ジュケンセイ

黒い白クマ

文字の大きさ
上 下
3 / 6

ジンセイカクテイガチャ

しおりを挟む
「受かるって決まっているなら、頑張れそうなんですけどね。」

珍しく頼んだタルトをつつき回しながら、いつも通り生産性のない愚痴をマスターへ零した。

「そういうものですか。」
「そーいうものです。」
「じゃあ、願掛けします?」

また、この人は妙なことをさらりと言う。

「願掛け、って。」
「神社のお守りだと思って下さい。行きませんでした?高校受験の時、お参り。」

私中高一貫校なんですけど、と訂正しつつ、中学受験の記憶をなぞる。周りの人は何人か、いやほとんどがお守りを持っていた気がする。そういえば、姉の受験の時もお参りに出かけてくると言っていた。ただ自分の場合はというと、お守りもお参りも考えなかった。今も昔もこの先も、神社へお参りすることはないだろう。

「マスターあのね、私無神教なんですよ。」
「へぇ?」

皿を拭いていた手を止めて、彼はカウンターに近づいてきた。真面目に聞いてくれるらしい。

「だって神様がいたとするでしょう。神頼みした時にね、成功したら、私が頑張ったからじゃなくて、神様のおかげで成功したことになると思いませんか。」

当時も面白い奴、と不思議がられた話だ。成功するならなんだっていいだろう、皆、所謂「苦しい時の神頼み」、都合がいいと分かってやっているのにと。

「では、神様がいなかったとしたら?」
「いない神に縋ることになる。惨めで時間の無駄ですね。だから。」

言葉を切って、パカリと大きく口を開ける。うん、タルトも美味しい。

「私、願掛けしたことないです。」

 なるほどと小さく呟いたマスターは、皿ふきに戻るのか流しの方へ向き直る。

「僕は、貴方の神になれるならこれほど嬉しいことはないんですけどね。」

ぎょっとして顔を上げた。背中しか見えないが、どうせ何食わぬ顔をしているに違いない。奇妙なことをいうものだ、というかちょっと恥ずかしい台詞ともとれる。やはり彼は生粋の日本人ではないのかもしれない、なんて。

「いいじゃないですか、他人の力でも。」
「まぁ、今はそれでもいいと思える程度にはしんどいですよ。でもやっぱり、自分の力で受かりたいとも思います。」

小さくため息をついてから、もう一口タルトを放り込んだ。

「大学確定ガチャとか引きたい気分。」
「まるでスマホゲームみたいなことを言いますね。」

クスクスと笑うマスターにつられて、思わず笑い声をあげる。

「まぁ人生課金制はちょっと嫌ですけど。」

皿が拭き終わったらしく、彼はそっと私の前から空のコップを持ち上げた。

「人生確定ガチャ?」

恐ろしいことを言いながら彼が悪戯っ子のように笑う。ガチャで人生が確定するのはさすがに、いや、なんというかあんまりだな。

「人生は壮大過ぎません?まぁ大学もほら、私の志望校だけ詰め込んだガチャってことで。」

コーヒーを差し出したマスターが、漏らした言葉に随分と楽しそうな顔をした。面白いものを聞いた、というように。奥へ引っ込んだと思ったら、何やら大きなものを抱えて戻ってくる。ガチャガチャだ。カプセルの詰まった、あのガチャガチャ。

「やりましょうよ、大学確定ガチャ。」
「なんで持っているんです、ガチャガチャなんて。」

思わず呆れたように突っ込んだ。随分と楽しそうにマスターは私に紙とペンを差し出して、自分は中に入っていたカプセルを開けて並べていく。

「好きなところ書いてください。当たったのは絶対に受かります。」
「えぇ?マスター、本当に私の神になるつもりですか?」
「絶対に受かるところを書けばいいんですよ。保険をかけておくと思って。凡ミスしたり緊張したりで、受かりそうだった大学をうっかり落とすと、ショックが他のテストにも響くでしょう?」

至極最もではある。今既に固い学校が受かれるという保証が出るなんて、精神的に随分と楽になるだろう。

「というか、本当に受かるんですか?」
「信じられないなら、僕の戯言だと思って付き合ってください。」

時間を売るマスターだ、有り得る。なんとなく信じられると心の中で返事を返し、手元の紙に志望校を偏差値の低い順に書き付けていく。四枚のメモを、そっとマスターの方へ押しやった。強く行きたい大学がない私としては、皆第一志望のようなものだ。どれが当たっても別にいい。メモの入ったカプセルが四つ、ガチャガチャの中に放り込まれるのを、私はタルトを食べながら眺めていた。

「どうぞ。回してください。」

言われるままにつまみをゆっくり回す。コロリと出てきたカプセルを開ければ、自分で書いた大学名が出てきた。あぁ、ここか。いや、本当に受かるかは分からないが。声に出して読み上げてから顔を上げると、すぐ目の前にマスターの顔があって思わず動きが止まった。

「失礼、脅かすつもりはありませんでした。」

そのまま離れていくマスターの目を追いながら、場違いではあるが思わず尋ねる。

「マスター、カラコンですか?」
「いえ、生まれつきですよ。」

生まれつき紫の目の人がいるかどうか。私は知らなかったので、黙ってタルトを口に運んだ。大学確定ガチャの結果が当たるかどうかが分かるのは、まだ大分先だ。本当か分からないけれど、少しだけ、少しだけ気持ちが楽になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

日本住みのサキュアくん

レタスさん二朗
ファンタジー
ファンタジー世界に住んでいた雑種の悪魔が現代ニッポンに転移して サブカルチャーにはまりつつだらだら過ごしていくお話。 普通の小説の書き方ではなく一人称的な書き方がしたくて初めて見ました。 とりあえずのお試しなので短いです。

処理中です...