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好奇心
しおりを挟む父さんの所に顔を出して、きゅうりと食べ終わると、俺と七海は散歩を始める。
とはいっても、ここにはお洒落な建物や店がある訳でもなく、ずっとコンクリートの道や田んぼが広がっているだけ。
これといって、どこかに目を惹かれる訳でもない。
だけど、だだっ広いこの景色は、どこか開放感に満ち溢れており、歩いているだけで心地よかった。
都会だとどうしても大きな建物に視界が遮られるし、人が多いが故に歩ける範囲も狭い。歩道を歩けば車やトラッ クのエンジン音などが常に響いているので、あまり心が休まらなかった気がする。
ボーっと景色を見ながら歩いていると、隣にいた七海がテテテと用水路を覗き込んだ。
「見てみてザリガニがいるよ!」
七海がそう言って、手招きするので俺も覗き込んでみる。
すると、緩やかに流れる用水路の端に一匹のザリガニがいた。
「おー、本当だな。ザリガニなんて久し振りに見たよ」
「東京の方にはザリガニいなかったの?」
「俺がいたのは都心寄りだから、田んぼとかまずないからね」
都心辺りになると田んぼなどの畑はまずない。あったとしても、そこはきちんと経営されている特別な畑で、このように用水路が剥き出してあったり、ザリガニが生息したりすることはないだろう。
「大阪はどうだったんだ?」
「都心から少し離れると、田んぼとかも結構一杯あったよ」
そうなのか。少し意外だった。
大阪も都会とは言われているが、東京とはまた少し違うのだな。
「あっ、もう一匹ザリガニがいた」
七海が指さすところを見ると、水草からひょっこりと顔を出している個体がいた。
赤い殻をしているから目立つのではないかと思ったが、意外に見つからないものだ。
にしても、大人になってからこのように生き物に目を向けることなどなかったような気がする。身近な犬や猫ならまだしも、このように自ら移動して探しに行ったことなど皆無だ。
こんな風に目につく好奇心に飛びついていくのはいつ以来だろうか。
子供の時以来だろう。昔もこうやって友達たちと身体を寄せ合って用水路を覗き込んだ気がする。
「懐かしいな。昔はザリガニ釣りとかしていたな」
「えっ! ザリガニって釣れるの!?」
懐かしむように呟くと七海が驚いてこちらを見上げてくる。
「ああ、釣れるよ。適当な長い棒にタコ糸つけて、スルメでも巻きつけておけばいける」
「そんな簡単な道具でできるんだ! 今度やってみたい!」
キラキラとした瞳でこちらを見上げてくる七海。
そんな眩しい表情をされると断れるはずもないな。それに俺もザリガニ釣りをやってみたいと思えたし。
「じゃあ、今度やってみるか!」
「うん!」
俺がそう言うと、七海は実にいい笑顔を浮かべて頷いた。
それから七海は嬉しそうに鼻歌を奏でながら、ザリガニの他にもタニシや小魚、カエルなどを見つけては嬉しそうにはしゃぐ。
そんな好奇心旺盛な七海を見て俺は思う。
都会で余裕を持って生活し、このように好奇心を持って行動していれば俺も何かしら楽しいことを見つけられたのかもしれないな。
◆
家の近くの田んぼ道を歩き回った俺達は、小休止を兼ねて木陰に避難した。
さすがに季節が夏だけあって、歩いているだけで汗をかいてしまうな。
パタパタとシャツの襟を動かして扇いでいると、七海が気怠そうに言った。
「忠宏兄ちゃん、喉渇いた~」
父さんの畑でいた時間も合わせると、もう一時間近くは外にいることになる。
水分豊富なきゅうりを食べたとはいえ、さすがに喉が渇いてしまうな。
しまった。ちゃんと飲み物を持ってくるんだったな。夏と七海の体力を甘く見ていた。まさか散歩を軽く一時間以上するとは……。俺の知っている散歩と違う。散歩の定義とは一体……。
とはいえ、財布はちゃんと持ってきているので、どこかで店や自動販売機を探せば問題ない。
「ちょっと待ってくれ。近くに自動販売機があったはずだから思い出してる」
田舎だから自動販売機は全くないのではないか。そう思われるかもしれないが、意外とそれは逆だ。むしろ、田舎だからこそ多いともいえる。
田舎は都会と違ってスーパーなどの店がたくさんある訳ではない。俺の家みたいにスーパーまで車で三十分などと遠い場所にあることがほとんどだ。
なので、スーパーなどの店がライバルにならず、自動販売機が独占して飲み物を売ることができるのだ。とはいっても、田舎故に住んでいる人も少ないからボロ儲けという訳でもないけどね。
記憶の中では、この辺りにも自動販売機があったはずだ。
それを思い出せば、飲み物にありつける。
「もしかして忠宏君じゃない?」
必死になって昔の記憶を思い出していると、不意に声をかけられた。
振り返ると、どこにはレジ袋を手に持った人の良さそうなおばちゃんがいる。
……だ、誰だ?
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