12 / 19
第ニ章 逆恨み
5 なけなしの責任感?
しおりを挟む
瑠美を振り切るようにエレベーターに乗り、下に降りた政宗はビルの外に出て、ホッとする。
「このビルを初めて見た時に魔王の城みたいだと思ったのは間違いじゃなかったな。あの悪霊も凄まじいが、命が無くなると警告を受けてもビルを手放そうとしない東三条も理解できない」
経済界の曹操と呼ばれるだけに凡人には理解できないのだろうと、政宗は自分を納得させながら地下鉄で喫茶店の最寄り駅まで移動する。
チリン! お客かとカウンターの中から目線を上げた銀狐は、心なし肩を落とした政宗が帰って来ただけだと、ランチの準備に戻る。普通の人間なら、東三条の案件はどうなったのか? とか、元気の無い様子を心配するだろうが、そこは天狐だ。政宗が生きていないと、輝正様が遺した喫茶店が潰れてしまうので困るが、その他は関係ないと考えている。
いつもの指定席であるカウンターの端座った政宗は、銀狐が作るランチは何だろう? と鼻をヒクヒクさせる。
「今日は政宗様が出かけてから忙しかったので簡単な物ですよ。スペイン風のオムレツにするつもりです」
意地汚い政宗に、銀狐は嫌味を込めて教えてやる。
「そうか……できるまで、本を読んでいるよ」
いつも通りのやる気の無い態度に、マスターとしての自覚は無いのかと腹を立てる銀狐だ。
政宗は大好きなミステリー小説を読もうとしたが、どうも気が乗らない。瑠美の叫び声が耳に残っていたからだ。
『盛大な悪口を言われたな……これに懲りて助手など辞めてくれれば良いのだけど……』
政宗は探偵業はしたいが、悪霊絡みの案件は除霊する能力が無いので遠慮したいと考えていた。留美が紹介した東三条の件も、あんなに強力な悪霊など除霊できない政宗の手に余るのだ。
迷惑な留美が来なくなれば、ミステリー小説を読みながら、時々、銀狐の手がたらない時にコーヒーを運ぶだけで済むのだと思うのだが、何故か気がクサクサする。我儘で気儘な生活態度の政宗だが、人が死ぬと分かっているのに無視できるほど不人情に徹しきれない。パタンと本を閉じてカウンターに置く。
「なぁ、銀さん……東三条さんの件を手伝ってくれないか? あの悪霊は、ビル絡みの怨みを東三条さんに持っているみたいだけど、強力過ぎて私の手に負えないのだ」
銀狐は、輝正様の遺した喫茶店の経営以外に興味は無い。輝正様なら悪霊など簡単に除霊されただろうが、その能力の無い政宗が関わるのは危険だから止めさせたいと考えているぐらいだ。
「政宗様には喫茶店の経営にもっと力を入れて欲しいです。それにビル絡みの怨みなら、そのビルを手放せば悪霊の怨みも弱まるのでは? さっき見た紳士はかなり強運の持ち主ですから、弱った悪霊ぐらいなら屁でもありませんよ」
「私もビルを手放すように忠告したさ。しかし、聞いてくれなかったから……」
ちゃんと忠告したのなら、それを受け入れず悪霊に取り殺されても本人の責任だと、人間では無い天狐は割り切った考え方だ。
「では、これ以上は関わらなければ良いでは無いですか? 人間の欲には際限がありませんね。死んでは金など役に立たないと思うのですが」
これで話は終わったと、ランチの準備に戻ろうとする銀狐に、政宗は大きな溜息をつく。銀狐なら悪霊と闘ってくれるかもと期待したが、どうも協力してくれそうにない。
しかし、このモヤモヤを解決しないと、大好きなミステリー小説を楽しめないのだ。どこか自分勝手な理由だが、政宗なりの良心というか、一度引き受けた案件への責任感が、銀狐の協力を得る妙案を思いつかせる。
「なぁ、銀さん。今回の件が解決したら、コーヒーの淹れ方をマスターしても良いと思っているんだ」
スペイン風オムレツの具を刻んでいた銀狐の手が止まる。いくらやる気の無いマスターとはいえ、コーヒーぐらい淹れるようになって欲しいと切望していたのだ。
「なら、今から教えます! さぁ、カウンターの中に入って下さい!」
目を輝かす銀狐が餌に掛かったのに政宗は複雑な気持ちになる。熱血指導されるのは御免だ。
『やはり東三条を見放そうか? 彼方から断ったのだから……』
お寺で育った政宗は、僧侶になる修行をするほど真面目では無かったが、どうにも人に頼られると弱い。自分の非情になりきれない甘さに溜息しかでない。ハードボイルドの道は遠い。
「先ずは、東三条さんに取り憑いた悪霊を説得して、どうにか解決してからだ!」
いそいそと政宗に黒のエプロンを腰に巻こうとしている銀狐を制した。
「このビルを初めて見た時に魔王の城みたいだと思ったのは間違いじゃなかったな。あの悪霊も凄まじいが、命が無くなると警告を受けてもビルを手放そうとしない東三条も理解できない」
経済界の曹操と呼ばれるだけに凡人には理解できないのだろうと、政宗は自分を納得させながら地下鉄で喫茶店の最寄り駅まで移動する。
チリン! お客かとカウンターの中から目線を上げた銀狐は、心なし肩を落とした政宗が帰って来ただけだと、ランチの準備に戻る。普通の人間なら、東三条の案件はどうなったのか? とか、元気の無い様子を心配するだろうが、そこは天狐だ。政宗が生きていないと、輝正様が遺した喫茶店が潰れてしまうので困るが、その他は関係ないと考えている。
いつもの指定席であるカウンターの端座った政宗は、銀狐が作るランチは何だろう? と鼻をヒクヒクさせる。
「今日は政宗様が出かけてから忙しかったので簡単な物ですよ。スペイン風のオムレツにするつもりです」
意地汚い政宗に、銀狐は嫌味を込めて教えてやる。
「そうか……できるまで、本を読んでいるよ」
いつも通りのやる気の無い態度に、マスターとしての自覚は無いのかと腹を立てる銀狐だ。
政宗は大好きなミステリー小説を読もうとしたが、どうも気が乗らない。瑠美の叫び声が耳に残っていたからだ。
『盛大な悪口を言われたな……これに懲りて助手など辞めてくれれば良いのだけど……』
政宗は探偵業はしたいが、悪霊絡みの案件は除霊する能力が無いので遠慮したいと考えていた。留美が紹介した東三条の件も、あんなに強力な悪霊など除霊できない政宗の手に余るのだ。
迷惑な留美が来なくなれば、ミステリー小説を読みながら、時々、銀狐の手がたらない時にコーヒーを運ぶだけで済むのだと思うのだが、何故か気がクサクサする。我儘で気儘な生活態度の政宗だが、人が死ぬと分かっているのに無視できるほど不人情に徹しきれない。パタンと本を閉じてカウンターに置く。
「なぁ、銀さん……東三条さんの件を手伝ってくれないか? あの悪霊は、ビル絡みの怨みを東三条さんに持っているみたいだけど、強力過ぎて私の手に負えないのだ」
銀狐は、輝正様の遺した喫茶店の経営以外に興味は無い。輝正様なら悪霊など簡単に除霊されただろうが、その能力の無い政宗が関わるのは危険だから止めさせたいと考えているぐらいだ。
「政宗様には喫茶店の経営にもっと力を入れて欲しいです。それにビル絡みの怨みなら、そのビルを手放せば悪霊の怨みも弱まるのでは? さっき見た紳士はかなり強運の持ち主ですから、弱った悪霊ぐらいなら屁でもありませんよ」
「私もビルを手放すように忠告したさ。しかし、聞いてくれなかったから……」
ちゃんと忠告したのなら、それを受け入れず悪霊に取り殺されても本人の責任だと、人間では無い天狐は割り切った考え方だ。
「では、これ以上は関わらなければ良いでは無いですか? 人間の欲には際限がありませんね。死んでは金など役に立たないと思うのですが」
これで話は終わったと、ランチの準備に戻ろうとする銀狐に、政宗は大きな溜息をつく。銀狐なら悪霊と闘ってくれるかもと期待したが、どうも協力してくれそうにない。
しかし、このモヤモヤを解決しないと、大好きなミステリー小説を楽しめないのだ。どこか自分勝手な理由だが、政宗なりの良心というか、一度引き受けた案件への責任感が、銀狐の協力を得る妙案を思いつかせる。
「なぁ、銀さん。今回の件が解決したら、コーヒーの淹れ方をマスターしても良いと思っているんだ」
スペイン風オムレツの具を刻んでいた銀狐の手が止まる。いくらやる気の無いマスターとはいえ、コーヒーぐらい淹れるようになって欲しいと切望していたのだ。
「なら、今から教えます! さぁ、カウンターの中に入って下さい!」
目を輝かす銀狐が餌に掛かったのに政宗は複雑な気持ちになる。熱血指導されるのは御免だ。
『やはり東三条を見放そうか? 彼方から断ったのだから……』
お寺で育った政宗は、僧侶になる修行をするほど真面目では無かったが、どうにも人に頼られると弱い。自分の非情になりきれない甘さに溜息しかでない。ハードボイルドの道は遠い。
「先ずは、東三条さんに取り憑いた悪霊を説得して、どうにか解決してからだ!」
いそいそと政宗に黒のエプロンを腰に巻こうとしている銀狐を制した。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる