花束のアスター

たーりー

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月桂樹の花を抜く

覚えて欲しくて

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「もう! びっくりするじゃん!!」

 あざみは軽く身を引きながら、怒るでもなく、引くでもなく、笑ってそう言った。
 目を丸くして笑っているはずなのに、心から笑っているとは全く思えなくて。暗く沈んだ顔よりは良いと思ったものの、なんだか我儘を言えない子供のようで寂しそうだと、リリーの目には映った。

「カッコいい事は言えないし、大それた約束も出来ないけどさ。」

 反抗できない反抗期の子供のような。それとも、家庭の事情で夢を諦めた子供のような。そんな、諦めの匂いを嗅いだ。まるで諦め慣れているような、どんな辛いことでも心を無にして受け流すような、そんな危うさを感じた。リリーの勝手な想像だが、元パートナーの事以前にも、学校や就職、人付き合いにおいても、通常なら受け入れがたい事は沢山あったはずで。そのたびに自分の感情を犠牲にしてきたのなら、それはとても悲しいことだ。

「少なくとも俺と話すときは、辛いとか、悲しかったとか、素直に言っていいからね。」

 だから、だろうか。合っていないピースを無理矢理嵌めたパズルのような、下手に触れれば崩れそうな心を感じた。辛い事があるたびに少しずつ組み替えたそれは、自分では既に戻す事が出来なさそうで。

「無理して笑わなくても、俺はあざみへの態度を変えないから。」

 そしてそれが、リリーにはとても悲しかった。無理に取り繕わない、本当のあざみを見たいと思った。

「……誰にも言ってなかったこと、言っていい?」

 あざみは逃げようとするのを辞めると、リリーへともたれ掛かる。リリーのニットに化粧が付くことも、自分の化粧が崩れるのも考えず、その胸へと顔を押し当てる。リリーは繋いでいた手を離すと、あざみが楽になるようにその上半身を抱き留める。
 甘え慣れてる人なら、何もしなくても相手の肩などお互い楽な場所に体重をかけるものだ。だが、お互い体格が同じくらいなことも手伝って、あざみはリリーの胸と腕にその負担を預けてくる。リリーは自身の腕が震えてしまわないように、膝も使って全身であざみを支えることにした。なぜなら、あざみの肩が細かく震えていたから。それは、決して寒さからではないことは明白で。だからこそ、甘えて良いよと、甘えてきても大丈夫だよと伝えるために、全力で、余裕だよと表現する。
 あざみの息からは、アルコールの甘い匂いがした。

「他の女性が好きになったら、言えばいいじゃん。親に紹介出来ないなんて、私紹介してなんて言ってないし。パートナーになろうって言ったの、そっちじゃん。」

 リリーからは、あざみの顔は窺い知れない。ただその頭を包むように撫でながら、子供をあやすように背中をポンポンと叩きながら、あざみの言葉を聞き続ける。

「食事もガソリン代も全部割り勘で、負担もかけなかったじゃん。夜中に電話したいって言われたら、寝ずに付き合ったじゃん。そして、そして、何より……」

 あざみの言葉が途切れる。ハァ、ハァと何度もため息を吐くが、続きの言葉は形にならず。
 リリーは、あざみを抱き締めたまま、ただただ続きを待った。

「私、本当に彼を、愛していたのか、自信ない。パートナーの居る自分が、好きだった、のかも知れない。」

 その言葉を最後に、あざみは完全に沈黙した。
 あざみはリリーに体重を預けて静かにしているので、リリーはベンチの背もたれに助けられながら、少しでもあざみが楽になるように姿勢を変える。そうしながら、どのような返事をしようか考える。
 あざみは悪くない、と言うのは簡単だ。けど何か違う。二股した彼が悪いのは間違いないが、あざみの求める答えではない気がする。
 俺だったらそんなことしない、と言うのも違う。そもそもまだそんな関係では無いし、あざみは彼の態度ではなく、あざみの心に対する回答を求めている気がした。
 愛していたと思うよ、と言うのも違う。そもそも付き合っている時の2人を知らない。
 パートナーの居る自分が好き、と言うのは共感できる。人は大なり小なり、そんな部分はある物だ。完全に無私で人を愛する、なんて出来ない。
 あざみを抱き締めたままそんな事を考えていると、

「……すー。すー。」

 あざみから、寝息が聞こえてきた。

「マジか。」

 確かに返事を考えているうちにそこそこの時間は経っている。寒さを感じないと言っていたし、見た目よりも酔っているということか。しかし季節は12月。間違いなく気温は低く、外でマトモに寝てしまっては風邪をひく。
 それでも、目の前で弱さを見せてくれたあざみを直ぐに起こす気にはなられず。
 リリーは何とかあざみを起こさないように羽織っていたダウンを脱ぐと、風が当たらないようにその身をつつみ。ベンチの冷気が伝わらないよう、自身の体を間に挟む。そして、

「……さむっ。」

 体を微かに震わせながら、何と答えようか考え続けた。



「……ん、うー」

 暫く経った後に、あざみがモゾモゾと身動ぎをする。
 あざみの起きる気配を感じたリリーは、優しく体を叩いて目覚めを促す。朝に向けてどんどんと気温が下がっていくため、流石にこれ以上寝るのは風邪をひいてしまう。

「……私、寝てた?」
「うん、おはよう。」

 あざみは身を起こすと、頭が回らないなりに、寒さをそれほど感じていないことに疑問を持った。寒くて起きたという感じではない。単純に眠りが浅かったことと、リリーに叩かれて起きたようだ。
 数秒そのまま固まっていたが、徐々に頭の働きが戻ってくると、自身がリリーのダウンで包まれていることに気づいた。リリーを見れば、唇を青くして冷え切っている様子だ。

「ご、ごめんね!? 寒かったよね!?」
「いや、あざみのお陰で暖かかったよ。」

 微かに震える声でそのような事を言われても説得力が無いのだが、あざみは気づかないふりをした。
 コートとダウンに包まれて寝ていたためか、寒さと言う点では一切問題なく、姿勢が姿勢だっただけに少し背中や腰が痛いくらいだ。しかしリリーは体の痛みも寒さも、あざみの比ではないはずで。リリーの強がりを感じたあざみは、思わずクスッと笑ってしまう。

「あー、さっき言ってたことの、答えなんだけど。」

 だから。あざみは、ちょっとだけ未来を見てみることにした。

「聞いてくれただけで充分! 吐き出して寝たらスッキリしちゃった。」

 リリーにダウンを返しつつ、立ち上がって伸びをする。なんだか本当に気持ちが軽くなった気がする。今までずっと胸に引っかかっていたものが、今は何も感じない。
 あの時、本当にパートナーを愛していたのかどうか、今はよく分からない。よくよく考えれば、自信を持って愛したと言える相手も居ない気がする。
 ただ、それも。愛していると、愛したと断言出来る相手が居れば、過去の自分の気持ちが何だったのかわかる気がするし、馬鹿だったと笑い飛ばせる日が来る気がする。
 そして、その日は、何だかそう遠く無い未来な気がしているあざみだった。
 だから、この軽くなった気持ちを持て余したあざみは、ちょっとだけ大胆になる。
 同じくベンチから立ち上がってダウンを着て、体をほぐしているリリーに向き直ると、初めて会った時のように真正面から抱きしめて。

「お礼、要る?」
「……消えないモノが良いな。」
「私の記憶からは消えないよ。」

 自然とお互い少しずつ顔を傾け、心を重ねるようにキスをした。

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