除霊は致しません! 先ずは話し合いましょう!

梨香

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第ニ章 逆恨み

10  美しき怪物

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 銀狐に言われるまでもなく、この胡蝶には目当ての女性がいないのが確認できたので政宗は他のクラブへと移ろうと東三条を促す。蝶子ママにこのクラブを押し付けられたら困るので早く逃げ出したいのだ。

「次のクラブに行きましょう」

 東三条はこのクラブを受け継ぎたくない様子の政宗の気持ちが理解できないが、それでも今回の事案を解決して貰う方を優先して席を立つ。

「まぁ、もうお帰りですか? またお越し下さるのをお待ちしております」

 蝶子はにこやかに微笑みながら出口まで見送りに行くが、そこに伝説の銀蝶ママが黒地に一匹の蝶が銀粉を散らしながら舞う着物をスッと着こなし、威勢をはらいながら現れたのは偶然ではない。

「まぁ、東三条様、そして政宗様と銀様、ようこそ胡蝶へおいで下さいました。私は胡蝶の銀蝶と申します。以後お見知りおきを……まぁ、折角お会いできたのに、もうお帰りですか? そんなつれないことなさいませんよね」

 見た目は若く美しい銀蝶だが、かなりの高齢だと感じる。なにせ醸し出す雰囲気が人間離れしている。三人は蜘蛛の糸に絡め取られた気分になる。

 蝶子が少し席を外した時に連絡したに違いないと銀狐と政宗は内心で罵る。

 東三条は伝説の銀蝶ママを振り切ってまで他のクラブへ移る勇気が無かった。

「銀蝶ママに会えるのは珍しいことだし……ここはもう少し……」

 銀狐は強力なライバルの出現に臨戦態勢でピリピリしているし、政宗はこれからの展開を予想してうんざりした態度だが、東三条に従ってまた奥のソファーへと移動する。

「輝正様にはとてもお世話になりましたの。でも私のような者が葬儀にお伺いしても良いものかどうか……」

 蝶子は輝正の死を知らなかったようだが、銀蝶は当然ながら知っていたのだと政宗は頷く。私のような者とは夜の商売をしている身なのか、それとも人外の身という意味なのかと政宗は一瞬迷ったが、どちらでも良いと肩を竦める。

「大叔父は実家の西園寺で供養しています。お墓参りでもご仏前にでもご自由にお参り下さい」

 実家の寺に銀蝶が参ろうが、それは政宗には関係ないとあくまで自分勝手に許可をする。両親や寺を継ぐ弟には幸い厄介な体質は遺伝していない。亡くなった大叔父の元愛人らしき女性がお参りに来ても、困惑するだろうが、線香を手向けるのを断りはしないだろう。

「まぁ、ありがとうございます。跡取りの政宗様に許可を頂けたのですから、これでお線香をあげに参れますわ」

 お参りは勝手にしてくれれば良いが、自分を跡取りと呼ぶのは遠慮したい。

「私は確かにグリーンガーデンは大叔父から受け継ぎましたが、こちらの件は知りません。きっと、銀蝶さんに遺したのでしょう」

 欲のない政宗に銀蝶はホホホと微笑む。蝶子と違いこの件をこの場でどうこうするつもりは無さそうだ。一筋縄ではいけそうにない。

「その件はさておき、東三条様と何が目的で胡蝶にお越しくださったのでしょう? もしかして、うちの女の子とトラブルでも?」

 輝正様の知り合いとトラブルなんて起こしたら承知しないと蝶子ママに送った視線は鋭い。

「まさか……違いますわ」

 美しい蝶子を庇うように政宗も頷く。

「ここには目的の女性はいないようなので、他のクラブに行くところだったのです」

 これで厄介な銀蝶ママから逃れられると政宗は腰を上げようとしたが、そうは問屋がおろさなかった。

「まぁ、もしかして北新地の女とのトラブルですの? それなら、この私におまかせ下さい」

 ポンと着物の胸元を叩く銀蝶を政宗は困惑して眺める。

「それが……私の件ではないし……」

 この痩せぎすな若い政宗が北新地のクラブの女と揉め事を起こす訳がないのは銀蝶ママにはわかっていた。近頃は蝶子にママを任せほとんど店には出ないが、IT産業の曹操とまで名前を売っている東三条が何か困った事になっているのだろうと察して、良い機会だと微笑む。

