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第四章 外交デビュー
28 面倒くさい後始末
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ショウはハーレー号の医務室をカリンと共に出たが、海賊船に居座っているカザリア王国の面々にウンザリとする。
「サザビー提督は、海賊船が欲しいみたいですよ」
カリンは馬鹿馬鹿しいと、一言で切って捨てる。
「まぁ、法律に従って貰いますけどね。あれは東南諸島の造船でしょうから、カザリア王国の軍艦よりしっかりしてます」
海賊船をエジソン港まで曳航して行くのかとショウは困ったが、エルトリア号とハーレー号の帆布の予備と木材で焼けたマストを補修させて、どうにかこうにか間に合わせの帆をメルトが張り直した。
サザビー提督もエジソン港で話し合う事にして、シンシア号に帰艦したので、エルトリア号と、ハーレー号の乗組員達を海賊船2隻に何名か派遣して、よたよたと補修した帆で航行を開始する。
「ショウ、風の魔力を使うなよ。少しエジソン港まで休んでいろ、カザリア王国側と話し合わなくてはいけないのだからな。彼方も補修した海賊船を同行しているのだから、こっちが遅れても文句は言わないさ。その間に身体を休めていろ」
カリンの助言には感謝したが、出来れば話し合うのを代わって貰いたいと溜め息をつく。狭いながらも個室のベッドに横になった途端に、疲れきったショウは眠りに落ちた。
「ショウ、大丈夫か? 熱があるじゃないか」
額に乗せられたカリンの手を冷たく感じて、ショウは目を開ける。
エジソン港に航行中のハーレー号では、戦闘の混乱もおさまり、やっと食事を交代で取ったのだが、カリンはショウが何も食べていなかったと思い出した。従卒に食事を用意させて、ショウの部屋にきたが、ぐっすりと眠っている顔が赤らんでいるのに気づき、額に手を乗せたのだ。
発熱に気づいて、医師を呼ぼうとするカリンをショウは止める。
「医師も疲れていますし、呼んでも無駄です。魔力の使い過ぎで熱が出ただけですから、寝ればなおります」
食事は食べたくないと、お茶のみ飲んでショウは目を瞑る。
カリンはショウが心配だったので、従卒に額を濡れたタオルで冷やすように命じた。元々、ダリア号と護衛船もあったのに海賊船2隻が加わって、人手不足気味だったので、弟についていてやれない。
カザリア王国側は海賊船をエジソン港まで曳航しましょうかと親切そうな提案を申し出たが、メルトとカリンは自国の戦利品にするつもりかと疑って、結構ですと断った。
「あのサザビー提督は海軍ではなく、外務省にでも勤めていれば良いのではないか? 早くショウに元気になって貰わないと、私やメルト伯父上では喧嘩になってしまうぞ」
ショウが回復する時間を稼ごうと、メルトのエルトリア号に夜の航行を停止しようとカンテラで信号を送る。メルトはカリンがこんな弱腰な信号を送って来たのには、何かわけがあるのだろうと、了解と返信させた。
一晩眠ったショウは、凄い空腹感で目覚めた。
「エジソン港に着いたのか?」
「いえ、日が落ちてからは停泊しましたから。もうすぐエジソン港に着きます」
従卒は熱が引いているのに安心して、洗面や食事を持って来ようとしたが、猛烈な空腹感に苛まれているショウは食堂へと急いだ。
「ショウ王子、部屋か船長室に用意いたしますから」
一般の乗組員達が寝起きする食堂には、ハンモックがぶら下がっていて、食事係は困惑したが、ショウはそれどころではない。
「凄くお腹が空いているんだ! 早く何か食べさせてくれ」
いつも穏やかなショウ王子の切羽詰まった様子に、食事係はカリン王子に出した香辛料が少な目の料理をだした。
ショウは兄上も香辛料がきいた料理が苦手で良かったと、皿をあっという間に空にする。
「おかわり!」
慌てて作り出した料理が出来上がるまで、苛々待っているショウ王子に冷や汗をかきながら、こんどは大皿に焼き肉を山ほど積み上げてだす。
いつもなら、見ただけで食欲が無くなるような焼き肉の山をショウはあっという間に平らげて、やっと人心地つく。
