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第ニ章 逆恨み
9 夜の蝶
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「行きつけの店と言われても……」
東三条の運転手付きの高級車の中で、政宗は興味深そうに初めての北新地を眺めている。
「そうだなぁ、この悪霊は女絡みの怨みを持っていそうだから、綺麗どころのお姉さんがいるクラブが良いなぁ」
ビルでダメージを受けた東三条はクラブに行くより、家に帰って休みたいと内心で愚痴りながら「胡蝶へ」と運転手に告げる。
「胡蝶……へぇ、優雅な名前ですね」
大阪の北新地で『胡蝶』といえば、京都の祇園ではないが一見さん御断りの格式の高いクラブなのだが、大学を卒業したばかりの政宗は知りもしない。
『女狐に騙されなければ良いのですが……』
うきうきしている政宗を銀狐は心配そうに眺める。
ネオンで賑わう町だが、いつも政宗が飲み歩く町とは違い歩いている男達も良い服装をしている。
黒い御影石のビルの前に高級車は止り、運転手にドアを開けて貰って東三条、政宗、銀狐は胡蝶の前に立った。
「へぇ、看板は小さいんだなぁ」
グリーンガーデンの看板も小さいが、胡蝶のは黒い御影石の壁に小さく銀で彫り込まれていた。
「ここが行きつけのクラブですか?」
「行きつけというか、まぁよく接待などで使うクラブです」
接待など、した事もなければ、された事もない正宗は、そんな酒は美味しいのだろうかと疑問を持ちながら胡蝶へ入った。
「東三条様、いらっしゃいませ」
綺麗なお姉さんの出迎えを期待していた正宗は、スッとした黒服の男にチラリと目をやり『銀さん二号だ』と笑う。
上得意の東三条の来店に気づいた着物の女性がにこやかに近づいてくる。
「いらっしゃいませ、東三条様。今日はお若いお方をお連れですのね」
「ああ、蝶子ママ。ちょっと知り合いと飲みにきたんだ。こちらは政宗くんと銀さんだ」
蝶子と呼ばれた女性は、しっとりと和服を着こなしていたが、近くで見るとさほど年ではなさそうだ。肌が白磁のように透き通っていて、長い睫毛が頬に影を落としているのが色っぽい。
「胡蝶を任されている蝶子と申します。よろしくお願い致します」
蝶子は東三条の知り合いならと、小さな名刺を政宗と銀狐に渡すが、こんな高級そうなクラブに二度と来ることはなさそうだ。
蝶子ママに案内されて奥のソファー席に着いたが、政宗はきょろきょろと行儀悪く店内を見渡している。
「ここには目当ての女性はいないのかな?」などと失礼な発言をした挙句に黒縁眼鏡を外して、東三条の上をぼんやり眺める姿は、この高級クラブに全く相応しくない。
しかし、北新地で高級クラブのママを任されている蝶子は、東三条がただの無礼な若者をわざわざ胡蝶に連れてくる訳が無いと察していた。それに、政宗と一緒の銀狐は人間離れした美貌で、何か訳ありに感じる。
「何をお作り致しましょう」
ママ自ら接待しているが、政宗は高い酒がただで飲める機会を無駄にしたく無いとメニューと睨めっこの最中だ。
「色々なお酒が置いてあるんですね。あっ、カルヴァドス! 林檎から作られるブランデーですよね。このカルヴァドスを飲みながら推理する探偵がいるんだよ」
東三条はどれでも良い気分なので、政宗のオーダーでカルヴァドスがグラスに注がれる。銀狐は酒には興味が無いので、クィと一気に飲み干すが、政宗は林檎の香りを楽しんでいる。
政宗は少し口を付けると、メニューにソフトドリンクもあるのを見つけて蝶子に我儘を言い出した。
「あのう、コーヒーの上に角砂糖に火を付けて入れたのを飲みたいのですが良いですか? 探偵がよくやっているんですよね~」
美貌の蝶子ママにも横に座った綺麗なお姉さん達をも無視して、推理小説で読んだ探偵がやっていた角砂糖にカルヴァドスを含ませて火を付けるシーンの再演に夢中になっている政宗に東三条は呆れてしまう。
青い炎が上がり、林檎の香りが立ち込める。その角砂糖をポトンと落としたコーヒーを政宗は満足そうに飲む。
「ねぇ、銀さん! 美味しいよ。うちでもブランデー入りのコーヒーを出したらどうだろう?」
銀狐は差し出されたコーヒーを一口飲むと「淹れ方がなっていない」と政宗に返した。
「まぁ、申し訳ありません」
無礼な客にも蝶子は柔らかな態度を崩さないが、東三条は気を使った。
「蝶子ママ、こちらの二人がやっているグリーンガーデンのコーヒーは本当に美味しいんだ。こんなに美味しいコーヒーは滅多と飲めないよ」
喫茶店のマスターとIT産業の曹操とがどう結びつくのかは分からなかったが、蝶子はこの二人に興味を持つ。
「まぁ、未だお若いのに喫茶店をなさっているのですか?」
「ええ、大叔父から相続したので……そうか、銀さんの淹れたコーヒーならもっと美味しいかもね」
東三条も銀狐のコーヒーを飲めば具合が良くなるかもしれないと蝶子ママに我儘を言う。
「こちらの銀さんの淹れたコーヒーは本当に絶品なんだ。私もカルヴァドスを入れたコーヒーが飲みたいから、ちょっと我儘を通してくれないかな?」
客にコーヒーを淹れさせるだなんて普段の蝶子ならさせないが、東三条の我儘を通してやることにする。臨機応変にしないと北新地でママなどしてられないのだ。
「しかし……ここのはサイフォンですよね」
一口飲んだだけで分かるのかと政宗が驚いているのを見て、銀狐は一杯飲んでも分からないのかと悄然とする。
「政宗様、もう少し修行をしないといけませんね」
「えぇ? 今日はコーヒーの淹れ方をマスターしたじゃないか」
「どこがマスターしたのですか?」
蝶子は人間離れした美貌の銀狐が若い政宗に仕えている態度に驚いた。
「こちらの若い政宗様がマスターなのですね」
先程、政宗が大叔父から相続したと言っていた意味がストンと胸に落ち、多分この銀狐も一緒についてきたのだと微笑む。
サイフォンでも銀狐の淹れたコーヒーは、先に飲んだコーヒーとは香りが違った。
政宗と東三条はカルヴァドス入りのコーヒーを美味そうに飲む。
「やはり銀さんの淹れたコーヒーは美味しいな」
東三条は頭が重たかったのがスッキリした気分になる。
「本当に……」
クラブに来て、コーヒーばかり飲んでいる客など珍しいが、そんな事は蝶子は気にしない。たこ焼きを食べたいと客が望めば、買いに行かせるのが新地のママの心意気だ。ただ胡蝶にはたこ焼きを食べたがる客など今までいなかったが……
「ママも飲んでみますか?」
政宗は蝶子が興味を持ったのに気づいて、銀狐にもう一杯コーヒーを淹れさせる。
「まぁ、お客様に……でも頂きます」
差し出されたコーヒーは香り高く、いつもと同じ豆、サイフォン、水なのに、全く違った。
「銀さん、うちの店で働きませんか?」
思わず口にした蝶子に銀狐は即座に断る。
「私は輝正様の遺されたグリーンガーデンを護っていくことだけを信条にしておりますから」
『輝正様』の一言で、蝶子はハッと目を見開いた。そして静かに微笑むと、同席していた女の子達を下がらせる。
「東三条様が輝正様の後継者とお知り合いだなんて知りませんでしたわ。政宗様、ご挨拶が遅くなりました。私は輝正様からこの胡蝶を任されている蝶子と申します」
「輝正様から任されている?」バチバチバチと銀狐と蝶子との間に火花が散る。
「ええ、この胡蝶は輝正様が先代のママに任せ、そして私が引き継いだのです。だから、今度は政宗様がオーナーということになりますわね」
喫茶店のマスターだけでもうんざりなのに、高級クラブのオーナーになんかなりたくない政宗は「いりません」と即座に首を横に振る。
「そんなの弁護士も言っていませんでしたよ」
不審そうな目で見られ、蝶子はスッと席を立つと店の奥から一枚の封筒を持って来た。