「政宗様は輝正様のご気性まで受け継がれたのですね。困った方を助ける為に輝正様はいつも心を砕いておられましたわ」

 銀狐は尊敬する輝正様と不出来な政宗とは月とスッポンだと内心で罵る。しかし、そのスッポンの政宗をこの毒蛾と共用する気持ちもさらさらないので、ともかく胡蝶から出て行きたい。

「この胡蝶には関係する女性はいないのが確認できたのですから、他のクラブに移動して調査しないといけないのです」

 政宗の腕を持って立ち上がらせようとする銀狐の手を銀蝶ママの扇が阻止する。

「子狐はもう寝る時間なのかしら? 楠のねぐらが恋しくなったのたら、お一人でお帰りになったら?」

「子狐! 私は天狐大……」

 天狐大将軍九尾銀狐と名乗りそうな口を政宗は慌てて手で押さえる。

「銀蝶さん、今は調査の最中なので、これで失礼します」

 銀蝶はこれは東三条の女絡みのトラブルだと察していたので、あっさりと了解した。これで、他のクラブに行けると政宗達が蝶子ママの見送りで胡蝶から出た時、黒いショールを羽織った銀蝶ママが東三条の腕にスッと手を回す。

「ご一緒させて頂きますわ」

 一番断りそうにない東三条をターゲットにして、銀蝶は強引に北新地のクラブ巡りに同行する。

「あのう、お店は良いのですか?」

 無駄だとは思うが、折角の北新地のクラブ巡りなのにこんな貫禄充分な銀蝶ママを引き連れてだと楽しめないので、一応は政宗が抵抗してみる。

「まぁ、胡蝶は蝶子に任せていますのよ。だから、私はご一緒しても大丈夫です」

 北新地の道でも何人かは伝説の銀蝶ママを知っている人がいて、挨拶が次々にされるが、笑顔で会釈しながらも同行を止めるつもりがないのかついてくる。

「次によく行くクラブはここかな?」

 胡蝶のすぐ近くの『木蓮』と言うクラブの前で東三条は立ち止まる。

「まぁ、木蓮の百合ママとはお友だちなのよ」

 この北新地で何処のクラブのママでも銀蝶を知らない者などいない。胡蝶とは違い木をふんだんに使った和風の木蓮の木戸を開けた途端に、しっとりとした着物姿の百合が出迎えてくれた。

「東三条様、今宵は銀蝶ママを同伴しておいで下さったのですね」

 しかし銀蝶は一歩下がって、政宗と銀狐の背中を押して紹介する。

「百合さん、こちらは輝正様の後継者の政宗様と銀様です。以後、お見知りおきを……」

「まぁ、輝正様の……失礼いたしました。私は木蓮の百合と申します」

 小さな名刺を受け取った二人だが、胡蝶もだが木蓮も二度と来ることはなさそうだ。

「まぁ、こんな所で……さぁ、どうぞ」

 百合に案内されたのは個室だったが、ここでは他の女の子がチェックできない。

「ここより、他を見渡せる席の方が良いな」

 特別席を断る政宗が何か目的があって木蓮に来たのだと百合は察して、普通の席に案内し直す。

「実は人探しなの……女の子を見せて下さる?」

 銀蝶ママの要求を断れるわけがない。何か自分のクラブの女と揉め事でもあるのかと心配しながらも、水割りを用意する百合だ。

 政宗は黒縁の眼鏡を外して、木蓮の女の子を全員チェックするが、東三条の上の影の変化もない。木蓮のホステスは全員が着物姿で美しいが、ここではないのが残念だ。

「ここじゃないみたいですね。他を当たりましょう」

 水割り一杯だけで席を立とうとする政宗に銀蝶は呆れる。

「政宗様、それでは何日も掛かってしまいますわ。百合ママ、個室を貸していただけます?」

 初めに案内された個室に戻り、銀蝶は何の目的でクラブ巡りをしているのか尋ねる。

「東三条さんに取り憑いた霊はビル関係と仕事絡みと女に関しても怨みを持っているみたいなのです。ビルを手放せばかなり弱まりそうですが、それはできないみたいですね。女関係から攻めれば、誰の怨みか分かるかもしれないと思って……まぁ、そんな感じです」

