花束のアスター

たーりー

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月桂樹の花を抜く

楽しくて

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「痛い……絶対たん瘤出来てる。」

 かずみはカウンターの中でアイスペールから卵より一回り小さい氷を取り出すと、手のひらに乗せてスプーンで叩いて割砕く。砕けた氷を別のアイスペールに入れると、次の氷を取り出し同様に割砕く。そのようにしてカクテルに使用するクラッシュアイスを作り貯めながら、目線はたんぽぽを恨めしそうに睨め付ける。
 リリーを抱き締めただけで、まさかあざみがあそこまで反応するとは思っていなかった。少し動揺するかな、あざみの気持ちがどの程度あるか見られるかな、くらいの考えだったのだ。そのため揶揄う気持ちがあったことは否定しないが、氷をぶちまけた責任は全て自分にあるとは思っていない。そのため全力で殴られるのは理不尽である。
 一方、睨まれたたんぽぽはというと、卵と砂糖、牛乳を混ぜながら澄まし顔だ。よく混ざったそれをカップに移し湯煎したあと、冷蔵庫で冷やせば簡単即席プリンの完成。夜中の人が少ない時間帯に無料で配れば、同じ時間にまた来てくれるお客様も少しは増える。夜中にリピーターになってくれる人が居たら、簡単プリンを作って配る損失なんて有って無いようなもの、という考えだ。そのため湯煎の準備をしながら、一番奥のカウンター席へ視線を移す。そこには笑顔で談笑するあざみとリリーの姿があった。

「アンタが余計な事するからでしょ、私だって手が痛いわ。」

 たんぽぽとしても、あざみがリリーを意識していることは理解していても、まさかそこまで動揺するとは思っていなかった。とはいうものの、やはり人を揶揄う、揶揄われる、という行為自体に忌避感を抱くたんぽぽにとっては、かずみのしたことは地雷だった。それでも拳骨に留めたのは、かずみの目的や考えも分からなくは無いためだ。そのためかずみを殴ったことは後悔していないが、素手で殴ったことは後悔している。
 そんなやりとりをしながら、2人は自然と少し前のことを思い出した。



「かずみ、チェンジ」

 殴られた頭を押さえて項垂れていたかずみは、たんぽぽにそう声をかけられて顔を上げる。振り向いた視線の先には、何故か手にすりこぎを持つたんぽぽと、申し訳なさそうでいてしかし嬉しそうな、ソワソワとした様子のあざみがいた。
 かずみは頭を押さえたまま呆れたようにため息を吐く。たんぽぽに対しては、なんだかんだとあざみに甘いという呆れ。あざみに対しては、ブンブンと振られる尻尾を幻視出来るほど分かりやすくリリーを意識している事への呆れ。
 たんぽぽは過保護だなぁ、そんな事を考えながら、リリーへと向き直る。

「ごめんねー、まだ2時間経ってないけど交代で!」
「そもそもそんなシステム無いのよ。」

 たんぽぽのツッコミを無視しながら場所を空けるかずみ。カウンターの奥へと歩みを進め、そのまま1人で奥に向かうと見せかけて、あざみの腕をがっしと掴む。

「ちょっと。」
「え、え?」

 かずみはそのままあざみを引きずるように、2人でカウンターの奥へと入っていった。

「あの子もお節介ねー。」

 そんなたんぽぽの呟きに、リリーはただ目を丸くするしかなかった。


 あざみを連れて控え室まで戻ってきたかずみは、あざみに向き直ると、その両肩をガッチリと掴み正面から見つめる。その目にはただただ真剣な色が浮かんでいて、あざみは少々たじろいだ。

「あざみ、リリーと連絡先交換しなよ? いい?」

 突然そう言われ狼狽えるあざみ。元々連絡先の交換はお願いするつもりだったし、営業のために他のお客様と交換した事はもちろんある。そのため普段ならどうと言う事もないのだが、改めて、しかも相手がリリーとなると少し躊躇してしまう。
 それは、いくら仲良く話せるとはいえ、いくらもう一度来てくれたとはいえ、自分が男だと言う後ろめたさがあるから。

