25 / 54
勇者を目指せ!?
第25話
しおりを挟む
翌日。
ゼノスは講義に集中できなかった。
昨日の一件で、今まで以上に生徒たちの注目を浴びるようになったということもある。
年頃の少年少女たちにとって、恋愛に興味を持たない者はいない。
それが帝国のお姫様と共和国の平民という、特殊な関係であればなおさらだろう。
男子生徒からは主に嫉妬が、女子生徒からは先に告白しておけば良かったという後悔を含んだ視線が多い。
その中でも帝国の男子生徒からは、明らかな敵意が込められていた。
レティシアは彼らにとって憧れの存在だったのだろう。
一度断ったゼノスからすれば釈然としないものがある。
だが、帝国民でもないゼノスが名ばかりとはいえ、皇帝から直接准男爵を下賜され、あまつさえ娘をどうだと言われたのだ。
彼らの心中が穏やかでいられないだろうということは理解できた。
それにこの程度の敵意など、ゼノスにとっては児戯に等しいし、集中力が乱されることもない。
では、ゼノスが講義に集中できなかった最大の要因は何かというと――。
「ユリウス、ちょっといいか」
「なんだ?」
講義の合間の休憩時間。
ゼノスは一直線にユリウスの元へ向かった。
「あんたからも言ってくれねえか。もっと離れろって」
「何故だ?」
ユリウスは首を傾げる。
――ダメだこいつ。分かってねえ。
いや、分かっていて敢えて分からねえ振りをしている可能性も……あー、くそっ!
ゼノスはガシガシと頭を掻く。
だったら、と視線を自身の隣に立つ人物に向ける。
「だいたい、何でまだいるんだ? ここの生徒じゃねえだろ、レティシア」
ロムルスと護衛はその日のうちに帝国へ帰ったのだが、レティシアは一人魔術学院に残っていた。
そればかりか、しれっと講義に参加している。
しかも、ゼノスの隣の席でだ。
こてり、と小首を傾けたレティシアは、真顔でゼノスの方に向き直った。
「ゼノスの傍にいたかったから?」
「はっ? ……はぁっ!?」
「本当は間近でゼノスの実力を見たいと思ったからよ」
「……なんだ、びっくりさせんなよ」
「……傍にいたいというのも嘘じゃないけど」
「……」
ゼノスは困惑した。
――なんだ、俺は別に何もしてねえぞ。
たった一度戦っただけなのに、俺に対しての好感度が高くないか?
勝ったからか? 俺が昨日負けていればこんなことにはならなかったのか?
いや、待て。
負けてたら勇者への道が……イリスとのイチャイチャが遠ざかってたはずだ。
思わず頭を抱えたくなった。
しかし、周囲にイリスとの関係を隠しつつ勇者を目指すことと、新たにレティシアという問題が増えたのだから、悩みは二倍だ。
「安心して。長居するつもりはないわ。ゼノスの強さの一端でも知ることができればすぐに帝国に戻るつもりよ」
「そ、そうか」
「それまでは近くにいるつもりだけど」
そう言ってレティシアはゼノスの左腕にしがみつく。
ふにゅっと柔らかな感触が伝わった。
「ちょ、おまっ――」
「離れなさい」
ゼノスが口にするよりも早く、レティシアの行動を咎める声が聞こえた。
「羨ま――じゃなくて、非常識な行動は慎んでほしいわね、レティシア・アウグストゥス」
「あら、貴女には関係のないことではなくて? イリス・レーベンハイト」
イリスとレティシアの視線がぶつかり合い、火花が散った――ような感覚に襲われる。
二人とも笑みこそ浮かべているものの、体から魔力が漏れ出ていた。
「関係はあるわ。ここは魔術学院よ。貴女のようにハレンチなことをする場所ではないの」
突き刺すような視線でイリスは告げる。
心の中では、
――う、羨ましいいい!!
私だってゼノスに抱きつきたいのにっ!
煩悩まみれだった。
「王国の聖女様はお堅いのね。これくらいどうってことないでしょう」
レティシアはギュッと力を入れると、さらに胸が押し付けられる形になった。
――よし、今すぐ帝国を滅ぼしましょう。
と、物騒な考えが頭をよぎるイリスだったが、必死で抑える。
男の為に休戦協定を破棄だなんて、笑い話にもならない。
大きく深呼吸をしたイリスは、ユリウスを見る。
「ユリウス様。次期皇帝として、兄として、妹の手綱くらい握れなくては人心も離れてしまうと思いますが、どのように考えていらっしゃるのかしら。いえ、お答えいただかなくても結構です。聡明なユリウス様であれば、きっと判断を間違えるはずなどないと思いますの。そうですわよね?」
イリスの端正な唇から滑るように告げられた言葉の一つ一つに、有無を言わさぬ迫力があった。
本能的にユリウスは頷くことしかできなかった。
「う、む。――レティシア」
「承知いたしましたわ、お兄様」
わずかに不満げな顔をしたものの、レティシアはゼノスの腕に絡めていた手をほどき、少しだけ距離を取る。
「これで満足かしら?」
「ええ、聞き分けがよくて助かるわ」
「ふふっ」
「ふふふ」
二人は自然と笑みをこぼす。
彼女は敵だ。
ほぼ同時にイリスとレティシアはお互いを敵と認識した。
――おいおい、まさかこの雰囲気で課外授業もやるのかよ……。
イリスとレティシアの間を渦巻く険悪な空気に、ゼノスはまた頭を抱えるのだった。
ゼノスは講義に集中できなかった。
昨日の一件で、今まで以上に生徒たちの注目を浴びるようになったということもある。
年頃の少年少女たちにとって、恋愛に興味を持たない者はいない。
それが帝国のお姫様と共和国の平民という、特殊な関係であればなおさらだろう。
男子生徒からは主に嫉妬が、女子生徒からは先に告白しておけば良かったという後悔を含んだ視線が多い。
その中でも帝国の男子生徒からは、明らかな敵意が込められていた。
レティシアは彼らにとって憧れの存在だったのだろう。
一度断ったゼノスからすれば釈然としないものがある。
だが、帝国民でもないゼノスが名ばかりとはいえ、皇帝から直接准男爵を下賜され、あまつさえ娘をどうだと言われたのだ。
彼らの心中が穏やかでいられないだろうということは理解できた。
それにこの程度の敵意など、ゼノスにとっては児戯に等しいし、集中力が乱されることもない。
では、ゼノスが講義に集中できなかった最大の要因は何かというと――。
「ユリウス、ちょっといいか」
「なんだ?」
講義の合間の休憩時間。
ゼノスは一直線にユリウスの元へ向かった。
「あんたからも言ってくれねえか。もっと離れろって」
「何故だ?」
ユリウスは首を傾げる。
――ダメだこいつ。分かってねえ。
いや、分かっていて敢えて分からねえ振りをしている可能性も……あー、くそっ!
