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2巻
2-1
しおりを挟む一 悩む弟子見習いフィン
シラス王国の王都サリヴァンは冬至祭を迎えた。
人々は家族揃って食卓を囲み、これからの冬を健康で乗り越えられますように、と乾杯する。
アシュレイ魔法学校の生徒達も、冬至祭を家族と過ごすため帰省していった。
東北部のカリン村出身のフィンは、雪に閉ざされた故郷に帰省するのは最初から諦めていた。
(去年の冬至祭は家族と過ごしたけど、家を追い出される恐怖で、楽しむどころじゃなかったな。魔法学校に合格したのかどうかも、まだ知らなかったし……)
思えば昨年は、雪の中を帰宅した兄達が、奉公先でもらった冬至祭のお小遣いで鶏肉を買って来てくれた。
貧しくて、日頃は野菜や豆などしか食べられない家族にとって、鶏肉はご馳走だった。
しかし妹達は、意地悪なゲイル伯父の家で暮らすことになるかもしれないという恐怖に怯え、少ししか喉を通らなかったのだ。
冬至祭当日。そろそろ時間だと自分を叱咤し、フィンは洗濯したての白いチュニックに着替えて、少し憂鬱になって寮の部屋を出た。
「魔法学校に入学できたお陰で家族は税金は免除され、家に住み続けられている。そうやってお世話になっているレオナール卿からの招待を断るなんてできないさ!」
生徒達がいないので、魔法学校の回廊もシーンと静まり返っている。
ふと、冬の夕空に高く聳えるルーベンスの塔が目に入り、フィンは遅まきながら気づいた。
「ファビアンから話を聞いた時に、師匠と過ごすからと断れば良かったんだ。これなら失礼にならないよな……来年からはそうしよう!」
領主であるレオナール卿や若君のファビアンとは、何度も会っているから緊張はしない。
問題は、晩餐会でレオナール卿夫人やファビアンの姉とテーブルを囲むことだ。
貴婦人との同席は、魔法学校に入学した日にマリアン達と揉めたのがトラウマになって気が重い。
しかも貧しい家庭で育ったフィンは晩餐会など未経験。テーブルマナーを本で調べたのだが、付け焼刃なので自信はなかった。
レオナール卿主催の冬至祭の晩餐会では、フィンが食べたことも無いご馳走が出た。
しかし、着飾ったレオナール卿夫人やファビアンの姉達との同席がやはり窮屈に感じられて、折角の料理の味もわからない。
ファビアンの姉の夫達も、家族団欒の場に紛れ込んだフィンに困惑していた。
座持ちの良いレオナール卿夫人やその娘達が、冬至祭に相応しい話題で場を盛り上げるなか、フィンは黙って食べるのに集中する。
晩餐会が終わると女性達は席を立ち、男性ばかりがテーブルに残った。
大人が食後の酒や葉巻を楽しむ一方、ファビアンはフィンと、自分の祖先についてや、ルーベンスの弟子見習いの様子について話したいと思っていた。
「レオナール卿、冬至祭の晩餐会にお招きくださり、ありがとうございました。俺はこれで失礼します」
ペコリと頭を下げたフィンが、寮に帰ろうと部屋を出ていくので、ファビアンは寮まで送ると言って席を立った。
「ファビアン様、わざわざ送ってくださらなくても大丈夫ですよ」
外套代わりの白いチュニックを玄関ホールで着ながら、フィンは遠慮した。
「いや、外の空気が吸いたいのだ。それに退屈な話には飽きたのだ」
ファビアンの姉やその夫達が、傲慢な性格のアレックスと雰囲気が似ていると感じていたフィンは苦笑する。
アシュレイ魔法学校に入学して、貴族には大きく分けて二種類いることがフィンにもわかってきた。
名門貴族とか地方貴族の区別や、詳しい財務状況はわからないが、国のために尽くしている貴族と、贅沢な暮らしをすることしか考えてない貴族が存在するのだ。
冬至祭のサリヴァンの街は、家族で祝ったり、酒場で騒いだりする様子が見られ、いつもより少し浮かれた雰囲気だ。
寒い街を寮まで歩きながら、ファビアンが語る。