「え、あの、それは、出来たら、」

 もちろん交換したいし、お願いするつもりだが、断られた時の事を思うと恐怖してしまう。その時点で他のお客様には決して抱かない感情を、リリーに対しては抱いている証。そしてかずみは、あざみのそんな考えは既に理解していた。それこそ、あざみ本人よりも。

「リリーなら拒絶はされないから! 素直になりな、いいね!」
「あ、うん、」
「わかったら接客! 頑張って!」

 せっかく気合い入れて化粧してるんだから! かずみは、そう言いながら背中を叩き、あざみを送り出す。


「リリー、久しぶり!」
「久しぶり、また来たよ。」

 そして、何だか少し遠回りした気がするものの、あざみにとっては念願の、リリーにとっては1週間ぶりの癒しの時間が始まった。



「とりあえず何か飲む? ハイボール?」
「うん! 覚えててくれたんだ!」

 リリーと乾杯するためにイソイソとハイボールの為のウイスキーを用意するあざみ。自分の飲む物を覚えててくれた、ただそれだけで頬が緩んでしまう。他にも覚えてくれているお客様は居るが、その誰もが常連だったり、遊び慣れている人だ。リリーが遊び慣れているかは知らないが、あまりこういうお店には来ない人のような気がするため余計に嬉しく感じてしまう。

「俺も作ってもらっていい? ジンジャーハイで。」
「甘くしていいの?」
「うん、少し甘めの方が好き。」

 リリーの注文に応え、もう一つコップを用意して自分と同じウイスキーを注ぐ。同じボトルのウイスキーを2人で分ける、そんなお店にとっては当たり前の事にいちいち特別感を感じてしまい、口角が上がるのを止めることができない。今まで何十人と同じことをしてきたのに、このような感情を抱いたのは初めてだ。
 一方のリリーはと言うと、ジョッキに少しだけ残っていたビールを飲み切った後、あざみがお酒を用意する様子を観察する。カウンターに置いた二つのグラスに氷を入れて、ウイスキーを注ぎ、この位かな? と言いながら少ししゃがんで横から量を確認しているところだ。その顔には笑顔が浮かんでいる。
 ただの客とキャスト。そう頭ではわかっているものの、気を遣わず楽しく会話が出来て居心地が良く、何時までも、それこそ一晩だって話し続けられる。他人と会話することは決して得意ではないリリーなのだが、付き合っても居ない相手にそのような感情を抱くのは社会人になってから初めてだった。

「あざみは楽しそうにお酒作るよね。」
「そうかな?」
「うん、可愛いし好きだわ。」

 ピタリ、と、あざみの動きが停止する。リリーにとっては酔いも手伝って、本当に何の気無しに言った言葉。だが、あざみにとっては効果抜群だ。

「ま、またまた。皆んなに言ってるんでしょ?」
「最近はあざみ以外に言った覚えは無いかな。」

 あざみは動揺を隠すのが精一杯。嬉しい気持ちが溢れ出るのを抑え、何とか落ち着いてお酒を作ろうとする。しかしハイボールとジンジャーハイを作るつもりが、両方ともにジンジャーハイにしてしまった。
 私も気になったからジンジャーハイにしてみた、あざみはそううそぶくとリリーへ渡す。

「乾杯。」

 チン、と。静かに音を立てて、2人で一口飲む。

「あ、美味しい。」
「ジンジャーハイは普段飲まない?」
「うん、飲みやすいね!」

 こうして、一週間ぶりの2人の時間が始まった。



「リリーは彼女いないの?」

 2人でジンジャーハイを飲みながら色々な話をしていたら、時間はあっという間に過ぎて行く。
 最初は合うつまみの話。お酒自体が甘いので、チョコはイマイチだった。ならばとしょっぱい系でポテトフライ、ソーセージ、ブルーチーズと試した結果、2人の中ではポテトフライに落ち着いた。チーズも中々良かったので、チーズを入れたポテトボールを作ってみても合うかもしれない。作って試してみてもいいのだが、ジャガイモを蒸したり潰したりと手間がかかる料理なので、次の機会は事前に準備しておくと決めた二人。
 次にゲームの話。最近発売されたモンスターを捕まえて育てるゲームを2人ともやっていて、しかも別タイプのソフトのため、あざみしか、又はリリーしか捕まえることの出来ないモンスターがいる。お互い欲しいモンスターが居るので交換しよう、あのモンスターが可愛い、この子を育てようと話題が尽きない。
 そして、二人とも休みの日は結構ゲームしてるという話をしていた時、あざみから出た質問だった。

