ロイヤル・カンパニー ~元第三王子の英雄譚~

洸夜

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第三十一話『大地に愛された少女』

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 気を取り直して朝食を摂り宿屋を出た俺達は、冒険者ギルドに行く前にまず『ヴィシャス』に向かう。
 もちろんアニエスの装備を整える為だ。

「まいど! 信用第一! 武器と防具の店『ヴィシャス』においでやすー!
  あ! カーマインはん、今日はどないしたんです?」

 俺達を笑顔で出迎えてくれたトウカだったが、この前来たばかりなので不思議に思ったのだろう、小首を傾げて俺に問いかけてくる。
 
「お早う、トウカさん。実はこの子の装備を買いに来たんだ」
「この子?」
「あぁ。おいで、アニエス」
「……ん」

 俺が振り向いてアニエスを呼ぶと、トウカの前に歩み出る。

「へぇ~、この子も冒険者なんでっか?」
「まだ決まった訳じゃないんだ。冒険者として一緒に行動しても問題がないかどうか、試験のようなことをするんだよ。
 その為に最低限の装備は必要だろう?」
「ほうほう。せやったんですか」

 俺の説明に合点がいったとばかりに頷く。

「ほな、どんな装備をお探しでっか? それで紹介するもんも変わってきますよって」
「そうだな……アニエス。どんな装備がいいか希望はあるか?」

 俺がアニエスに問いかけると、アニエスは表情を変えないまま人差し指を口元にやり、少しの間考える素振りを見せるが、徐ろに口を開いた。

「……杖がいい」
「杖?」
「杖でっか?」

 俺とトウカが同じ言葉で聞き返すと、アニエスはコクりと頷き返す。

「……私は魔法が使える……多分」
「多分? ……大丈夫なのか?」
「……任せて」

 曇りのない眼差しを向けてそう答えるアニエスに、俺は苦笑する。
 そして、トウカの顔に目を向けた。

「分かった。それじゃ、トウカさん。魔法の威力を高める為の杖と魔法使い向けのローブがあればその二つを見繕って欲しいんだが……」
「了解ですわ。ほな、ちゃちゃっと見繕ってきますんで、少しだけ待っとって下さい」

 そう言って工房の奥に入っていったトウカは、数分ほどで直ぐに戻ってきた。
 手には要望通り杖とローブが握られている。

「お待たせしましたっ。これなんかどうでっしゃろ?」

 見せられたのはシルバーロッドとシルクのローブだ。アニエスに確認すると「……これでいい」と言うので、代金である銀貨五十枚を支払い、奥の試着室で着替えさせてもらってから店を後にする。



 冒険者ギルドに入り、掲示板へ向かう。
 手頃な依頼は何かないかと探してみるが、魔物討伐系の依頼は見当たらない。
 やはり、ここ最近が異常だったのだなと肩を落としていると、エルザが一枚の紙を指差した。

「ねぇ、あれなんてどうかしら?」
「あれ?」

 依頼内容に目を通してみると、南東のワール村周辺に野盗が現れているようだ。
 目撃情報では数もそれなりに多いようで、二十人以上で荒らし回っていると書かれている。
 野盗は懸賞金が懸けられていることもあり、生きたまま引き渡せば奴隷としても買い取ってもらえる。
 収入面からすればおいしい依頼だし、他にアニエスの力量をみるものはなさそうだが、数が多いのが気になるな……。
 俺がどうしたものかと両腕を組んで唸っていると、クイクイと服を引っ張られた。
 引っ張られた先に目を向けると引っ張ったのはアニエスだ。

「どうした?」
「……これを受ける」

 その言葉に俺は目を瞬かせる。

「二十人以上だぞ? いいのか?」
「……大丈夫」

 エルザ達の方を見ると、俺に任せると言った感じで肩を竦めていた。
 俺は嘆息をつくと、アニエスに向かって一言「分かった」と告げ、紙を引き剥がし、例によって何故か空いているジーナへと持っていく。
 
「……これを受けるの?」

 ジーナは親指を軽く舐めて書類をめくり、俺が提出した紙の依頼内容を確認する。
 今までが魔物討伐ばかりだったから意外だったのだろう。

「ええ、他に戦闘向けの依頼がなかったもので」
「戦闘向けねぇ……確かその子の力を見るためって言ってたかしら?」
「そうです。どうしてもついて行くと言って聞かないもので……」

 すると、ジーナはほとほと呆れ果てたように大きな溜め息を吐いた。

「あのねぇ……普通依頼は冒険者登録している人しか受けることが出来ないのよ。
 私の前で大っぴらにそんな話をされると困るんだけど……」
「あっ……!?」

 俺はジーナの言葉で、規約に書かれていた内容を思い出す。

「すみません……今回だけ、見逃してもらえませんか?」

 申し訳なさそうな顔をして懇願する俺に、ジーナは困ったような表情を作る。
 そしてもう一度、溜め息を吐いた。

「野盗討伐の依頼は『神へ至る道』が受ける」
「はい」
「で、アニエスちゃんは貴方達について行くだけ……あくまでも巻き込まれただけってわけよね?」
「……ということは?」
「はぁ――今回だけ目を瞑ってあげるわ。今度からは気をつけてね」

