魔法学校の落ちこぼれ

梨香

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2巻

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 その日、ルーベンスは珍しく朝から起きていた。

「どうも、フィンは竜の卵では落ち着きそうにないなぁ……私を信用していないから、石にしか思えないのだろう」

 自分が指導者として問題を抱えていることにやっと気づいて、どうしたものかと悩んでいた。よっこらせ、と自分の寝室にしている階から一階上の師匠の部屋へと久しぶりに登る。
 そこは乱雑なルーベンスの部屋と違い、キチンと片付けてあった。自分の部屋や書斎しょさいには無頓着むとんちゃくなのに、ここはほこりが付かないよう定期的に掃除しているのだ。
 壁沿いの書棚は、トラビスらしくキチンと系統立てて本が並べてある。その書棚にも竜の卵が何個か置いてあるのを、久しぶりに手に取って懐かしそうに眺めるルーベンス。

「やんちゃ坊主で気儘な私に、トラビス師匠はあの竜の卵を渡してくれたのだ。私は夢中になって、魔力を注いだものだが……」

 塔の扉が開けられ、下からフィンが憤懣やるかたない様子で登って来るのに気づいて、ソッと竜の卵を書棚に戻して、よっこらせと下の階へと降りていく。


「師匠~! 起きてください」

 階段を駆け上ったフィンは書斎にルーベンスの姿が無いので、寝ているのかなと声を掛けた。

「とっくに、起きておるわい」

 ぶつぶつ文句を言いながら降りてくる師匠に、ポケットから竜の卵を取り出して突きつける。

「師匠も、この竜の卵に魔力を注いで、孵らなかったんですよね」

 ルーベンスは、フィンが自分より早く気づいたと苦笑する。
 若き日の自分は夢中になって竜を孵そうと魔力を注ぎ続け、一ヶ月経ってから師匠に問い質したのだと思い出す。

「この竜の卵はトラビス師匠がアシュレイからもらったものなのだ。アシュレイはサリヴァンを去る前に、弟子達に一つずつ竜の卵を渡した。私の師匠はアシュレイの最後の弟子で、あまり長い間は修業させてもらえなかったが、もらったこの竜の卵をとても大事にしていた」

 フィンは、手の中の竜の卵はアシュレイが見つけたものなのかと驚いた。

「へぇ~、あの伝説のアシュレイがこの竜の卵を見つけたのかぁ……あれッ! ってことは、師匠の師匠も竜の卵を孵せなかったんじゃないですか!」

 ひどい! と怒るフィンに、ルーベンスは長い物語を聞かせてやるから座れと諭す。
 ルーベンスは竪琴を奏でながら、アシュレイと竜の物語を語った。

はるかなる昔、アシュレイは年老いた竜と出会いけり。竜は自分の命が無くなるのを悟りて、アシュレイに自分の魔力を授ける代わりに卵に魔力を注いで孵してくれるように頼みけり」

 フィンは何故竜がアシュレイに魔力を授ける代わりに自分で卵を孵さないのかと質問しかけて、ルーベンスににらまれる。

「年老いた竜に卵を孵す時は無く、アシュレイは竜から膨大な魔力を授けられし。家に竜の卵を持ちて帰りけり」

 フィンは師匠の奏でる竪琴と、語り口に聞きほれているうちに、青年が竜の卵を何個か大事そうに抱えて家に帰る姿が浮かんで見えた。

「アシュレイはサリヴァンを去りし時、弟子達に竜の卵を一つずつ与えけり」

 アシュレイが弟子達に竜の卵を渡す風景が見え、この竜の卵に魔力を注ぎ続けるようにと伝えているのを聞いた。

「え~? でも、師匠は書棚に置きっぱなしだったじゃない」

 フィンが叫んだ途端に、アシュレイやその弟子達の姿は消えた。

「私も百年は魔力を注いだのだ。まぁ、この数年は忘れていたがな……という訳で、この竜の卵に魔力を注ぐのはアシュレイの弟子、その孫弟子、そして曾孫弟子見習いの義務なのだ」