「これが権利証のコピーですわ。ほら、この胡蝶は輝正様の物だとなっているでしょ。それにしても輝正様が亡くなられたと知ったら、銀蝶ママはショックで倒れてしまうかも……」
銀蝶ママと大叔父の輝正の関係など詮索する気は無いが、きっと胡蝶はそちらに譲る気だったのだろうと政宗は肩を竦める。
「大叔父は私に喫茶店をやるのを条件にビルを遺してくれました。本当はビルだけで良かったのですがね。このクラブについては何も言っていなかったのは、きっと銀蝶ママさんに任せたままで良いと考えていたのでしょう」
東三条は北新地での胡蝶の価値を知らない政宗が、一時の判断で決めるのは良くないと心配する。それに先代の銀蝶ママは北新地の美しき怪物なのだ。逆らったりしたら、会社の一つや二つ吹き飛んでしまうとの伝説がある。
「まぁ、そんなに性急に断るものではないよ。それに、輝正様が亡くなられたのなら、法律的にも相続の手続きも必要になるだろうし」
相続の手続きと聞いて、政宗は顔色を変える。
「ゲッ! 相続税なんて払えませんよ。あのビルのは大叔父が遺してくれたお金で相続税をやっとこさ支払えたけど……無理です」
金などないと断る政宗に「欲が無いのですね」と蝶子は婉然と微笑む。その美しき顔に政宗もグラっと引き込まれそうになる。
「この女狐め! いや狐属ではないので、この毒蛾め! 政宗様を籠絡しようだなんて百年早いわ! 政宗様、しっかりなさって下さい。この女は人間ではありません」
政宗は銀狐の言葉でハッとなり、蝶子を黒縁眼鏡を外してジロジロと眺める。
「ふうん、人間離れした美貌と若さは半妖だからなのか……」
半妖と呼ばれても蝶子はホホホと笑う。
「まぁ、政宗様はお口が上手いですわね。美貌と若さだなて嬉しいですわ。お近づきにシャンパンを一杯」
シャンパングラスを政宗に手渡し「乾杯」などと枝垂れかかってくる蝶子を銀狐は押しのける。
「ここには目的の女性はいなかったのですから、さっさと次の店に行きましょう!」
東三条は若い蝶子ママが半妖と聞いて驚くが、あの銀蝶ママの跡取りだけに「さもあらぬ」とも納得する。
東三条の運転手付きの高級車の中で、政宗は興味深そうに初めての北新地を眺めている。
「そうだなぁ、この悪霊は女絡みの怨みを持っていそうだから、綺麗どころのお姉さんがいるクラブが良いなぁ」
ビルでダメージを受けた東三条はクラブに行くより、家に帰って休みたいと内心で愚痴りながら「胡蝶へ」と運転手に告げる。
「胡蝶……へぇ、優雅な名前ですね」
大阪の北新地で『胡蝶』といえば、京都の祇園ではないが一見さん御断りの格式の高いクラブなのだが、大学を卒業したばかりの政宗は知りもしない。
『女狐に騙されなければ良いのですが……』
うきうきしている政宗を銀狐は心配そうに眺める。
ネオンで賑わう町だが、いつも政宗が飲み歩く町とは違い歩いている男達も良い服装をしている。
黒い御影石のビルの前に高級車は止り、運転手にドアを開けて貰って東三条、政宗、銀狐は胡蝶の前に立った。
「へぇ、看板は小さいんだなぁ」
グリーンガーデンの看板も小さいが、胡蝶のは黒い御影石の壁に小さく銀で彫り込まれていた。
「ここが行きつけのクラブですか?」
「行きつけというか、まぁよく接待などで使うクラブです」
接待など、した事もなければ、された事もない正宗は、そんな酒は美味しいのだろうかと疑問を持ちながら胡蝶へ入った。
「東三条様、いらっしゃいませ」
綺麗なお姉さんの出迎えを期待していた正宗は、スッとした黒服の男にチラリと目をやり『銀さん二号だ』と笑う。
上得意の東三条の来店に気づいた着物の女性がにこやかに近づいてくる。
「いらっしゃいませ、東三条様。今日はお若いお方をお連れですのね」
「ああ、蝶子ママ。ちょっと知り合いと飲みにきたんだ。こちらは政宗くんと銀さんだ」
蝶子と呼ばれた女性は、しっとりと和服を着こなしていたが、近くで見るとさほど年ではなさそうだ。肌が白磁のように透き通っていて、長い睫毛が頬に影を落としているのが色っぽい。
「胡蝶を任されている蝶子と申します。よろしくお願い致します」
蝶子は東三条の知り合いならと、小さな名刺を政宗と銀狐に渡すが、こんな高級そうなクラブに二度と来ることはなさそうだ。
蝶子ママに案内されて奥のソファー席に着いたが、政宗はきょろきょろと行儀悪く店内を見渡している。
「ここには目当ての女性はいないのかな?」などと失礼な発言をした挙句に黒縁眼鏡を外して、東三条の上をぼんやり眺める姿は、この高級クラブに全く相応しくない。
しかし、北新地で高級クラブのママを任されている蝶子は、東三条がただの無礼な若者をわざわざ胡蝶に連れてくる訳が無いと察していた。それに、政宗と一緒の銀狐は人間離れした美貌で、何か訳ありに感じる。
「何をお作り致しましょう」
ママ自ら接待しているが、政宗は高い酒がただで飲める機会を無駄にしたく無いとメニューと睨めっこの最中だ。
「色々なお酒が置いてあるんですね。あっ、カルヴァドス! 林檎から作られるブランデーですよね。このカルヴァドスを飲みながら推理する探偵がいるんだよ」
東三条はどれでも良い気分なので、政宗のオーダーでカルヴァドスがグラスに注がれる。銀狐は酒には興味が無いので、クィと一気に飲み干すが、政宗は林檎の香りを楽しんでいる。
政宗は少し口を付けると、メニューにソフトドリンクもあるのを見つけて蝶子に我儘を言い出した。
「あのう、コーヒーの上に角砂糖に火を付けて入れたのを飲みたいのですが良いですか? 探偵がよくやっているんですよね~」
美貌の蝶子ママにも横に座った綺麗なお姉さん達をも無視して、推理小説で読んだ探偵がやっていた角砂糖にカルヴァドスを含ませて火を付けるシーンの再演に夢中になっている政宗に東三条は呆れてしまう。
青い炎が上がり、林檎の香りが立ち込める。その角砂糖をポトンと落としたコーヒーを政宗は満足そうに飲む。
「ねぇ、銀さん! 美味しいよ。うちでもブランデー入りのコーヒーを出したらどうだろう?」
銀狐は差し出されたコーヒーを一口飲むと「淹れ方がなっていない」と政宗に返した。
「まぁ、申し訳ありません」
無礼な客にも蝶子は柔らかな態度を崩さないが、東三条は気を使った。
「蝶子ママ、こちらの二人がやっているグリーンガーデンのコーヒーは本当に美味しいんだ。こんなに美味しいコーヒーは滅多と飲めないよ」
喫茶店のマスターとIT産業の曹操とがどう結びつくのかは分からなかったが、蝶子はこの二人に興味を持つ。
「まぁ、未だお若いのに喫茶店をなさっているのですか?」
「ええ、大叔父から相続したので……そうか、銀さんの淹れたコーヒーならもっと美味しいかもね」
東三条も銀狐のコーヒーを飲めば具合が良くなるかもしれないと蝶子ママに我儘を言う。
「こちらの銀さんの淹れたコーヒーは本当に絶品なんだ。私もカルヴァドスを入れたコーヒーが飲みたいから、ちょっと我儘を通してくれないかな?」
客にコーヒーを淹れさせるだなんて普段の蝶子ならさせないが、東三条の我儘を通してやることにする。臨機応変にしないと北新地でママなどしてられないのだ。
「しかし……ここのはサイフォンですよね」
一口飲んだだけで分かるのかと政宗が驚いているのを見て、銀狐は一杯飲んでも分からないのかと悄然とする。
「政宗様、もう少し修行をしないといけませんね」
「えぇ? 今日はコーヒーの淹れ方をマスターしたじゃないか」
「どこがマスターしたのですか?」
蝶子は人間離れした美貌の銀狐が若い政宗に仕えている態度に驚いた。
「こちらの若い政宗様がマスターなのですね」
先程、政宗が大叔父から相続したと言っていた意味がストンと胸に落ち、多分この銀狐も一緒についてきたのだと微笑む。
サイフォンでも銀狐の淹れたコーヒーは、先に飲んだコーヒーとは香りが違った。
政宗と東三条はカルヴァドス入りのコーヒーを美味そうに飲む。
「やはり銀さんの淹れたコーヒーは美味しいな」
東三条は頭が重たかったのがスッキリした気分になる。
「本当に……」
クラブに来て、コーヒーばかり飲んでいる客など珍しいが、そんな事は蝶子は気にしない。たこ焼きを食べたいと客が望めば、買いに行かせるのが新地のママの心意気だ。ただ胡蝶にはたこ焼きを食べたがる客など今までいなかったが……
「ママも飲んでみますか?」
政宗は蝶子が興味を持ったのに気づいて、銀狐にもう一杯コーヒーを淹れさせる。
「まぁ、お客様に……でも頂きます」
差し出されたコーヒーは香り高く、いつもと同じ豆、サイフォン、水なのに、全く違った。
「銀さん、うちの店で働きませんか?」
思わず口にした蝶子に銀狐は即座に断る。
「私は輝正様の遺されたグリーンガーデンを護っていくことだけを信条にしておりますから」
『輝正様』の一言で、蝶子はハッと目を見開いた。そして静かに微笑むと、同席していた女の子達を下がらせる。
「東三条様が輝正様の後継者とお知り合いだなんて知りませんでしたわ。政宗様、ご挨拶が遅くなりました。私は輝正様からこの胡蝶を任されている蝶子と申します」
「輝正様から任されている?」バチバチバチと銀狐と蝶子との間に火花が散る。
「ええ、この胡蝶は輝正様が先代のママに任せ、そして私が引き継いだのです。だから、今度は政宗様がオーナーということになりますわね」
喫茶店のマスターだけでもうんざりなのに、高級クラブのオーナーになんかなりたくない政宗は「いりません」と即座に首を横に振る。
「そんなの弁護士も言っていませんでしたよ」
不審そうな目で見られ、蝶子はスッと席を立つと店の奥から一枚の封筒を持って来た。
「これが権利証のコピーですわ。ほら、この胡蝶は輝正様の物だとなっているでしょ。それにしても輝正様が亡くなられたと知ったら、銀蝶ママはショックで倒れてしまうかも……」
銀蝶ママと大叔父の輝正の関係など詮索する気は無いが、きっと胡蝶はそちらに譲る気だったのだろうと政宗は肩を竦める。
「大叔父は私に喫茶店をやるのを条件にビルを遺してくれました。本当はビルだけで良かったのですがね。このクラブについては何も言っていなかったのは、きっと銀蝶ママさんに任せたままで良いと考えていたのでしょう」
東三条は北新地での胡蝶の価値を知らない政宗が、一時の判断で決めるのは良くないと心配する。それに先代の銀蝶ママは北新地の美しき怪物なのだ。逆らったりしたら、会社の一つや二つ吹き飛んでしまうとの伝説がある。
「まぁ、そんなに性急に断るものではないよ。それに、輝正様が亡くなられたのなら、法律的にも相続の手続きも必要になるだろうし」
相続の手続きと聞いて、政宗は顔色を変える。
「ゲッ! 相続税なんて払えませんよ。あのビルのは大叔父が遺してくれたお金で相続税をやっとこさ支払えたけど……無理です」
金などないと断る政宗に「欲が無いのですね」と蝶子は婉然と微笑む。その美しき顔に政宗もグラっと引き込まれそうになる。
「この女狐め! いや狐属ではないので、この毒蛾め! 政宗様を籠絡しようだなんて百年早いわ! 政宗様、しっかりなさって下さい。この女は人間ではありません」
政宗は銀狐の言葉でハッとなり、蝶子を黒縁眼鏡を外してジロジロと眺める。
「ふうん、人間離れした美貌と若さは半妖だからなのか……」
半妖と呼ばれても蝶子はホホホと笑う。
「まぁ、政宗様はお口が上手いですわね。美貌と若さだなて嬉しいですわ。お近づきにシャンパンを一杯」
シャンパングラスを政宗に手渡し「乾杯」などと枝垂れかかってくる蝶子を銀狐は押しのける。
「ここには目的の女性はいなかったのですから、さっさと次の店に行きましょう!」
東三条は若い蝶子ママが半妖と聞いて驚くが、あの銀蝶ママの跡取りだけに「さもあらぬ」とも納得する。
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