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第15章 次代の王
19 さらば!
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ゼリア王女との新婚旅行の最中だというのに、エドアルド国王に至急と呼び出されたショウは、東南諸島の大使館に滞在しないことを盛大に愚痴っているパシャム大使と共に王宮へ着いた。
「ショウ様、新婚旅行中なのに父上が呼び出して、申し訳ありません」
スチューワート皇太子が出迎えるだなんて、何事だろう? と、ショウは驚く。
「いえ、エドアルド国王から呼ばれたら、すぐに参りますよ」
不思議には思っても、こんな王宮の玄関口では尋ねたりはしない。パシャム大使は、立派な王太子になられたと感慨に耽る。
「早く、ゼリア王女のもとにお帰りになりたいでしょうから、父上の所に案内します」
てっきりエドアルド国王の執務室に向かうのだと思っていたショウだが、庭へと案内される。パシャム大使から白雪が体調を崩していると報告されたから、きっと鷹がらみだと溜め息をつきたくなった。
スチューワートは、ショウが鷹の件で呼び出されたのを面目なく感じ、皇太子自ら玄関まで出迎えに行ったのだ。
王宮の庭には、立派な鷹舎が設置してあり、ターシュと白雪が子鷹達と暮らしていた。その鷹舎の前で、エドアルド国王と鷹匠が肩を落として立っている。
「父上、まさか白雪が死んだのですか?」
ソッと声を掛けたスチューワートに、エドアルドは力なく首を横に振る。
「いや、まだ白雪は死んではいない。しかし、ターシュも餌を食べないのだ」
憔悴しきった鷹匠は、ガツンと地面に頭をぶつけるようにしてショウに頼み込む。
「レイテの鷹匠を至急連れて来て下さい! お願いします! 白雪を雛の時から育てた彼なら、きっと元気にしてくれます」
ショウは、地面に崩れ落ちている鷹匠の手を取り、引き起こす。
「魔力のある動物は長生きですが、白雪は普通の鷹です。寿命がきたのでしょう。どの鷹匠でも、あとは安らかに逝けるようにしてやることしかできませんよ」
エドアルド国王も「その通りだ」と、鷹匠に白雪の世話を任せる。
気を取り直した鷹匠が白雪の好きな魚を少しでも食べやすくなるようにすり身にしたり、鷹舎を暖かくしたり、精一杯の世話をしているのを、高い木の枝に止まったターシュは微動だにせず眺めている。
『ターシュ、お前も何か食べないと弱ってしまうぞ』
魔力のある動物は長生きだとはいえ、ターシュが鷹としてはかなりの高齢なのは確かだ。エドアルドは、白雪が体調を崩してから、ターシュも餌を食べなくなったのを心配している。
エドアルドの言葉を無視していたターシュだが、ピーッと白花とクレセントが魚を食べろと枝の上に持って来たので、少し身動ぎした。
『ターシュ、食べないと駄目だよ! ほら、白花とクレセンドがこんなに心配しているじゃないか』
フン! お前か? とターシュは、下を見下ろす。
『レイテの子鷹達は元気なのか?』
エドアルド国王は、自分を無視したのには舌打ちしたくなるが、やっと口をきいてくれたとホッとする。
『皆、元気にくらしているよ。メルローとマルゴは、立派な鷹とつがいになって、雛鷹を育てるのに忙しくしているよ。真白も綺麗なカグヤにめろめろなんだ。もしかしたら、今ごろは仲良く卵を温めているかもしれないよ』
相変わらずアスラン王の鷹匠は遣り手だと、エドアルドは悔しくなる。白花とクレセントに、何匹もの若鷹を紹介したのにつがいにできてない。
『白花は、白雪に似ている。カザリア王国の冬は、白花には寒すぎるみたいだ。レイテに連れて帰ってくれないか? 暖かなレイテなら、白花も楽に生きられるだろう』
エドアルド国王は、抗議の声をあげそうになったが、ターシュに睨まれて口を閉じた。確かに白花は、雄のクレセントに比べて二まわり小さい。
「良いのですか?」また鷹の事で揉めたくないと、エドアルド国王にお伺いを立てる。
「白花が居なくなるのは寂しいが、ターシュの願い通りにしてやってくれ」
外交の事ならお任せのパシャム大使だが、鷹の件では部外者の立場に押し退けられている。また、白花が元気に暮らしているか? といった問い合わせの書簡が何通もレイテに送られるのかと、首を竦める。
パシャム大使は、スーラ王国の大使館に帰るショウ王太子を寂しそうに見送ったが、ゆっくりと新婚旅行を楽しむどころでは無くなった。ショウ王太子を鷹の為に呼び出して、ゼリア王女に気の毒なことをしたと、スチューワート皇太子夫妻が簡単な夕食会に招いてくれたのだ。
「これで可笑しくないでしょうか? スーラ王国の服装で良いのかしら?」
ドレープがまだスレンダーなボディラインを引き立てているスーラ王国のドレスを着たゼリアは、若い瑞々しさと清らかさが際立っている。
「とても綺麗だよ。私も東南諸島の服装なのだから、ゼリアもスーラ王国の伝統的な服で良いに決まっているよ」
寒いからと毛皮のコートを着せかけてやる親密な様子に、ラダナル大使は満足そうに微笑む。これなら、ゼリア王女が跡継ぎに恵まれるのも早そうだと喜んだ。
「スチューワート様、ロザリモンド様、こちらがスーラ王国のゼリア王女です」
ゼリアは外国を訪問したのは、ショウの立太子式だけだったので、少し緊張していたが、すぐに打ち解けて話をしながら食事を楽しんだ。ロザリモンドは、一夫多妻制には賛成はできないが、他国の結婚制度に口出しはしないで、にこやかに新婚カップルと会話をする。
食事が終わると、帝国風ではご婦人達は先に席を立ってサロンでコーヒーやプチケーキなどを楽しむのが習慣だ。男性方が葉巻やブランデーを遠慮しないで楽しむ為と、ご婦人達の前では話せない内容もあるからだ。勿論、サロンでは殿方の前では話せない内容の話がご婦人方の間で交わされたりもする。
……この状況はマズいなぁ……
サロンにいるゼリアのことを心配したのではない。ゼリアは賢いから、ロザリモンド妃とも仲良く会話をはずませているだろうと、香りの良いブランデーを少し口に含む。スチューワート皇太子と二人っきりになったら縁談を持ち出されそうだと、ショウは警戒する。
「どうですか? 婿入りの感想は?」
少しからかう調子に、ショウも苦笑いする。
「少しだけ妻達の気持ちが理解できましたよ。後宮へ輿で入るのは、何となく心細くなるものですね。でも、サンズがついてきてくれてますから」
スチューワートは、羨ましいなと笑ったが、ロザリモンド様に言い付けますよとからかわれてしまう。
「私はロザリモンドだけで手一杯だ。それに不満は無いが、ヘンリーしか恵まれていないので、子だくさんのショウ様が羨ましいよ」
やんわりと冗談めかした会話から、やはりヘンリー王子にいずれかの王女を貰いたいという流れになった。未だ幼いですからと話を逸らしたが、真綿で首を絞められるような気持ちになる。
……いずれは、縁談が正式に申し込まれるだろうな……
ロザリモンド妃と仲良くなれたと嬉しそうなゼリアの肩を抱きながら、ショウは産まれたばかりのバイオレットがヘンリー王子に嫁ぐことになるかもしれないと複雑な気持ちで王宮を辞した。
パロマ大学を見学したり、ニューパロマの街で買い物をしたり、ロザリモンド妃とお茶会をしたりと、ゼリアはショウと新婚旅行を楽しんだ。
しかし、白雪が死んだ! と、エドアルド国王からショウはまた呼び出されてしまった。
「ショウ王太子、ターシュを引き留めてくれないか? あんな北部に帰るだなんて、死んでしまう! ターシュも若くはないのだ」
ショウは、白雪の死にショックを受けて自棄になったのだと騒いでるエドアルド国王の要求に従い、説得に加わったが、ターシュの意思は固かった。
『さらば! エドアルド!』
『ターシュ!!』
一声ピーッと高く鳴くと、ターシュは北へと旅立った。白花は寂しそうにピーピーと鳴いていたが、後は追わなかった。ニューパロマの冬でも白花には厳しいのだ。クレセントはターシュの後を追おうとした。
『クレセント、お前も行ってしまうのか……』
飛び立ったクレセントに、エドアルドの悲しみが伝わる。小さくなったターシュを追いかけるのを止めて、クルリと向きを変えて、エドアルドの肩に止まった。
『私が此処に残るから、そんなに落ち込むな!』
滅多に話さないクレセントが、エドアルドを慰めてくれた。
「ショウ様、新婚旅行中なのに父上が呼び出して、申し訳ありません」
スチューワート皇太子が出迎えるだなんて、何事だろう? と、ショウは驚く。
「いえ、エドアルド国王から呼ばれたら、すぐに参りますよ」
不思議には思っても、こんな王宮の玄関口では尋ねたりはしない。パシャム大使は、立派な王太子になられたと感慨に耽る。
「早く、ゼリア王女のもとにお帰りになりたいでしょうから、父上の所に案内します」
てっきりエドアルド国王の執務室に向かうのだと思っていたショウだが、庭へと案内される。パシャム大使から白雪が体調を崩していると報告されたから、きっと鷹がらみだと溜め息をつきたくなった。
スチューワートは、ショウが鷹の件で呼び出されたのを面目なく感じ、皇太子自ら玄関まで出迎えに行ったのだ。
王宮の庭には、立派な鷹舎が設置してあり、ターシュと白雪が子鷹達と暮らしていた。その鷹舎の前で、エドアルド国王と鷹匠が肩を落として立っている。
「父上、まさか白雪が死んだのですか?」
ソッと声を掛けたスチューワートに、エドアルドは力なく首を横に振る。
「いや、まだ白雪は死んではいない。しかし、ターシュも餌を食べないのだ」
憔悴しきった鷹匠は、ガツンと地面に頭をぶつけるようにしてショウに頼み込む。
「レイテの鷹匠を至急連れて来て下さい! お願いします! 白雪を雛の時から育てた彼なら、きっと元気にしてくれます」
ショウは、地面に崩れ落ちている鷹匠の手を取り、引き起こす。
「魔力のある動物は長生きですが、白雪は普通の鷹です。寿命がきたのでしょう。どの鷹匠でも、あとは安らかに逝けるようにしてやることしかできませんよ」
エドアルド国王も「その通りだ」と、鷹匠に白雪の世話を任せる。
気を取り直した鷹匠が白雪の好きな魚を少しでも食べやすくなるようにすり身にしたり、鷹舎を暖かくしたり、精一杯の世話をしているのを、高い木の枝に止まったターシュは微動だにせず眺めている。
『ターシュ、お前も何か食べないと弱ってしまうぞ』
魔力のある動物は長生きだとはいえ、ターシュが鷹としてはかなりの高齢なのは確かだ。エドアルドは、白雪が体調を崩してから、ターシュも餌を食べなくなったのを心配している。
エドアルドの言葉を無視していたターシュだが、ピーッと白花とクレセントが魚を食べろと枝の上に持って来たので、少し身動ぎした。
『ターシュ、食べないと駄目だよ! ほら、白花とクレセンドがこんなに心配しているじゃないか』
フン! お前か? とターシュは、下を見下ろす。
『レイテの子鷹達は元気なのか?』
エドアルド国王は、自分を無視したのには舌打ちしたくなるが、やっと口をきいてくれたとホッとする。
『皆、元気にくらしているよ。メルローとマルゴは、立派な鷹とつがいになって、雛鷹を育てるのに忙しくしているよ。真白も綺麗なカグヤにめろめろなんだ。もしかしたら、今ごろは仲良く卵を温めているかもしれないよ』
相変わらずアスラン王の鷹匠は遣り手だと、エドアルドは悔しくなる。白花とクレセントに、何匹もの若鷹を紹介したのにつがいにできてない。
『白花は、白雪に似ている。カザリア王国の冬は、白花には寒すぎるみたいだ。レイテに連れて帰ってくれないか? 暖かなレイテなら、白花も楽に生きられるだろう』
エドアルド国王は、抗議の声をあげそうになったが、ターシュに睨まれて口を閉じた。確かに白花は、雄のクレセントに比べて二まわり小さい。
「良いのですか?」また鷹の事で揉めたくないと、エドアルド国王にお伺いを立てる。
「白花が居なくなるのは寂しいが、ターシュの願い通りにしてやってくれ」
外交の事ならお任せのパシャム大使だが、鷹の件では部外者の立場に押し退けられている。また、白花が元気に暮らしているか? といった問い合わせの書簡が何通もレイテに送られるのかと、首を竦める。
パシャム大使は、スーラ王国の大使館に帰るショウ王太子を寂しそうに見送ったが、ゆっくりと新婚旅行を楽しむどころでは無くなった。ショウ王太子を鷹の為に呼び出して、ゼリア王女に気の毒なことをしたと、スチューワート皇太子夫妻が簡単な夕食会に招いてくれたのだ。
「これで可笑しくないでしょうか? スーラ王国の服装で良いのかしら?」
ドレープがまだスレンダーなボディラインを引き立てているスーラ王国のドレスを着たゼリアは、若い瑞々しさと清らかさが際立っている。
「とても綺麗だよ。私も東南諸島の服装なのだから、ゼリアもスーラ王国の伝統的な服で良いに決まっているよ」
寒いからと毛皮のコートを着せかけてやる親密な様子に、ラダナル大使は満足そうに微笑む。これなら、ゼリア王女が跡継ぎに恵まれるのも早そうだと喜んだ。
「スチューワート様、ロザリモンド様、こちらがスーラ王国のゼリア王女です」
ゼリアは外国を訪問したのは、ショウの立太子式だけだったので、少し緊張していたが、すぐに打ち解けて話をしながら食事を楽しんだ。ロザリモンドは、一夫多妻制には賛成はできないが、他国の結婚制度に口出しはしないで、にこやかに新婚カップルと会話をする。
食事が終わると、帝国風ではご婦人達は先に席を立ってサロンでコーヒーやプチケーキなどを楽しむのが習慣だ。男性方が葉巻やブランデーを遠慮しないで楽しむ為と、ご婦人達の前では話せない内容もあるからだ。勿論、サロンでは殿方の前では話せない内容の話がご婦人方の間で交わされたりもする。
……この状況はマズいなぁ……
サロンにいるゼリアのことを心配したのではない。ゼリアは賢いから、ロザリモンド妃とも仲良く会話をはずませているだろうと、香りの良いブランデーを少し口に含む。スチューワート皇太子と二人っきりになったら縁談を持ち出されそうだと、ショウは警戒する。
「どうですか? 婿入りの感想は?」
少しからかう調子に、ショウも苦笑いする。
「少しだけ妻達の気持ちが理解できましたよ。後宮へ輿で入るのは、何となく心細くなるものですね。でも、サンズがついてきてくれてますから」
スチューワートは、羨ましいなと笑ったが、ロザリモンド様に言い付けますよとからかわれてしまう。
「私はロザリモンドだけで手一杯だ。それに不満は無いが、ヘンリーしか恵まれていないので、子だくさんのショウ様が羨ましいよ」
やんわりと冗談めかした会話から、やはりヘンリー王子にいずれかの王女を貰いたいという流れになった。未だ幼いですからと話を逸らしたが、真綿で首を絞められるような気持ちになる。
……いずれは、縁談が正式に申し込まれるだろうな……
ロザリモンド妃と仲良くなれたと嬉しそうなゼリアの肩を抱きながら、ショウは産まれたばかりのバイオレットがヘンリー王子に嫁ぐことになるかもしれないと複雑な気持ちで王宮を辞した。
パロマ大学を見学したり、ニューパロマの街で買い物をしたり、ロザリモンド妃とお茶会をしたりと、ゼリアはショウと新婚旅行を楽しんだ。
しかし、白雪が死んだ! と、エドアルド国王からショウはまた呼び出されてしまった。
「ショウ王太子、ターシュを引き留めてくれないか? あんな北部に帰るだなんて、死んでしまう! ターシュも若くはないのだ」
ショウは、白雪の死にショックを受けて自棄になったのだと騒いでるエドアルド国王の要求に従い、説得に加わったが、ターシュの意思は固かった。
『さらば! エドアルド!』
『ターシュ!!』
一声ピーッと高く鳴くと、ターシュは北へと旅立った。白花は寂しそうにピーピーと鳴いていたが、後は追わなかった。ニューパロマの冬でも白花には厳しいのだ。クレセントはターシュの後を追おうとした。
『クレセント、お前も行ってしまうのか……』
飛び立ったクレセントに、エドアルドの悲しみが伝わる。小さくなったターシュを追いかけるのを止めて、クルリと向きを変えて、エドアルドの肩に止まった。
『私が此処に残るから、そんなに落ち込むな!』
滅多に話さないクレセントが、エドアルドを慰めてくれた。
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