ゼノスはガシガシと頭を掻く。
だったら、と視線を自身の隣に立つ人物に向ける。
「だいたい、何でまだいるんだ? ここの生徒じゃねえだろ、レティシア」
ロムルスと護衛はその日のうちに帝国へ帰ったのだが、レティシアは一人魔術学院に残っていた。
そればかりか、しれっと講義に参加している。
しかも、ゼノスの隣の席でだ。
こてり、と小首を傾けたレティシアは、真顔でゼノスの方に向き直った。
「ゼノスの傍にいたかったから?」
「はっ? ……はぁっ!?」
「本当は間近でゼノスの実力を見たいと思ったからよ」
「……なんだ、びっくりさせんなよ」
「……傍にいたいというのも嘘じゃないけど」
「……」
ゼノスは困惑した。
――なんだ、俺は別に何もしてねえぞ。
たった一度戦っただけなのに、俺に対しての好感度が高くないか?
勝ったからか? 俺が昨日負けていればこんなことにはならなかったのか?
いや、待て。
負けてたら勇者への道が……イリスとのイチャイチャが遠ざかってたはずだ。
思わず頭を抱えたくなった。
しかし、周囲にイリスとの関係を隠しつつ勇者を目指すことと、新たにレティシアという問題が増えたのだから、悩みは二倍だ。
「安心して。長居するつもりはないわ。ゼノスの強さの一端でも知ることができればすぐに帝国に戻るつもりよ」
「そ、そうか」
「それまでは近くにいるつもりだけど」
そう言ってレティシアはゼノスの左腕にしがみつく。
ふにゅっと柔らかな感触が伝わった。
「ちょ、おまっ――」
「離れなさい」
ゼノスが口にするよりも早く、レティシアの行動を咎める声が聞こえた。
「羨ま――じゃなくて、非常識な行動は慎んでほしいわね、レティシア・アウグストゥス」
「あら、貴女には関係のないことではなくて? イリス・レーベンハイト」
イリスとレティシアの視線がぶつかり合い、火花が散った――ような感覚に襲われる。
二人とも笑みこそ浮かべているものの、体から魔力が漏れ出ていた。
「関係はあるわ。ここは魔術学院よ。貴女のようにハレンチなことをする場所ではないの」
突き刺すような視線でイリスは告げる。
心の中では、
――う、羨ましいいい!!
私だってゼノスに抱きつきたいのにっ!
煩悩まみれだった。
「王国の聖女様はお堅いのね。これくらいどうってことないでしょう」
レティシアはギュッと力を入れると、さらに胸が押し付けられる形になった。
――よし、今すぐ帝国を滅ぼしましょう。
と、物騒な考えが頭をよぎるイリスだったが、必死で抑える。
男の為に休戦協定を破棄だなんて、笑い話にもならない。
大きく深呼吸をしたイリスは、ユリウスを見る。
「ユリウス様。次期皇帝として、兄として、妹の手綱くらい握れなくては人心も離れてしまうと思いますが、どのように考えていらっしゃるのかしら。いえ、お答えいただかなくても結構です。聡明なユリウス様であれば、きっと判断を間違えるはずなどないと思いますの。そうですわよね?」
イリスの端正な唇から滑るように告げられた言葉の一つ一つに、有無を言わさぬ迫力があった。
本能的にユリウスは頷くことしかできなかった。
「う、む。――レティシア」
「承知いたしましたわ、お兄様」
わずかに不満げな顔をしたものの、レティシアはゼノスの腕に絡めていた手をほどき、少しだけ距離を取る。
「これで満足かしら?」
「ええ、聞き分けがよくて助かるわ」
「ふふっ」
「ふふふ」
二人は自然と笑みをこぼす。
彼女は敵だ。
ほぼ同時にイリスとレティシアはお互いを敵と認識した。
――おいおい、まさかこの雰囲気で課外授業もやるのかよ……。
イリスとレティシアの間を渦巻く険悪な空気に、ゼノスはまた頭を抱えるのだった。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる