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第三章 白鳥

22 ジョーとジュリアの収穫祭

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 緑蔭城から港までの道沿いには屋台がところ狭しと並んで、収穫祭の為に準備をしていた。気の早い住人の為に海産物や肉を焼く匂いも漂っている。

「ジョージ様、やはり忙しかったのではないですか?」

 自分を見上げる緑色の目にジョージは少し苦笑いする。緑蔭城の城代のなのだから、収穫祭の時期は忙しいのに決まっている。だが、今回は伯爵夫人のグローリアだけでなく執事や家政婦長からも『ジュリア様を収穫祭に案内するように』との強い圧力を受けたのだ。

「忙しい時期ではありますが、貴族の接待は伯爵夫人が、その他の接待は執事さんと家政婦長が受け持って下さっているので、今回は楽をさせてもらっているのですよ」

何故そこまで自分の仕事を引き受けてまでジュリアと出掛けさせたかったのか?  ジョージも馬鹿ではないので、グローリア伯爵夫人の気持ちに勘づいていた。しかし、どちらかというと城代のジョージはゲチスバーモンド伯爵の部下としての立場であり、アルバートが次代の巫女姫であるジュリアにより高い地位の貴族との縁談が相応しいと考えているのも知っていた。

「領民達の作物なども屋台で売っているのね。北部は不作だと聞いたけど、立派な野菜ばかりね」

「ええ、ゲチスバーモンド伯爵領は今年も豊作でした。これも精霊のお陰ですね」

  伯爵夫人の策略に嵌まったジョージだが、素直に屋台を興味深く覗いているジュリアに好意も持っている。それだけに余計に複雑なのだ。

『そんな野菜より、彼方のアクセサリーの方がキラキラしているわ』

 侍女を付けずに収穫祭に行かせた伯爵夫人だが、当然のごとく付いてきたマリエールは、デートなのに野菜なんか見ているジュリアに呆れる。こんな時は男の人にアクセサリーとかを買って貰うのが良いと口を出す。

「アクセサリー?」

 お祖母様から真珠のネックレスを貰ったし、そもそもジュリアはアクセサリーをじゃらじゃら付けるタイプではない。とはいえ、女の子なので少しは興味がある。

『あっちよ!』とマリエールに引っ張られてアクセサリーの屋台に行く。

 そこには収穫祭で領民達が買えるような安価なアクセサリーが並んでいた。

「何かお気に入りがありましたらプレゼントしますよ」

「そんなぁ、悪いですわ」とジュリアは遠慮するが、さほど高い物は並んでない。

「これくらいは買えますよ。前に人質になっていた精霊使いの家族を解放するのを手伝って頂いたお駄賃もまだですしね」

 ジョージにお駄賃と言われて、ジュリアも笑う。それならとアクセサリーを真剣に選びだす。

「この貝殻の付いた髪飾り、とても可愛いわ」

 ピンク色の貝殻が付いた髪飾りは若いジュリアにぴったりだ。

「では、これを……」

 ジョージは屋台の主人に代金を払い、髪飾りをジュリアに渡そうとした。

『もう! ちゃんとつけてあげなさいよ』

 マリエールは真面目なジョージが気が利かないと腹を立てて、軽くつむじ風をおこす。

『マリエール、やめて! 髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃうわ』

『髪の毛がぐちゃぐちゃだから、髪飾りが必要なのよ。ほら、ジョージ! つけてあげなさいよ』

 ジョージは遣りたい放題のマリエールに苦笑する。

「少し海の方に行きましょう」伯爵令嬢のジュリアが乱れた髪の毛で人の目が多い屋台通りにいるのは不味いだろうと、ジョージはエスコートして港の外れにつれていく。

「ここに座ってください」

 港外れの海が見えるベンチに座らせると、意外と器用に買ったばかりの髪飾りをジュリアにつけた。

「ジョージ様、ごめんなさい。まだマリエールは幼いのよ。それに、私もちゃんと管理できてないの。こんなんだから、闇の精霊を呼ぶのを禁止されているんだわ」

 落ち込んで気分どよどよのジュリアをジョージは慰めてあげたくなる。

「闇の精霊なんて私は呼び出したりできませんよ。ジュリア様は巫女姫だと期待されているから焦るのかも知れませんが、まだお若いのですからゆっくりと修業されたら良いのですよ」

「ええ、そうは思うのですが、シェフィールドに居ると人の期待が重たいの」

 ジョージは、伯爵思惑は知っているが、やはりジュリアには王都より緑蔭城の暮らしの方が合っていると考える。その横に誰がいるのか? 考えるとカッと嫉妬が湧いてくるのに驚く。

「それなら、ここにいたら良いではないですか?」

「えっ、でも……精霊使いの修業が……」

『そんなのは何処でもできるわよ。お爺ちゃんにここに来てもらえば良いんじゃない?』

 マリエールの言うお爺ちゃんとは師匠のことだろうかと、ジュリアは首を竦める。

「無理よぉ!」

「そうでしょうか? カリースト師は家族も亡くされていますし、精霊使いの長も辞退されて、ジュリア様の教育だけに専念されていると聞きます。それなら気候の良いゲチスバーモンド方がお身体にも良いと思います」

「えっ、そうかしら? そうなのかも?」

 目から鱗のジュリアに、ジョージは笑いかける。

「ジュリア様、少しは我儘を仰っても良いのですよ。こちらの方が精神が落ち着くと思うから、こちらで修業したいと師にお願いされてみたらどうですか? 駄目なら、今のままなだけです。損はないですよ」

「でもぉ……お祖父様は……」

 エドモンド王、ゲチスバーモンド伯爵は王都で政治に忙しくしている。自分だけ緑蔭城でのうのうとしてて良いのだろうかとジュリアは困惑する。

「伯爵夫人に相談されてみては如何です? きっと良い案を教えて下さいますよ」

 ジュリアは、そう言えば自分は社交も苦手だし、政治なんてちんぷんかんぷんだし、精霊使いの修業以外に王都に用事は無いのだと気づいた。

「そうね! 精霊使いの修業をここでできれば王都に行く意味は無いのね。ちゃんと修業してから北部の復興を手伝ったりしたら良いのだわ」

 ジョージは北部の復興に尽力しているサリンジャーを思い出し、ジュリアの仄かな好意を感じ取った。

「サリンジャー師もこちらで時々は骨休めされたら良いのですがね」

 強力なライバルになりそうなサリンジャーに話を向けてしまったジョージは、自分の恋愛下手さに内心で落ち込む。

「ええ、サリンジャー師は前からお世話になっているし、こう言ったら失礼になるのですがお父さんみたいに感じるのです。初めて会った時、私の父親では無いかと勘違いして叱られてしまったのに変ですよね」

「サリンジャー師は、そんなお年ではないでしょう」

 ちょっとサリンジャーが気の毒になったジョージだ。
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