除霊は致しません! 先ずは話し合いましょう!

梨香

文字の大きさ
上 下
14 / 19
第ニ章 逆恨み

7  美味しいコーヒーの淹れ方

しおりを挟む
 ランチタイムが終わると、政宗のマスター修行が始まった。

「東三条さんは忙しい身なのに……会社に帰ったらどうですか?」

 学生の留美は言っても無駄だと諦めて、カウンターに居座っている東三条だけでも追い出そうとする。カウンター内に入ると、銀狐が留美が座るのを嫌がるのが少しわかった気がした。

「いやぁ、どうも会社にいると体調が良くないので……ここに居させて下さい」

「ごちゃごちゃ言ってないで、コーヒーの淹れ方を習いなさいよ。私もここで見て覚えようと思っているのよ。ねぇ、銀狐さん? 私もカウンターの中に入れてよ~」

 銀狐はマスターである政宗以外をカウンターの中に入れる気など全くないで、留美の言葉などを無視してテキパキとコーヒーを淹れる道具を並べる。

「さぁ、このネルを固く絞って下さい」

 銀狐の指示で、政宗はネルドリップの初歩から習う。

「ねぇ、サイホンとかペーパーとかの方が楽じゃないの? ネルをいちいち洗ったり面倒じゃない?」

「ペーパーより、ネルの方がまったりとしたコーヒーになるのです。それにサイホンは場所を取りますから……ほら、シワをパンと伸ばしてセットして下さい」

 カウンター越しに聞いている留美と東三条の方が真剣にグリーンガーデンのコーヒーの美味しさはネルドリップだからなのだと頷いている。本来はコーヒーの豆の選抜や焙煎から教えたい銀狐だが、怠け者の政宗にそこまでは期待しないで、淹れ方だけでもと教えるのだが……

「そんなに一気にお湯を注がないで下さい。一旦、蒸らすことで香りが……ああ、もう! 溢れています!」

 マスターとして毎日見ている筈なのにと、銀狐はキリリと眉を逆だてる。

「ほら、はいったよ~」

 温めてあるコーヒーカップにドボドボと注ぐ。縁から溢れんばかりのコーヒーを差し出された留美と東三条は、お互いに譲り合う。

「どうぞ」

「いや、ここはレディファーストで……」

 カウンターの上でコーヒーカップが行き来している。銀狐はこんなコーヒーをお客様に出せないとカップを下げる。政宗自身が飲むべきだとカップを目の前に置き直した。

「私は……まぁ、豆は同じなんだから……まぁずぅ!」

 プッと吹き出しそうになって、慌てて飲み込む。

「まぁまぁだな。さぁ、これで条件は果たしたんだから、銀さん! 協力してくれるよな」

 銀狐が拒否する前に留美が口をはさむ。

「政宗さん、まだ時間はあるわ! もうちょっと真面目にマスター修行したら?」

「えっ、裏切り者!」

 東三条も社員が退社するまで時間はありますと、後押しするし、銀狐はこんな好機を逃すつもりはない。

「輝正大叔父さんはなんだって喫茶店を続けなきゃいけないだなんて変な遺言を残したのかな……」

 ぶつぶつ言いながら、コーヒーを淹れなおしている政宗だったが、東三条は『輝正』という名前が引っかかっていた。

『輝正……何処かで聞いたような……ああ、経済界の重鎮との会食で誰かが噂していたのだ。惜しい人物を亡くしたと……』

 不貞腐れている政宗が大阪を裏から支えていた輝正なる人物の後継なのかと、東三条は今までとは違った目で観察する。しかし、どうにも偉人とはかけ離れたイメージしか持てなくて首を捻るばかりだ。

「もう、良いだろ? 一気に上手くコーヒーを淹れられるようにはならないさ。それにお腹がジャボジャボだよ」

 銀狐はこんなチャンスを逃したくないと思うが、確かに焦りすぎては怠け者の政宗がコーヒーの淹れ方をマスターするどころか、喫茶店も投げ出してしまうかもしれないので終了する。

「まぁ、今日はこのくらいにしておきましょう。明日からも頑張って貰わないといけません」

 政宗は『明日は明日の風が吹くさ……』と内心で嘯く。

「さぁ、スリースターズへ向かおう!」

 渋る銀狐に喫茶店の閉店を急がせて、東三条の車に乗り込む。

「ねぇ、東三条さん。あのビルの土地は誰から購入したのですか?」

 ビルに着いたら、東三条は悪霊の支配下になるので、この際にと尋ねる。

「前々から自社ビルを建てたいと思っていたので、付き合いのある不動産屋に良い物件を探して貰っていたのです。私が直接売買したわけでは無いので、詳しくは知らないが……何も不当な真似をして手に入れたわけではないですよ」

「貴方には不当な真似をした覚えが無くても、彼方は恨む理由が何かあるみたいですね。それが理不尽でも、話し合って解決しないと、貴方の命も危ないでしょう」

 東三条は『理不尽だ!』と怒気を露わにしたが、政宗は悪霊に理屈は通じないと肩を竦める。

 そうこうするうちにスリースターズ社のビルに着いた。

「政宗様、こんな悪霊付きのビルになんか近寄らない方が良いですよ。貴方には除霊の力は無いのですから」

 車から降りた途端に銀狐は、ビルに取り憑いた悪霊の存在を感じ取り、政宗に無謀な真似は止めろと注意する。政宗が死んだりしたら、輝正様が残した喫茶店が営業できなくなるからだ。

「だから、銀さんをつれてきたんじゃないか。コーヒーの淹れ方をマスターしたんだから、しっかり護ってね!」

 何処の誰がコーヒーの淹れ方をマスターしたのかと銀狐は腹を立てながら、ひょこひょことスキップまがいの足取りでビルに入る政宗の後ろからついて行く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...