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1巻
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しおりを挟むプロローグ
昔、アシュレイと呼ばれる偉大な魔法使いがいた。
三百年前、数国の連合軍に囲まれたシラス王国の危機を救い、国王の懇願で十数年を王都のサリヴァンで過ごしたが、数名の弟子を育てると忽然と姿を消した。
アシュレイという若く見える魔法使いが、どこから来たのか、そしてどこに消えたのかは、謎とされている。
アシュレイは自分を英雄視する風潮を嫌い、姿を絵に残すのを禁止したので、どのような風貌だったかもわからない。
その後、アシュレイが残した言葉を纏めた数冊の魔法書を基に、何人かの弟子がアシュレイ王立魔法学校を創立した。
魔法学校が創立されて百年が経つ頃には、素質のある子供達が魔法使いになろうと王国全土から集まってくるようになった。
魔法使いは出自によらず厚遇されるので、王族や貴族はこぞって素質に恵まれた子孫を残そうと、魔法使いと縁談を組んだ。
そのお陰で上流階級から、多くの魔法使いが輩出されるようになった。
魔法使いは寿命が長い。庶民の平均寿命が五十歳ぐらいなのに対し、魔力に応じて百歳を超える魔法使いが多いことも、その傾向に拍車をかけたのかもしれない。
こうしてシラス王国は、魔法が使える貴族階級と魔法が使えない平民階級という、寿命も違う二つの階層を持つことになった。
しかし十数年前から、マキシム王は、平民階級からも素質のある子供を拾い上げて育成することにした。
王家に仕える魔法使いの能力が低下してきていることに加え、アシュレイが実は農民階級出身だったという極秘資料があったからだ。
アシュレイが王都から消える前に、故郷に帰って結婚すると呟いていたと、弟子の一人が書き残してもいた。
「もしかしたら、アシュレイの子孫がどこかに居るかもしれない」
そう考えたマキシム王は、受験する子供を増やそうと、魔法学校に入学した平民の家族は免税されるとの通達を、国中の小さな村にまで徹底して周知させた。
しかし、入学希望者をテストしながら地方を巡回する教授の目に留まる平民の子は僅かで、いまだ大部分の入学者は貴族階級出身が占めていた。
そんなある年、北部辺境にあるカリン村の少年が、魔法学校の入学基準をクリアする。
マキシム王は、魔法学校のヘンドリック校長の報告を期待していたが、少年の才能は下級魔法使いになれれば良い程度だと聞いて、肩を落とした。
「下級魔法使いも必要だが……それより今、我が国には上級魔法使いが一人しかいないのだ」
沈鬱そうに言うマキシム王と同様に、ヘンドリック校長も、シラス王国唯一の上級魔法使いルーベンスが年老いてきていることに心を痛めていた。
「ルーベンス様の技を引き継ぐ魔法使いが必要なのですが……」
上級魔法使いは国の宝であり、ルーベンスには子孫を残すようにと、綺麗な令嬢を歴代の国王が何人も紹介した。しかしルーベンスはとても気紛れで、国王の紐付きの女など真っ平御免と言い切って、独身のまま老いていった。
マキシム王とヘンドリック校長は、ルーベンスの技を引き継ぐべき魔法使いをずっと探してきたが、才能に恵まれた子供を見つけられないまま、数十年という年月だけが過ぎた。
「このままでは、上級魔法使いがいなくなってしまう」
シラス王国の領土は他国に比べると狭いが、南東に良い港を持ち、交易が盛んに行われている。隣国にとってはよだれが出そうな土地なのだ。
三百年前の戦争を教訓に、歴代の王が国境線の軍備に力を注いではいる。だが年老いたルーベンスの存在が、依然として他国への抑止力になっているのが実情だった。
――期待されない入学基準ギリギリの少年は、未だ合格通知を手に入れていない。雪深い辺境のカリン村に合格通知が届くのは、早春になるだろう。
一 カリン村のフィン
雪解けのぐしゅぐしゅ道を、フィンは急いで家に走っている。
耳当ての付いた毛皮の帽子からはみ出した、茶色の巻き毛がリズミカルに弾む。
毛糸の手袋をはめた手には、魔法学校の合格通知を握り締めていたが、グショッと足を滑らせて転んでしまった。
「ああ、合格通知が……」
村の郵便屋で結果を知り、家に急いでいたフィンは、泥で汚れた合格通知を、緑色の瞳で困ったように眺める。
未だ幼さの残る顔。冷たい風の中を走ってきたので鼻と頬が真っ赤だ。
手袋で汚れた部分を拭ったら、余計に泥を広げる結果になり、思わず泣きそうになる。
「汚れても、不合格にはならないよね」
今度は転んでも汚さないように、上着のポケットに注意深くしまい込んで、これで家族は追い出されずに済むと安堵しながら、森の側の家へと急いだ。
シラス王国の王都サリヴァンには、アシュレイ魔法学校がある。そこに入学が許された子供の家族は、税の納付が免除されるのだ。
北部辺境のカリン村は、森に囲まれた貧しい村だったが、中でもフィンの家は特に貧しい。何故なら、貧乏人の子沢山を絵に描いたような一家だからだ。
それでも四年前までは、父親のケリンと母親のメアリーは貧しいなりに、六人の子供達を養っていた。
ケリンは毎年冬になると、雪に閉ざされるカリン村を離れて、南西の国境線を守備する防衛壁の修復工事に出稼ぎに行った。しかし不幸なことに、そこで足場が崩れる事故に遭い、命を落としてしまう。
父親の死後、三人の兄は必死に畑を耕したが、税金を払うことができず、十三歳になると次々と町に奉公に出た。それから三年間は、奉公の前払い金でどうにか税金を払い、母親とフィンで畑仕事を頑張って、カツカツの生活をしてきた。
「お兄ちゃんのように、俺も奉公に出るよ」
農耕馬もとうに売り払っていたし、父親がいた頃の三分の一も耕せない畑では税金が納められないのは、十歳のフィンにも理解できた。
奉公に出た兄達からは、夏至祭や冬至祭のお小遣いさえも送ってもらっている。フィンはこうなれば、自分も奉公に出て母親と妹達を養おうと覚悟を決めた。
「でも、お前は十歳だよ。奉公は十三歳からと決まっているのに……」
父が死んでからの苦労で、艶やかだった茶髪に白髪が目立つようになった母メアリーに、年なんか誤魔化せばいい、と笑った。
でも……と心配そうに茶色の瞳を曇らせるメアリーに、フィンは胸が締め付けられた。
「春になれば十一歳だから、大丈夫だよ」
しかし隣町まで歩いて行ったフィンは、ことごとく門前払いされた。十歳で栄養状態も悪くチビなフィンを、雇ってくれるような奉公先は無かったのだ。
兄達の奉公先にも訪ねて行ったが、手が足りているとか、年が満ちていないと断られた。
「フィン、無理をするな。いざとなったら、ゲイル伯父さんの家に置いてもらえる」
長兄ハンスの言葉に、フィンは泣きそうになる。
メアリーの兄ゲイルは、貧乏なケリンとメアリーが結婚するのに反対したという。甥のフィンと会っても挨拶もせず、中年太りの腹を突き出すように歩き去ってしまう。
それに従兄弟達も、貧乏なフィンの一家と親戚だと思われるのを露骨に嫌がっていた。
父親のケリンが生きていた頃、数年通った村の学校で虐められた記憶が蘇る。兄のお古を着たフィンのことを、散々からかったのだ。
「ゲイル伯父さんの家には住みたくない」
ハンスも、ゲイル伯父なら貧乏な身内を奴隷同然にこき使うだろうと、自分の力の無さに拳を握りしめる。幼い妹達――ローラとキャシーが意地悪な従兄弟に虐められるのもわかっているが、今は弟のフィンを頼るしかなかった。
「来年になれば年季が明けるから、給金がもらえるようになる。あと数年辛抱すれば良いだけだ。それまで妹達と母さんを頼む」
そう言いながらも、ハンス自身が不安に思っているのだから説得力は無い。
「ハンス、いつまでサボっている! 荷物を倉庫に運んどけと言っただろ」
裏門でフィンと話していたハンスは、じゃあなと肩を叩き、倉庫へ走っていった。
フィンはガッカリして町を歩いていたが、集会所の張り紙に子供達が群がっているのに気づいて、フラフラと近寄る。
「アシュレイ魔法学校の入学試験が巡回してくる!」
町の子供達は、興奮して話していた。
「魔法使いになれたら良いなぁ」
フィンの呑気な言葉を、年長の子供が馬鹿にする。
「ふん、魔法使いなんて貴族しかなれないんだぞ!」
「でも、誰でも入学試験を受けられると書いてあるよ」
フィンの反論を、町の子供達は笑った。
「じゃあ、お前受けてみろよ。魔法使いの素質なんて、ありそうにないけどな」
シラス王国の魔法使いは支配者階級から多く輩出されており、寿命も長く、庶民とは別の人種だと考えられていた。どこから見ても貧しい身なりのフィンを、子供達は嘲笑う。
「受けてみるよ! 入学できたら税金を免除されるんだもの」
こうしてフィンは、アシュレイ魔法学校の入学試験を受けることにした。しかし、フィンも自分がまさか合格できるとは思っていなかったので、母親のメアリーにも内緒にしていた。
案の定、秋の税金が払うことが出来ず、カリン村の管理人は気の毒だが家から出て行ってもらうしかないとメアリーに告げた。
「出て行けと言われても……子供も居るのに……」
管理人も、夫を亡くしてからのメアリーの苦労は知っていたが、仕事なので甘い顔はできない。
「メアリー、あんたにはお兄さんが居るじゃないか。ゲイルの家なら、お前達も養えるだろう」
「兄には、ケリンと結婚した時に絶縁されています」
管理人はとにかく家を空けてもらいたいので、ゲイルには自分から、身内の面倒を見るように伝えると言い切った。
「そんなこと兄は承知しないです」
「いや、承知させるさ」
普段から口数の少ないメアリーだが、それでも必死に頼み込み、春までの滞在を許してもらった。
春になったら小さな家を追い出され、ゲイル伯父の家に厄介になるしかないのかと、フィンの小さな胸はつぶれそうだった。
「アシュレイ魔法学校に入学できたら良いのになぁ」
管理人から話を聞いたゲイル伯父の訪問を受けてからというもの、母と妹達は怯えて暗い顔をしている。
「お前が妹だなんて、我が家の恥だ。私の反対を押し切って、ケリンなんかと結婚した結果がこの有り様だ! 管理人に言われたから、仕方なく引き取るのだぞ! 言っておくが、お前達は自分の食い扶持を働いて返すのだ。納屋に住んでもらうからな」
高圧的なゲイル伯父に、フィンは、自分は納屋で寝ても良いが、母親と妹達は家で寝させてくれるように頼む。
「フン! チビの役立たずのくせに、口だけは一丁前だな。まぁ、村の奴らの目もあるから、台所の隅にでも寝させてやろう」
冬の間にやっておけと、山ほどゲイル伯父が内職を置いていった。メアリーは蝋燭を節約するために、日中はずっと針仕事をしている。
フィンは試験の結果が発表される十二月から、天気の良い日は村の郵便屋まで何度も足を運んだが、毎回空振りだった。
「落ちたのかな……」
入学試験の巡回講師との面接の感触で、もしかしたら合格できたのかなと期待していたが、雪が溶けてくる頃になるとフィンは半ば以上諦めた。それでも、不安そうに家の片付けをしている母親や妹達を見て、村の郵便屋までぬかるんだ道を通うのは止めなかった。
昨日、管理人がいよいよ次の家族に家を明け渡すようにと告げに来た。フィンは最後にもう一度郵便屋まで行こうと決めた。
(これで来ていなければ、不合格だったんだ。雪も溶けたし、畑仕事が始まる季節だもの。ゲイル伯父さんの畑は広いから、耕すのも大変だろうな)
冬の間、手紙が届いていないかと何回も顔を出すフィンに、郵便屋の小母さんは届いてないと、いつも気の毒に思いながら告げていた。
今朝に隣町から来た郵便の袋に、フィン宛ての手紙を見つけて小母さんは驚く。
「これはアシュレイ魔法学校の紋だよね……私は生まれて初めて見たよ……」
田舎の村にプライバシーはほとんど存在しないが、流石に封蝋を破って中味を読むことは法律違反なので出来ない。
「フィンが早く来ると良いのにねぇ」
村の郵便屋には噂も集まるので、フィンの家族が家を失って、傲慢なゲイルの家に厄介になるという話を小母さんも知っていた。上質な手紙を見つめながら、これはもしかしたらと期待してフィンが来るのを待つ。
「まぁ、不合格通知ということも有りえるんだからね。今までカリン村じゃあ、入学試験を受けた子供が居なかったから見たことがないのかもしれないし。フィンに貴族様の血が流れているとは思えないしね」
小母さんは変に期待しないでおこうと思いながらも、仕事が手につかない。そんな時に、フィンが寒さで顔を赤らめて屋内に入って来た。
「おはよう」
