海と風の王国

梨香

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第四章  外交デビュー

14  アレクセイ皇太子殿下

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 ヌートン大使とショウはローラン王国のアレクセイ皇太子が、わざわざ大使館へと話し合いに来るのは評判の悪いダカット金貨についてだと考えて、念入りに打ち合わせをして臨む。

 確かにアレクセイ皇太子の話の要件はダカット金貨だった。

 同じ皇太子と王太子と言いながらも、二十七歳のアレクセイ皇太子と十四歳のショウでは経験の差が歴然としていたが、此方には古狐のヌートン大使が付いている。

 ショウは、何故、アレクセイが駐イルバニア王国大使を同伴しなかったのか疑問を持った。

 ヌートン大使にダカット金貨の粗悪な事を攻め立てられているアレクセイを、ショウは不審に感じる。アレクセイは自分よりは経験を積んでいるだろうが、東南諸島連合王国の大使館には生え抜きの外交官のヌートン大使が待ち構えているぐらいは承知しているだろうに、何故だろう。

 ローラン王国の大使なら良い勝負になっただろうにと、一方的な話し合いになったのを傍観していたショウは、アレクセイは自国の大使すら信頼していないのだと気づいた。

 ショウは、交渉はヌートン大使に任せていたので、あれこれ考えてしまう。ゲオルク前王の遺臣の整理が出来ていないのか? それとも、カザリア王国で育った皇太子に反発する勢力なのか? もしかしたら、敵国のイルバニア王国の王女と結婚したのも、反発材料になっているのかもしれないなど、後でヌートン大使に質問しようと、話し合いの終わるのを待っていたショウは、思いがけない展開に唖然とする。

「やはりダカット金貨は百ダカットを百クローネとは認めて貰えませんね。ここ数年のダカット金貨はクローネ金貨と同じ金の含有量なのですがね……」

「この数年のはそうでしょうが、出回っている粗悪なダカット金貨を回収して、やり直さない限り無理ですね」

 アレクセイとの話し合いに引導を渡したヌートン大使は、やれやれとお茶でも如何ですかと尋ねた。

「やはりそういう結論になりますね。私もダカット金貨は、国際通貨として役に立たないと考えています。前のクローネ金貨にやり直したいと思っているのです」

 侍女にお茶のサービスをさせようとしていたヌートン大使は、わざわざアレクセイ皇太子が大使館を訪ねて来たのは、この件だったのだと座り直した。

「それには莫大なコストが掛かりますよ。まさか国内の百ダカット金貨を五十クローネ銀貨と両替はできないでしょう」

 冬には餓死者が出かねない貧困しきっているローラン王国に、そんな資金がある訳がないと大使とショウは困惑する。

「しかし、このままではローラン王国は交易が出来なくなってしまいます。その莫大な資金を東南諸島連合王国に貸して頂きたいと、申し込みに来たのです」

「なんで、我が国がローラン王国のダカット金貨のクローネ金貨への改鋳の資金を、貸さなくてはいけないのですか? 奥方の実家であるイルバニア王国に頼むならいざ知らず」

 ヌートン大使に一笑にふされて、アレクセイは思いがけない提案をした。

「我が国とイルバニア王国の歴史をご存知でしょう。アリエナの実家から資金を借りるなど言ったら、家臣達は拒否反応を起こしてダカット金貨の改鋳の話し合いどころでなくなります。それにローラン王国としても、東南諸島連合王国に一方的に援助を申し込むのでは無く、借りるのだから利子をお払いします。それと私の妹のミーシャをショウ王子と婚姻して頂ければ、両国の友好関係の発展に役立つと思っています」

 ショウは内心で、絶対的にいらない! と叫んでいたが、フラナガン宰相から外交の場で軽率な言動をしてはいけないと叩き込まれていたので、曖昧な反応しか示さなかった。ヌートン大使は動揺を上手く隠したショウ王子に合格点を付けて、アレクセイを攻めることにした。

「大変に失礼ですが、アレクセイ皇太子殿下には妹君がいらしたとは初耳ですが……」

 カザリア王国のコンスタンス姫を皇太子妃にしていたルドルフ皇太子だったが、父王ルドルフに離婚させられて以来は独身だった筈だと、ヌートン大使は庶子の存在を知りながら意地の悪い指摘をする。

「ヌートン大使もご存知でしょう。父王は私達の母と離婚してから、二十数年も独身なのですよ。ミーシャは側室が産んだ庶子ですが、王が認知した私の妹です。本来なら側室を王妃に据えてミーシャを正式な王女にしても良いのですが、生憎亡くなっています。東南諸島連合王国は一夫多妻制なので、庶子でも平等に扱われると聞いてますが」

 資金を借金しに来たのに、妹を押し付けるのかとショウはウンザリした。それに、これ以上、許嫁を増やしたくない!

