9 / 21
九 どうしよう……
しおりを挟む
薔子が美味しくないと嫌だと我儘を通したお陰で、皆の評判も良かった精進上げも終わり、岡山から来ている結城の一族や年をとった保科の両親、そして先代の酒井の分家の老人などは、それぞれ自分の車やタクシーで帰った。
仏壇とは別に満中陰までは新仏としてお祀りしてある小さな祭壇の前に、智章、薔子、百合、賢治だけが座って改めて手を合わせる。
「叔母さん、叔父さん、お世話になりました。お陰様で、無事に祖母の葬儀を終えることができました」
葬儀の費用を立て替えて貰っただけでなく、本当に百合がいなければ真っ当な葬式などできなかったのは明らかなので、喪主として智章は頭を下げる。
「智くん……それは良いのよ。お母さんの葬式なんだから。それより、賢治さんも居るうちに今後の事を話し合っておきたいのだけど……」
もしかして自分の特殊な体質について、夫の賢治に話しているのかとドキッとするが、どうやら違うようだ。
「酒井の家の跡取りは、智章くんだ。それに関しては、百合は保科に嫁に出た立場としてわきまえている」
跡取りだと認めてくれるのは嬉しいが、ズシンと古い家が肩に乗った気分に智章はなった。
「まぁ、この家は智章のものだから、後は好きにしたら良いわ」
母の発言に智章は驚く。
「えっ?」
寝耳に水の話に驚く智章に、百合は怒りだす。
「もう、お姉さん! そんな事も言ってなかったの? お父さんは、この家を智章にと残したのよ。お母さんも、どうせ相続しても、すぐまた相続しなおさなきゃいけないからと同意して名義も変えていたはず。だから、この家は智くんの物なのよ」
祖父の自分への愛には感謝するが、なら大学二年生の時に叱りに出て来なくても良かったのでは無いかと内心で愚痴る。あの時のショックで五年も家に帰ることができなかったのだ。
「しかし、智章くんは東京で立派な会社に就職しているし……えっ? 何なんだ?」
妻に脇腹を肘で突かれて、賢治は戸惑う。フンと鼻で笑って、薔子が我が子の要領の悪さを曝露する。
「この子は貧乏籤を引かされて、耐震偽装マンションの後始末をさせらているのよ。鈍臭いんやから! どうも会社は辞めるみたいですわ」
保科の両親ほどでは無いが、賢治も医者以外の職業は少し軽く見る傾向にある。それでも大手ゼネコンに勤めている甥は少し自慢に感じていたので、辞めると聞いて驚く。
「えっ、それは本当なのか? なかなか就職出来ない会社だと聞いていたが……でも、まぁ良いのかもしれないな。この家に帰って来られるし」
これが医者を辞めるとかだったら頭から火を出して叱られるのではと智章は肩を竦める。
「会社を辞めるのは決めていますが、ここに住むかは、どうしようか悩んでいます。仕事が見つからないのではと……」
正直なところ、福山に帰るまで『こんな会社なんか辞めてやる!』と口にしたものの、まだ未練もあった。しかし、東京を離れて自分を見つめ直してみて、辞める決意は固まった智章だ。
「兎に角、満中陰までは誰かが新仏様の世話をしなくちゃいけないんだから、智章は家に居とかなきゃ駄目よ」
そういう母がしたらどうなのか? 智章は無駄だから口にはしなかったが、内心で罵る。
「そうねぇ……私もなるべく来るようにはするけど、毎日は来られないわ。それに、七日参りがあるからねぇ」
家を貰った途端に、智章にはご先祖様の供養もついてきた。
「七日参り……初七日はもう終わったんじゃないのかな……」
親戚の負担を減らす為に初七日の法要は終えた筈だと、智章は首を捻る。
「智章、もしかして七日参りを知らないの? 今日は初七日をしたけど、二七日、三七日……七回目で四十九日なのよ。だから、早く満中陰をした方が楽だと言っていたのに……本当に身体だけは大きくなっても子どもなんだから」
『七七、四十九! なるほどね!』なんて呑気に感心している場合ではない。
「ええっ! もしかして、毎週なの? 嘘でしょう?」
人づきあいの苦手な智章は、お通夜と葬式でぐったりしていたので、これを毎週するのかと驚く。
「七日参りには、全員は来ないから……多分」
百合の慰めにも智章は溜息しか出ない。
「ちなみに聞くけど、二七日はいつなの」
百合がカレンダーを持ってきて、丸をつけていく。
「初七日は終えたから、本来の二七日は再来週の月曜だけど……その前の日の日曜にして欲しいのよ。月曜は忙しいから」
会社を辞めるつもりの智章はいざ知らず、他の人は平日より日曜の方がお参りに来やすいだろう。前の日曜にするのは構わないが、なぜ月曜なのか? 智章には理解できない。
「おばあちゃんが亡くなったのは火曜じゃないの?」
「アホやねぇ! 七日参りは一日前にすんものなのよ」
いつもは非常識な行動ばかりしている母親に頭を叩かれて、智章はムッとする。
「お姉さん、お母さんが見ているわよ。智くんの頭なんか叩いたら、駄目よ」
初七日のお経で、亡くなった人が極楽へ行く道のりを説いているのがあった。