 聞いている銀狐も先代の輝正様とは大違いのグダグタぶりに溜息を吐きたくなるが、銀蝶もそれではなかなか悪霊を取り除けないのではないかと心配する。

「東三条様は輝かしいご活躍ですから、それに嫉妬する人も多いでしょうね。ビル絡みの怨みは不動産屋を調査させてみますわ」

「あのビルを建てる時に南大阪不動産を利用したのです。小さな雑居ビルを何件か買い上げるのが厄介だったみたいですが、きちんと了承を得たと報告を受けています」

 銀蝶は東三条に不動産屋の名前を聞き、少し眉を顰めた。

「東三条様ともあろうお方が関わりになる不動産屋ではございませんわ。でも、ビルを建てる為にはすこしばかり強引な手段も必要ですから、仕方ございませんわね」

 銀蝶ママに評判が良くない不動産屋だと評価されて、東三条は少しムッとする。あのビルを建てるのに巨大な資金を注ぎ込んだのだ。

「でも南大阪不動産は大阪で一番の不動産屋ですよ」

 IT産業の革命児と呼ばれている東三条だが、この数十年のことでしかない。戦後、いやもしかして戦前から大阪で商売している銀蝶にかかれば赤子の如しだ。

「ええ、大きな商いはしておりますわ。でも、それで東三条様に悪縁を引き寄せてしまったのです」

 そう言われてしまうと身もふたもない。もし第二ビルを建てる時は銀蝶ママに良い不動産屋を紹介して貰おうと東三条は頷く。

「ビルを売却できないなら、その原因を取り除かなければいけませんわよね」

 探偵としての作業も銀蝶ママの方がテキパキと話を進める。政宗としては少し邪魔だと思うが、東三条の馴染みのホステスを全員呼び寄せてくれると言い出したのは助かった。

「名前ですか……馴染みとはどの程度? 席に着いただけの女の子は名前までは覚えていないのですが……」

「名前を覚えてないような女の子は結構ですわ。同伴とかアフター、指名するぐらいで良いでしょう」

 紙には十数人の源氏名が書かれた。

「こんなにホステスさんを呼べるのですか?」

 東三条が指名するのは各クラブでも売れっ子で稼ぎ頭だ。これからの営業時間にナンバーワンが抜けたら困るのではないかと心配する。

「大丈夫ですわ」

 確かに北新地で銀蝶ママに逆らうクラブは無いだろうが、その事で迷惑を掛けるのは東三条の本意ではない。

「ちょっと見せて下さい」

 政宗は、名前が書かれた紙を手に取り、黒縁の眼鏡を外して眺める。かなり下の方に書いてあった一つの名前の上に黒い影が浮かぶ。

「ルミ! それで留美さんが東三条さんに近づくと嫌がったのだな」

 東三条の上の黒い影も動揺したのかゆらゆらと揺れている。

「このマスカレードのルミさんが原因なのかしら?」

 マスカレードという名前は銀蝶としては一流とは認めてないのが口調から察せられた。

「どんなクラブなのですか?」

 政宗の質問に東三条は少し恥ずかしそうに答える。

「いゃあ、クラブというかキャバクラなんだよ。IT関係の接待とかは若い世代も多いから」

 キャバクラ! 政宗はグッと身を乗り出す。

「良いですねぇ。マスカレードに行ってみましょう」

 クラブのホステスなら木蓮に呼び寄せられるが、キャバクラとはあまり関わりがない銀蝶も同意する。

「そうね、一度キャバクラとやらに行ってみたかったのよ。東三条様、連れて行って下さる?」

 クラブは敷居が高過ぎると感じた政宗は、キャバクラなら後で行っても良いかな? と思っていたのだが、保護者付きで行くのかとガックリする。
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