「私はあの桜の木の下に眠っているのがアレンだとは知らなかったが、住民台帳で彼のことを調べた。初代レオナール卿が戦争の功績で領地を賜った後で、アレンは領民になっている。そして彼の娘レティシィアが初代レオナール卿に嫁いでから、我が家には魔法使いが生まれるようになったのだ」
フィンはレオナール家サイドからの見方を、ふ~んと興味深く聞いた。
「フィンの祖先は、魔法学校に行かないのに治療師が多いことも、帳面を調べてわかった」
だから、あの森に近い土地でも代々食べていけていたんだとフィンは考える。
「俺のお父さんやお祖母ちゃんは治療師じゃなかったし、お祖父ちゃんとお父さんは早く死んじゃったから、家は貧乏なんだよね。だから俺は治療師になって、カリン村に帰るつもりだったけど……」
呑気なフィンだったが、数ヶ月ルーベンスの元で修業しているうちに、自分をカリン村の治療師にするために師匠が弟子見習いにしたのでは無いとは気づいていた。
「ねぇ、ファビアン様、俺がカリン村の治療師にならないと村人も困るし、税金を免税してもらっているのに駄目なんじゃないかな?」
ファビアンは上級魔法使いのルーベンスの弟子見習いになった時点で、フィンがカリン村に帰ることは無いとわかっていたので、今更何を気にしているのかと呆れた。
「全く呑気だなぁ、そんなの気にしなくて良いさ。領地に治療師がいないのは問題だが、それはフィンが考えることじゃない」
そう言われても、夏休みに帰省していた時に村人から期待が込もった声を掛けられたことを思い出してしまう。
「冬休みの間に俺は勉強の予習をしておくつもりだったけど、師匠と少し相談してみなきゃいけないな……」
ルーベンスは春に桜が咲いた頃、もう一度カリン村を訪ねたいと話していた。
どうせ吟遊詩人としてのんびりした旅になると思い、フィンはこの前みたいに宿題を片づけるのに苦労しないよう、予習しておこうと考えたのだ。
「勉強面なら教えてあげられるよ」
ファビアンはルーベンスが高齢なのを心配していて、フィンはできるだけルーベンスの側で学ぶべきだと考えていた。本当は、勉強などは後回しでも構わないと思う。
しかしフィンが「落ちこぼれ」と揶揄されるのにはカチンときていたので、ちゃっちゃと勉強を済ませば良いと提案したのだ。
「でも、冬休みなのに……」
「冬休みで暇にしているから、勉強を見てやれるのだ。それに飛び級して高等科に入るので、私も予習する必要があるからな」
フィンは、ファビアンが飛び級したのかと驚いた。
夏休み前にファビアンの春学期の成績表を見て、レオナール卿が叱責したのを思い出したからだ。フィンの驚く顔を見て、チェッとバツの悪い顔になる。
「言っておくが、父上に叱られたのは授業態度がなってないとヤン教授が報告したからだ。成績自体は問題なかったし、秋学期は遅刻や無断欠席しなかったから、飛び級できたのだ。これであと三年したら、ノースフォーク騎士団に入団できる」
へぇ~、賢いんだぁと尊敬の眼差しを送るフィンに、自分は筋肉馬鹿だと思われていたのかとファビアンはガックリする。
「ファビアン様が予習する必要があるのなら、俺の勉強を見てもらってもよろしいですか?」
「だから、初めから見てやると言っているじゃないか。それと、様付けは止めてくれ。アシュレイ魔法学校では身分は関係ない。自治会長のカインズだって様付けで呼ばれてないだろ」
確かに、伯爵家のカインズ自治会長にも誰も様付けはしていない。せいぜい下級生が自治会長と呼ぶ程度だ。
「でも、俺にとっては領主の若様だから……けじめがあるし」
「なら、領地では勝手に呼べば良いけど、魔法学校では駄目だ。私が偉そうにしているように誤解させたいのか?」
実際に偉そうな態度だとフィンは思ったが、馬鹿な貴族とは違うとも知っていた。
「わかりました」
フィンが納得したのでファビアンは満足そうに頷く。
その様子は整った容姿のせいもあり、やはり偉そうに見えて、フィンはクスリと笑ってしまった。
フィンは冬休みの間、午前中はファビアンと勉強し、時々は身体を動かせと言われて、剣の稽古をして過ごした。
朝に弱い師匠が起きた午後は、側で魔法の技を教えてもらう予定だったが、こちらは相変わらず吟遊詩人の弟子になったのかとフィンを嘆かせる結果になった。
「使者パロマの魔唄もどきを、私が教えたと思われたら心外じゃ。きちんと竪琴を奏でられるようになりなさい」
冬の寒い時期なので、塔の暖炉にも火がおこされている。
パチパチと陽気な音がする薪すら恨めしく眺めながら、フィンは竪琴の練習をする。
冬休みの間にフィンは関節痛だけでなく、二日酔いや気管支炎の治療の技も腕を上げたが、これで修業になっているのか甚だ疑問だ。
しかし、ルーベンスと暖炉でマシュマロを焼いたりお茶を飲んだりして過ごす時間に、フィンは歴史や政治について授業で習う真っ直ぐな見方だけでなく、裏の事情や、斜めからのシニカルな意見を聞いていた。
上級魔法使いの弟子見習いとしてのフィンの修業は少しずつ進んでいたのだが、フィンとしてはもう一つピンとこないまま冬休みを終えようとしていた。
「せめて、移動魔法ぐらい教えてもらいたいなぁ。ベーリングさんに教えてもらっただけだもの」
フィンは師匠には内緒で、何回か家に手紙を魔法で移動させていた。
しかし、雪に閉ざされたカリン村から返事が来ることもなく、ちゃんと着いたかどうかもわからない。
引き出しの中にある冬至祭のプレゼントと、毎月もらっている給金を貯めて入れている革袋をじっと見つめて、師匠に魔法移動で送れないか尋ねることにした。
「年が明けたら、マイク兄ちゃんは年季奉公が終わる。このお金があれば、手先の器用さを生かして親方の弟子になれる」
春にカリン村を訪ねる時に渡そうと貯めている給金や、冬至祭に間に合わなかったので、雪解けして定期便が復活したら送ろうと引き出しに入れているプレゼントを持って、ルーベンスの塔を登る。
冬場のルーベンスは本当に調子が悪い。
年齢からくる関節痛と、長年の飲酒や喫煙からの気管支炎などに加えて、アシュレイが国境線に掛けた防衛魔法を維持するのが身体に応えるのだ。
冬だから北の国境線の防衛魔法を解いても良いとは思うのだが、一旦解いてしまったら掛け直せるかルーベンスには自信がない。
「私も年を取ったものだ……若い頃に師匠から防衛魔法を引き継いだ時は、これほど負担には感じなかったのだが……」
せめてフィンが十五歳になり、身体も成長してから、防衛魔法を少しずつ肩代わりしてもらおうとルーベンスは考えていた。身体が成長するまでは、負担になる魔法を教えるつもりは無かったのだ。
ただ、冬になり自分の体力がこれほど落ちているのに愕然とした。
フィンは落ち着きがないので、気儘で体力のない自分が教えるのは無理ではないか、とルーベンスは溜め息をつく。
「何故、ああも落ち着きが無いのか……魔法の技など習わなくても、物の本質を見極める目を持てば良いだけなのに……」
師匠として問題のあるルーベンスなりに、フィンの指導に悩んでいた。特に魔法の技を習いたくて仕方が無いウズウズした目に見つめられると、困惑してしまうのだ。
「何故、アシュレイ魔法学校の初等科は魔法学の授業時間が少ないのか、フィンは考えないのか……心身が未熟な生徒が魔法の技を学び過ぎるのを防いでいるのに……あのチビ助は考えたことも無いのだろうなぁ」
懇々と説教しなくてはいけないのかと、教育者としての素質を持たないルーベンスは嫌気がさす。
ふと綺麗に掃除された壁沿いの書棚を見て、よっこらせと立ち上がる。ブックエンドのように、楕円形の石が置いてあった。
「おや、こんな所にあったのか……」
ルーベンスは石を手に取って、愛おしそうに撫でる。
「これは師匠からもらった物だが、フィンに譲ってやろう。少しは落ち着くかもしれない。それに私に魔法の技を教えろとせっつくのを、一寸の間は忘れるかもしれないからな」
しめしめとルーベンスはほくそ笑んで、石をマントの袖で包んだ。
「師匠? 起きていますか?」
タイミング良くフィンが顔を見せる。しかし結局冬休みは、フィンの思惑ともルーベンスの思惑とも異なるものになった。
二 竜の卵?