「あのお経通りなら、おばあちゃんは天井辺りにいるんだね」
智章は、懐かしいおばあちゃんに会いたいと天井を見上げるが、船の底のように編み上げた細工しか目に入らなかった。
「見事な細工だよね……こんなの今作ったら大変だよ。って言うか、そんな我儘な施主に会いたくないな」
建築士らしい言葉に、全員が笑う。
「昔は酒井の家はここら辺では名家で通っていたから……」
いつも関西弁でぽんぽん切って捨てるように発言する薔子が口籠ったので、その名家の恥さらしと呼ばれ、母にも迷惑をかけたのを反省したのかと、他の人は解釈していたが……違った。
「智章、しっかしないと駄目よ。ひとまずは引っ越して来なさい! もう、眠いわ」
賢治の前だから手だけは口に当てて、大欠伸をする。涙が目に滲んでいるのは、欠伸のせいなのか? それとも、薔子なりに母の死を悼んでいるのか? それは誰にも分からなかった。
母の言葉に従うわけではないが、ずっと鞆に住むかどうかは保留にしたまま、智章は東京のアパートを引き払うことにした。
『今更だけど……四十九日まではここに住むよ』
祖母が年をとっているのは頭では分かっていたのに、幼い時のままのイメージを持ち続け、祖父を怖れて、この家を避けていた智章は、最後の祖母孝行をする決意を固めた。
仏壇とは別に満中陰までは新仏としてお祀りしてある小さな祭壇の前に、智章、薔子、百合、賢治だけが座って改めて手を合わせる。
「叔母さん、叔父さん、お世話になりました。お陰様で、無事に祖母の葬儀を終えることができました」
葬儀の費用を立て替えて貰っただけでなく、本当に百合がいなければ真っ当な葬式などできなかったのは明らかなので、喪主として智章は頭を下げる。
「智くん……それは良いのよ。お母さんの葬式なんだから。それより、賢治さんも居るうちに今後の事を話し合っておきたいのだけど……」
もしかして自分の特殊な体質について、夫の賢治に話しているのかとドキッとするが、どうやら違うようだ。
「酒井の家の跡取りは、智章くんだ。それに関しては、百合は保科に嫁に出た立場としてわきまえている」
跡取りだと認めてくれるのは嬉しいが、ズシンと古い家が肩に乗った気分に智章はなった。
「まぁ、この家は智章のものだから、後は好きにしたら良いわ」
母の発言に智章は驚く。
「えっ?」
寝耳に水の話に驚く智章に、百合は怒りだす。
「もう、お姉さん! そんな事も言ってなかったの? お父さんは、この家を智章にと残したのよ。お母さんも、どうせ相続しても、すぐまた相続しなおさなきゃいけないからと同意して名義も変えていたはず。だから、この家は智くんの物なのよ」
祖父の自分への愛には感謝するが、なら大学二年生の時に叱りに出て来なくても良かったのでは無いかと内心で愚痴る。あの時のショックで五年も家に帰ることができなかったのだ。
「しかし、智章くんは東京で立派な会社に就職しているし……えっ? 何なんだ?」
妻に脇腹を肘で突かれて、賢治は戸惑う。フンと鼻で笑って、薔子が我が子の要領の悪さを曝露する。
「この子は貧乏籤を引かされて、耐震偽装マンションの後始末をさせらているのよ。鈍臭いんやから! どうも会社は辞めるみたいですわ」
保科の両親ほどでは無いが、賢治も医者以外の職業は少し軽く見る傾向にある。それでも大手ゼネコンに勤めている甥は少し自慢に感じていたので、辞めると聞いて驚く。
「えっ、それは本当なのか? なかなか就職出来ない会社だと聞いていたが……でも、まぁ良いのかもしれないな。この家に帰って来られるし」
これが医者を辞めるとかだったら頭から火を出して叱られるのではと智章は肩を竦める。
「会社を辞めるのは決めていますが、ここに住むかは、どうしようか悩んでいます。仕事が見つからないのではと……」
正直なところ、福山に帰るまで『こんな会社なんか辞めてやる!』と口にしたものの、まだ未練もあった。しかし、東京を離れて自分を見つめ直してみて、辞める決意は固まった智章だ。
「兎に角、満中陰までは誰かが新仏様の世話をしなくちゃいけないんだから、智章は家に居とかなきゃ駄目よ」
そういう母がしたらどうなのか? 智章は無駄だから口にはしなかったが、内心で罵る。
「そうねぇ……私もなるべく来るようにはするけど、毎日は来られないわ。それに、七日参りがあるからねぇ」
家を貰った途端に、智章にはご先祖様の供養もついてきた。
「七日参り……初七日はもう終わったんじゃないのかな……」
親戚の負担を減らす為に初七日の法要は終えた筈だと、智章は首を捻る。
「智章、もしかして七日参りを知らないの? 今日は初七日をしたけど、二七日、三七日……七回目で四十九日なのよ。だから、早く満中陰をした方が楽だと言っていたのに……本当に身体だけは大きくなっても子どもなんだから」
『七七、四十九! なるほどね!』なんて呑気に感心している場合ではない。
「ええっ! もしかして、毎週なの? 嘘でしょう?」
人づきあいの苦手な智章は、お通夜と葬式でぐったりしていたので、これを毎週するのかと驚く。
「七日参りには、全員は来ないから……多分」
百合の慰めにも智章は溜息しか出ない。
「ちなみに聞くけど、二七日はいつなの」
百合がカレンダーを持ってきて、丸をつけていく。
「初七日は終えたから、本来の二七日は再来週の月曜だけど……その前の日の日曜にして欲しいのよ。月曜は忙しいから」
会社を辞めるつもりの智章はいざ知らず、他の人は平日より日曜の方がお参りに来やすいだろう。前の日曜にするのは構わないが、なぜ月曜なのか? 智章には理解できない。
「おばあちゃんが亡くなったのは火曜じゃないの?」
「アホやねぇ! 七日参りは一日前にすんものなのよ」
いつもは非常識な行動ばかりしている母親に頭を叩かれて、智章はムッとする。
「お姉さん、お母さんが見ているわよ。智くんの頭なんか叩いたら、駄目よ」
初七日のお経で、亡くなった人が極楽へ行く道のりを説いているのがあった。
「あのお経通りなら、おばあちゃんは天井辺りにいるんだね」
智章は、懐かしいおばあちゃんに会いたいと天井を見上げるが、船の底のように編み上げた細工しか目に入らなかった。
「見事な細工だよね……こんなの今作ったら大変だよ。って言うか、そんな我儘な施主に会いたくないな」
建築士らしい言葉に、全員が笑う。
「昔は酒井の家はここら辺では名家で通っていたから……」
いつも関西弁でぽんぽん切って捨てるように発言する薔子が口籠ったので、その名家の恥さらしと呼ばれ、母にも迷惑をかけたのを反省したのかと、他の人は解釈していたが……違った。
「智章、しっかしないと駄目よ。ひとまずは引っ越して来なさい! もう、眠いわ」
賢治の前だから手だけは口に当てて、大欠伸をする。涙が目に滲んでいるのは、欠伸のせいなのか? それとも、薔子なりに母の死を悼んでいるのか? それは誰にも分からなかった。
母の言葉に従うわけではないが、ずっと鞆に住むかどうかは保留にしたまま、智章は東京のアパートを引き払うことにした。
『今更だけど……四十九日まではここに住むよ』
祖母が年をとっているのは頭では分かっていたのに、幼い時のままのイメージを持ち続け、祖父を怖れて、この家を避けていた智章は、最後の祖母孝行をする決意を固めた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり
枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★
大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。
悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。
「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」
彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。
そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……?
人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。
これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
離縁の雨が降りやめば
月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。
これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。
花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。
葵との離縁の雨は降りやまず……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】かみなりのむすめ。
みやこ嬢
キャラ文芸
【2022年2月5日完結、全95話】
少女に宿る七つの光。
それは守護霊や悪霊などではなく、彼女の魂に執着する守り神のような存在だった。
***
榊之宮夕月(さかきのみや・ゆうづき)は田舎の中学に通う平凡でお人好しな女の子。
夢は『可愛いおばあちゃんになること』!
しかし、ある日を境に日常が崩壊してしまう。
虚弱体質の兄、榊之宮朝陽(さかきのみや・あさひ)。謎多き転校生、八十神時哉(やそがみ・ときや)。そして、夕月に宿る喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲の七つの魂。
夕月のささやかな願いは叶うのか。
***
怪異、神様、友情、恋愛。
春の田舎町を舞台に巻き起こる不思議。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる