリングは、サリヴァンの名門貴族の出身で、優雅ゆうがな身のこなしと丁重な受け答えが得意だ。物腰はやわらかいが優秀な魔法使いであり、次期、もしくはその次のアシュレイ魔法学校の校長候補でもある。
 ヘンドリック校長は、フィンにベーリングのような落ち着きと、所作しょさを身につけて欲しいと気をむのだった。


「師匠~! 許可が下りましたよ!」

 ルーベンスの塔の螺旋らせん階段を二段飛ばしで駆け上がりながら、フィンは嬉しそうに叫ぶ。ルーベンスはそれを聞いて、もっと落ち着かないと駄目だと眉を顰めた。
 部屋に飛び込んだフィンは、息を切らせながらルーベンスに報告する。

「これからバースと相談して、池を造りたいと思います。できるだけ早く完成させたいから!」
「まぁ、やってみなさい」

 ルーベンスは、冬の間に色々な技を教えたので、フィンなら池ぐらいは問題なく造れるだろうと考えていた。


 フィンは竜舎へ駆けて行き、裏庭に出てバースとどのような池にしたら良いのか話し合う。

「ねぇ、バース? アクアーだけでなく、他の竜も水遊びできる池って、どのくらいの大きさかなぁ」
「やはり、この裏庭ぐらいの池じゃないと、窮屈きゅうくつで可哀想だろう。特に、アクアーは水の竜だからなぁ」

 ルーベンスの塔は魔法学校の奥にあり、その周りには城が建つ前からの木々を残した庭が広がっていた。
 これが、王宮にあるようなバラ園とかだったら、フィンも気を使ってこぢんまりした池を造ろうと思ったのかもしれないが、ただの木々では遠慮する気が全く起きなかった。

「水の循環は、水の魔法陣を活用すれば良いとして、やっぱり底は岩か石で造った方が水がにごらないよね?」
「それは、そうだけど……ここの土はどうするんだ? できるだけ早く造ってやりたいが……」

 竜馬鹿のバースは、夏が来る前に池を完成させたいと考えていた。もちろん、フィンも早いに越したことはないと思っている。だが、それには木と土をどうにかする必要がある。

「木が邪魔だけど、全部伐採ばっさいするのは可哀想だよね。それに、入学した頃にこの林を見て、カリン村を思い出してなぐさめられたしなぁ」

 フィンは、木と木があまり近づき過ぎないように用心しながら、裏庭の林をググッと押していく。
 バースは、フィンが魔法を使うのを見るのは初めてなので、やはり普通の人間ではないのだと、改めて実感した。

「小さな木はあっちの中庭に移動させよう! これで池のスペースが確保できたね!」
「ああ。これだけの広さがあれば、竜達が水遊びしても大丈夫だろう」

 後は業者を呼んで池を掘り、水をどこかから引く工事をするのだろうとバースが考えていると、フィンが手を地面につけて巨大な穴を作り出した。

「おい! そこにあった土はどこにいったんだ!」
「えっ? 結構、肥えた土だったから、魔法で家の空き地に送ったんだけど……いけなかったかな? あっ、ハンス兄ちゃんが驚いているかもね。突然、空き地に小山ができたから」

 バースは口を開けて眺めるしかない。その間もフィンは、池の底の土を岩に変えたり、それを敷き詰めたりと忙しい。

「どうにか池の形になったね! まだアクアー以外の雛竜は泳げないから、浅い場所も造ったんだよ。これで試してみて、駄目ならまた調整しよう」
「だが、水は?」

 あっという間に裏庭の大部分が池の形に整地されてしまったのを、驚きを通り越して呆れながらバースは見ていたが、今のままではただの穴だ。

「もちろん忘れてないよ。水の魔法陣はまだ自信がないから、慎重に掛けなきゃね。バース、少しの間、俺に話しかけないでね」

 そう言うと、フィンは深呼吸を繰り返して、精神を集中する。
 バルト王国の首都カルバラで見た魔法陣を、冬の間にアイーシャに教えてもらったこつを思い出しながら描いていく。
 寮のアクアーの盥とは桁違けたちがいの巨大な水の魔法陣を、同じ敷地内にあるサリヴァンの王城の基盤を損なわないようにと、慎重に掛けた。

「わぁ~! 凄い!」
「はぁ、はぁ、どうにか成功したみたいだね」

 こんな大規模な魔法が自分の学校内で使われて、気がつかない教授などいない。校内はにわかに騒然となった。
 ルーベンスも何をやらかしたのかと仰天して塔から下り、へたへたと池の横に座りこんでいるフィンを見つけて雷を落とす。

「こんな風に魔力を一気に使うな! 少しずつ造れば良いだろうに……おいフィン、大丈夫か?」
「少し、疲れただけです」

 フィンは、足にグッと力を込めて立ち上がる。今思えば、水の魔法陣は明日に回せば良かったのだが、経験の浅いフィンには、魔力をどれだけ消耗しょうもうするかの見立てができなかった。

「しかもこんな大きな池を……まぁ、それは良いが、これからは魔力の使い過ぎに気をつけなくてはいけないぞ。命を落とす危険もあるのだからな」

 校舎の方から、ヘンドリック校長を先頭に、ヤン教授達が駆けつけて来るのを察知したルーベンスは、面倒事は御免ごめんだと塔へ逃げた。
 バースも竜の世話をしなくてはと言って逃げ出し、残されたフィンは、ヘンドリック校長達からあれこれと質問攻めに遭った。

「池を造るとは聞いたが、こんなに大きいとは!」
「まさか、フィンが造ったのか?」
「ルーベンス様が造られたのでは?」

 教授達に囲まれて、しどろもどろで説明していたフィンだったが、段々と疲れてきた。

「フィン? 顔色が悪いぞ」

 ヤン教授は、こんな大規模な魔法を使ったフィンを案じる。

「魔法を使い過ぎたみたいです。すみません、失礼します」

 本当にしんどくなってきたフィンは、これ幸いと教授達の質問から逃れて部屋に帰った。
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