 納得したような、してないようなフィンの顔を眺めて、お前は特に竜との約束を守らなくてはいけない理由があるとルーベンスは思った。
 それからフィンは、何故、竜は自分で魔力を注いで卵を孵さなかったのか? アシュレイはどこで竜と会ったのか? 何個あるのか? と矢継ぎ早に質問した。

「私も師匠に質問したが、アシュレイはすごくいい加減な性格だったので、弟子全員に適当な話をしたのだ。だから、全くわからないのだ。ただ、あのアシュレイの人間ばなれした魔力を身近で見た師匠は、竜から魔力を授けられたという嘘みたいな話を信じておられた。私は師匠を信じていたから、竜の卵も信じたのだ」

 本当にこのフィンの祖先は偉大だけど、いい加減だったと恨みたくなるルーベンスだ。
 このアシュレイ魔法学校も、ほとんどは弟子達が苦労して作り上げたのだ。
 師匠からアシュレイのいい加減な教え方を聞いたことのあるルーベンスは、自分がとても真面目にフィンを指導している気分になった。

『アシュレイ様は教えるのが下手へただった。口数が少なく、見て覚えろとしか言われないのだ。兄弟子が指導してくれなければ、私は畑をたがやして手にマメを作っただけだったろう』

 師匠トラビスの愚痴を思い出し、自分はマシだと胸を張る。


 四 新入生騒動


 フィンはルーベンスに説得されて、竜の卵に魔力を注ぐ訓練を続けることにした。
 凄くあやふやでいい加減な話だと思ったが、ルーベンスやその師匠が竜の卵だと信じたのなら、自分も信じて魔力を注ごうと思った。
 しかし、それと魔力の技を教えてもらうこととは話が別だ。

「明日からは、キチンと魔力学の授業をしてもらおう!」

 昼からの魔力学の授業を終えてルーベンスの塔を出て寮に向かいながら、フィンはぶつぶつ言って交渉の仕方を考えていた。

「酷~い! 何をするのだ」

 寮に着いた時、わ~わ~と騒ぐ新入生と、それをいさめる自治会のメンバーの声が聞こえた。
 昼からの授業が終わった初等科の生徒達は、中庭に放り出された荷物と騒ぎ立てている新入生をチラリと見ては、毎年の恒例だと肩をすくめる。

「パック、何があったの?」

 フィンの質問に、ああ! とパックは、この友人は入学式から数ヶ月も遅れて来たのだと思い出す。

「毎年何人か、部屋を片付けなかったり、掃除しなかったりした新入生が荷物を外に捨てられるんだ。アレックス達も捨てられたよ。一度捨てられたら、心を入れ替えて部屋をキチンとするようになるんだ」

 ふ~んと、自治会のメンバーに食ってかかる、真っ白なチュニックを着た新入生の後ろ姿を見ながら、フィンは自習室へ向かった。
 マイヤー夫人に逆らっても無駄だと、すぐに気づくだろうと思っていた。
 しかしこの新入生はりなかった。
 次の日も師匠を説得できず、春にカリン村へ旅行するまでに竪琴の伴奏ばんそうができるようにと練習させられて腐っていたフィンは、寮の騒動に驚いた。
 今回は、自治会長のカインズが直接、指導に出ている。

「アンドリュー、寮の規則に従いなさい」

 中庭に散らばった荷物を部屋に運び、キチンと片付けるようにと命令したが、フンとふてくされて拾おうとしなかった。
 新入生の級長がアンドリューの代わりに拾いかけるのを、カインズが制する。

「ユリアン! 本人にさせなくてはいけない。アンドリューが拾うのを手伝うのは良いが、君がするのは間違いだ」

 毎年恒例の騒動だとスルーしていた生徒達も、今回は少し違うと野次馬やじうまが増えていく。それと新自治会長のカインズがこの騒動をどう治めるのかと、興味津々なのだ。

まずいなぁ、野次馬が増えると、意固地になってしまう」

 ラッセルが、芝生しばふの上の荷物を拾おうとしないでふてくされているアンドリューを心配そうに見ているのを、フィンは不思議に思った。

「知り合いなの?」

 優等生のラッセルとはタイプが違い過ぎるとフィンは驚く。

「ええ~と、母方の従兄弟いとこになるかな……」

 歯切れの悪い返事に、フィンは首を傾げる。

「へぇ~、アンドリュー殿下と従兄弟なのかぁ。ラッセルって本当に名門貴族なんだなぁ」

 パックの言葉にフィンは驚いた。

「ええっ~! あの駄々っ子が殿下なの?」

 ラッセルは苦笑して、まぁ王宮では侍従が何人もお世話していたからねぇ、と肩を竦める。

「アンドリュー殿下は、マキシム王の孫にあたるんだ。キャリガン王太子の王子だけど、やんちゃだねぇ~」

 気楽な感想を口にしているパックと違い、叔母の苦労を思いラッセルは困惑する。王太子に嫁いだ叔母から、アンドリューの世話を内々に頼まれていたのだ。

「あの子は生まれた時に未熟児で、幼い時も身体が弱く、甘やかし過ぎました。王太子殿下も、アンドリューの我が儘には困っておられますが、公務が忙しくて……」

 真面目で温厚なマキシム王や、軍務を任されて国境線を見回るキャリンガン王太子の血筋とは思えないアンドリューの振る舞いに、グレイス王太子妃は困り果てている。
 自分の教育が悪かったのだと責める叔母に、あれは周りの学友が悪いとラッセルは慰めた。
 次々代の王様の学友として、各名門貴族から子息が送り込まれていたが、どうにもこうにも馬鹿者だらけだ。
 いや、勉強や武術訓練は問題無いのだが、友達というより取り巻きと化して、アンドリューのご機嫌ばかり取っている。
 魔法学校に入学したのに、ここでも殿下扱いを要求していることに、ラッセルは深い溜め息をついた。
 ふてくされて、芝生の上に大の字になり寝てしまったアンドリュー。
 カインズ自治会長はどうしようか困っていたが、フィンは嫌な予感がして忠告する。

「そこに寝ていたら、天罰てんばつが発動するよ」

 忠告は遅かった。
 バシャ~ン! と、アンドリューの上にバケツ一杯の水が落ちてきた。

「何なのだ! 冷たいじゃないか!」

 幼い時からの学友のユリアンは慌てて助け起こそうとするが、カインズが止める。

「芝生には教授と自治会のメンバーしか立ち入りできない。荷物を拾う時は例外で認めると寮の規則に書いてあっただろう」

 寒さにぶるぶる震えるアンドリューはカインズを睨み付けたが、マイヤー夫人に「風呂に入りなさい!」と叱られたのには従う。
 その時に着替えを拾っていかなかったアンドリューは、バスタオルを巻き付けた姿で中庭に取りに行く羽目になった。


 フィンは困った殿下だなぁと思ったが、自分には関係ないとスルーする。それより、竜の卵に魔力を注ぐという難題に頭の中はいっぱいだ。

「師匠は竜の姿を思い浮かべて卵に魔力を送ると言われたけど、それで孵って無いんだよなぁ……他の方法を試してみても、悪くないよね」

 フィンは友達にも相談するが、誰も竜の卵の孵し方など知らない。

「鶏の卵のように温めてみようかな?」

 いつもはチュニックのポケットに入れて持ち歩いているが、マイヤー夫人に相談して腹巻きを作ってもらう。

「武術訓練とダンスと乗馬の時は外した方が良いですか?」

 ルーベンスはフィンがあれこれ試しているのを笑って見ている。

「いや、私が竜の卵を持ち歩いていた時に、何回か転んだり落としたりしたが、大丈夫だった。色々と試してごらん」

 フィンは竜の卵が孵るまで竪琴の稽古ばかりなのかと溜め息をついて、何故、吟遊詩人の真似をして旅をするのかと尋ねる。

「春にカリン村に桜の花を見に行くのは良いですが、馬車で行けば楽だし、早いのに」

 吟遊詩人に扮して自分が護っている人々と触れ合い、平和を享受している姿を眺めることが、ルーベンスの唯一の楽しみだ。
 国境線にアシュレイが張った防衛魔法を維持するのが、年々つらくなっている。
 ルーベンスはまだ上級魔法使いの重荷について話すのは早いと、フィンの質問をはぐらかした。

「吟遊詩人として、市井の人々と触れ合うのも勉強になるぞ」

 フィンは、自分は農民の出身なので、一般の人達と触れ合わなくても知っていると愚痴りながら、ポロンポロンと下手な腕前で竪琴を奏でる。
 聞いてられないと見本に奏でながら、自分が死んだらこの弟子が一人で防衛魔法を維持していくのかと溜め息をつく。

(誰かフィンを支えてくれる人が居れば良いが……)

 師匠の悩みも知らず、フィンは下手な音色を響かせている。




 五 王太子夫妻


 新入生のアンドリューも流石さすがに部屋を片付けることにしたので、中庭に荷物が捨てられることは無くなった。
 他にも消灯時間を守らなかった時に明け方まで足の裏を何かにめられて、マイヤー夫人に逆らってはいけないと、我が儘王子もやっと悟ったのだ。
 学友のユリアンは、殿下がやっと規則を守りだしたのでホッとする。
 親からは殿下のご機嫌を取れと命令されていたから逆らわなかったが、このままでは困ったことになると心配していたのだ。

(アシュレイ魔法学校は、アンドリュー殿下も単なる新入生として扱うのだなぁ)

 小柄なマイヤー夫人の姿を見ると、どのように天罰や罰を与えるのか不思議に思うが、やんちゃなアンドリュー殿下が少し大人しくなったのに安堵する。
 ヘンドリック校長は、今年の新入生にもルーベンスの弟子になれる生徒がいるかもしれないと、フィンの才能を見誤ったので全員にチャレンジさせる。
 一応は魔力の強そうな生徒から試させるが、ルーベンスはフィンが居るからか塔に入らせもしない。

「フィン一人では心許ないとは、考えないのか!」

 糞爺! という悪口は上級魔法使いに失礼だと口に出さなかったが、ヘンドリック校長はフィンが一人で防衛魔法を支えていくのかと心配する。
 しかし、そのことは日々防衛魔法を支えているルーベンスの方が真剣に考えている。
 だが、フィンを弟子に取る前は、少しでも可能性を求めて、無理かもと感じる生徒にも会ったが、フィンと出会った今となっては、改めて上級魔法使いとしての資質を持つ者との差がハッキリして会う気にならない。


 アンドリューは魔力も強く自尊心も高かった。
 アシュレイ魔法学校に入学する時、祖父のマキシム王の悩みを解消したいとか、国境線の見回りなどで疲れている父を助けたいとか、上級魔法使いのルーベンスの弟子になれれば皆の役に立てるとか、彼なりに考えていた。
 しかしルーベンスの塔は扉すら開かず、目の前にそびえ立っていた。ドンドンドン! と頑丈がんじょうな扉を叩いたが、ビクともしない。

(やはり、私は役立たずなのだ……)

 ヘンドリック校長に気を落とさないようにと慰められたが、アンドリューは地面の下まで落ち込んだ。
 我が儘王子だが、アンドリューは馬鹿ではない。尊敬する父が自分の振る舞いに失望していることや、大好きな母を困らせていることにも気づいている。
 それは全て、ルーベンスの弟子となり、上級魔法使いになってシラス王国を守護することでチャラになるはずだった。
 自分が子供じみた夢を見ていたのだとアンドリューは気づいて、どうしたら良いのかわからず混乱する。
 アンドリューより早くルーベンスの塔にチャレンジしたユリアンに慰められたが、家臣と自分では違うと首を振った。
 そんな時に、ルーベンスの弟子見習いがいると知る。