「魔力を使いすぎた副作用には困るなぁ……」
日持ちのする固焼きのビスケットをチャイと食べながら、ショウは発熱と空腹はどうにかならないものかなぁと溜め息をつく。
「おい、もう大丈夫なのか?」
従卒からショウが食堂で食事していると聞いて、カリンは来てみたが、頭の上にハンモックがゆらゆらしているのに、呑気そうに固焼きのビスケットをチャイにつけながら食べているのを見て呆れてしまう。
「船長室に行こう!」
ショウがチャイとビスケットを両手に持ってついて来ようとするのを、みっともないと叱って、従卒に後でお茶を持って来させるからとテーブルにおかせる。
「兄上、お茶とビスケットにして下さい。未だ、お腹が満腹とは言えないのです。昨日、魔力を使いすぎたので、猛烈に腹が減っているのです」
「なら、早くそう言えば良いのに」
カリンは船長室にブランデーをきかせた日持ちするケーキがあるんだと、従卒に切ってくるように命じる。
「美味しい! あの固焼きのビスケットは、日持ちするのでしょうが、歯が折れそうですね。あのう、もう一切れ頂いても良いですか?」
カリンは全部食べて良いと許可したので、ショウは喜んでブランデーケーキを平らげる。
「それより、もうすぐエジソン港に着く。身なりを整えた方が良いぞ」
ショウはしまった! 未だ、熱がある振りをしておけば良かったと思ったが、カリンのブランデーケーキを一本食べた後で、体調不良を言い立てても無断だろうなぁと諦める。
ショウは従卒が渡す濡れたタオルで身体を拭くと、清潔な服に着替えた。
「シンシア号ではサザビー提督がお待ちかねかな? ショウ、2隻の海賊船はラシーヌ号と、リエンヌ号だとわかったぞ。2隻とも東南諸島の船だが、海賊に襲われたのだな。持ち主が乗っていたのか、生死は不明だが、家族がいることは確実だ。サザビー提督に、横取りされるなよ!」
船には外にペンキで名前を書くのが普通だが、東南諸島では船長室に名前を彫刻して隠しておく風習もあった。普通は船を手放す時に削るか、中古の船を買った時に新しい名前を彫るのだが、バルバロッサはそんな風習を守るつもりは無かったので、船長室には名前がそのままになっていたのだ。
「後、船長室には金貨があったが、これはカザリア王国に伝える必要は無いな。海賊討伐の報奨金は乗組員達で山分けが、我が国の海軍の伝統だ」
カザリア王国の海軍は何も被害を受けて無いのに、ハーレー号とエルトリア号には死亡者はいなかったが、多数の負傷者を出したのだからショウも金貨を渡す必要性を感じない。
しかし、シンシア号にはサザビー提督だけでなく、海賊討伐を労う為と称して、交渉の達人のマゼラン外務大臣がにこやかにショウ達を出迎えた。
「一晩、休んだのが裏目にでたなぁ……」
ショウは自分の発熱で到着が遅れたうちに、ニューパロマからマゼラン外務大臣を呼び寄せたのだと、舌打ちしたい気分になったが、会えて嬉しいと握手する。
交渉はマゼラン外務大臣にかなり押し込まれた質問をされて難航したが、ショウは海賊討伐の後始末は法律通りに行いますと突っぱねる。
「あの海賊船は、ラシーヌ号と、リエンヌ号だと判明しました。船の持ち主に返還します」
マゼラン外務大臣は自国の北西部の農民達が受けた被害の賠償に回すのが本筋だと粘り、ショウはウンザリしてダリア号の小麦を被害を受けた農村に寄付すると提案した。
マゼラン外務大臣も、法律的には東南諸島側が通るのはわかっていたので、ショウ王子からイルバニア王国の小麦を吐き出させて手打ちにした。
「このまま手ぶらでレキシントン港に帰ったら、カインズ船長に殴られちゃうよ」
貧しい北西部だけど何か交易できそうな物は無いかなぁと、ショウは小麦を降ろす作業を乗組員達に任せて、サンズとエジソン港に上陸する。
「ショウ王子、何処か案内しましょうか?」
にこやかなロレンスがぴったりと付き添って来るのに、ショウは見張っているのだと察したが、この事は機密でも無いし、竜騎士隊のパトロールで駐隊しているので地元には詳しいだろうと相談する。