 ウィンクしながら答えるジーナに、俺は笑みを浮かべる。
 俺が喜んで「有難うございます!」と礼を言うと、

「但し! 貸し一つよ。お姉さんの貸しは高くつくんだからね、フフ」

 と、そう告げて受付のカウンターの奥へ入っていった。
 後ろにいたエルリックは笑いを堪えきれず肩を揺らし、隣にいるエルザの顔は無表情だが、蒼い瞳は激情をあらわにしている。
 リルは「どういう意味なの~?」と俺の周りを飛び回っており、アニエスはいつも通りの無表情。
 取り残された俺は、顔に浮かんでいた笑みを引きつらせた。



 ――二日後。
 俺達は定期馬車を利用してワール村に到着していた。
 近くには森、つまりはアニエス大森林があり、村の周囲には麦畑が広がっている。
 村は然程広くないようで、せいぜい二百人ほどが暮らしている程度の小さな村だった。
 外壁などもちろんあるはずもなく、村の周囲は折れにくそうな太い木を使った柵で囲まれているのみだ。
 
 馬車を降りた俺達は、まず村長の家に向かった。
 村長の家は村の中央にある広場から直ぐのところにあり、中に入ると作業場のような場所が広がっていた。
 室内の壁には農具が立てかけてあり、他には日光を家の中に入れるための窓が二箇所あった。
 その隣には炊事場が設けてある。作業場のような場所には木で出来たテーブルと数脚の椅子が置かれており、その一つに腰掛ける。人数分の椅子がないので皆は立ったままだ。
 腕をテーブルに置くと作りが悪いのかガタガタと揺れた。
 村長の家がこれでは正直言って貧しいと言わざるをえない。
 こんな村を襲う必要が野盗にあるのだろうかと、俺は首を傾げる。

「お待たせしました」

 ――その言葉で俺は我に返る。向かいの席に村長が座った。
 村長は五十代くらいだろうか。畑仕事で日に焼けたであろう肌には深い皺が刻まれている。
 身体つきが年齢の割にガッシリしているのも畑仕事のせいか、挨拶した際に握った手は硬くなっていた。
 白髪の多い髪は短く切り揃えられている。
 土で汚れた服を着ているので、俺達が来るまでの間も畑仕事をしていたようだが、顔に表れている疲労はそのせいだけではないだろう。

「わざわざ王都から来ていただき有難うございます」

 村長はそう言って俺達に頭を下げる。

「いえいえ、依頼を受けて来ているのですから。頭を上げてください」
「ですが……」
「村長さんの表情で大分苦労されているのは分かります。
 ですから、お礼は全て終わってからということにしましょう。
 ……詳しい内容をお聞きかせ願えますか?」
「はい。実は……」

 村長の話では一月ほど前から野盗が現れるようになったそうだ。
 最初は道を通る商人などを襲っていたのだが、噂を聞いて商人達が通らなくなり、野盗達はついにワール村を襲うようになったという。
 金品や農作物を奪われていたのだが、これ以上奪われると生きていけないと懇願すると、「一週間だけ待ってやるから、村にいる娘を差し出せ」と要求されたそうだ。
 村にいる娘は四人しかおらず、差し出せばきっと慰みものにされるか、売られてしまうに違いないと思い悩み、今回の依頼を出したのだと涙ながらに村長が話す。

「……許せないわね」

 エルザが怒りをあらわにして強い表情で呟く。
 エルリックとリルも同じようで、リルに至っては「野盗なんてやっつけちゃえー!」と右手をシュッシュッと前に出し、殴るポーズをしている。
 アニエスは……感情の乏しい表情からは読み取れないが、やる気だけはあるようで鼻息がいつもより荒い。

「お願いします。村の娘たちを守ってやってください……」

 村長が怯えたように俺に視線をよこした。
 俺はそれを受け、安心させるように力強く頷く。

「任せてください。必ず野盗を捕らえてみせます」
「おぉ! 有難うございます。有難うございます」

 震えが弱まったようで、皺だらけの顔をクシャっとして微かに笑みを浮かべながら、俺達に何度も礼を言う。
 
「ですから、お礼は全部終わった後に。それで、野盗が来るのはいつか分かっているんですか?」

 俺の言葉にハッとした村長は顔を上げた。
 心なしか顔が青褪めているようにも見える。

「はい……」
「いつですか?」
「それが……明日なんです」
「はっ!? 明日……ですか?」

 俺は椅子に座ったまま一度瞬きをした後、聞き返してしまった。

「申し訳ありません。連中が村の娘を要求してきてから依頼を出したもので……」
「そう……ですか」

 俺は両目を瞑り、一度だけ大きく溜め息を吐く。
 次には目を見開き、両方の眼で村長を見据えて笑いかける。
 
「――分かりました。明日だろうと返り討ちにしてやりますよ」
 


 翌朝。
 村の住民を村長の家の周辺に集まってもらうように、村長にお願いする。
 一箇所に集まっていてもらった方が俺達も守りやすいからだ。
 全員が集まったことを聞いた俺達は村の入口付近へ向かい、野盗が現れるのを待つ。
 暫く村の入口近くで待っていると遠くから人影が見え始めた。