新年を家で過ごした生徒達が少しずつ寮に帰って来て、冬休みが終わりに近づいたのだとフィンは感じる。
それと同時に、新入生達が着慣れない新しい白いチュニック姿で、自治会のメンバーに世話されているのがちらほら目に入り、自分も二年に進級したのだと実感した。
フィンは、プレゼントと給金を結局は机の引き出しに置いたままだ。
あの日、師匠に移動魔法を教えてもらおうと塔に登ったのだが、キッパリと拒否された。
がっかりしたフィンに、身体の負担になるとルーベンスは説明してくれたが、あまり納得できなかった。
「では、この竜の卵に魔力を注いで、竜を孵すことが出来たら、技を教えてあげよう。お風呂と武術訓練の時以外は、肌身離さず持ち歩いて魔力を注ぐのだぞ」
フィンは手渡された楕円形の石を困惑して見つめた。
「これが竜の卵なのですか? 石にしか見えませんけど……」
不審そうなフィンにルーベンスは、自分は師匠のトラビスに言われたら信じたのに、と憤懣やるかたなく思い、上級魔法使いの言葉を信じないのか、と怒鳴りつけた。
それからフィンは青灰色の石を常に持ち歩いている。
ちょうどチュニックのポケットに入る大きさなので、持ち歩くのに不便は無いが、どうしても石にしか思えない。時々、手に持って魔力を注ごうとするのだが、そのやり方もわからず見つめるだけだった。
朝食を食べ終わり、ファビアンと勉強しようと図書館に来た時、ポケットの中の卵が座った拍子に机の脚にぶつかって、ゴツンと音を立てた。
取り出して傷が無いかと調べるフィン。
「おや? 何をしているのだ?」
なんとも気の早いファビアンが、新調した青色のマント姿で図書館に来て声を掛けてきた。
「あっ、青色のマントだぁ~! 良いなぁ、チュニックって子供っぽいもの……」
初等科の生徒の中でも小柄なフィンが愚痴るのを、まぁまぁと少し自慢げに慰めて、ファビアンは本題の石の説明を聞く。
「師匠ったら、この竜の卵に魔力を注いで孵せたら、魔法の技を教えてやると言うんだよ。でも、俺には石にしか見えないし、石に魔力を注ぐってどうすれば良いのかもわからない」
ファビアンはフィンから竜の卵らしい石を受け取って、真剣に眺めた。しかし結局は首を捻って返す。
「私は元々土の魔力体系は苦手なので、魔力を注ぐやり方はわからないよ。でも、ルーベンス様はフィンの師匠なのだから、やり方を教えてもらえば良いのでは?」
なるほど! とフィンは席を立ちかけるが、こんな朝早くから師匠は起きていないと、落胆してボスンと座り直した。
「その落ち着きの無さを、矯正しようとされているのではないのかな?」
ファビアンに笑われて、そんなに落ち着きが無いかなと膨れたが、「その顔は……!」とまた笑われてしまう。
「魔法は精神統一が大事だから、卵に魔力を注ぐことで身に付けさせようとされているのだよ。あと、体力も大事だよ」
ある意味ではファビアンの方が、ルーベンスより指導者の素質に恵まれている。高等科に飛び級できて、あと三年で騎士団に入団できる目星のついたファビアンは上機嫌だった。
休日や暇な時間は武術訓練をしようと考えていたが、騎士として国を護るには政治情勢の分析力も必要だと勉強に励む。
特にノースフォーク騎士団は北の国々の情勢を調査するのも役割なので、他国の歴史や文化も深く勉強しなくてはと、熱心に本を読んでいた。
フィンはそういった各国の裏事情などを、ルーベンスから世間話の一環として聞いていた。
「ファビアン? その本で何を勉強しているの?」