「ダリア号を空で返したら、カインズ船長に殴られてしまいます。何か北西部の特産品でも買い付けて、返さなきゃいけないんですが、ロレンス卿は良い案がありますか?」
ロレンスはショウがまるで商人のようなことを言い出したので可笑しくなったが、貧しい北西部でも特産品はあると教える。
「北西部は水が澄んで綺麗ですから、ウィスキーの産地です。あと岩だらけで耕作に向かない山間部では、毛足の長い山羊が飼われていて、品質の良い毛織物も生産してますよ」
エジソン港の周りにはウィスキーや毛織物を扱う商店が何軒かあり、ショウは大きな溜め息をついて買い付けを終える。
「もしかして、ショウ王子は値段交渉が嫌いなのですか?」
かなり頑張って値段交渉をしていたが、店を出るなりゲッソリしているショウの様子にロレンスは驚く。
「ええ、私は東南諸島の商人にはなれませんね。面倒くさいと感じてしまうのです。航海は好きなのですがねぇ」
カインズ船長なら交渉が終わってからも、オマケに何か付けてくれと強請るだろうと、駄目だなぁと溜め息を付いていたが、ロレンスには十分値切っていたと感じる。
ロレンスは、ショウに張り付いて観察したが、どうもつかみどころがない不思議な王子だと首を捻る。マゼラン外務大臣にも、一歩も引かない強気な交渉をしていたかと思うと、小麦を寄付したりして、理解不能だ。
その小麦の代わりにウィスキーや毛織物を商船に積み込んでレキシントン港に返さないと、船長に殴られると言うなんて、変な王子だと苦笑する。
未だ幼さの残る可愛い顔だが、海賊船を討伐した手並みといい、海賊船討伐交渉といい、油断出来ない王子なのに、何故か笑ってしまう。ロレンスは笑っている自分に気づいて、それこそが一番ショウ王子の強味なのかもしれないと考えた。
ロレンスは、マゼラン外務大臣に報告をする。
「第六王子のショウ王子が後継者になったのに、第二王子のカリン王子が海賊討伐を協力しているのですよ。それも、かなり仲が良さそうです。カリン王子が負傷したのですが、ショウ王子は本当に心配してましたから……」
マゼラン外務大臣は、母親が違う王子達が仲が良いと聞いて、それは見せかけではないかと疑う。
「そうだ! ハーレー号には腕利きの治療師が乗船してますね。あの激しい戦いだったのに、死亡者がでなかったのです。私が駆け付けた時には、かなりの数の負傷者が甲板から運び出されていたし、重傷者も多かったのですがねぇ」
マゼラン外務大臣は、それほどの治療の技を持つ人物を思い出した。
そのような治療の技を使えるのは、ユーリ王妃しかマゼラン外務大臣は知らなかった。彼女は真名を使って治療するのだ。
そして、アレックス教授がフォン・フォレストから古文書を勝手に拝借したのがバレた時、エドアルド国王がモガーナ様に返却して謝れと命じたのに、読んだのはショウ王子なのにと言い訳をしていたのを思い出した。
アレックス教授の言い訳だと思い込んでいたが、もしかして、ショウ王子は真名を使えるのではと、疑惑を持つ。
若い日にフォン・フォレストで、エドアルドがユーリから真名を使っての治療の技を教えて貰うのを見ていたマゼラン外務大臣は、サザビー提督が燃え落ちた帆に疑問を持っていたのも思い出した。
「ロレンス卿、海賊船の帆はどのように燃え落ちていたのだ? 今は補修されてわからないが、何か乗組員達から聞かなかったか?」
「火矢を使ったにしては、他の炎上が無いのです。私はショウ王子が、風の魔力持ちだと思っています。矢を射たのは指を見て確認してますが、一人で2隻の海賊船の帆を燃やせるものですかね?」
マゼラン外務大臣はロレンスに不確かな情報を与える気持ちは無かったので、乗組員達との話を報告しろと促す。
「それが、箝口令が厳しくて、口を開かないのです。それに竜騎士を異常に怖がるので、私が近づくと逃げ出す有り様で……」
マゼラン外務大臣は、東南諸島では竜の人気が無いとはいえ、勇敢な軍艦乗りが怯えるとは変だと感じる。ショウ王子は竜に火を噴かせたのか? バロア城脱出の時と、ローラン王国との戦争で、ユーリ王妃が竜に火を噴かせたと聞いているが、ショウ王子も真名が読めるとしたらと考え込む。
考え込んだマゼラン外務大臣に、ロレンスは息子のジェームズを竜騎士隊に入隊させてくれという頼みを言い出せなかった。
力をつけている東南諸島と、ゴルチェ大陸の国々との外交にも、人材が必要なのだとロレンスは溜め息をつく。
「サザビー提督は、海賊船が欲しいみたいですよ」
カリンは馬鹿馬鹿しいと、一言で切って捨てる。
「まぁ、法律に従って貰いますけどね。あれは東南諸島の造船でしょうから、カザリア王国の軍艦よりしっかりしてます」
海賊船をエジソン港まで曳航して行くのかとショウは困ったが、エルトリア号とハーレー号の帆布の予備と木材で焼けたマストを補修させて、どうにかこうにか間に合わせの帆をメルトが張り直した。
サザビー提督もエジソン港で話し合う事にして、シンシア号に帰艦したので、エルトリア号と、ハーレー号の乗組員達を海賊船2隻に何名か派遣して、よたよたと補修した帆で航行を開始する。
「ショウ、風の魔力を使うなよ。少しエジソン港まで休んでいろ、カザリア王国側と話し合わなくてはいけないのだからな。彼方も補修した海賊船を同行しているのだから、こっちが遅れても文句は言わないさ。その間に身体を休めていろ」
カリンの助言には感謝したが、出来れば話し合うのを代わって貰いたいと溜め息をつく。狭いながらも個室のベッドに横になった途端に、疲れきったショウは眠りに落ちた。
「ショウ、大丈夫か? 熱があるじゃないか」
額に乗せられたカリンの手を冷たく感じて、ショウは目を開ける。
エジソン港に航行中のハーレー号では、戦闘の混乱もおさまり、やっと食事を交代で取ったのだが、カリンはショウが何も食べていなかったと思い出した。従卒に食事を用意させて、ショウの部屋にきたが、ぐっすりと眠っている顔が赤らんでいるのに気づき、額に手を乗せたのだ。
発熱に気づいて、医師を呼ぼうとするカリンをショウは止める。
「医師も疲れていますし、呼んでも無駄です。魔力の使い過ぎで熱が出ただけですから、寝ればなおります」
食事は食べたくないと、お茶のみ飲んでショウは目を瞑る。
カリンはショウが心配だったので、従卒に額を濡れたタオルで冷やすように命じた。元々、ダリア号と護衛船もあったのに海賊船2隻が加わって、人手不足気味だったので、弟についていてやれない。
カザリア王国側は海賊船をエジソン港まで曳航しましょうかと親切そうな提案を申し出たが、メルトとカリンは自国の戦利品にするつもりかと疑って、結構ですと断った。
「あのサザビー提督は海軍ではなく、外務省にでも勤めていれば良いのではないか? 早くショウに元気になって貰わないと、私やメルト伯父上では喧嘩になってしまうぞ」
ショウが回復する時間を稼ごうと、メルトのエルトリア号に夜の航行を停止しようとカンテラで信号を送る。メルトはカリンがこんな弱腰な信号を送って来たのには、何かわけがあるのだろうと、了解と返信させた。
一晩眠ったショウは、凄い空腹感で目覚めた。
「エジソン港に着いたのか?」
「いえ、日が落ちてからは停泊しましたから。もうすぐエジソン港に着きます」
従卒は熱が引いているのに安心して、洗面や食事を持って来ようとしたが、猛烈な空腹感に苛まれているショウは食堂へと急いだ。
「ショウ王子、部屋か船長室に用意いたしますから」
一般の乗組員達が寝起きする食堂には、ハンモックがぶら下がっていて、食事係は困惑したが、ショウはそれどころではない。
「凄くお腹が空いているんだ! 早く何か食べさせてくれ」
いつも穏やかなショウ王子の切羽詰まった様子に、食事係はカリン王子に出した香辛料が少な目の料理をだした。
ショウは兄上も香辛料がきいた料理が苦手で良かったと、皿をあっという間に空にする。
「おかわり!」
慌てて作り出した料理が出来上がるまで、苛々待っているショウ王子に冷や汗をかきながら、こんどは大皿に焼き肉を山ほど積み上げてだす。
いつもなら、見ただけで食欲が無くなるような焼き肉の山をショウはあっという間に平らげて、やっと人心地つく。
「魔力を使いすぎた副作用には困るなぁ……」
日持ちのする固焼きのビスケットをチャイと食べながら、ショウは発熱と空腹はどうにかならないものかなぁと溜め息をつく。
「おい、もう大丈夫なのか?」
従卒からショウが食堂で食事していると聞いて、カリンは来てみたが、頭の上にハンモックがゆらゆらしているのに、呑気そうに固焼きのビスケットをチャイにつけながら食べているのを見て呆れてしまう。
「船長室に行こう!」
ショウがチャイとビスケットを両手に持ってついて来ようとするのを、みっともないと叱って、従卒に後でお茶を持って来させるからとテーブルにおかせる。
「兄上、お茶とビスケットにして下さい。未だ、お腹が満腹とは言えないのです。昨日、魔力を使いすぎたので、猛烈に腹が減っているのです」
「なら、早くそう言えば良いのに」
カリンは船長室にブランデーをきかせた日持ちするケーキがあるんだと、従卒に切ってくるように命じる。
「美味しい! あの固焼きのビスケットは、日持ちするのでしょうが、歯が折れそうですね。あのう、もう一切れ頂いても良いですか?」
カリンは全部食べて良いと許可したので、ショウは喜んでブランデーケーキを平らげる。
「それより、もうすぐエジソン港に着く。身なりを整えた方が良いぞ」
ショウはしまった! 未だ、熱がある振りをしておけば良かったと思ったが、カリンのブランデーケーキを一本食べた後で、体調不良を言い立てても無断だろうなぁと諦める。
ショウは従卒が渡す濡れたタオルで身体を拭くと、清潔な服に着替えた。
「シンシア号ではサザビー提督がお待ちかねかな? ショウ、2隻の海賊船はラシーヌ号と、リエンヌ号だとわかったぞ。2隻とも東南諸島の船だが、海賊に襲われたのだな。持ち主が乗っていたのか、生死は不明だが、家族がいることは確実だ。サザビー提督に、横取りされるなよ!」
船には外にペンキで名前を書くのが普通だが、東南諸島では船長室に名前を彫刻して隠しておく風習もあった。普通は船を手放す時に削るか、中古の船を買った時に新しい名前を彫るのだが、バルバロッサはそんな風習を守るつもりは無かったので、船長室には名前がそのままになっていたのだ。
「後、船長室には金貨があったが、これはカザリア王国に伝える必要は無いな。海賊討伐の報奨金は乗組員達で山分けが、我が国の海軍の伝統だ」
カザリア王国の海軍は何も被害を受けて無いのに、ハーレー号とエルトリア号には死亡者はいなかったが、多数の負傷者を出したのだからショウも金貨を渡す必要性を感じない。
しかし、シンシア号にはサザビー提督だけでなく、海賊討伐を労う為と称して、交渉の達人のマゼラン外務大臣がにこやかにショウ達を出迎えた。
「一晩、休んだのが裏目にでたなぁ……」
ショウは自分の発熱で到着が遅れたうちに、ニューパロマからマゼラン外務大臣を呼び寄せたのだと、舌打ちしたい気分になったが、会えて嬉しいと握手する。
交渉はマゼラン外務大臣にかなり押し込まれた質問をされて難航したが、ショウは海賊討伐の後始末は法律通りに行いますと突っぱねる。
「あの海賊船は、ラシーヌ号と、リエンヌ号だと判明しました。船の持ち主に返還します」
マゼラン外務大臣は自国の北西部の農民達が受けた被害の賠償に回すのが本筋だと粘り、ショウはウンザリしてダリア号の小麦を被害を受けた農村に寄付すると提案した。
マゼラン外務大臣も、法律的には東南諸島側が通るのはわかっていたので、ショウ王子からイルバニア王国の小麦を吐き出させて手打ちにした。
「このまま手ぶらでレキシントン港に帰ったら、カインズ船長に殴られちゃうよ」
貧しい北西部だけど何か交易できそうな物は無いかなぁと、ショウは小麦を降ろす作業を乗組員達に任せて、サンズとエジソン港に上陸する。
「ショウ王子、何処か案内しましょうか?」
にこやかなロレンスがぴったりと付き添って来るのに、ショウは見張っているのだと察したが、この事は機密でも無いし、竜騎士隊のパトロールで駐隊しているので地元には詳しいだろうと相談する。
「ダリア号を空で返したら、カインズ船長に殴られてしまいます。何か北西部の特産品でも買い付けて、返さなきゃいけないんですが、ロレンス卿は良い案がありますか?」
ロレンスはショウがまるで商人のようなことを言い出したので可笑しくなったが、貧しい北西部でも特産品はあると教える。
「北西部は水が澄んで綺麗ですから、ウィスキーの産地です。あと岩だらけで耕作に向かない山間部では、毛足の長い山羊が飼われていて、品質の良い毛織物も生産してますよ」
エジソン港の周りにはウィスキーや毛織物を扱う商店が何軒かあり、ショウは大きな溜め息をついて買い付けを終える。
「もしかして、ショウ王子は値段交渉が嫌いなのですか?」
かなり頑張って値段交渉をしていたが、店を出るなりゲッソリしているショウの様子にロレンスは驚く。
「ええ、私は東南諸島の商人にはなれませんね。面倒くさいと感じてしまうのです。航海は好きなのですがねぇ」
カインズ船長なら交渉が終わってからも、オマケに何か付けてくれと強請るだろうと、駄目だなぁと溜め息を付いていたが、ロレンスには十分値切っていたと感じる。
ロレンスは、ショウに張り付いて観察したが、どうもつかみどころがない不思議な王子だと首を捻る。マゼラン外務大臣にも、一歩も引かない強気な交渉をしていたかと思うと、小麦を寄付したりして、理解不能だ。
その小麦の代わりにウィスキーや毛織物を商船に積み込んでレキシントン港に返さないと、船長に殴られると言うなんて、変な王子だと苦笑する。
未だ幼さの残る可愛い顔だが、海賊船を討伐した手並みといい、海賊船討伐交渉といい、油断出来ない王子なのに、何故か笑ってしまう。ロレンスは笑っている自分に気づいて、それこそが一番ショウ王子の強味なのかもしれないと考えた。
ロレンスは、マゼラン外務大臣に報告をする。
「第六王子のショウ王子が後継者になったのに、第二王子のカリン王子が海賊討伐を協力しているのですよ。それも、かなり仲が良さそうです。カリン王子が負傷したのですが、ショウ王子は本当に心配してましたから……」
マゼラン外務大臣は、母親が違う王子達が仲が良いと聞いて、それは見せかけではないかと疑う。
「そうだ! ハーレー号には腕利きの治療師が乗船してますね。あの激しい戦いだったのに、死亡者がでなかったのです。私が駆け付けた時には、かなりの数の負傷者が甲板から運び出されていたし、重傷者も多かったのですがねぇ」
マゼラン外務大臣は、それほどの治療の技を持つ人物を思い出した。
そのような治療の技を使えるのは、ユーリ王妃しかマゼラン外務大臣は知らなかった。彼女は真名を使って治療するのだ。
そして、アレックス教授がフォン・フォレストから古文書を勝手に拝借したのがバレた時、エドアルド国王がモガーナ様に返却して謝れと命じたのに、読んだのはショウ王子なのにと言い訳をしていたのを思い出した。
アレックス教授の言い訳だと思い込んでいたが、もしかして、ショウ王子は真名を使えるのではと、疑惑を持つ。
若い日にフォン・フォレストで、エドアルドがユーリから真名を使っての治療の技を教えて貰うのを見ていたマゼラン外務大臣は、サザビー提督が燃え落ちた帆に疑問を持っていたのも思い出した。
「ロレンス卿、海賊船の帆はどのように燃え落ちていたのだ? 今は補修されてわからないが、何か乗組員達から聞かなかったか?」
「火矢を使ったにしては、他の炎上が無いのです。私はショウ王子が、風の魔力持ちだと思っています。矢を射たのは指を見て確認してますが、一人で2隻の海賊船の帆を燃やせるものですかね?」
マゼラン外務大臣はロレンスに不確かな情報を与える気持ちは無かったので、乗組員達との話を報告しろと促す。
「それが、箝口令が厳しくて、口を開かないのです。それに竜騎士を異常に怖がるので、私が近づくと逃げ出す有り様で……」
マゼラン外務大臣は、東南諸島では竜の人気が無いとはいえ、勇敢な軍艦乗りが怯えるとは変だと感じる。ショウ王子は竜に火を噴かせたのか? バロア城脱出の時と、ローラン王国との戦争で、ユーリ王妃が竜に火を噴かせたと聞いているが、ショウ王子も真名が読めるとしたらと考え込む。
考え込んだマゼラン外務大臣に、ロレンスは息子のジェームズを竜騎士隊に入隊させてくれという頼みを言い出せなかった。
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