海と風の王国

梨香

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第五章  王太子への道 ゴルチェ大陸

28  カドフェル号

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 アルジェ女王との食事は、和やかに終わった。伝統的なスーラ王国の料理は、東南諸島の料理に似ていてショウには食べやすかったし、此処でも王宮では香辛料は控え目だったので沢山食べた。

「ご馳走様でした」

 若いショウの健全な食欲にアルジェ女王はご機嫌で、又食事にいらして下さいなと微笑む。

『ショウは健康だ』

 食事が終わったので、衝立からアルジェ女王の肩に戻ったデスも気持ち良く食べるショウが気に入ったと褒めるのに頷いて、近頃の王族の男は小食ですのと愚痴る。

「スーラ王国では、男のダイエットが流行っているのです。嘆かわしいですわ、食事制限をするより、男なら身体を鍛えれば良いのに。男のナヨナヨしたのを見ると、蛇神様の生き餌にしたくなりますの」

 ショウは蛇神様は生き餌なんだと、丸呑みしている姿を想像して、背中がゾクゾクッとしてしまった。

「母上、そんな恐ろしいことを仰ると、ショウ様が本気にされるわ。ショウ様、蛇神様は人間を食べたりしないわ」

『ゼリア、ショウは冗談だとわかっている』

 デスの言葉に、そうなの? と、ショウの隣に座って尋ねる。

「ええ、アルジェ女王は今時の男のだらしなさを、嘆かれただけでしょう」

 アルジェ女王は、ゼリアがショウを気に入ったのを微笑んで眺めながら、庭を案内するように勧める。 

 幼いゼリアはショウに懐いて、庭のスーラ王国にしか咲かない見事な蘭を説明ながら案内したが、未だ八歳ぐらいにしか見えないので、意識しないで妹のマリリンを相手にしている気分で接していた。

 そのまま帰れたら良かったのだが、東屋でゼリ女はショウをとても気に入った好意の証として、自分が一番大切にしているロスを紹介したくなった。

「ショウ様、私の大親友を紹介しますわ。ロスというのよ」

 黒い瞳をキラキラさせながら、袖の中から小さな白い蛇を掌に乗せてショウに差し出す。一瞬、ショウは飛び退きたい衝動に駆られたが、一途に可愛いでしょと差し出すゼリアを傷つけるのではと、最大限の努力をして踏みとどまる。

『ロス、はじめまして、私はショウです』

 どうにか挨拶をして、ホッとしたショウだった。

『ショウ、はじめまして』

 ピィピィと小さな声でロスが挨拶を返すのを、ゼリアは、まぁ! と喜ぶ。

『ロス、ショウ様の言葉が聞こえるのね!』

『聞こえるよ、それにショウは、とても良い香りがする。大きくなったら、ゼリアの婿にすると良い』

 ゼリアは親友のロスに祝福されて、ポッと頬を染める。ショウは思いがけない話にあたふたしていたが、幼いゼリアが大人になるまでには年月が必要だと思う。

 ショウが小さいとはいえ蛇に動揺しているのに気づいてターシュが肩に止まったので、ロスはチョロチョロとゼリア王女の服の中に隠れる。

『もう! ショウ様のターシュはロスを食べたりしないわよ。ごめんなさいね、ロスは卵から孵って間がないから』

 ゼリアは、ロスは蛇神様の子供なのと自慢し始める。

『未だ、赤ちゃんだから怖がりなのよ』

 赤ちゃん呼ばわりされたロスは、チョロチョロと襟口から顔を出して、ターシュに、食べない? と質問する。

『満腹だから食べない』

 ターシュの返事に満足したのか、ゼリア王女の掌に戻った。ショウは小さなロスに慣れて、飛び退きたい程ではなくなり、東屋でゼリアと仲良く話をして王宮を辞した。



 王宮の船着き場の前の部屋では、レーベン大使がなかなか帰って来ないショウを心配していたが、ターシュと共に無事に王宮を出て来たのを職員が告げると、ホッと安堵の溜め息をついた。

「ショウ王子、なかなか出て来られないので、心配していました」

 ショウは食後にゼリアに庭を案内して貰っていたからと、待たせた謝罪をしたが、レーベン大使はそれは楽しかったですねと上機嫌になる。


 船で大使館に帰って、書斎でお茶を飲みながら食事の様子を根ほり葉ほり聞かれた。

「レーベン大使、ゼリア王女は未だ幼いのですね」

 ショウの言葉に、レーベン大使は首を傾げる。

「ゼリア王女は、もうすぐ11歳になられますよ。ショウ王子とは三歳差なので、お似合いだと思いますが……」

 ショウ王子が八歳ぐらいしか見えなかったと驚くので、別人なのかとレーベン大使は不審に思ってあれこれ質問する。

「ロスと言う話せる小さな白い蛇を見せてくれたよ。蛇神様の子供だと言っていたけど?」

 ショウ王子がロスと話したと聞いて、レーベン大使はゼリア王女だと断言する。

「ロスという名前までは調査できていませんでしたが、話せる蛇などスーラ王国でも数匹しかいませんから、ゼリア王女ですよ」

 ショウはエリカやパメラに比べると幼く感じたとレーベン大使に話すと、それは竜姫達とは比べるのが無理でしょうと苦笑する。

「アスラン王の王女方は竜姫と恐れられてますが、美貌と頭脳と御気性を受け継いでおられますから。ゼリア王女はおっとりとした御方なのでしょう。まぁ、スーラ王国の人間は基本的にのんびりしてますからね。むしろ、アルジェ女王が例外なのです」

 レーベン大使に怠け者のスーラ王国の官僚の悪口を聞かされて、アルジェ女王は苦労されているなと同情する。

「何を甘い事を! 遣り手のアルジェ女王は近在の小国を併合した強者ですよ。妖艶な姿と、柔らかな物腰に、騙されないで下さい!」

 レーベン大使に叱られて、ショウはわかりましたと素直に返事をしたが、王族の男にダイエットが流行っているのですかと質問する。

「ああ、ジェナス王子のことですね。あの御方と取り巻き連中は、スーラ王国の寄生虫ですよ。確か、20歳ぐらいでしょうが、プラプラと遊んでばかりで、どうしようもない穀潰しです。賢明で勤勉なアルジェ女王の王子とは思えませんが、女王の第一王子なのは疑いようが無いのです」

 スーラ王国では代々女王が国を治めていたが、それより重要なのは蛇神様と話せる能力で、何代かは王女に能力が受け継がれずに王が治めた時期もあったとショウは習っていた。

 ジェナス王子が20歳でゼリア王女が11歳なら、幼いうちは自分が王になると思って育っていたのでは無いかと、ショウはレーベン大使に尋ねる。
 
「ジェナス王子は蛇神様と話せないと聞いてますから、王位にはつけないでしょう。しかし、取り巻き連中はおだてて甘い汁を吸っているみたいですよ。はっきりはしませんが、カザリア王国のマックィーン大使とか、ローラン王国のチェロトフ大使、イルバニア王国のベントレー大使と、三国の大使になにやらジェナス王子は良からぬ事を持ちかけているようです。こんな馬鹿王子に乗る馬鹿な大使がいるとは思えませんが、乗る振りぐらいはしているかもしれませんね」

 ショウは政治の裏側の腐臭を嗅いだ気分になる。

「あまり悪戯が過ぎると、蛇神様の生贄にされますのにね」

「蛇神様は人間を食べたりしないと、ゼリア王女が言ってましたよ。レーベン大使、僕を脅かしても無駄ですからね」

 ツンと強気な発言をしたショウ王子に、レーベン大使は恐ろしい話をしたい誘惑を抑えられなかった。

「普段は蛇神様は理性的で人間など食べたりしないでしょう。しかし、数年に一回脱皮する時は、とても凶暴になるそうですよ。その時の苛立ちを抑える為に……ショウ王子! 大丈夫ですか! 噂ですよ、たわいも無い噂ですから!」

 巨大な蛇神様が脱皮する姿を想像して顔色を悪くしたショウに、しまった! とレーベン大使は自分のホラー好きを反省して、冗談だとか、根も葉もない噂だと謝る。

 訪問のついでにゼリア王女との顔合わせだけでなく、交易の問題を少しでも解決して貰いたいと思っている大使は、自分の悪い癖を反省して、気晴らしに竜と港までカドフェル号が着いたか見に行かれたらと勧める。

「もう、2、3日は掛かるかもしれませんが、もしかしたら着いているかも。それにカドフェル号が着いていなくても、東南諸島連合の船は常に何隻か碇泊していますよ。サリザンの街を観光しても宜しいですしね」

 必死で胡麻をすりだしたレーベン大使の好意に甘えて、ショウは普段着に着替えると、ピップス、ワンダー、バージョンと港へと向かう。

 
 港には米を輸出する船や、小麦を運んで来た船が沢山碇泊していて、その中の何隻かは東南諸島の商船だ。

「未だ、カドフェル号は到着してませんね。チェンナイを出航して12日だから、明日辺りかもしれません」

 ワンダーとバージョンは大使館での生活はピップスの教育ぐらいで、楽と言えば楽だし快適なのだが、懐かしいカドフェル号の姿を見たいと渇望していたのでガッカリする。

 ピップスはサリザンに着いた時に空中から海を見たが、チラッとだけだった。高台の大使館から青く輝く海を遠くに見ていたが、港で水平線を眺めて呆然とする。

 海の近くに来て、サンズが海水浴をしたがらないわけがなかった。

『ショウ! 海水浴に行こうよ!』

 ショウはアルジェ女王との昼食で気疲れしたので、サンズの提案に賛成する。

「そうだ、ピップスは泳げるの? 東南諸島は島国だから、泳げるのが普通なんだけど」

「川で魚を取るので、少しなら泳げます。竜がこんなに泳ぐのが好きだとは知りませんでした」

 サンズだけでなく、シリンも初めて見る筈の海にウットリとして、海水浴をしたいと騒ぐ。

『港では無理だから、少し北に行こう。人気の無い海岸を探そうよ』

 北を選んだのは未練がましくカドフェル号を待っている二人の武官の気持ちを察したからだ。サリザンの三角州は広く、かなり北に飛んでやっと人気の無い海岸に舞い降りた。

 サンズとシリンは、早く鞍を外してくれと騒ぐ。2頭の竜が豪快に海へダイブするのを笑いながら見ていたが、蒸し暑さにウンザリしていたショウは上着を脱ぎ捨てて、海へ走り込む。

「気持ち良いよ~! 皆、おいでよ~」

 ワンダーは交代で見張りをしようと提案して、バージョンとピップスを先に行かせた。気心の知れない異国で、見張りも無しにショウを泳がせておけないと思ったのだ。

 バージョンは海軍に属するし、東南諸島の生まれ育ちなので泳ぎは得意だったが、ピップスはかろうじて溺れていないという泳ぎ方だ。二人は同じ年のピップスに泳ぎ方をあれこれ指導したが、ピップスは海の水が塩辛いのを何度となく実感することになる。

 照り返しのキツい浜辺で監視をしているワンダーとバージョンが交代すると、後輩指導に慣れているのでピップスの泳ぎ方の間違いを丁寧に指導して、溺れているのか泳いでいるのかわからなかった泳法は格段に見られるようになった。

「後は、練習あるのみだ!」

 ショウがピップスの泳ぎの指導中に素潜りをして、海老や貝を取っているのを見て、ワンダーも素潜りに挑戦する。バージョンとピップスは海老や貝を焼く為の火をおこしたり、海老に刺す枝を用意する。

「なかなか美味しいですね」

 ワンダーは自分で取った海老をアチチと殻を剥くのに手間取りながら頬張って喜ぶ。ピップスは取れたての海の幸を物も言わずに食べるのに忙しそうで、ショウは、美味しいかい? と尋ねる。

「大使館の料理も美味しいけど、これは特別に美味しく感じます!」

 新鮮な海老を焼いただけ、貝を焼いただけの料理の方が、確かに美味しいと全員で笑う。



 海水浴を楽しみ、暑い砂浜で昼寝をした竜達も目を覚まし、ショウ達は大使館へ帰ったが、港からサリザンの街を眺めると、どーんと巨大な金色の蛇が目に入り、ショウのテンションは少し下がった。

 ショウは午前中、午後と、レーベン大使のいう怠け者の官僚達との会合を持ち、三時頃からは海水浴を兼ねてカドフェル号が着いたか確認する日々を送った。

 しかし、14日、15日、16日位まではワンダーもバージョンも航海に遅れはつきものだと、残念そうに港を眺めるだけだったが、次第に焦りと不安を表すようになった。

 ショウも港に碇泊している東南諸島の船に、カドフェル号を見なかったかと聞いて回ったが、生憎アルジエ海を航海してイルバニア王国の小麦やワインを運んで来た商船ばかりで、消息はわからなかった。
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