「アレクセイ皇太子殿下、我が国は一夫多妻制ですので、妹君には慣れない後宮暮らしは無理だと思います。ダカット金貨の改鋳の資金ですが、ローラン王国は国債を発行される考えはありませんか? 国債なら我が国も買いやすいですし、イルバニア王国にも買って貰えるのではないですか?」

 大人しくヌートン大使に話し合いを任せていたショウの発言に、アレクセイは驚いて国債の説明を求める。

「国債は名前の通り、国の借金です。今回はダカット金貨の改鋳の特別国債になりますね。一時的に税金では賄いきれない公共事業をする時に、国債を発行して資金を集め、毎年利子を国債の購入者に支払います。但し、あくまでも借金ですから、いつかは返さないといけませんけどね」

 元々、借金に来たアレクセイは、返さないといけないのは承知している。

「国債かぁ……少し考えてみます。ショウ王子、ミーシャは暖かい国に嫁ぐのを楽しみしています。一度、ケイロンに訪ねてきて下さい」

 にこやかなアレクセイに、諦めるつもりがないなと溜め息をつくショウだった。

 今度こそ話し合いは終わったので、お茶を飲みながら雑談を始めたアレクセイとショウは、無難だし共通の話題のパロマ大学について話した。

「私は実質は半年しかパロマ大学に通っていませんから、アレクセイ皇太子殿下にお尋ねしたいと思っていたのです。パロマ大学は、女学生は聴講生だけなのでしょうか?」

 メリッサが第一夫人を目指しているのなら、聴講生では無く、正式な留学生の方が良いのではと考えたのだ。

「私が知っている女学生は、聴講生が多かったですね。でも、男性しか学生になれないという規定は無い筈ですよ。大学生になると婚期が遅れるのを親が心配して、聴講生にさせるのでしょう」

 十五歳で結婚するメリッサには一年しか独身時代が無いわけだが、ショウは結婚を遅くしても良いと思っていたし、結婚後も大学に通っても良いと考えていた。

「親を説得するのが大変なんですね~」

 あのメルトを説得するのかぁと、ショウは溜め息をつく。

「どなたか身内のご婦人が留学を希望されているのですか?」

「ええ、まぁ」

 アレクセイに自分の許嫁の事情を説明するのが大変そうなので、ショウは笑って誤魔化す。

 アレクセイ皇太子を見送って、ショウはヌートン大使と疲れましたねぇと書斎でレイテへの報告書を作成した。

「ショウ王子、前にマウリッツ外務次官にはプリウス運河を株式会社にしたらと提案されたのに、ローラン王国には国債を勧められたのですね。確かに金貨の鋳造を株式会社に任せられませんが、国債を引き受けるつもりで勧められたのですか」

「ローラン王国の税収や支出を査定してからの話ですね。何の裏付けも無い国債を買う者はいません。ローラン王国が償還期日に買い取れるとは限りませんから、次の国債を発行するしかなくなるかもしれませんね。本来は国債は有効な資金集めなのですが、今の冷え込んだ経済状態だとローラン王国は国債の利子だけでパンクしかねませんから、購入は父上やフラナガン宰相の判断に任せましょう」

「そこまで考えておられるのに、何故、国債の発行を勧めたのですか? まさか、許嫁を増やしたく無いからですか?」

「そんな事はありませんよ。ただ資金を貸すより、国債を購入する方が安全だと考えたのです。それにダカット金貨をクローネ金貨に改鋳して貰えると、交易も増えますからね。国債の発行で冷え切ったローラン王国に資金が導入されれば、少しは上向くかもしれませんよ」
 
 焦ったショウの国債を発行するメリットの説明を疑わしそうにヌートン大使は聞く。

「なるほど、ショウ王子の御高説は拝聴いたしました。で、ミーシャ姫を許嫁になさるのですか?」

 ヌートン大使が、兎を狩る狐のようにショウには思えた。

「お願いです、レイテにはこの件を報告しないで下さい。父上に知られたら大変な事になります」

 本音を漏らしたショウに、やっぱりと溜め息をつく。
 
「駄目です、私はアスラン王に忠誠を誓っている大使なのですよ。自国の利益になりそうな話を報告しないだなんて、できるわけがありません」

 強硬な態度のヌートン大使に、ショウは脅しをかける。

「なら、僕はエリカをユングフラウに置いてカザリア王国にいきます」

 一瞬、ショウに置き去りにされたエリカの不機嫌の嵐に曝される自分を想像したヌートン大使だが、古狐は一ヶ月以上の滞在で一旦約束したのを反古に出来ない優しい性格を見抜いていた。

「どうぞお好きにして下さい。ショウ王子がユングフラウに帰られるまで、私と妻は避暑地のストレーゼンに退避しますから」

「そんなぁ! 侍女達と残されたエリカはどうなるのですか? 怒り狂うエリカをどう宥めれば良いのですか?」

 駆け引きではヌートン大使を負かせないと気づいたショウは、情に訴える。

「今でも許嫁に振り回されているのです。アレクセイ皇太子の提案を、あまり好ましくないと書いて下さい。妹君を嫁に貰うと、国債を多く引き受けなくてはいけないから不利だと書きましょう」

 ヌートン大使は報告書は自分で作成しますと、ショウを書斎から追い出した。
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