少し勉強疲れしたフィンは、ふと目を上げた時に、ファビアンが眉根を寄せて本を読んでいるのに気づいた。
「ああ、この本は引退した外交官がカザフ王国の野望について書いた本なのだ。今から十年も前に発行されていたのに、誰もこの警告に耳を傾けなかったのだなと思うと……」
ノースフォーク騎士団はカザフ王国との国境を護っている訳じゃ無いのに、とフィンは首を傾げたが、そこでルーベンスの言葉を思い出す。
「あっ、カザフ王国の王女がサリン王国に嫁いで、バルド王国を挟み撃ちにしようと画策しているから。北の国境線上で戦乱になると思って勉強しているの?」
ファビアンは、カザフ王国とサリン王国が婚姻で手を結ぶなど知らなかったので、顔色を変えた。
「大変だ、バルド王国をカザフ王国とサリン王国で分割したら、ノースフォーク騎士団はカザフ王国と向き合うことになる。それにカザフ王国はきっとサリン王国も手に入れるつもりだ」
フィンは訳がわからず首を捻る。
「ええっと、カザフ王国の王女がサリン王国に嫁ぐんだよ。サリン王国の王女が嫁ぐのなら、持参金として一部の地区を分譲しろとか言う場合があると歴史で習ったけど……」
首を傾げるフィンに、ファビアンが、この本に婚姻で領土を広げるカザフ王国のやり口が書いてある、と説明する。
「カザフ王国は旧帝国を復興させたいのだ。あまりに巨大になりすぎて、支配者は自分達の権力闘争や陰謀ばかりに熱中し、政治を腐敗させて旧帝国は滅びたというのにね。カザフ王国は次々と王女を嫁がせては、次の世継ぎを生ませて諸国を傘下に置いている。もちろん、自国にも他国の王女を娶り、本国の相続権を主張して攻め込んだりもする」
この本が出る前から、カザフ王国は周りの小国をそうして吸収していたのだが、ここ十年は露骨だとファビアンは顔を曇らせた。
「他の支配された国の人達は反乱とか起こさないの?」
そんなに次々と国を支配していたら大変だろうと、フィンは不思議に思う。
「そこがカザフ王国の狡い所なのだ。先に支配した国を、次に支配した国の占領統治者にするのさ。国王は退位させられるし、時には戦争中に殺されたりする。貴族も反抗する者は処刑されるが、一応はカザフ王国の王女が生んだ王子が即位するし、占領を受け入れた貴族は他国の支配者になれるのだ」
フィンはカザフ王国とはお付き合いしたくないな、と顔をしかめた。
まだ子供のフィンには難しい話だったかとファビアンは思ったが、いや、既にカザフ王国とサリン王国の婚姻関係を知っていた、と考え直す。
ルーベンスが少しずつ、フィンを教育しているのだ。
午前中は真面目に勉強したフィンだが、パック達が寮に帰って来たのを見つけておしゃべりをし、ルーベンスの塔に行くのが遅れた。
「関節が痛いのに、フィンは何をしているのだ?」
霙のせいで、ずきずきと膝が痛むと自分で治療の技を掛けたが、いまいち効き目が悪く不機嫌でルーベンスは待っていた。
フィンを呼び寄せようと、常に持っている竜の卵を媒介にして『すぐ塔に来い!』と伝える。
ルーベンスはフィンと同じように、トラビスの弟子になった際に、気儘な性格を治すようにと竜の卵を渡され数年持ち歩いたので、卵には絆を感じている。
フィンはパックやラッセルと冬休みの出来事を話していたが、ポケットの中の竜の卵が急に熱くなった気がして取り出した。
「げっ! 師匠がすぐに塔に来るようにと言っている気がする」
落ち着かせるために竜の卵を渡したのに、余計にあたふた慌てさせてしまったと、関節痛の治療の技を掛けてもらって痛みが引いたルーベンスは少し反省した。
友達と冬休みの話をしていたと聞いて、このフィンは実家にも帰らなかったのだと、可哀想に思ったのだ。
「何か一つ、要望に答えてやろう」
ルーベンスは、フィンが家族に買ったプレゼントを移動魔法で送ってやっても良い、と提案する。しかし竜の卵に魔力を注ぐ方法を教えてと頼まれて、ヤレヤレ、やはり腰を据えて指導しなくちゃいけないな、と溜め息をついた。
三 師匠も楽じゃない
フィンは春学期が始まって、毎朝ずっと竜の卵に魔力を注ぎ込むのが日課になっていた。
灰青色の楕円の石を手に取って、習った呼吸方法を続けながら、竜の姿を思い浮かべる。
師匠に竜の卵へ魔力を注ぐやり方を習ったが、どうもフィンには石にしか思えず、卵が孵りそうにない。
「竜の姿って言われても……」
大きな溜め息をついて、竜の卵をチュニックのポケットにしまい、今朝の訓練はおしまいにした。
どうにもフィンには竜の卵に魔力を注ぐという訓練が、馬鹿げたことにしか思えない。
「師匠も、トラビス師匠からこの石をもらって、魔力を注いだんだよね~。ということは、俺よりずっと魔力の強い師匠がやって孵らなかったから、この竜の卵はここにあるわけだろ……無理じゃない?」
師匠が魔法の技を教えるのが面倒くさいから、こんな竜の卵を孵せという無理難題を出したのだと憤懣やるかたない。
第二学年になり、フィンは学習面で優等生とは言えないまでも、落ちこぼれと呼ばれることは無くなった。
なかなか寮に戻って来なかったので、自主退学したのかと思われていたアレックス達も、級長のラッセルに詫びを入れて復学し、前よりも大人しくしている。
ラッセルを物置に閉じ込めた件で親に叱られ、悪口を言っていたフィンが上級魔法使いの弟子見習いと親に知られて、仲良くするように諭されたからだ。
仲良くする気は無さそうな態度だが、ちょっかいを出すことも無くなったので、フィンの学校生活は楽になった。
そしてフィオナとエリザベスは、相変わらずアレックス達とつるんで勉強をサボっているマリアンやアンジェリークとは、別行動をすることが多くなった。
級長のラッセルやラルフやパックなどに、フィオナとエリザベスが加わって、一緒に食事を取ったりする。
フィンは昼食を食べながら、昼からの師匠との魔法学の授業で、この竜の卵はただの石で、魔力を注いでも意味が無いのではと、問い質そうと決意していた。
二学年になってから師匠にあれこれ魔法の技を習っていると友達から聞き、羨ましくて堪らなくなったのだ。
特にフィオナは土の魔法体系で、少しの間同じ教授から習っていた。次々と新しい技を教えてもらっていると聞くと、フィンは怠け者の師匠を恨みたくなる。
二学年になって、魔法学は朝一ではなく、昼一に変わったのに、ルーベンスはキチンと起きていることは少ない。
同じテーブルで食べている仲間から、上級魔法使いにどのような高度の技を習っているのだろうかという好奇心に満ちた視線を感じるが、フィンは関節痛や気管支炎の治療の技しか習っていないので、口を噤んだままだ。
今のフィンの一番の不満は、師匠が竜の卵を押し付けたまま、魔法の技を教えてくれないことだった。
昼食の席を早めに立って、竜の卵は石にすぎない、師匠が孵せなかったのがその証拠だ、と抗議して、今日こそ真っ当な魔法学の授業をしてもらおうと、ルーベンスの塔に急ぐ。
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