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2.前世持ちだから万能なわけじゃない

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 祖父は寡黙な人だった。離れに住むと訴える孫に部屋と使用人を与え、サイズの合う服を用意してくれた。侍女が気を利かせてカバンに詰めてくれた外着の汚さに、

「戦時中の貴族でも絶対に汚くて着ないドレスだ。信じられない」

 と声を出して驚いていた。手入れが全くされていないドレスは虫食いどころかシミもあるから。

「好きな物を好きなだけ買ってあげなさい」

 祖父にお金を渡されてメイドと騎士と一緒に買い物に出かけることになった。
 今の時代の流行りが分からず、足元をみられそうだ。

 一番流行りのお店に入り、ドレスを一通りみた。公爵家にオーダーメイドで作って貰っていたドレスを思い出す。布地から拘って作っていて、肌触りもいい。

 ここは一流を知っている人に取っては物足りない。

 最初に着た服は公爵夫人のお下がりで、アンティークドレスがこの後流行ることを知っている。お店の外に出ると御者に次の行き先を告げた。

「マダムポピーのお店に行きたいわ」

「あそこですか?知っていますが」

「確か人形のお店ですよね?」

 それは表向きで仲のいい人には、人形が着ているデザインのドレスの販売をしている。

 あのお店は確かこの後にお店の立ち退きを迫られていて困っている。根負けして引っ越したら、新しいお店が立つが白蟻のせいで建物が壊れる。その後、更地になると土地の値段が15倍になる。
 確か、今は貸店舗だから

 引越しをしない方がいいことと建物を買った方がいいことを教えよう。

 ポピーのお店に到着すると人形を一体選び、10歳らしくはしゃいでみせた。

「お人形と同じドレスが欲しい」

「お嬢様はドレスを1枚も持ってないから困ってますね」

 お店の店主が出てくるとドレスを販売してくれた。亡くなった娘を思って作られたドレスでサイズが丁度よく合っていた。思っていたよりも早くドレスが手に入れられたから、情報を与えた。当たり前のことだと思っていたのに感心された。

「お嬢様は投資家に向いていますよ」

「お金があれば土地を転がすことが出来るのに」

 投資家か。考えたこともなかったけれど、いい案だ。

 まともな見た目になって、普通の食事を取ることになったリーシャは貴族令嬢に見えるくらいだ。
 あらためて行動して良かったと胸に手を当てる。

 大自然の中、誰にも責められることがない環境で生きる事は楽しい。
 両親は虫が嫌いだから一度も訪れない。

 前回の人生は10歳の時にザガード公爵家から婚約の打診が来た。てっきり姉たちに来たのだと思っていたのだが、屋敷に招いた日にラシエルは一目散にリーファに向かってきた。

『君が僕のお嫁さんになるんだよ。絶対に幸せにするからね』

 呆気に取られている両親と姉たち。15歳のラシエルが10歳の子供に愛を囁いている姿は衝撃的だったのだろう。
 私だって驚いた。恥ずかしいくらい太っている見た目に汚れてみすぼらしい服。キラキラしている瞳の男の人に告白されるなんて今までなかった。

 手を握られた瞬間に今までの記憶を思い出した。
 病弱な人間だった時に、骨と皮だけの身体だった時がある。その時は太りたくても食べたくても何も出来なかった。今まで恥ずかしいと思っていた見た目が一気に素敵に感じられた。

 ああ、この人だ。いつも私が最初にみつけていたのに。生まれて初めて、貴方がわたしをみつけてくれたんだ。

 公爵夫妻がやってきて手続きをすると、この日から一緒に暮らすようになった。小さい頃からマナーに領地経営を学び、家族と一緒にいる時よりも充実感のある生活をしていた。

 人間に生まれ変わるのは久しぶりだった。
 いつの頃からか鳥や魚、狐や狼に生まれ変わり短い人生を過ごしていた。

 公爵家に沢山お世話になっていた。何も分からない私に、愛を教えてくれたのは彼の両親や使用人たち。
 これから何が起こるのか、どうやって対処すればいいのか知っている。それによって利益がどのように出るのかも。ラシエルの父は、時間が巻き戻ったらこのように対処するとワインに酔っぱらって話していた。

 公爵家で疫病が流行った時に、手取りが悪く領民の多くが亡くなった。嘆き悲しむ彼らを見ているだけだったのが苦しかった。この事が原因でラシエルの父は精神が病んでしまう。

 祖父に大量の紙を買ってもらうと部屋に閉じこもり、これから何が起こるのか書き上げた。インクが滲まないように魔道具のペンを用意した。

 過去に戻ったのには意味がある。ここで知らない振りをすることは出来ない。
 問題を一緒に解決することがなくなれば、ラシエルと仲を深める事はなくなる。

 公爵家の書庫で問題を解決できそうな本を探し物をしている時にキスをされる。13歳の時の春の夕暮れ時。窓を開けると暖かな風が入ってきて近くで本を読んでいた。顔を上げるとしゃがんだ彼にキスをされた。

『我慢できなかった』

 何をされたか理解して顔が赤くなるまで時間がかかり、もう一度キスを自分からした。最初は遠慮があったが、この日から私たちは一緒に過ごす時間が増えた。

 前世を思い出すと、私はキスがとても好きらしい。鳥の時も啄むことが好きで、異種族の時も何かにつけて身体に触れていた。

 人生一度くらいは彼に関わらなくてもいいだろう。

 書いた手紙を見直して、王都にある有名な金庫に書類を預けた。
 公爵様なら言いたい事は分かるはずだ。

 手紙を闇ギルドに渡し差出人が分からないようにさせると、届いたことを知らせてくれた。闇ギルドの経営者は私の祖父だったから何とか出来た。

 独り身で過ごす人生は今回が初めてだ。いつだって彼が側にいた。姿が何度変わろうと私たちはお互いを意識できる。出会った瞬間、この人だと理解できる不思議な縁。

「お爺様、お願いがあります。身体を鍛えさせてください」

「どのくらい強くなりたいのだ?」

「見た目の格好良さよりも砂埃や泥にまみれても、絶対に勝つことが出来るくらい強くなりたいです」

「最高の人材がいる。屋敷に呼ぼう」

 この日から私は身体を鍛えることにした。今までの人生は暴漢に襲われても彼が守ってくれて、隅で怯えているばかりだった。これからは自分の身は自分で守る。

 翌日から始まった訓練で毎日筋肉痛だった。
 暴漢に襲われても対処できる剣術、前魔法と癒しの魔法と薬の生成を学ばせられた。高い位置から突き落とされても、ぶれない体幹を手に入れたところで涙が出るほど嬉しかった。

 噂話で伯爵家に訪れた公爵夫妻は、何もせずに帰ったらしい。

 あれから6年の月日が経った。田舎から王都に住む場所を移し、儲けたお金を使って屋敷を買った。祖父から生前贈与されたお金も使った。先行投資で資金を貰うと財産を増やした私へのお礼も含まれている。

 この頃から誰かが付き纏っている気配を感じるようになった。姉たちの婚約者だったので、祖父から警告してもらうとぱったりと止まった。

 前は少し太って俯いていた私ではないのだ。前世持ちだから万能なわけじゃない事を思い知らされ、自分の身体が鍛えられる喜びを手に入れられた。
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