海と風の王国

梨香

文字の大きさ
上 下
55 / 368
第ニ章  カザリア王国の日々

17  ニューパロマで初デート

しおりを挟む
 突然現れたアスラン王に、パシャム大使は心臓が止まる気持ちがした。

「何かショウ王子のお世話に、失敗があったのだろうか?」
 
 外交官としての失策は無いと自信のあるパシャム大使は、もしやパロマ大学を護衛無しで歩かせている件ではとか、ゴルチェ大陸へ行くと言ってる件かと頭がグラグラした。

 アスランは鬱陶しいほどの接待をパシャム大使から受けつつ、ショウがララに恋するのを眺めていた。
 
 アスランにとってララは可愛い姪だが、王家の女でもあるので心配もしている。アスランは、本当は兄の娘など許嫁に選びたくなかった。ミヤの孫だからララを選んだのだが、こうなったら他の兄達も黙っていないだろう。ショウも苦労するぞと笑う。

 ニューパロマらしいバラが咲いている庭を、ショウはララを案内していた。

「此処まで、長旅でお疲れでしょう。ビックリしました」

 ララも少し会わなかったショウが背が伸びて凛々しい少年になっているのにときめいたが、この場合はビックリではなくて、嬉しかったと言って貰いたかった。ララは、自分の魅力が足りないからだと落ち込んだ。

「ショウ様は、ビックリなさっただけなのですね」

 迷惑だったのかしらと、伏せ目がちにしょんぼりするララに、ショウは慌てる。

「そんなことない。すごく会えて嬉しいよ。それに覚えていたララより、もっと現実のララは可愛いから……照れたんだ」

 ショウは女の子が自分に会うために不自由な長旅に耐えた事に感激して、ララを抱き寄せた。

「この髪飾り、使ってくれているんだね」

 ショウがプレゼントした髪飾りは、艶やかなララの髪を引き立てていた。

「勿論ですわ。だってショウ様が初めてプレゼントして下さった、大事な髪飾りですもの」

「ララって可愛い! 僕が選んだ髪飾りを大事にしてくれるなんて……」

「ショウ様、ずっとお会いしたかったの」

 二人は再開に盛り上がり、侍女の目を盗みながら、大使館の薔薇のアーチに隠れてキスをする。

 パロマ大学にも可愛い女学生はいたが、若い子で十五歳十六歳なので、十歳のショウには年上過ぎた。

 久しぶりに会ったララを何処に連れて行くか、ショウはわくわくしながら考える。

「ねぇ、手紙にも書いたけどニューパロマには本屋が多いんだ。行ってみない?」

「本屋さんに行けるだなんて、嬉しいわ」

 本が好きなララだが、レイテの本屋にも行ったことがない。王族の姫君は、独身のうちは親の屋敷から出ないのが普通で、まれに親戚の屋敷に行く程度だ。

「いつも、本屋さんに私が好きそうな本を届けて貰うのだけど、前から自分で選びたいと思っていたの」

 馬車でショウとニューパロマの街に出かけるのもララにとっては浮き浮する非日常的な体験だ。

「こんな風に街を見学できるとは考えてもいなかったわ。叔父上にニューパロマに連れて行ってやると言われたけど、きっと大使館の中で過ごすだけだと思っていたの。それでも、ショウ様に会いたいから、父上を必死で説得したの」

 ショウは、大使館から出られないかも知らないと思いながらも自分に会う為に、長旅をしてくれたのかと感激する。

「カザリア王国などの旧帝国三国では、女性も東南諸島より自由に出歩いているよ」

 馬車の中から、街を歩く婦人を見て、ララは驚く。

「まぁ、こちらの父親や旦那様は優しいのね」

「旧帝国三国でも身分の高い婦人や令嬢は、侍女を連れて行くみたいだけどね。あっ、そろそろ本屋街だよ」

 パロマ大学を有するニューパロマには、学問の都に相応しく本屋街があった。

「学術書専門店もあるけど、ララはどんな本が好みなの?」

 ララは、ずらっと道に沿って並んだ何軒もの本屋に圧倒される。

「私は小説やエッセイが好きなの。それと、旅行に出るなんて考えた事も無かったから、紀行文も好き。だって、色々な珍しい風景や食べ物、そしてそこで暮らす人々の習慣とか興味深いんですもの」

 ショウは、先ずは新刊を並べている本屋にララをエスコートする。もちろん、二人の後ろからパシャム大使が命じた警護の武官が何人もぞろぞろと付いてくる。

「ゼナ、狭い本屋の中にこんなに護衛が付いて来たら、他のお客さんに迷惑だよ。一人だけにして!」

 ゼナは、ショウ王子だけでなく王族の姫君を護れとパシャム大使から厳命されていたので「ううう」と唸る。

「じゃぁ、ゼナだけ付いて来て! 他の人は外で待っててね」

 パロマ大学にも付いて来ているゼナを追い払うのをショウは諦めて、ララと本を選ぶことに集中する。

 本好きを本屋に連れて行ったら、舞い上がってしまう。まして、ララは本屋に行くのも初体験だし、レイテにはまだ入荷していない新刊を見つける度に興奮する。

「まぁ、これの続編が出ていたのね! これは、私の好きな作家の新刊だわ!」

 ショウは、ララが選んだ本を後ろに張り付いているゼナに渡して、一緒に楽しむ。
 
「好きなだけ買えば良いよ。東南諸島連合王国の大使館に付けて貰うから」

 ショウの留学費用は、全て大使館持ちだったので、本の購入もいつも付けていた。

「ここは古本屋だけど、どうする?」

「勿論、行ってみたいわ! レイテには売っていない本があるかもしれないんですもの。でも、ショウ様は良いの?」

 ショウは、いつでも本屋には行けるから大丈夫だと、ララをエスコートする。

 馬車にいっぱいの本を買い込んだ二人は、大使館に帰るのが勿体ない気分になる。ショウは、あまりニューパロマを知らないのが残念だ。

「そうだ、パロマ大学の図書館には、珍しい蔵書があるんだよ」

 まだ子どものショウは、大使館とパロマ大学しか知らない。

「行ってみたいけど、パロマ大学に通ってもいないのに良いのかしら?」

「パロマ大学は、一般の人々にも知識を広げたいとサマースクールを開いているぐらいだから大丈夫だよ。借り出しは駄目かもしれないけど、図書館で読めると思う」

 本好きのララを書店に連れて行ったり、パロマ大学の図書館を案内したりと、色気のないデートだったが十歳の二人は一緒にいられるだけで浮き浮きとする。

 ララはショウと一緒にいると自分が可愛い女の子として扱われるのが、少しこそばゆく感じていたが、嫌では無いと思う。

 ショウはララが屋敷以外にあまり外出した事が無いので、ニューパロマの街を案内するのが楽しかった。
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...