「今は居ないよ。少し前に別れたところ。」
「あ……そうなんだ。」

 この時、リリーは既にビール3杯、ジンジャーハイ3杯を飲んでいる。お酒には強いほうのリリーだが、それでもアルコールの影響は有る。それにあざみと話していると、居心地の良さも手伝って何でも話せてしまう。更には無視しているものの、元彼女の理不尽な言動が未だに聞こえてきて、ストレスを貯めていたことろ。お店の中がそこそこ賑やかなので、他人に聞かれることは無さそうな状況も手伝って。
 つい、他人に話す気のなかったことを、あざみに漏らしてしまう。

「実は、結婚を約束した相手が居たんだ。」

 そして。

「大丈夫だよ。ちゃんと聞くから、話せることは話しちゃって。溜め込まなくていいんだよ。」

 そして。リリーは、恋人の裏切りのほぼ全てを、あざみへと打ち明けた。



「私は、その彼女さんの考え、少し分かるかなぁ。」
 
 あ、もちろん庇うわけじゃないんだけどね。全てを聞いた後、そう切り出すあざみ。
 見ず知らずの男に大金を送り、それを彼氏の親のせいにし、終いには別れた後も周囲には自分が被害者だと言いふらす。リリーにはどういう思考回路だとそうなるのかさっぱり分からない。
 怒らせたらごめんなんだけどね、そう前おいて。あざみはジンジャーハイを一口飲んだ後、自分の考えを口にする。

「多分、何しても許してくれると思ったんじゃないかな。」

 人ってそういうものなんだよ。前はここまで許してくれたから、次は少しだけ超えても許してくれるって考える。
 何かしてあげたら、最初は、してくれてありがとうだったのが、段々当たり前になって、何でしないの? になる。
 自分の面子を守るためだったら、その場その場で嘘をつくから、嘘ついた結果どうなるとか、その時は考えられない。

「そんな、弱くて可哀そうな人、いっぱい居るんだよ。」

 私も経験あるなぁ、そう続けるあざみ。

「どっちの経験?」
「……リリー側の。私も、パートナー居たことは有ったからね。」

 さ、今だけ飲んで忘れよう! そう努めて明るく振る舞うあざみを、リリーはどこか眩しそうに見つめていた。



「誕生日めっちゃ近い! え、1週間違いだね!?」
「そうだね、しかも来月。あざみは欲しいものある?」

 時刻は既に23時を回ろうかという所。地下鉄で帰る人はそろそろ店を後にする時間であり、実際にお客の数も減ってきたが、リリーとあざみの二人はまだまだ話に花を咲かせている。ちなみに今日は二人ともお酒と食事共に進み、お店の売り上げへ貢献できている。そのためたんぽぽからご褒美にとプリンを貰い、二人で食べながら話していた。その中で誕生日の話題になり、お互いに1月生まれであることが発覚し驚いているところだ。

「えっと、お年玉のポチ袋がほしい!」
「ポチ袋? なんでまた?」
「最近渡すばっかりだから、久々にもらう側の気持ちを味わいたくって!」

 中身500円とかでいいから! そういって両手を合わせるあざみ。わかったよ、そうリリーが返事をすると、やった、と小さくガッツポーズ。

「リリーは欲しいものある?」
「んー、来年の手帳か、ワイヤレスイヤホン……?」
「あ、ガチのやつだ。」

 そういって笑うあざみ。リリーもつられて笑う。二人の間には穏やかな空気が漂っている。
 二人で笑っていると、ふと、あざみが何かに気づいたように笑うのを辞める。何かを考え込んでいる様子だ。どうしたの、そうリリーが声を掛けると、あざみはおずおずと次の言葉を切り出した。

「手帳も、ワイヤレスイヤホンも、好み有るよね? 色とか種類とか。」
「うん、そうだね。でも自分で買うから気にし――」
「だったら! あの、選んで写真とか送るから、連絡先、交換しない?」

 だめ、かな……?
 そう続けるあざみに対し。リリーは顔を赤くしながら、ただただ頷いた。

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