「あっ、あの時に天罰が発動すると言った生徒だ」

 一つ上の学年の生徒だと思うと、きりきりと胸が痛む。どう見ても自分よりチビだし、従兄のラッセルと仲良くしているのも気に入らない。
 学年は違うが初等科同士なので、同じフロアだ。アンドリューはストーカーみたいにフィンの言動をチェックしだした。
 一部の貴族意識の強い同級生から敬遠されていることや、ルーベンスの弟子見習いという変な地位についての陰口を耳にしたが、ユリアンに尋ねても首を傾げるだけだ。


 今までの生活とは激変した寮の不自由さでストレスを溜めたアンドリューは、週末は王宮で優しい母に思いっきり甘えるつもりだったが、珍しく父が一緒だ。

「父上、お帰りなさい」

 魔法学校から帰って来た息子に、お帰りなさいと言われて、キャリガンは苦笑するが、少しはしっかりしたかなと抱きしめていた腕を緩めて顔を覗き込む。

「アンドリュー、魔法学校はどうだい?」

 一瞬、ルーベンスの弟子になれなかった失望がアンドリューの青い瞳を曇らせるが、パッと気持ちを切り換えて父に質問する。

「父上も、マイヤー夫人に荷物を捨てられましたか?」

 キャリガン王太子は、グレイス王太子妃と見つめ合い爆笑する。

「ははは……そんなことは無いと言いたいが、グレイスは知っているからね。私もマイヤー夫人には厳しくしつけ直された。アンドリュー、絶対にマイヤー夫人に逆らってはいけないぞ!」

 両親がアシュレイ魔法学校でマイヤー夫人に厳しく指導されたと知って、アンドリューは自分も頑張ろうという気分になったが、やはりルーベンスの弟子になれなかった失望感が込み上げてくる。

「アンドリュー? 何かあったのですか?」

 母に自分が落ち込んでいるのに気づかれて、バツが悪く感じたアンドリューは、何でも無い! 下らないといった感じで話す。

「ルーベンスの塔に挑戦したのですが、扉すら開きませんでした……お祖父様や父上のお役に立てたらと……ごめんなさい」

 母の優しい茶色の瞳に見つめられると、アンドリューは涙をこらえるのに苦労する。
 キャリガンは息子を抱き締めて、自分も同じようにと失望したのだと慰める。

「父上も?」

 いつも立派な王太子として公務に忙しい父の告白に、アンドリューは驚いた。

「我が国の情勢を考えれば、誰でも上級魔法使いが必要だと考えるからな。私も子供の頃は、上級魔法使いになって父上のお役に立ちたいと考えたのだよ。しかし、ルーベンス様の弟子にはなれなかった」

 沈鬱ちんうつそうに目を伏せる父を元気づけたいと、アンドリューは心配はいらないのだとフィンのことを話す。

「ルーベンス様は弟子を取ったから大丈夫ですよ。私より一学年上のフィンという生徒です。従兄のラッセルと仲が良いみたいです」

 王宮でも噂になっていたが、息子から聞くと、確かめなくてはとキャリガンは興味を抱いた。

「フィンという生徒は、どんな様子なのだ?」

 少し悪口になりそうだと、アンドリューは口ごもる。

「私がルーベンスの塔で失敗したから、こんな風に言うんじゃありませんよ。フィンは、何だか頼りない感じの生徒です。農民出身だからと、一部の貴族意識の強い生徒からは『落ちこぼれ』と悪口を言われています。私よりチビだし、第一、弟子見習いって何だか変な感じだし……」

 父も会いたいと思われているだろうに、ヘンドリック校長が紹介しないのは、ルーベンス様が弟子をかばっているからだとキャリガンは苦笑した。
 しかし農民出身だとは聞いていたが、他の生徒に落ちこぼれと揶揄されているとは初耳だ。一度、アシュレイ魔法学校を訪ねてみる必要があると、キャリガン王太子は改めて考えた。

