男色皇帝の一目惚れ

プロローグ:転生

「だあぁぁっ、もう！やってらんないっての！」

ブラック企業に勤め、基本毎日社内に寝泊まり。
わたしはそんなどこにでもいるような社畜だ。

そう、ついさっきまでは——。

◇
「（ここは、一体どこなの）」

ぽかーんと口を開け見ず知らずの地に放り出された私は、いきなりのことに思考が働かなかった。

「アイリ、起きたのね。」

アイリ…誰の名だろう。その言葉を発した人物に目をやれば、それは40代前半くらいのおばさんだった。

よくみると、だいぶ顔が整っている。下手したら30代にみえてもおかしくないほど綺麗だ。

だけど、目線は私。

「アイリ、何を寝ぼけているの？」

この女性は、私を見てアイリと…？

寝ぼけているのは、この女性ではないのか？

私はアイリではないし、第一ここがどこだかも——

ｯｯ！！

その瞬間、アイリと呼ばれるこの子…の記憶が流れ込んできた。

（痛い…頭が破裂しそう。）

この世界に関すること、アイリわたしの生い立ち。

知恵熱と言うやつだろうか？割れそうな程に頭が痛いのに、熱まであるみたいだ。

あれ、意識が…

◽︎
ブラック会社でなんの変哲もなく社畜として働いていた私は、おそらく別世界のアイリという少女に憑依した。

今アイリと、現実世界の私がどうなっているのかは記憶からわからなかったが…

「お母さん、立ってても大丈夫なの…？」

私は母と弟と3人暮らしで、貧乏な令嬢として育った。

使用人を雇うお金すらなく、父は他界…

女性に厳しい男尊女卑の世界では、病弱で貧乏な母に厳しかった。
まだ弟も幼く、私は街に出て仕事をしている。

「ゴホッ、ゴホ…ごめんね、迷惑かけて…もう少し寝ないと…かも」

「無理しないで…薬も高くて買えないのに…」

アイリの記憶が流れ込んだからなのか、ただの同情なのか。
私は思わず心配そうに見つめてしまう。

おそらく、このまま長くは持たないのだろう。

医者を呼ぶ金はおろか、薬を買うお金すらない。

平民よりも貧乏なのではないだろうか。

それに、このアイリの街の仕事場…だいぶブラックである。残業なんて概念がないのか、毎日サビ残の嵐。

下手したら、現世の私より…。

いいや、きっとこんなものなのだろう…この世界は女に厳しいのだから。