挨拶するフィンに、小母さんは手紙を差し出す。
「フィン、手紙が届いているよ」
フィンは目をまん丸にして、小母さんから手紙を受け取り、ペーパーナイフを借りて封蝋を破る。手袋をしていたものの、寒さにかじかんだ手がもどかしい。
「何て、書いてあるんだい?」
フィンが手紙を開いたまま固まっているので、小母さんは読めないのかなと覗き込む。
「やったぁ! 合格だぁ! これで家を明け渡さないですむ」
驚く小母さんを抱きしめて頬にキスをすると、手に合格通知を握り締めたまま、フィンは郵便屋から走り去った。
「おやまぁ、ぶったまげた話だよ。あのフィンが魔法使いになるのかねぇ」
アシュレイ魔法学校に入学できても、全員が魔法使いになれるわけではないのだが、そんなことを知らない郵便屋の小母さんは、ビッグニュースを誰かに教えてやりたくて早く客が来ないかとウズウズする。
しかし、生憎なことに、ぬかるんだ道を郵便屋まで訪れる者はいなかった。
二 家族との別れ
「お母さん、俺は……」
勢いよく家に飛び込んだフィンは、ゲイル伯父の大きな背中にドシンとぶつかった。
「フィン、またほっつき歩いていたのか」
体格の良いゲイル伯父が、上から怒鳴りつけるのを無視して、フィンは上着から合格通知を取り出すと、痩せっぽっちのメアリーに見せる。
「お母さん、俺はアシュレイ魔法学校に合格したんだ。これで税金は免除されるよね。家を出て行かなくても良いよね」
メアリーは土で汚れた合格通知を震える手に持って眺めていたが、兄のゲイルに取り上げられる。
「何を寝ぼけたことを言っている。お前なんかがアシュレイ魔法学校に合格するわけが……」
ゲイルは土に汚れた合格通知を、何回も読み直す。
「フィン、お前は魔法学校の入学試験を受けたのか?」
フィンはゲイル伯父の質問を無視して、メアリーに、隣町に奉公先を探しに行った際、集会所の張り紙で巡回試験があるのを知ったのだと説明する。
「町の子供達は受けても無駄だと笑ったけど、受けなきゃ合格しないと思ったんだ。講師との面接では魔力があると言われたけど、筆記テストは散々だった。なかなか通知がこないから、不合格だと思ったよ」
驚いて目を見開いている母親に説明し終わると、背の高いゲイル伯父から合格通知を飛び上がって引ったくる。
「お母さん、管理人さんの家に話に行ってくるよ」
税金は免除されても、自分が抜けたら、畑仕事は母親だけでしなくてはいけなくなる。フィンは生活費を出世払いにしてもらえないか、管理人と交渉してみようと考えたのだ。
ゲイルは管理人の所に付いて行くと主張したが、フィンはキッパリと断る。
「付いてきてもらわなくても良いよ!」
「何を言う、お前はまだ子供じゃないか」
急に保護者面をしだしたゲイル伯父は、断ったのにもかかわらず、管理人の家まで付いて来た。
カリン村の管理人は、実際はこの付近の領主であるレオナール家の下請けに過ぎない。しかし当主のレオナール卿は王都に住んでいて、夏のバカンス時期に隣町の屋敷にしばらく滞在するだけだったので、カリン村の住人にとって管理人は領主も同然だった。
管理人はフィンが訪ねて来たと召使いに告げられ、家を明け渡すのを愚図っているのかと溜め息をつく。フィンの父親が死んで以降、他の小作人からその土地で次男や三男を独立させたいという申し出が、管理人の元には何件も寄せられていたのだ。
レオナール卿から土地の管理を任されているので、税金を納められない小作人にいつまでも甘い顔はしていられない。
しかし書斎に入って来たフィンの後ろにゲイルがいるので、愚図っているのでは無さそうだとホッとした。
「何の用事だ?」
春のこの時期は忙しいので、フィンにサッサと話すように促す。
フィンは管理人の屋敷に入ったのは初めてで少し気後れしたが、おずおずとアシュレイ魔法学校の合格通知を差し出した。
管理人は泥に汚れたそれを受け取り、驚いて何回も読み返す。
「これは驚いた! フィンは魔法学校に入学するのか!」
知る限り、これまでカリン村から魔法学校に入学した人間などいない。
領主のレオナール卿は魔法学校で学んだ騎士だと聞いていたが、魔法使いの才が無かったのか、単に騎士のほうが向いていただけなのか、管理人には窺い知らぬことだった。
ゲイルは身内から魔法使いが出たので自慢げに胸を反らす。
「アシュレイ魔法学校に入学したら、家族は税金を免除されるのですよね。家は明け渡さなくて良いですよね」
フィンの真剣な瞳に管理人は困惑する。初めての事態だし、去年の秋の税金まで払わなくて良いものか判断できなかったのだ。
「それはレオナール卿に相談してみないと何とも言えないな」
失望でフィンの目から涙が零れそうになる。
「家族が家を失うなら、俺は魔法学校に行かない。十三歳になって奉公に出られるようになるまで、母さんの側にいて妹達の面倒を見てやらなきゃ」
数年経てば兄達の年季も明ける。自分の奉公の前借りで、長兄のハンスが小作地を分けてもらえるまで、ゲイル伯父の家で厄介になるしかないとフィンは涙を堪えて決意した。
「馬鹿なことを言うな! アシュレイ魔法学校に行かないなんて、許される訳がない」
「魔法使いになれば貴族同様だぞ! 馬鹿を言うのではない」
管理人とゲイル伯父は口々に宥めたり脅したりする。
「俺が入学試験を受けたのは、家を追い出されないためだ。母さんと妹達を放って、魔法学校になんかいけない」
管理人はレオナール卿に事情を説明して、家を明け渡さなくて良いか聞いてみると約束した。
「そうだ、確かハンスはそろそろ年季が明けるはずだな。税金を免除されるのなら、ハンスが家で畑仕事をすれば家族ぐらい養えるだろう」
家の明け渡しだけでなく、農地を草ぼうぼうにしておくのは恥だと考える管理人は、ゲイルの案に飛びつく。
「そうか。ハンスが農作業をするなら、レオナール卿も出ていかなくて良いと仰られるかもしれないな」
管理人とゲイル伯父が、自分をアシュレイ魔法学校に行かせようと必死なのに、フィンは驚く。
「そんなにアシュレイ魔法学校に入学するのって重大なことなの? 税金を免除されるから、入学したいだけなのに」
魔法使いになれたら良いなと漠然と思ったけれど、魔法のまの字も知らないフィンには自信がなかった。
その夜、レオナール卿から家を出なくて良いとの返事が来て、フィンはアシュレイ魔法学校に行くことが決定した。
隣町からハンスが帰ってきたので、畑を耕すのを手伝ってから、フィンはサリヴァンへ出発するつもりだ。
メアリーは夫ケリンの余所行きの服を解いて、フィンの服とシャツを縫う。四男のフィンは常に兄のお古ばかりで、ロクな服を持っていなかった。
メアリーはアシュレイ魔法学校がどんな所かも想像できなかったが、自分達とはかけ離れた貴族が通う所だと、噂を知り駆けつけた村人から聞いた。
貴族の子供のような服は準備してやれないが、せめてツギの当たったお古では入学させたくないと、針仕事に精を出す。
仲の悪かった兄のゲイルが手のひらを返してパンやハムを運んで来るのを、メアリーは拒否したかったが、秋の収穫までは菜園で採れる物しか食べ物がないので、仕方なく受け取る。
「私の甥が魔法使いになるなんて、全く名誉な話だ」
フィンは、合格しても魔法使いになれるかわからないのにと、上機嫌のゲイル伯父を見る度に気が重くなった。
農耕馬もゲイル伯父が貸してくれたので、元々広くない耕作地をハンスとフィンで耕し終えて、湿った土の香りを嗅ぎながら話し合う。
「ハンス兄さんが大人になって、父さんみたいに畑を耕せるようになるまでは、魔法学校を退学にならないようにするよ」
「それは嬉しいが、無理はするなよ。一、二年頑張ってくれれば、どうにか農耕馬を買えると思う。そうなれば税金も納められるはずだから」
春に十一歳になったフィンは兄弟の中でも小柄で、九歳の妹より少し背が高いだけだ。それなのにたった一人でサリヴァンに旅立つのである。
ハンスはフィンの巻き毛をクシャクシャにして、身体にだけは気をつけろ、と言って家に入った。
フィンは家から漂う、ゲイル伯父が持ってきたハムを小さく刻んで、豆と炊いている香りに鼻をヒクヒクさせた。
「今度帰って来るのはいつになるかな?」
畑仕事でお腹はグウと鳴っていたが、最後にお気に入りの場所に別れを告げに行こうと森へ向かった。
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