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4 前世知識があるから元夫が会いに来る

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 予想通りメルの部屋から隠し撮りの出来る魔道具を見つけて、その場で断罪をしたセシリア。先に帰って良かったと思う。衛兵たちがやってきて、メルは捕まえられ、伯爵家の評判は一気に落ちた。

 この話は本来は私が隠し撮りされたことに怒ったラシエルが、親友の家の評判を下げないために秘密裏に処理していた。今はラシエルと親友ではなさそうだ。表沙汰になったせいでメルは婚約者と別れてしまった。
 新聞紙に載っている内容を読むとメルはお金欲しさにやってしまったと書かれている。

 同じ伯爵家でも家族に恵まれて、好きなドレスを買える環境のメルは自身に甘かった。両親は甘いから蟄居させる程度かなと思ったら、貴族籍を抜かされて平民まで落とされた。メルの名前を聞くことは今後一生ないだろう。

 自分がやりたかった事をセシリアが代わりにしてくれて、スカッとするがやり過ぎな気がする。

 もしかしたら、公爵家のアドバイスも先にセシリアがしているのかもしれない。深いため息をついて新聞紙をテーブルに戻すと庭に向かった。

 珍しい果実の木を植えてやっと果実が実る事が出来た。収穫方法は魔法で取らずに手で直接取る事。
 梯子を使って収穫し始めると、量の多さに感謝の気持ちを込めて手でもぎり取る。

 一口食べると酸っぱい味が口の中に広がった。齧った時にぶしゅっと弾けるため、果実を口に中に入れる必要がある。ラシエルはこの果実の味や触感が嫌いだった。大人になるまで知らなかったが、我慢して食べてくれていた。彼の優しさを思い出すたびに胸の中が温かさで溢れて満たされていく。

 収穫が終わると汗を掻いている事に気がついて、袖で拭おうとして動きを止めた。洗濯をこのまますればいいじゃないか。屋敷の使用人はたまに掃除に来るくらいで基本は私しかいない。

 洗濯の道具を持ってきて、ついでにシーツも持ってくると水を入れて足で踏んで始めた。気分が盛り上がって下着も脱いで洗濯物に加える。体を鍛えているせいか胸が大きい。前も大きかったけれど、小さい頃からラシエルに弄られていたせいで乳首も大きかった。眠っている時も舐めてくるから諦めていたのもある。

 今は触れられていないから普通のサイズだ。
 前のラシエルがこんなところを見たら失神するだろう。元々、服を着る習慣がなかった生き物から人間になったせいで全裸になる方が好きだ。

「はぁはぁ……」

 近所の人は今日も外で剣でも振るっているのだろう。深く息を吸ったり吐いたりしている。

 洗濯を洗い終えて干すと眠くなってきた、シャワーを軽く浴びてベッドに向かうと仰向けになって気持ちよく微睡んだ。

 私が死んだ後はラシエルはどうなったんだろう。動物になった時は仕方がないと諦めていたけれど、前は逃げるようにして離れてしまった。あの後はセシリアと結婚したのだろうか。彼は幸せになって欲しい。

 気分を変えるために服を着てキッチンに向かった。

 ラシエルの妻だった時に火傷が心配だから料理をしなかったけれど、元々私は料理作りが大好きだ。
 鳥だった時に美味しい果物の身を見つけては、調理方法を考えていた。ラシエルの前世の少女に持ってきては先程の収穫した実を食べさせていた。美味しいと繰り返していた。

 エプロンを着ると気合を入れてジャムを作り、スフレを作り始めた。彼が美味しいと褒めていた料理をたまに思い出しては作る時がある。料理をしている時は気が紛れる。

 料理を作り終えて、スフレの焼き上がりを待っていた。久しぶりに作ったせいで量が多く、食べればいいかと思っていた時に来客が来た。警戒してドアを開けると、そこにいたのはラシエルだった。今の私は彼と全く縁がない。「ごきげんようさようなら」くらいしか話せる内容はない。

「近くまで来たのでお詫びの品を持ってきた」

「何のことでしょうか?」

「貴方が以前来ていたパーティーで、ドレスを汚しているところを黙って見ている事しか出来なかったから、代わりのドレスを持ってきたのだが、中に入れてくないか?」

 要らない。正直に言えば帰って欲しい。時間を測っていたベルが鳴り、キッチンに向かうと取り出した。良い焼き上がりだ。外を見ると雨が降りそうになっている。急いで洗濯物を入れようとしたら、ラシエルが素早く洗濯物を回収し中に入れてくれた。

