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第三章 白鳥

6  久しぶり!

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 ジュリアは、シルビアからの手紙で詳しい留学の内容を知る。

「まぁ、シルビア様も来たいとベーカーヒル伯爵に何度も頼んだけど、お許しは出なかったと書いてあるわ。お気の毒だけど、シルビア様は、まだ13歳だから仕方ないのかもしれないわね。でも、お会いしたかったわ」

 そう言いながら、ジュリアは自分が13歳で親元を離れ、ベーカーヒル伯爵家のメイドになったのだと思い出す。その当時はガリガリで年齢よりも小さかったジュリアだが、今ではすらりと背の高い美少女に成長した。相変わらず細身ではあるが、クローク夫人の薫陶を受けて、身のこなしは優雅で伯爵令嬢に相応しい。

「きっと、セドリック様もいらっしゃるとは思ってましたが、やはり来られるのですね。ほんとうに、もう! トーマスときたら、手紙ぐらいよこせないのかしら? 気がきかないわねぇ。それとも……まさか、料理人助手の……」

 ルーシーがトーマスが別の女の子と良い仲になったのではとやきもきしているのを、ジュリアはクスクス笑っていたが、もしかしたら祖国が懐かしくなったのではと不安にもなる。

「ルーシーはヘレナの近郊が出身よね。家族とか会いたくないの?」

「まぁ、会いたくないとは言いませんけど、ベーカーヒル伯爵家にメイドとして働きに出た時から、そんなに会えるとは思ってませんでしたからね。そう、豊かな暮らしでもなかったし、此方に来る時の支度金を両親にあげたから、元気に暮らしてるでしょう」

 ジュリアは、自分を育ててくれた両親との関係もよく似た感じだったので、ルーシーが薄情だとは思わない。庶民にとっては、近くに住んでいない限り、そうそう家族に会うことは無いのだ。そう考えてみると、祖父母がどれ程の愛情を自分に注いでくれているか、ジュリアは改めて感謝する。

「そんな私のことより、ルーファス王子やセドリック様がいらっしゃるのですよ! 磨きあげて、びっくりさせなきゃ」

 イオニア王国のゲチスバーモンド家の召使い達は、ジュリアを伯爵令嬢として丁寧な対応をするが、ルーシーは少し親しい話し方をするのでホッとする。まだまだジュリアは、自分の環境が激変したのに心の奥底では馴染めていない。王宮にエドモンド王に会いに行くのも、何だか気が引けているのだ。

「ほら、ほら、髪をパックしますよ! 艶をだすには、この卵パックが良いのです」

 ルーシーが持ってきたどろどろしたパックを髪の毛に塗られるのは勘弁して欲しいと思ったが、強引にバスルームに押し込まれる。



 9月になり、領地や避暑地で夏を過ごした人々がシェフィールドに帰ってきた頃、オルフェン港に隣国のルキアス王国のルーファス王子一行が着いた。

『ルーファスとセドリックがオルフェン港に着いたわよ』

 水晶宮で、師匠と修行していたジュリアの元にマリエールがくるくると廻りながらやってきた。

『マリエール、ありがとう』

 そろそろ、着いてもおかしくないのにと、落ち着かないジュリアの為に、マリエールはオルフェン港に見に行ってくれたのだ。

「ルーファス王子とセドリック様は師匠に精霊使いの修行をつけて貰うのかしら?」

 一緒に修行したいと期待を籠めたジュリアの緑色の瞳に、カリースト師は穏やかに言い聞かせる。

「それは、精霊使い長が決められることだよ。私は、年長者ではあるが、ケインズ師の指示に従うつもりだ」

 水晶宮に通いだして、ほぼ一年経つジュリアは、精霊使いとしてカリースト師が皆の尊敬を集めているのに気づいていた。本来なら精霊使い長になってもおかしくないのに、一歩退いて自分や若い精霊使いの指導をしている。

「カリースト師が精霊使いの長になられなかったのは、私を巫女姫にする為だと……でも、まだ闇の精霊の実体化もできないのに、国民を導く巫女姫なんてなれるのかしら?」

 不安そうなジュリアの手を取って、魔力や精霊を使う能力は既に先代の巫女姫であるエミリア姫を越えていると褒めてやる。

「ジュリアに必要なのは、自信、自尊心だ。自分の考えを貫く強さを持たないと、闇の精霊を実体化はさせられないよ。私も、闇の精霊には誘惑されて、アドルフ王を永遠の眠りにつけたくなったのだからね。それを退ける精神の強さが必要なのだ」

 ジュリアは、内乱で負傷した兵達の看護にもあたっていたので、その時に闇の精霊にアドルフ王を殺してやろうと言われたら、自分ならどうしただろうと考えて身震いした。

「カリースト師、私も強い精神を身につけたいですわ!」

 少し成長したジュリアに、自分の体験を話してやって良かったとカリースト師は微笑んだ。


『ねぇ、久しぶりにルーファスやセドリックと会うのに、おしゃれしないで良いの?』

 マリエールは、常にジュリアの側にいるので、王宮に行く前は大騒ぎしているのを笑いながら見ているのだ。リボンやドレスには然程興味は無いが、明るく楽しい雰囲気は大好きなのだ。

「あっ、そうだわ! カリースト師、今日はこれまでにして貰えますか? きっと、屋敷ではお祖母様がやきもきされているわ」

 若い女の子の師匠は大変だと、カリースト師は帰って良いと許可を与える。ペコリと頭を下げると、若さ故の元気さで駆け去るジュリアを微笑みながら見送っていたが、精霊使いの長のケインズ師が訪ねてきた。

「カリースト師、ルーファス王子とセドリック卿の修行の件ですが……如何したものでしょう?」

 北部の復興を援助しているサリンジャー師から、さほど魔力は強くないと報告を受けている。本来なら、一般の精霊使いの修行をつけている師のいずれかでも十分なのだが、隣国の王子なので特別な配慮が必要なのだ。

「私が引き受けても良いが……ジュリアが、いずれかと恋に落ちたら、ゲチスバーモンド伯爵は困るのでは無いかのう?」

 ゲチスバーモンド伯爵どころか、エドモンド王も、いやイオニア王国も、巫女姫を二代にわたって失うわけにはいかないと、ケインズ師は顔色を変える。

「サリンジャー師を呼び戻します。幸い、北部はもうすぐ収穫時期ですから、春からの救援活動も一段落する頃でしょう」

 カリースト師は、やはりケインズ師に精霊の長を引き受けて貰って良かったと満足そうに頷いた。巫女姫を外国に嫁がせるわけにはいかないのだ。



 屋敷で、ルーシー達に磨きあげられたジュリアは、秋らしい濃い緑の短い上衣を白いドレスの上に着て、王宮へと向かう。

「おお、ジュリア! 此方におられるルーファス王子やセドリック卿には紹介はいらないな」

 愛しそうに抱き寄せるエドモンド王を見て、ジュリアが王孫なのだと、二人は改めて感じる。そして、あのガリガリのメイドは何処にもいないのだと驚いた。金褐色の艶やかな髪と、すらりとした姿の美少女が、緑の目を輝かして笑っている。

「お久しぶりです! ルーファス王子、セドリック様」

 ルーファス王子は、美しいレディに変身したジュリアの手を取って、礼儀正しくキスをする。

「ジュリア孃、お久しぶりですね! とても美しくなられて、心臓がどきどきしますよ」

 茶色の髪を長く伸ばし、後ろで黒のビロードのリボンで結んだルーファス王子に、青い瞳で微笑み掛けられると、ジュリアは頬を真っ赤に染める。ジュリアも15歳に成長したが、ルーファス王子とセドリックも18歳の美青年になっていた。社交界デビューも済ませた二人は、優雅な身のこなしで、ジュリアと再会の挨拶をする。

「ジュリア孃、お久しぶりです。シルビアがお会いしたいと言ってました」

 今回は、ルーファス王子の留学の付き添いなのだと、一歩下がった立場でセドリックは、ジュリアに挨拶する。それを見ていたエドモンド王とレオナルド王子は、隣国のルキアス王国からの縁談を思い出し、内心で溜め息をつく。

「まぁ、ルーファス王子、セドリック卿、ようこそイオニア王国に!」

 王妃不在の王宮で、側近のゲチスバーモンド伯爵夫人がもてなし役を引き受ける。簡単な歓迎会へと、ルーファス王子を案内する。

 若い隣国の王子と、王孫のジュリアとの縁談は、普通なら大歓迎なのだが、巫女姫を外国に嫁がせるわけにはいかないのだ。懐かしそうに話をしているジュリアを、イオニア王国の大人達は複雑な思いで眺める。そして、ルキアス王国のケリガン大使は、満足そうに微笑んでいた。

「長旅で、お疲れでしょう」と、今宵は会食後は長く引き留めずに解散になった。

「驚いたなぁ! あのジュリアが、あんなに美人になっているとは!」

 ルキアス王国の大使館へ向かう馬車の中で、ルーファス王子は素直な感想を呟いた。ケリガン大使は、これこれ! と注意する。

「ジュリア孃を嫁にと望む貴族は多いでしょう。ルーファス王子、失礼な態度では心を射止めることはできませんよ」

 父王からも、イオニア王国は外国に嫁がせるのを渋るだろうと言われていたので、ルーファス王子も気を引き締める。

「ケリガン大使、水晶宮での修行はどうなっているのでしょう?」

 一応、水晶宮での精霊使いの修行をすると、イオニア王国に留学したのだ。そちらも、忘れては困るとセドリックは、質問する。

「ああ、もちろん忘れていませんよ。できたら、ジュリア孃と同じカリースト師に指導して頂きたかったのですが、それは叶いませんでした。ルキアス王国に亡命していたサリンジャー師が指導して下さるそうです」

「サリンジャー師! 懐かしいなぁ」と、ルーファス王子は単純に再会を喜ぶが、セドリックは、王と父上から政略結婚を成功させるように密命を受けて来たのだ。できるだけ、ルーファス王子とジュリアが親密になる機会を作りたいと考えていたので、違う師匠と聞いてがっかりする。

「しかし、サリンジャー師は、北部の復興に尽力されていると聞きますよ。あのアドルフ王からシェフィールドを護ったカリースト師に、指導して頂きたいです」

 それは、ケリガン大使も同じ気持ちだったので、サリンジャー師がシェフィールドに帰還されるまではと再交渉してみようと頷いた。

「それにしても、醜いアヒルの子が、白鳥になったなぁ」

 ルーファス王子の素直な感想に、ケリガン大使は「醜いアヒル子だなんて!」と叱りつける。

 セドリックは、自分の中に芽生えかけている恋心を密かに摘み取った。

『ジュリア孃は、ルーファス王子の妃候補なのだ……』

 ガリガリのメイドは、もういないのだと、セドリックは夜でも火の精霊が街灯で明るく照らすシェフィールドの街を見つめながら、深い溜め息をついた。
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