海と風の王国

梨香

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第15章 次代の王

18  ゼリアのハネムーン

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 夕闇の中、松明の明かりがついた王宮の門を輿に乗ったまま通った。いつもは王宮を歩いて訪問しているので、変な気分になる。

……後宮へ入るって、こんな気分なんだなぁ……

 今まで妻を迎える立場だったので、微妙な気持ちになって輿にゆられていると、前に何度か行ったことがあるアルジェ女王の後宮の門を通り越し、もっと奥へと向かう。ゼリア王女が成人し、ショウ王太子を婿に迎えるので、新たな後宮が造られたのだ。

「ショウ様……」

 輿が床に下ろされると、ゼリアが嬉しそうに駆け寄る。

「ゼリア、とても綺麗な後宮だね」

 ゼリアの手を取って、周りを見渡して感嘆する。アルジェ女王の後宮も白亜の大理石のレリーフが見事だったが、ゼリア王女の後宮はより開放的な造りになっている。白の蘭を忠心にして、少し緑がかった蘭などが群生させてあり、ゼリアのイメージより甘くない感じだ。

「ショウ様の為に東南諸島風を取り入れてみましたの。前に立太子式で訪れたレイテの後宮をイメージしたのです」

 あちこちに噴水が設置されてあるし、緑が豊かな庭はリラックスできると、ショウは微笑んだ。

 神官の前で結婚の誓いを交わすと、ヘビ神様に捧げ物を届けるという簡単な結婚式は終わった。

 ゼリアと二人っきりで食事をするが、そこには勿論ロスもいる。

『ショウ? 真白はいないのか?』

 サンズは式が終わって呼び寄せたが、食事の場所には同席させていない。大使館で食事を済ませて来たので、立派な竜舎ですやすやと眠っている。ヘビが苦手なショウは、いつもターシュや真白について来て貰っていたが、今回はレイテにいる。

『真白は綺麗なカグヤに夢中なんだ。だから、当分はレイテから離れないと思うよ』

 少しロスは寂しそうな顔をした。ヘビ神様の血筋のロスは、100歳を越えないと子ヘビは持てないのだ。それに、魔力を持つ動物は少なく、真白が自分を襲わないと約束してくれてからは、訪問を楽しみにしていたのだ。

『今度、来る時には真白か、その子鷹を連れてくるよ』

 カグヤに夢中な様子から、次々と卵を温めるのに忙くなるのが確実な真白が来れるか分からないが、子鷹なら一年もすれば巣離れしているだろうと返事をした。

「もう! ロス! ショウ様を独占しないで……今夜は私だけのショウ様よ」

 ゼリアが甘えてくるので、二人は食事を終えて寝室へ向かった。



 ゼリアとの甘い新婚生活だが、後宮の暮らしに飽きてきた頃、カザリア王国に新婚旅行に向かった。この航海の艦は、ショウの旗艦ブレイブス号を使う。スーラ王国の船に乗っても良いが、そんなことをしたら、ワンダー艦長が追い掛けてきて拿捕しそうだと考えたのだ。それに、言っては悪いがスーラ王国の艦船などまどろっしくて乗ってられない。

「まぁ、レキシントン港ってこんなに早く着くのですね!」

 感嘆の声をあげているゼリア王女を笑いながら抱き締めているショウ王太子を、ワンダー艦長達は複雑な目で眺める。何故なら、港にはスーラ王国の紋章が付いた馬車が出迎えていたからだ。

「寒くないかい? カザリア王国はまだ秋だけど、風が冷たいからね」

 ワンダー艦長達は、コートを着ているゼリアを、自分の外套でくるんでやるいちゃいちゃ振りに、幸せそうなのは確認できたが、ぞろぞろと出迎えのスーラ王国の大使などがボートでブレイブス号に近づいてくるのには苛つきを感じる。

『サンズで港まで飛んで行った方が楽なんだけどなぁ。スーラ王国の大使館に呼ぶから来てね』

『それは良いけど、少しお腹が空いているんだ。スーラ王国の大使館で食事をするより、東南諸島の大使館で食べた方が良くない? また、女官とかが気絶したら困るだろ?』

『いいえ、サンズ。スーラ王国の大使館でちゃんと食事も用意させるわ』

 サンズにまで気を使わせて、入り婿はあれこれ大変だとショウは肩を竦めたが、ここはゼリアの顔を立てることにする。何時もなら、ニューパロマの大使館に直接飛んで行くのに、馬車でスーラ王国のラダナル大使と揺られる。

「できるだけ、こちらに滞在している事は内密にしたいのです」

 新婚旅行なので、二人で気楽に楽しみたいとゼリア王女は、ラダナル大使に伝えるが、それは無理ですと肩を竦められる。

「東南諸島のショウ王太子の旗艦ブレイブス号がレキシントン港に寄航したと、きっともうカザリア王国は把握していますよ。スーラ王国とカザリア王国との友好関係の為にも、王宮へ挨拶に行って下さい」

 やれやれと、ゼリアとショウは顔を見合わせて苦笑する。そうなるだろうと考えてはいたが、言うだけは言ってみたのだ。

「まぁ、エドアルド国王とスチューワート様は新婚旅行の邪魔はされないよ。王宮へ挨拶に行ったら、後は昼食会に招かれるぐらいさ」

 気楽な事を考えていたが、スーラ王国の大使館に着いて、サンズを呼んで餌を与えていたら、エドアルド国王から書簡が届いた。

「何だろう? 王宮に至急来てくれと書いてあるけど? カザリア王国との間に緊急の用件などないと思うが……」

 ラダナル大使は、新婚のお二人が大使館に着いたばかりなのにと、配慮の無さに少し不機嫌になったが、至急と言われているので無視もできない。

「ゼリア? どうする?」と尋ねたのは、自分の名前だけ書いてあるからだ。

「何か緊急な用件なのでしょう。私は遠慮しておきますわ」

「新婚旅行中なのにごめんね」と謝って、早速王宮へと向かった。

 王宮の門の前では、東南諸島連合王国の大使館の馬車が待ち受けていた。

「あちゃ~! パシャム大使にも連絡があったのか?」

 レーベン大使の言葉を思い出し、怒っているだろうなぁと、渋々馬車から降りる。

「我が国の王太子が、カザリア王国の王宮を訪問するのに、スーラ王国の大使館の馬車でなど行かせられません!」

 もう王宮の前じゃないかとショウは肩を竦めるが、門の前で揉めたくないので、素直に乗り換える。

「ニューパロマにいらっしゃるのに、東南諸島連合王国の大使館に滞在されないだなんて! レーベン大使は、いったい何を考えているのか! ショウ王太子も気が休まらないでしょう」

 ほっておくと延々愚痴を言いそうなので、それより何事だ? と息をする為に言葉が途切れた瞬間を狙って尋ねる。

「さぁ、カザリア王国と我が国の間には緊急な問題は無い筈なのですが……サラム王国のクーデターでヘルツ国王が亡くなり、身の危険を感じたピョートル王太子が亡命を申し込んだそうです。そのぐらいしか……ハッ、そう言えば小耳に挟んだのですが、白雪が体調を崩しているそうです」

 ショウは、まさかそんなことで王国に呼び出したりはしないだろうと首を傾げた。


 スーラ王国の大使館で、ゆったりと侍女達に航海で傷んだ髪の手入れをさせながら、ショウ様は早くお帰りにならないかしらと、ゼリアは溜め息をついた。

『ショウは何処にいったの?』寂しそうなゼリアをロスが慰める。

『カザリア王国のエドアルド国王に呼び出されてしまったの。どのような緊急なご用件なのでしょうね? 早く解決したら良いのに……』

 ゼリアの願いは、残念なことに叶わなかった。折角のハネムーンなのに、ショウは度々呼び出されることになる。
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