(アシュレイ魔法学校は、王立とは名ばかりで独立独歩だからな。父上も苛々いらいらして待っておられるが、ルーベンス様が承諾しない限りフィンには会えないだろう。しかし、私は生徒の保護者だからな。魔法学校に出来の悪い息子の様子を見にいくのはありだろう)

 キャリガン王太子はアンドリューに上級魔法使いになることだけが国に尽くす道では無いと言い聞かせて、ルーベンスの弟子見習いに興味を移した。
 アンドリューは父がフィンに興味を持ったのを敏感に感じて、慰めてもらったことや、若い時に同じ失敗や失望を感じたと話してくれたのには感謝したが、やはり寂しく思う。
 グレイス王太子妃は夫のキャリガン王太子を尊敬していたし、愛してもいたが、父親としては少し配慮が足りないと溜め息をつく。

(もう少し、上級魔法使いの弟子になれなかった失望から気持ちを切り換えるアドバイスなどを、アンドリューにしてくだされば良いのに……あのようにフィンとやらのことばかり考えておられては、アンドリューは劣等感から馬鹿なことをしでかしそうだわ)

 滅多に息子と過ごす時間が無いのにと膝をつねられて、キャリガンはハッと考え事から我に返る。

「お茶の時間まで、剣の稽古をつけてやろう」

 パッと顔を輝かすアンドリューに、グレイス王太子妃はホッとした。


 六 ええっ?


 アンドリューが父から久し振りに剣の稽古を受けていた頃、フィンは体温では卵は孵らないのかなと、今度はなべに砂を入れて中に卵を埋め、暖炉で温めてみたらどうだろうと試していた。
 二○四号室にも、冬は暖炉に火がおこされている。
 小さな暖炉で、消灯時間には自然と――いや不自然に消え、朝には新たな薪がパチパチと燃えている。
 上級生になると、お茶を沸かしながら夜遅くまで勉強したりするが、初等科は許されてない。
 フィンは竜の卵を温める鉄鍋を工夫して、暖炉から近すぎず遠すぎない場所に固定して、一日に数回ひっくり返した。
 ルーベンスには、竜の卵が鶏の卵と同じように温めれば孵ると思えなかったが、害があるとも思えないので放置していた。

「うう~ん、温めても駄目なのかな? で卵にだけはならないよう、気を付けてはいるけど……」

 授業の合間の休憩時間にも、部屋まで駆け帰り卵をひっくり返しているフィンは、ルーベンスの願いとは違い、落ち着きとはほど遠い生活を送っている。
 毎時間は流石に無理だが、二時間目の後、昼休み、昼からの魔法学の後と、フィンはこまめにひっくり返しに部屋に帰っていた。
 しかし、授業中に部屋に置きっぱなしにしていた竜の卵が消えた。

「あれ? 砂に深く埋めたのかな?」

 フィンは二月になり寒さが厳しくなったので、砂に埋めておいたのを、両手を突っ込んで探す。
 ところが卵は見つからない。フィンは、慌てて鍋の砂を暖炉のふちにあけた。

「無い! 竜の卵が無い! まさか……孵ったのか?」

 パニックになって天井やベッドの下を探すが、卵が孵ったならからがあるはずだと気づく。

「殻、殻……無い! ということは誰かが持っていったんだ!」

 砂をかき混ぜて殻が無いと確認したフィンは、いつも意地悪してきたアレックス達が怪しいと思った。
 昼休みを食堂で過ごしていたアレックス達の所へ、フィンは駆けていく。


 間が悪く、アレックス達はフィンのダンスの下手さをあげつらって爆笑していたのだが、本人が目の前に来たので口を噤んだ。フィンはその沈黙を誤解する。

「竜の卵を返して!」

 竜の卵を無くしただなんて、師匠に何と言えば良いのかわからないという焦燥感しょうそうかんで、フィンは手を差し出す。
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