「ようやくお出ましか」

 家の影から村に近づく人影を窺う。
 見える範囲では二十二人。間隔などバラバラで、確かに野盗だと直ぐに分かる格好だ。
 ゆっくりと村に向かって歩んでくる。
 そのほとんどが歩きだが、一人だけ馬に乗っている者がいた。
 恐らくこの野盗達の頭なのだろう。身なりも若干良い気がする。
 後数分もすれば俺達にも気づくだろう距離に差し掛かった時、俺は後ろを振り向きアニエスに問いかける。

「アニエス。無理だと判断したら直ぐに俺達も動く。
 野盗達を逃すわけにはいかないからな。いいな?」
「……ん」

 両手でシルバーロッドを握りしめて、力強く頷くアニエス。
 それを見て俺は軽く嘆息し、頷き返してやる。
 アニエスが杖を握ったまま村の入口へトコトコ歩いていく。

「オイオイ、こりゃまた可愛らしい嬢ちゃんじゃねえか」
「こんなちっぽけな村にゃ期待してなんぞしてなかったが、これだけの上玉が居るとはなっ」
「お頭~! 売り飛ばす前に俺達でちぃとばかし味見してもいいんですかい?」

 ガハハハハっと下卑た笑いを浮かべながら野盗達が頭らしき男に向かって叫ぶと、頭と呼ばれた男は溜め息を吐きながら「ったく、壊すんじゃねーぞ」と言っていた。

「……下衆ね!」
「エルザ! まだ抑えろっ!」
「うぐぐぐッ」

 俺は怒りに震えるエルザが今にも野盗達に飛びかからんとするのを必死で抑える。
 今出て行ってはアニエスの試験にならないのだ。
 と、野盗達がアニエスまで後数歩まで近づいたところで、アニエスが徐ろにシルバーロッドを野盗達に向ける。

「んん? こりゃ一体何の真似――」
「……『大地の抱擁アース・バインド』」
「うおおおぉっ!?」
「な、何だこりゃ!?」
「か……身体が動かせねぇ……」

 アニエスが魔法を唱えると、地面が盛り上がり、一瞬にしてその場に居た殆どの野盗の身体を土で拘束する。
 野盗達は必死でもがいているが、固まった土から逃れることは出来ない。
 アニエスが唱えた魔法はどうやら地属性魔法のようだ。
 
「くっ! 村長め! 『魔法使い』を雇ってやがるとはっ。
 一旦退くしかねぇ!」
「お、お頭ぁ~!」
「そりゃないですぜっ」

 馬に乗って無事だった野盗の頭が馬を反転させて逃げ出そうとするが、逃がすまいとアニエスは更なる魔法を唱える。

「……『岩石弾アース・バレット』」

 詠唱が終わるや否や、細長く尖った土の槍が姿を現し、馬めがけて飛んでいく。
 ヒュンッと物凄い音を立てて飛んでいった土の槍は、馬に直撃――どころか貫通し、それでも勢いを止めることなく、向こう側へ飛んでいった。
 馬は当然即死だ。その場に崩れ落ちた馬とともに野盗の頭も地面に倒れる。
 一瞬の出来事に何が起きたか分かっていない様子の野盗の頭だったが、貫通して悲惨な状態になった馬を見て、「ヒイィっ!!」と情けない声を上げ、ガタガタと震えだした。

 震えている男に向かってアニエスが歩みだす。
 その姿を見た男は、「抵抗はしない! 投降するから命だけはっ!!」と泣き崩れていた。
 村の入口付近で縛られている野盗達も悲鳴を上げ、完全に戦意を喪失させている。
 
「……これは……」
「凄いわ……」
「言葉を失うとはこのことだね……」
「わぁ! アニエスって凄いねっ」

 俺達は目の前で起きた光景に唖然としてしまう。
 リルだけは的はずれな事を言っているが……それにしても凄いとしか言い様がない。
 野盗の頭も【大地の抱擁】で固めてきたアニエスが、トコトコと俺達の元へ戻ってきた。
 無表情に変わりはないが、どこかやりきったように見えるのは気のせいだろうか?
 何とも自慢げに片方の手を前に出して、グッと握りしめている。
 これ程の力を見せられては連れて行くしかない。
 
 俺は苦笑を浮かべつつ、「合格だ」と言って頷いてやる。
 それを見てアニエスは微かに、ほんの微かにだが笑みを浮かべて喜んだように見えた。
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