「あ、ありがとうございます」

 普通、1人暮らしの女性の洗濯物を入れるのだろうか。でも相手は身分が上の人で、コッソリお尻のポケットに下着が入っているのか言うのか迷ってしまう。白の面積の小さな下着はレースが付いていて特徴的で間違う事はない。

 どうしよう、隙を見て知らない振りをして取った方がいいかな。

「お菓子を作っていたのですが、よろしければ召し上がりますか?」

「……いただこう」

「準備致しますので、少しお待ちください」

 前世の愛した夫が、下着をポケットに入れて用意したお菓子と紅茶を飲んでいる。そういえば、夫だったラシエルは妊娠すると行為が出来ないから、私が履いていた下着で自慰をしていた。学校に通っている彼は、色恋沙汰の噂をよく聞いた。

 目の前で浮気していない証拠だと精子を吐露する。

 最初は嬉しかった。しかし流産を繰り返し、その時も同じような事をしていた。精神が病んでいた私は「私と離縁して他の人と結婚して欲しい」と繰り返していた。
 彼なりの愛情表現に当時は気がつかず、たった今気がついて何とも言えない気持ちになった。

「美味しいですか?」

「いや、美味しいよ。凄く好みの味だ」

 酸っぱいジャムをかけていると真似をはじめた。さて、騎士団長は酸っぱい味は好みだろうか。

「美味しい。母が好きそうな味だ」

「そうですか。それは良かったです」

 この話は長くしてはいけない。彼と繋がりたい人は作ろうかジャムをあげようか考える。私は関わりたくない。食べ終わると余韻を味わうように紅茶を口に含んだ。

「恋人はいるのだろうか」

 切実なラシエルの眼差しに、言葉がとめどなく溢れては消えていく。

 前の彼ならそんなこと聞いたりなんてしない。
 こんな風に女性の家に入り込んだりなんてしない。
 真剣にみつめたりなんてしない。

 今回のラシエルは全く違う性格のようだ。ショックと同時に少しだけ吹っ切れてしまった。彼に元のラシエルを重ねてはいけない。

「いました。数え切れないほどの人と付き合いました。全員胸を張って言えるくらい素晴らしい恋人たちでしたよ」

 頭の中で今まで出会った彼を思い出した。どんなに生まれ変わっても美しく聡明な人だった。

「どんな恋人だったのだろうか」

「画家だったり、貴族だったり、平民だったり。全員のことを……魂から愛していました」

 ほんの少しだけ、前世を覚えていないかと思ったが、次の彼の一言で期待は消えてしまう。

「どうして別れたのだ」

 本当の事を正直に話して理解してくれる内容じゃない。彼の前世たちを好きだった事を伝えられるだけで十分だ。

「……内緒です。お互い絶対に悪くない理由で別れました。恋はたくさんしてきたので、私は恋をもうしたくないです。全員と綺麗に別れて連絡も一切とっていません。いい思い出のまま、胸の中に閉まっておきたい。宝石のような美しい日々でしたよ」

 ラシエルは私をどう思っているのかな。少し興味を抱いた女が愛に重い女で驚いているかな。

「今日はありがとう、会えて嬉しかった」

 最初に出会った頃よりも少し小さく見えるラシエル。ガタイのいい身体のお尻のポケットから私の下着がはみ出している。今までで一番情けない夫の姿だ。

「私も会えて嬉しかったです。洗濯物を取り込んで頂きましたからお礼は結構です」

「あれとこれと別だ!」

 口調が強いのに下着が……。視線をお尻に向けているのに恥ずかしそうに顔を背けている。
 違う、そうじゃない。

「その申し上げにくいのですが……間違ってお尻のポケットに入れている下着を渡していただけませんか? 白いレースの下着です」

 お尻のポケットに触れたラシエルは隠そうとしていた。静かに取り返すと目の前で広げて、手の中で握り締める。

「一人暮らしの女性の家に男性は今後は入れません。この事は黙っています。近づいたら変態だと言いふらします」

「ま、待ってくれ、違うんだ」

「変態の言葉は聞きません。あなたのこと嫌いです。さようなら」

 ドアを締めて、もう二度と会わないラシエルに別れを告げた。

 今世で恋人は出来たことがない。私の記憶の中で、彼の前世の人達が満たしてくれる。子供が出来たのは前回だけ。もう十分すぎるくらい満たされた。

 お互い人間になれたのは久しぶりだ。
 私はまだ死にたくない。
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